第八十話「最期の賭け」
「……なぜそれがわかるの?」
猫獣人族の里にある隠れ家のような小部屋で地図を指し示す俺にテュールは聞いてくる。俺が指し示している位置は監獄島ディザイアを示していた。
「……ゼクスが裏口を用意したのはここだからだ」
「だけど、裏口は複数作成可能。それはペルが証明しましたわ……少なくとも今も徹底的に管理されている監獄島にわざわざ行く必要性はありませんわ」
……監獄島ディザイアはその島自体が監獄となっており、全体がすり鉢のような山脈で覆われていて、その急な坂を自由に行き来することなど到底できない。さらに超えたとしてもかなりの急流の渦潮が渦巻いており、泳いで大陸に渡るなんて不可能。まさに天然の監獄。ただでさえ警備も厳重なのにわざわざそんなところから攻め入る必要性はない。
だが、俺は首を振る。
「ゼクスが用意できる裏口は一つだけの可能性が高い。少なくとも、今から新しく作ることは不可能だ」
「ひとつだけ? エルフの里にも裏口があるんじゃなかったか?」
「ああ、それは厳密に言えば裏口ではなかったんだ。一時的なワープホールを裏口に直結しただけだ」
「ああ……そういうことか……」
ワープホールは、すでに時間切れで閉じられている。なので、あいつらの現実世界からこちらに出る時の出現場所はあくまでディザイアだ。
「ですが、それはあくまで裏口がひとつだけだった場合ですわ。あらかじめ大量に作ることも可能なのでは?」
「ゼクスは少なくとも完全にこの世界を支配することはできていない。だから裏口はこの世界のルールに沿って作る必要性があるんだ」
俺はペルから得た情報と、昨日推理したこの世界の真実から導き出した裏口の仕組みを説明する。
裏口は、データ転送と本来異界への道として作られた黄泉比良坂の性質を組み合わせた物だ。
まずは、転送する者をコンパクトなデータに圧縮する。といっても物理的に圧縮するわけではない。コンピューター用語の方の圧縮ってわけだ。ZIPとかと同じだな。
肉体ごとデータに変換するのは本来は不可能だが……この世界が肉体も含めて0と1で作られているのであれば、可能だろう。魔法なんてものもあるしな。
健司は現実世界にいるが、俺や早紀と違ってあくまで“スサノオが死に戻りのために、生き返りながら坂を通じて現実世界に移動した”存在だ。だからその体も0と1でできている。だから裏口が使えた。
ようするに現実世界で留守番をしている桜乃や、異世界転生する前の俺や早紀は裏口で移動できないと言うわけだ。まぁ実際に試してみる価値はあるかもしれないが、なにが起きるかもわからないので実証できないんだがな。
そして、そのデータ現実世界用に改変しつつ電波として坂に転送する。ある程度移動すると秋葉原で自動解凍され肉体に戻る。
転送された瞬間を誰かに見られるかもしれないが、あの秋葉原だ。ちょっとしたマジックとでも言えばごまかせるだろう。ただでさえ、ヲタクの集う場所だからな……この手のネタは腐るほどある。
そこまで説明すると、テュールが俺に問い詰める。
「だったら、なんで監獄島じゃないと無理なの?」
「データ転送ってことは、ペルもやってる世界のプログラムでの改変が必要だ。だが、そんな改変どこでもできるわけがない。データ転送のためのプログラムを作る時間なんて、監獄にいた時以外ありえない」
データ転送なんて機能、RPGツクレールにはない。せめてRPGツクレール同士で作った世界ならまだしも、完全に別フォーマットで作った現実世界への移動なんて簡単にできるわけがない。
ならば、RPGツクレール自体をある程度改変するくらいのプログラム知識がないとできるわけがない。
「確かに、ペルもこの裏口生成にはかなりの時間がかかったそうですわ……なるほど、そう言うことですのね」
転生とは違い、ゲーム世界に合わせた肉体を作るのとはわけが違う。そして、よくあるSFと違いこの世界は物理的な肉体が必要だ。これが、俺が導き出した裏口のシステムだった。
すると、今度は健司が口を挟んだ。
「拓海のいう事はわかる。が、それはゼクスが連王の時代も可能なんじゃないか?」
その可能性についてはテュールが否定した。
「その可能性は真っ先に私達も気がついて調べ上げたのですが、王都レークスおよび連王が行ったことがある場所には一切裏口痕跡はありませんでした。タクミの言う通りなら、確かにディザイア以外にゲートを作れる場所はありえませんわ」
