第七十七話「覚醒」
––––––––––––君は……醜くなんてない。
…………お前はいいよな。
––––––––––––。
この世界の運命ストーリーが選んだヒロインはお前だ…………。お前は俺じゃなくても……健司でもヒロインになれたんだ。
––––––––––––どうしてそんな事いうの?
いいや…………ちがうか。お前も…………俺じゃない方がよかったんだろ?
––––––––––––拓海。
俺はこの世界のガンだ……。子供みてーな憧れでお前や、みんなを殺したんだ……。俺が余計なことをしたから健司ではなく、何もできねー俺が死んで……できもしねー主人公を演じることになったんだ。
……だって、そうだろ? なんで俺が勇者に焦がれたと思う?
決まってるだろ? カッコいいから……そんだけだ。
そんな適当な理由で悪がいることに憧れ、羨ましがって……そして余計なことしてみんなを殺していくんだ。
こんなことなら、何もしなければよかった……。
––––––––––––君は、間違ってなんてない。
「うるせぇよ!!!」
自分の意識の中だというのに、俺は叫び声を上げた。
「俺はこの程度の男なんだよ!! ……何が才能はあるだ。何が力は持ってるだ! ふざけんな!!」
そこにはいないはずの彼女に向けて、声を荒げる。
俺にはなんの力もない……才能に溺れていたって思ってたけど全然違う。絶対的に手に入らないものがそこにあって……俺はずっとその場所に憧れていた。なにかを成し遂げる力なんて俺にはない。
でも、手に入るはずもない。
「俺は結局、才能なんてなかったんだ……そりゃそうだよな。悪役なんだから」
努力しようが、何しようが満足できるわけがない。だって最初っから配役が決まってたんだから……。
俺は、ただそれを演じるだけ。それだけの存在なんだ……。
––––––––いいじゃない。悪役でも。
––––––––君はずっと、正しくあろうとしてくれた。だからこそみんな……君を愛してくれたんだよ?
––––––––私が好きになった、結城拓海は……主人公じゃなかったかもしれない。だけど、私をずっと守ってくれたのは、君なんだよ?
––––––––私の世界で一番好きな人のことを……そんなに悪く言わないで。
だけど、俺は……ずっと寂しくて……何もできない自分が悔しくて……。
だから……憧れた……主人公に。君みたいなヒロインに憧れた。
誰にでも優しくて……みんなのことを守れて……弱くても、力がなくても、全ての運命に立ち向かえる……そんな物語の主人公に。
だけど……運命ってやつに明確にその道が閉ざされた。
俺には……もう無理だ。
定められた運命になんて……俺は立ち向かえない。
––––––––君は……ううん。君たちはずっと、勘違いしてたんだよ。
––––––––君の優しさは主人公だからじゃない。君だからだよ。
––––––––君だから……私は愛した。前世とかそんなの関係ない。
––––––––君を好きになっちゃいけないと言うのなら。運命の赤い糸なんて、私の方からぶった切ってやるんだから。
––––––––だから……君は君のままでいいんだよ。
俺の中で聞こえる声は……とても心地よくて……。
そして……俺の中に一つの答えを生み出した。
––––––––––ユーザー名:タクミ=ユウキ……ステータスを敵性ユニットに変換。
––––––––––脳波パターン修正完了……タクミ=ユウキの性格パターンを変換します。
––––––––––完了しました。運命通り、主人公に対しての敵対行動を開始します。
––––––––––スト リ ? ???? ?? ??? ??
そりゃそうだ。
可能性を管理するために作られた世界なんだ。だったら人格や意識すら、すり替えられることくらいあるだろう。
俺の意識の中から聞こえてくる声は人工的で、無感情だ。
––––––––大丈夫?
無機質な声に混じって、あいつの声がする。
俺の愛した……いや、俺達が愛した女性の声。
なぜ聞こえてくるのかはわからない。だが、声だけは聞こえてくる。だから、俺は強くうなづいた。
––––––––ごめんね。
なぜ、謝られるのだろうか?
