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第七十二話「闇への誘い」

「なぁ……どれが好みだ?」


「そうだな……あの獣人族の子なんていいんじゃないか?」


「あの子か〜……でも胸の形がなぁ……」


「じゃ、あのエルフはどうだ?」


「おぉ……なかなかこれは…………」


 ……我が友ながら、最低だ。


 スサノオを中心としながら、数人がそのテニス部女子更衣室の扉の先を覗き込んでいる。


「おい……お前は覗かないのか?」


「興味ねーよ。健全が一番だ」


「えー! もったいねぇ」


 ……先生に見つかったら俺だけのせいにされるに決まってる。そんなのごめんだ。


「だが、あれはないよなぁ……」


「ああ……絶壁だ」


 ……それだけで、スピカのことだとわかる辺りがなぁ。個性とも言えるんだろうが、やっぱ小さいよな。


「尻も引っ込んでる……マジで男みてぇな体」


 と、男子数人が話していると……。


「ぬぉっ!?」「うげっ!?」


 覗き魔達は青白い魔法の縄で拘束された。そんな男達を着替え終えたスピカが鬼の形相で変態達を見下ろしていた。


「…………誰が絶壁だって?」


 あの会話、聞こえてたのか。……すげぇ地獄耳。


「はぁ……まさか部室を覗きに来るなんて」


 テニスウェアに着替え終わった女子数人が、怒りの眼で囚人達を見ていた。ディーも呆れてため息をついていた。


「……そんなことはこの際、どうだっていいわ」


 そう言い放つとスピカは、拘束されているスサノオの首を胸ぐらを掴んでマウントポジションをとる。


「……だぁれがっ!! まな板絶壁平原じゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 暴走した鬼のように、タコ殴りにされる親友を見て、心底覗かなくてよかったと安心した。


「……他の男子も……覚悟はいいわねっ!!」


「「「ぎゃああぁぁぁーーーー!!!!」」」


 ディーの水魔法で拷問される男子達……。そんな中、一部の女子の怒りの矛先が俺に向いた。


「カインも、そこにいたんなら男子達止めてよ」


「一応止めたさ。それでも押し切られたんだよ」


「まったく……役に立たないんだから」


「……そりゃ悪かったな」


 役に立たないと言われイラッとしたが、この程度可愛い方だ。俺は気にしないふりをしたが、二人はズィッとあいだに入った。


「ちょっとレナ、今の言い方はないんじゃない?」


「そうよ。カインくんだけで止められるものでもないんじゃない?」


 ディーとスピカが庇ってくれて、レナと呼ばれた子はバツが悪そうにコートに入っていく。


「気にしなくていいからね。カイン」


「……悪い」


 俺が目を伏せると、血まみれになり地に伏せる親友がそれでもニヤリと笑っていた。


「……下からのアングルもなかなか……ぐべっ!!」


 思いっきりスピカに顔を踏みつけられ、変態紳士の友は完全に気絶した。




 ボロボロになったスサノオを抱えながら、更衣室を離れる。


「っ……へへ。あともうちょいで見えたんだがなぁ」


「……スサノオ……」


 そんな男として最低の発言でも、俺はこいつの行為を責めようとはしない。こいつは……俺のことを思って…………。


「なぁ……もうやめないか?」


「へへ……なんのことだ?」


「お前は……俺のことを思って」


「だから……自意識過剰っつってんだろ」


 違う……俺は知ってる。


 スピカが……スサノオと話していた時のことを。




 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


 数ヶ月前。テスト前で周りがそそくさと帰宅して誰もいないはずの教室。


 そこには、帰ったはずのスサノオと、スピカがいた。声をかけようとしたが、俺の名前が出たのでつい聞き耳を立てていた。


「……あいつは、生まれながらにして悪役なんだそうだ」


「悪役?」


「ああ……スピカも知ってるだろ? 俺たちの出生秘密」


「……大戦時に死んだとされていたスピカとスサノオの幼児化した存在……それが私達でしょ?」


「その幼児化した人間は、もう一人いたそうだ」


「……なるほど、おじいさまから聞いた話で唯一よくわからなかったところがあったけど……そういうことだったのね」


 あの魔法は、術者も時を遡ってしまう。つまりは、もう一人幼児化している人間がいるはずだった。


 それは……俺、カインだ。


「当時、勇者として名高かったスサノオ……そして賢者スピカを事実上殺した男……だが、俺達も含めてその記憶はない。当然カインのやつもだ」


 ……そのお陰で俺は、その事実を知る人間達に監視されて生きている。俺の今の親でさえ、俺の監視者だ。


 過去の俺が何を思ってそんなことをしたのかは知らないけど、本当に迷惑な話だ……。


「……だが、カインが悪ではないということは、スピカも知ってるだろう?」


「もちろんよ……彼は常に正しくあろうとしている。決して悪ではないわ」


 ……スピカ……スサノオ……。


「……もしかして、アンタがへんなイタズラばかりしてんのって、カインのため?」


 え…………?


