第七十九話「再び異世界へ」
うーん。なんというかやっぱチートだよなぁ。
だってこれ健司にとっては死者蘇生だし、俺にとっては火葬されてんのに肉体ごと復活した後また異界に来ているようなもんだろ?
流石に……ありなのかなぁ?
まぁ異世界転移と考えればいいんだけどさぁ……。
「なるほどな……」
どこか納得したような健司の顔を見て、俺は「どうした?」と聞いてみる。
「僕は……この場所を確かに見たことがある」
……スサノオの魂に刻まれた記憶をたぐるように、レジーナの遺跡の隅々を撫でるように何かを確かめるように触る。
「歴史上ではここでスサノオは死んでる……覚えているか?」
「ああ……操られた時の記憶もな」
ペルがサルベージしたスサノオの記憶は、健司に刻まれている。それだけにかなり明確に思い出しているようで目が潤んでいるのがわかる。
「……オレは…………ここでディーと……殺しあった」
「健司……?」
「……そうだ! ディーはどこにいる!?」
……その男の目は変わっていた。紺色の目が赤く変色し、慌てた様子を少しも隠そうとしていない。
「おちつけっ!!」
そういうと、ハッとしたような顔をして落ち着きを取り戻す。
「お前はスサノオの前に神宮健司だ……そこに違いはないだろ」
「わ……悪かった」
目は再び淡い紺色を描き出し、熱が収まっていくのを感じる。
「ディーは無事だ。あいつなら今魔導学院にいるはずだ」
「そ……そうか……ありがとう」
……こうやってみると、なるほどと感じる。
普段はおとなしい性格。だが、うちに秘めた鬼の力が宿っていて仲間のピンチに反応して覚醒する……。
アトゥムがこいつを主人公と位置付けたことにより、まさに主人公らしい力を身につけてやがる。
俺がもし、運命の破壊者に覚醒しなかった場合どうなっただろうか?
––––––––––すでに生と死で運命が分かたれたスサノオとスピカ。だが、愛した女のために主人公は立ちあがる。そして、絶対的な力の差がある最初の神、ゼクスと戦い……勝利した後は愛した女を自分のライバルであるはずの俺に任せて、現世に戻る……。
なるほどな……これが世界に描かれた運命ってわけか。
だが、健司は本当にゼクスに勝てたのだろうか? 本当に操られないのだろうか?
……ペルによると、異世界がゲーム作成ツールの世界になるにあたって、現実世界では見られない現象が起きているらしい。
それは、基幹システム……。パソコンでいうところのOSとゲームプログラム、自動アップデート機能を融合させたようなもので、世界自体を統括し、管理しているらしい。俺たちはそのシステムを世界と呼ぶことにした。
その基幹システム……世界は、感情があるわけではなく、あくまで機械的に世界を管理している。
故に、アトゥムはおろか最初の神ゼクスにも操れない。だから、ゼクス側もわからない部分や、自由にできない部分があるらしい。
だから、ゼクスがこの世界のルールを超えて人を操ることは出来ない。だったら健司は操られないのか?