「なるほど……だが、フレイアとセナに継承させた可能性はないのか?」
もっともな意見だが、その可能性もない。
「裏口は普通の魔法とは違いますわ。ただでさえ難易度の高い魔法能力が必要な上に、その“ぷろぐらみんぐ”とやらもかなり難しい技術が必要だそうですわ」
「ペルのような例外を除けば、普通の人間には無理だ。最低でも海の魔女と呼ばれたディー以上の魔法の使い手で、なおかつハッカーレベルのプログラミング能力が必要だそうだ」
つまりはプログラムの基礎知識しか持っていないアトゥムでも裏口を作る事は不可能だということだ。ティエアの魔法の概念を作ったのは基本的にアトゥムだが、それほど使いこなしているわけではない。
仮にアトゥムが作れるとしたら、矛盾世界が発生した事件であんな不完全な状態で現実に干渉するわけがない。あれは裏口ではなく、黄泉比良坂を経由した、ただの思念伝達だからな。
「……ならアーノルドがハッカーの記憶を植えつければ……いや、無理か」
そう……プログラミングは単に覚えればいいと言う類のものではない。
ものすごい量の命令文を覚えて、且つ、パズルのように完璧に組み立て的確な指示をコンピューターに与えなければならない。ただ、知識があればいいと言うものでもないのだ。
……そんな事できるのは現実世界で何億年も神をしていた最初の神ゼクスと、偶然にもハッカーの才能を持ったペルだけだ。
だったら、奴らの通れる道は一つ。ディザイアの裏口だけだ。
「裏口を閉じる方法はないのか?」
「ペルもその方法を考えているが……だが、あえてそれはしない方がいいと思う」
ペルは俺たちがこうしている今でも、その方法を研究している……だが、閉じるのは別の危険をはらんでいる。
「どうしてだ?」
俺は目を伏せ、右の拳に力を込める。
「……残念だが、すでにスピカは破壊神……つまりこの世界のラスボスになっていると考えて間違いない」
……運命が彼女をのちのラスボスと決めた以上……この結末は変える事は出来ない。
「……どうしてスピカがそんなことに……」
嘆く健司だが、その理由も……俺には予想がついていた。
「……彼女の最初の願いは、平和な世界で暮らしたいと言ったからだ」
「え?」
……本来その言葉のまま捉えれば、戦いなど起こらない世界で暮らすことになるだろう。
だが、俺と同じくそれが呪いに変われば、歪んだ方向に進む。
ゼクスは本来戦いに巻き込まれないスピカを、戦いに巻き込み……その力を呪いに変えていった。それが、アーノルド襲来と、シーファト襲撃の理由だ。
彼女は優しいから、本来何もしなければ巻き込まれない戦いに自ら巻き込まれにいく。
そして……その嘆きが呪いに変えていく。だが、一度決められた運命は変更ができない……俺が毒殺されかけた時も一緒だ。あれは俺が本来あそこで死ぬ運命が確定していたからだ。
だから、俺に毒をのませずに助けることをアトゥムはできなかったんだ……。
だが、治す事は出来る。……一度俺が死に心臓が止まっても、ペルならば助けられる。
そしてその事実は同時に、スピカの運命も原則として変更できないことを指し示している。だから、自ら意思を持って戦う以外に戦わせる事は出来ないし……彼女の意思に反する事は出来ない。
だが、絶対支配能力は別だ。プレイヤーの意思は本来主人公の意思。故に彼女の願いを歪め捻じ曲げることが出来る。
––––––––彼女にとっての平穏は……黒灰が包み込んだ瓦礫の山だということに……。そうすり替えてしまえば彼女の破壊能力は絶対となる。彼女の平穏は元々約束されていることなのだから。
そこまで説明すると、健司は言葉を失いゴクリと生唾を飲み干す。
「皮肉なものですわ……平穏を望むが故に、平穏とは真逆の世界へと進んでしまうなんて……」
「……だが、それは同時に本来のスピカの意思と反していることを意味する……そこが唯一の突破口だ。俺の能力は、運命の破壊だ。彼女のこの運命を破壊することができれば、この世界の滅びは防ぐことが可能になる」
「……そして、僕がゼクスを殺す……ということだな」
「ああ……俺は、多分スピカを助けるのに手一杯だ。神のことわりを破壊出来るお前なら、ゼクスを殺すことも可能かもしれない」
……が、これはあくまで俺達の推測が全て合っていて、スピカが今も生きていて、さらにフレイアが実は裏切っている。それが前提の博打だ。
もしこの前提が崩れれば……終わりだ。
……ここからは賭けだ。一つでも失敗すれば……俺達は死ぬ。