––––––––結局、君が一番辛い選択をさせてしまったね。
……言ったろ? 何があってもお前を守るって。
「君の望んだ世界はなに?」
「俺の望んだ世界はなんだ?」
「僕の望んだ世界はなんだい?」
––––––––––どんどん自分が上書きされていくのがわかる。
当然だ……いわゆる闇落ちってやつだ。
でも……だからこそ……。
俺だけが……この世界を救える。
––––––––––たk タクミ???? た?? ステータス??? バグ 発生 修正を??? 修 正??
言ったろ? 俺は、諦め悪りぃんだわ……。
……なんてな。
本当は、もう諦めていた。あいつの声が聞こえなかったら……もう運命に負けていた。
理不尽すぎる運命とか言うものに振り回されて……うんざりしてきた。
カイン……お前もそうだったんだろ?
だから壊れてしまった……。わかるよ。
憧れた力は、絶対に手に入らないところにあって……それでも諦めが悪い俺達は、手を伸ばした。
お前は届かなかったようだけど……。
届いたぜ……ようやく。
––––––––––タクミ=ユウキ??? ステータス???? 変換???
––––––––––タクミ=ユウキ。新ステータス覚醒……。
––––––––––運命の破壊者に進化しました……。
ゆっくりと覚醒していく。
だから俺は……君にありがとうと……そう呟いた。
「なにっ!?」
健司の剣は、眉間の手前で俺の二本の指で挟まれ、その動きを完全に静止していた。
「……待たせたな、主人公。決着をつけるぜ」
その刀を俺の拘束から引き剥がそうと強く引くと、俺は力を緩める。主人公は反動で少し後ろに下がり、息を整えてから刀を正眼にかまえ直した。
「拓海……お前…………」
わかってる……お前は、悪になった俺とは戦いたくなかったってんだろ?
だがな……俺はやっぱり悪役なんだよ。
でも、それでいい。
困惑している健司は、本当に攻撃すべきか躊躇し始めた。
さっきとは俺の雰囲気が変わったからだろうか……悪に身を染めた直後は俺の意識もなかったから、どんなだったのかはわかんないけど。
「……ありえない」
その言葉を漏らしたのはテュールだった。
「あなたは……一体何者なんですか?」
「知ってんだろ? ……タクミ=ユウキ。ただの極悪人だ」
……そう、悪役としてデザインされ……。
その運命に醜く争い……。
そして……たどり着くはずのなかったもう一つの答えを手にした。そういう存在だ。
そして、だからこそ……。
ティエアを救えるのは……俺しかいない。
「健司……俺は、お前を絶対に倒さなければならない」
「拓海……」
それが……俺の本当の異世界転生の始まりだ。
「……頼む。俺がティエアを救えるかどうか……確かめてくれ」
その言葉を聞くと、親友は強くうなづいた。
「ああ……僕も、あの世界で生まれた者として……ティエアを絶対に救いたい」
……相変わらずだな……俺も、健司も。
また、守るために……俺達は全力を尽くすことになる。
お互いに、真の友として……。
もう、小細工はいらない。
俺は、剣を収め……抜刀の体制に入る。
すると、健司も鞘に鋼の刃を収めた。
あいつの居合は初めて見る……おそらく、修行の成果があれなんだろう。
お互いにただ一撃……。
そして……互いに全力。
吐息すら聞こえそうな静寂の中、俺は思う。
もしも、俺が本当に闇に落ちていたら……こいつはちゃんと俺を殺してくれたのかな?