「……ふっ」
何を今更……俺が壊したストーリーに今は意味などない。
重要なのは、最初の神に対抗できるかもしれない存在が二人生まれたという事実だ。……少なくともこれは大きい。
健司は、主人公のステータスを保有しながらも神に操られない秘策があるらしい。これなら、最初の神に対抗できるかもしれない。
また、俺の能力もまた……神を穿つことができる。
「……とにかく、魔導学院に戻ろう。話はそこからだ」
「っ……ディー…………」
健司が目の前に現れた水色の少女に息を詰まらせる。
少女もその男を見た。……健司のことはわかってないはずなのに、彼女は頰に大粒の雫を落とす。
「あ……あれ…………どうして…………私」
学院の入り口あたりに彼女は待っていた。おそらく本来は俺を待っていたのだろう。
だが、もう一人の……本当に会いたかった人が目の前にいる。水色の髪と透き通った青々とした瞳。彼女もまた……生と死で分かたれたその男に再開した。
「ごめんなさい……あなたを見たら……なんだか昔の知り合いによく似てて……あれ? 本当になんでだろ?」
ディーの手を握ろうと健司は手を彷徨わせるが、その手をきつく握りしめ止める。
「えっと……もしよかったらお名前を聞かせていただけませんか? 多分タクミくんのお知り合いなんですよね? たぶん」
「…………神宮健司」
「そう……ですか…………そうですよね」
酷く落ち込んだように顔を伏せる。……彼女にはスサノオのことは話しているから、彼が生まれ変わりであることは知ってるはずだが……それでも、彼は今はスサノオではない。
「その知り合いは、友達……だったんですか?」
そんな様子が見てられなくなったようで、健司は聞いてみる。
「初恋……だったんです」
「え…………」
意外すぎる言葉に驚き目を見開く。
「だけど、その人と私の親友は本当に恋人のように愛し合っていて……私は見守ろうって……な……なのに私は…………」
スサノオが……ディーの初恋の人?
なるほど…………そりゃトラウマになるな。そんな彼女は……仕方ないとはいえ彼を殺す羽目になってしまったんだから。
しかも、二人を見守ろうとしていたのに…………。
ってか……ディーもスサノオの事好きだったのか。やっぱりこいつとんでもねぇ主人公属性だな。ハーレムルート確定かよ。
「……ディー……お、オレは……」
たまらずスサノオとして声を上げそうな声を漏らす。––––––––本当は叫び出したい気持ちだろう。
だが……健司は言えない。今の健司は簡単に自分をスサノオと名乗ることができない。
ペルが健司に実行しようとしてる魔法は、健司が世界に「彼は異世界召喚者の神宮健司」と認識させてるから成り立つことらしい。
だから、自分を簡単にスサノオと認める発言をするわけにはいかない……。
特に、この世界の根幹の仕組みをまだ俺たちは完全に掴んだわけではない。故に、言葉……いや、台詞は慎重に選ばなければならない。
もしかしたら、その台詞を健司が言った瞬間。彼とスサノオの存在が紐付いてしまうかもしれない……。
運命が創造神が作るものではないのであれば、運命の生成者は誰か? あるいは、あくまで運命の生成者はアトゥムなのか…………。
それがわからない限り、俺たちは迂闊に発言できない。特に……俺の予想が正しければ、この場で健司が言葉にした瞬間にスサノオと確定し、ゼクスに操作権限が与えられる。……そうなれば終わりだ。
現状、健司は今ティエアの主人公としての力を保有しつつも、ユーザーID……つまり名前が違うため、ティエアの運命に関与することはできないって状況だ。
「……タクミから手紙で色々聞きました……大変でしたね」
「……そうですか」
どこかよそよそしい。ディーもいつものお姉さん口調で話す余裕がないようだ。
「……僕が言うのもなんですけど……スサノオって人、恨んでないと思います!! むしろあまり気にしない方が嬉しいんじゃないかって……それで…………なんというか…………」
自分でも何を言いたいのか、わからないのだろう。言葉がめちゃくちゃだ。
だけど、そんな健司の姿を見て、クスリと小さな唇が笑みを浮かべた。
「本当に……似てるなんてもんじゃないわね……あいつも不器用で、泣いてる私を今のケンジくんみたいに慰めてくれたものよ」
「……そう……」
思わず、目をそらしていた。
……きっと、ディーはわかってくれてる……いずれ俺達がちゃんと話せるようになったら、その時はゆっくり話そう。
「あ、そうそう!! タクミ!! あなたに一ついいニュースがあるの」
「? いいニュース?」
俺が首をかしげると、学院の門の物陰からそいつが顔を出した。
「……師匠」
「うそ……だろ?」
そいつは……運命によって死ぬはずだった。
なのに……目の前にそいつがいる。荒く短い金色の髪と、赤い猫のような瞳……そして、俺を師匠と呼ぶ者。
「デュランダル!!」
「師匠ーーーーー!!!!」
「……オレもなんで助かったのかよくわからないのである」
学院の学食で俺とデュランダルは二人きりで話をしていた。師弟同士募る話もあるだろうとのみんなの計らいだ。
「確かに一度、オレは死んだ……だけど、気がついたら学院の医療機関のベッドの中で眠ってたである」
「助かった……って事なのか? しかしどうやって……」
黒鬼に触れられたデュランダルは、死が確定していた……。どうして…………。
「オレが起きてからディー殿やコジロウ殿とも話したのであるが……やはり黒鬼とやらの能力は完全ではなかったという事しか……」
完全ではない……か。
もしかして……それが答えなのか? この世界は……完全にプログラムされた世界ではないって事か?