「……アイツよりオレの方が悪ければ、アイツの記憶にもない過去なんて気にする奴の方が少なくなるさ」


「……はぁ……ほんっとアンタってっやつは……」


 俺は、跪いて涙を浮かべた。


 スサノオ……お前ってやつは…………。


「まぁいいわ。ちょっとのイタズラなら見逃してあげる。だけど、やりすぎたら容赦しないわよ」


「……悪いな。スピカ」


 本当に済まなそうな顔をして謝るスサノオを見て、俺は思わず叫び出しそうになった。だが……俺には彼に感謝以外の言葉をいう資格はない。


「気にしないで。……私もずっとカインの事が気になってたから」


「なんだ? お前カインのこと好きだったのか?」


「ち、違うわよっ!! バカっ!!! ったく……どんだけ鈍感なのよ!!!」


 鈍感……か。


「? ……お前カインのこと好きじゃなかったのか。だったら誰が好きなんだ? おい」


 ……親友の言葉にズッコケそうになった。ほんっとうに鈍感だなこのバカ……スピカこれだけわかりやすい性格なのに。


「っ〜〜〜〜〜〜!!!! ヴァカァーーーーー!!!!」


 思いっきりぶん殴った後、喧嘩別れしてしまったが……次の日には元に戻っていた。


 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––




「俺は知ってる……スサノオが俺のために悪さをしているって以前話してたろ?」


「何を言ってる……へへっ、からかうと楽しいからに決まってるだろ?」


「それも知ってる。お前、スピカのこと好きだからな」


「んなっ!! んなことねぇよ!!! ……何言ってんだ馬鹿野郎」


 本当に……この二人は鈍感すぎる。


 イタズラもスピカに対してばっかりだ。


 そんなの、とまどってる可愛いスピカの姿を見たいからって理由に決まってる。


 だけど、だんだんバツが悪くなって……あの日、スピカに話したんだろ? 嫌われたくないと思って。


 ……本当に、わかりやすい二人だ。


「誰が好きになるか……あんなペチャパイ暴力女」


 すると、急にパコーンっという打撃音がスサノオの頭で打ち鳴らされる。


 テニスボールがどこからともなく飛んできて、スサノオの後頭部にぶつかったようだ……。


 恐る恐る後ろを見ると、金網の先のコートから睨みつけるペチャパ……もとい、可愛らしい翼人が殺気を放っていた。


「……流石、テニス部のエース……」


「地獄耳が……」


 スピカは耳いいからなぁ……。


 テニス部のコートはプロの公式試合も行われるのでめちゃくちゃ広い。数万人収容可能な観客席はガラリとしていて、俺達を含めた数人しか見学していない。


 それもその筈。今回はテニス部恒例の部内大会。別に公式戦でもなければプロの練習でもない。どちらかといえば部内のお祭りのようなものなので、和気あいあいとしている。


「……さてと、スピカの相手はっと……ああ、セナか」


 銀髪のポニーテールの少女は、大きく腕を振って元気いっぱいだ。


「お姉様! いっきますよーー!!」


 セナ=フランシェル。スピカの妹だ。


 闇魔法が得意なセナに対して、スピカの得意魔法は炎。


 闇魔法は基本的にはエネルギー体での攻撃魔法ばかりだけど転移魔法も得意だし、テニスって競技の特性上、普通ならセナが優勢なんだが……。


「はぁっ!!」


 闇魔法の転移でゲートを作り、ボールを途中で方向転換する。捉えにくい上に、アウトお構いなしで全力で強打できるためかなり優秀な技だが、あっさりとそれを返す。


 そのボールをセナが追いかけると、ネットを超えた瞬間、ボールが消えた。


「へ?」


 まるで、雷のように捉えようのない動きで、ボールが無軌道に飛びまわりあっという間にセナの足元を撃ち抜いた。


「……アイツの魔法、炎の魔法でいいのか?」


「スピカはボールから全方位の熱風を放つ事ができる。れっきとした炎魔法だ」


 ……もはや炎と呼べばなんでもありだな……。


「お姉様ずるいです……炎魔法で私が勝てるわけないじゃないですかぁ!!」


「だったら、闇魔法縛りでやる?」


「もっと勝てません!! 魔法の気配察知してゲートをカウンターしてくるとか反則ですっ!!!」


 余裕綽々のお姉様にぶぅーっという感じで頬をネズミのように膨らませる妹。


 ルール的にありなら、こいつ相手の打った球全部ゲートに吸い込んでアウトにできるからなぁ……。まぁ、魔法に触れた瞬間魔法を放った方のボールという扱いになるため、アウトにしても自殺点になるだけだが。


「……それにしても、本当にお姉様好きだなぁ……セナは」


「スピカは面倒見いいからなぁ……セナも甘えてしまう見たいだ」


 仲睦まじく、和気あいあいとしている姉妹を見て……どこかホッとしている俺がいた。




 部内大会がスピカの優勝で終わったのを見届けた後、スサノオは師匠のコジロウさんと修行に行くため、途中で別れる。スピカもスサノオと一緒に行くようだ。


 その後ろ姿を眺めながら、俺はいい親友を持ったと心のそこから思っていた。


「……なるほどなるほど……嫉妬ですか」


「っ!?」


 ど、どこから出てきたんだこいつっ!! 俺の背後には銀髪の片眼鏡の男が、不気味なニヤケ顔をしていた。さっきまでそこには誰もいなかったはずだった。


「いやぁ、あなたの感情は実に興味深い……純然たる悪なのに、それを認めず、呪いを内包し続ける……いやぁ、素晴らしい!! ここまで完璧な自己矛盾も珍しいですねぇ」


「……なにが言いたい。アンタ誰だっ!!」


「これは失礼……私は、アーノルド=シュレッケン……ちょっとした占い師ですよ」

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