その答えは、この一瞬が教えてくれる––––––––。
怒号が鳴り響いた。
獣の声にも似た咆哮でお互いに強く一歩を踏みだす。
その時、俺……いや俺達は不思議な感覚に包まれた。
世界の全てがスーパースローのようにゆっくり進んでいく。
世界が鈍速し……思考が加速していく。
互いの右足が交差気味に強く踏み出し、大地がえぐれる。そのえぐれた土の一粒一粒すら鮮明に映っていた。
雷鳴が鳴り響き、奴の剣が加速する。……不思議だ……本当は一瞬のはずなのに、今はこの技がどういうものなのかすら考える余裕がある。
奴の技は、レールガンの要領で刃を加速している。……なるほど、本来ならまさに刹那の剣尖。光速にすら届きうる雷鳴の一撃。
俺の技も……奴はすでに見切っているだろう。
鋼がぶつかりあい、火花が散る。それすらもスローモーションに感じ、鮮やかなオレンジ色の光の花の一ひらずつが俺達を魅了する。
火花と同時に、健司の刀に帯びた炎雷の渦が俺に襲いかかる。
その全てを…………
俺の暴風で……吹き飛ばした。
ゆっくりと世界が加速する……。
ゆっくりと、思考が遅くなる。
ゆっくりと、意識が戻ってくる。
そして……
––––––––––ゆっくりと、俺は本当の意味での勝利を噛みしめる。
「はぁ……参った……ってか死ぬところだった」
「悪りぃな……ペルなら治せると思って、全力出しちまった」
大きな岩のベットに横たわりながら、俺に切られた跡を確認する。その傷は完全になくなっていた。
「もう……私の魔法だって確実じゃないんですからね。あまり無理はしないでください」
苦笑しながらも、健司の上着を修復する……なるほど、回復ってそういうこともできるのな。
「……よかったな。拓海……これで、名実ともにティエアの主人公だ」
祝福する親友とは裏腹に、邪悪な笑みをうかべる。
「何勘違いしてんだ? ……悪役の俺に主人公のお前はやられたんだ……こっから先はバットエンドだよ」
「……は? お、お前何言って……ティエアを守るんじゃ」
そう……俺は守らなければならない。このバットエンドが確定した世界を。
「最初の神の目的が世界の破壊なら、世界を守るのは悪役の役目だ」
「拓海……」
「健司……お前は安心して死に戻りしてな。お前が、現実世界で死んでティエアに復活する時には……呆れるくらいクソ退屈な平和な世界作っといてやるからよ」
それが、俺の導き出した答えだ。……この目の前の最強の主人公が転生するその時までに、めっちゃ平和な世界を用意する。
主人公としての楽しみを……全部奪ってやる。
……それを聞くと、親友は声高らかに笑い出した。息苦しいほどに腹を抱えて笑い、釣られて俺も笑い始める。
「ハハハっ!! 本当にお前らしい!! なるほどな、悪役だから世界を救うことができるってわけだ」
「だいたいスピカとお前が運命の赤い糸で結ばれてたんなら、ヒロイン寝とったっつーことだろ? ……まだ、そこまでいってないけどさ。でもまぁ、そんな役なんて悪役以外の何者でもねーじゃねーか」
その言葉で、耐えられなくなった健司はさらにゲラゲラと笑いだす。
「本当に、お前は極悪非道だよ。極悪非道で……最高の親友だ」
俺達の後ろの、健司の折れた刃が反射した光景は……あの日カインが追い求めた姿なのだろう。
待ってろよ……クソプレイヤー……テメェの一番気にいらねぇバットエンドを用意してやっからよ。
と言うわけで第九章「運命の破壊者」完結です。いかがだったでしょうか?
気に入っていただけたらぜひご感想と評価をよろしくお願いします。
さて、今回の主人公結城拓海ですが、ライバルキャラっぽい主人公と言う発想から生まれた主人公でした。プロットを作っていく上で「じゃあいっそ悪役にしてしまえば?」と思い、「勇者を目指す悪役」は完成しました。なので序盤から結構伏線を張り巡らせてました。
シーファトの時の言動もそうですが、モンスターが軒並み雑魚で平和を守りやすい環境なのにアーノルドと言う悪役を見てガキのように喜んでたり……ちょこちょこブラックな部分を入れてた事が、いい伏線回収になってればいいなーと考えてました。どうだったでしょうか?
さて、次章は……ごめんなさいまだ未定です(ノ_<)
忙しくなったのも要因ですが、次章はある程度裏の設定も解説していきたいと思ってまして……なるべくわかりやすいストーリーにしたいので色々調整中です。
頑張って書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします!