この世界は、元々あった異世界がゲームの世界に変換されて出来上がっている。
だが、現実はデジタルではない。アナログな物理データは、デジタルに変換すると膨大なデータ量になるという。
「まてよ……確かこれに似た話昔どっかのSFアニメで聞いたことがあるぞ…………」
えっと確か……あ、そうだ。
AIには人間と違って曖昧が存在しないってやつだ。確かフレーム問題と言ったか?
例えば、人間は視覚的に何かを捉えると、今必要な情報だけを取捨選択して情報を得る。学校の授業で黒板に集中している時に、窓ガラスが空いたかどうかなんて気にする人はいない。だが、コンピューターはどれが必要なデータかを判断する力がないため、人間がどれが不要なデータか教える必要性がある。
だが、コンピュータはそれが無限に必要になってくる。どのデータが不要なデータなのかってのを教えるってことは、「普通わかるだろ」ってデータも教える必要があるってことだ。コンピューターにはその普通って曖昧な感覚はないからだ。
……全てを1と0にするってことは、そう言うことだ。
今回のデュランダルの件に関してもそうだ。
おそらく、死が確定したことによって、デュランダルの生存率は0%だったのだろう。だが、コンピューターがもし、アナログな生存率を計算できないのであれば……。
アナログな生死はコンピューターのようにオンオフだけじゃない。オフになった後オン……つまり心臓が止まった後生き返るケースもあるし……医者の見立ての生存率だってあくまで確率論であって、実際に死ぬかどうかなんて、その時にならないとわからない。
つまり……この世界は完全に人間の可能性……つまり運命通りの結末にはならないってことだ。
もしも……ティエアの運命の生成者が、あくまでアトゥムだとしたら…………。それで全てがつながる。
不思議だった。なぜアーノルドはカインに接触したのか? 運命なんてもんがあるならそんな煩わしいことせずともスサノオを殺せるだろう。
運命を操ってるのがゼクスならどうやって?
ゼクスは……本当にこのゲームを操ることができるのか? 本来プレイヤーである奴は、そんなことはできないはずなのに……。
その全ての謎が……これで解決する。
「そうか…………そう言うことだったのか」
これで……この世界の全ての謎が解明した。
「師匠……何かいい作戦があるのであるか?」
「……ああ。これで全ての駒は揃った」
やっぱりそうだったんだ。その不完全さがゼクスのついたスキであり、ストーリーを操る重要な要素だったんだ。
可能性が存在するなら、元の世界で世界をコントロールしてた最初の神にとっては確率論は意味をなさない。なぜなら現実は確率だけで推し量れるものではないからだ。
コンピュータだけでは推し量れない可能性を操ることが出来れば、世界を破滅に誘導する事は可能だ。事実、最初の神はそんな現実世界を操ってたのだから。
「師匠は不思議な顔で笑うであるな……怖いのに……これ以上ないくらいに頼りになる」
俺はふと手のひらを見つめた。なにかが、一瞬変わったようで……やっぱりなにも変わらない相変わらずの手のひら。
それをぎゅっと握りしめ、少しおかしくなって笑みをこぼす。
「オレも戦うである……今度こそ、師匠と一緒に肩を並べられるように」
多分だけど……俺は今、酷く邪悪な笑みを浮かべてるのだろう……。
だけど、それは俺が俺である証明だ。
それだけで、もう十分だ。




