第七十一話「呪いが生まれた日」
『2010年9月……ターニングポイント』
『運命に従い、過去の媒体から記憶を読み取ります』
くそっ………。
まさかここまでとは…………。
「諦めろ…………カイン大臣。お前達の企みはわかってるんだ」
薄暗い王室で俺と鬼は対峙していた。
自分のシワだらけの手を見て、何年間この瞬間を夢見てきたかとせせ笑う。だが、その思いとは裏腹に絶対的な実力差を感じずにはいられない。
正義の味方面している、その男は憎たらしくも未だ衰えた様子も見せない。百年以上を生きるエルフと同等の寿命のせいで、見た目はまだ二十歳そこそこといった所だ。若々しい色白の肌に血のように赤い髪と瞳。鋭い牙がギラリと光る。種族こそ鬼だが、好青年で美男子とも言える顔立ち。
そいつの隣には、スピカがいた……俺の許嫁だったはずのその女は、時が止まったかのように美しい姿をしていた。
白き双翼を背負い、青く丸い瞳を輝かせ栗色の長い髪が動くたびに踊る。
実際には彼女も鬼も、俺と同じで九十を超えている。だから今のスピカの姿は俺と戦うための術式ということがわかる。あるいはこの鬼への愛情の証なのかもしれない。
そう思うと無性に腹が立ってくる。
「企み? ……ふふ……ふははははは!!!! 何を言ってるんだ!! 元に戻るだけだ!!! スピカは俺の許嫁に戻り、貴様は罪人に戻る!!! それが本来あるべき姿なんだっ!!!!」
俺の腕から放たれた風の刃が、辺りのものを所構わず切り刻む。
「甘いっ!!!」
だが、そんな俺の風魔法も軽くいなされてしまう。
「お前らぁ!!!」
「もうやめて! カイン兄様」
スピカは俺を涙を浮かべて止める。幼かった頃と同じ呼び方をされて、俺の心が少し揺らぐ。
「ずっと優しかったのに……どうして変わってしまったの?」
「俺は変わってなどいない!! お前が変わったんだ!!!!」
「カイン兄様…………」
こんな罪人などに惚れるからこんな事に…………。
「カイン……お前がなんと言おうが、オレがスピカを守る……」
「この……鬼風情がぁ!!!!」
老いた俺の剣は、やすやすと弾かれ、喉元に剣が突き立てられる。
「うぐっ…………」
首の皮一枚を挟んだ生命の危機で力が抜けていく。いずれ俺の持つ剣はズレ落ち、膝をついてしまった。
「お前の負けだ……」
「カイン…………」
ちくしょう…………ちくしょう!!!!
「スピカ……なぜ鬼なんぞに惚れた…………俺は、お前のために…………」
「あなたは大きな勘違いをしてしまったのよ……人として大切なのは財力なんかじゃない…………心よ」
「心……だと?」
そんなものに負けたとでも言うのか…………俺は。
「ははは……ふははははははは!!!!」
「おねがい……もうやめよ? 昔の優しかったカイン兄様に戻ってよ…………」
ああ……その呼び名……懐かしいな…………。スピカの目はまさに俺が好きだった頃の彼女そっくりで、懐かしさと同時に時を戻せない悔しさに歯噛みする。
時を……戻せない?
「そうだ…………その手があったぁ…………」
ニタリと笑い、ゆっくりと起き上がる。
「カイン……何をする気だっ!!!」
「我は願う!!! 女神ノルンより授かりし時の力よ!! 我らの時を戻せ!!!」
俺達三人を魔法陣が包み込む。
「カイン……キサマァ!!!」
「クククッ……アッハハハハハハ!!! 我らはもう一度人生をやり直すっ!!! そして今度こそ貴様に目に物を見せてやるっ!!!!」
「スピカっ!!!」
「スサノオっ!!!」
「……おいっ!! スサノオ!!! スピカ!!! どこだ!!!」
「これは……まさか、スサノオ……スピカ!? ……それとカイン大臣なのか!?」
「……三人が赤子となってしまった以上、仕方あるまい。……お互いの種族の代表の養子とするしかあるまい」
『ターニングポイント発生––––––––––––セーブを行います…………』
「……カイン……おいカイン!!」
「んぁ……」
やばい…………寝ちまってた。俺の頭にかぶっていた教科書がずれ落ちると、赤髪の男が呆れ顔でこっちを見ていた。
「全く……勉強好きなのはいいが、お前は真面目すぎだ」
ピンっとデコを指で弾かれる。
「ってー……そういうお前は勉強いいのかよ……今日も赤点ギリギリだったろ?」
素行の悪そうなその男は、俺が一言注意すると鼻ほじりついでといった様子でめんどくさそうに答えた。
「いーんだよ。赤点じゃねーんだし」
「よくないわよっ!!」
「あいたっ!!!」
俺達の話を聞いてた女子生徒が辞書の角を、思いっきり赤髪の親友の後頭部にめり込ませる。
「ってーなー!! この暴力女っ!!!」
「だぁーーれが暴力女よ!!! アンタ、そろそろ本気で先生に目をつけられるわよ!!!」
いつもは丸みをおびた可愛らしい青の瞳が、鬼のように鋭くなっていた。……まぁ鬼は怒られている友の方なんだがな。
「いーんだよ! 鬼の一族が国の方針が変わったからって、大人しく学生なんてやってられっか!」
そういうと、木剣をとりだし自慢げに見せびらかす。
「俺には最強の剣があるっ!!」
「……コジロウさんに一本もとった事ないくせに」
「るっせぇ!! あんのボンクラジジィ……いつかギッタギッタにしてやるっ!!!」
歯噛みをし、ムシャクシャしたように地団駄を踏む、俺の親友。魔族のスサノオ=グラディアル。
呆れ顔で辞書で肩を叩く翼人……スピカ=フランシェル。
そして、俺……カイン=アルマーク。
今、俺らがいるのは魔導学院高等部三年B組の教室。
扇状の階段で囲むように学徒の長机が並び、その三段目の窓側の席が俺達の憩いの場だった。
っつーか俺の席なんだがな……スサノオはいつもそこで俺を悪巧みに誘い、スピカがそれを呆れつつも止める……大体いつもこんなパターンだ。
俺達は三人とも幼馴染……というか腐れ縁だ。
はちゃめちゃなスサノオをオカンのように止めるスピカ。そしていつも巻き込まれる俺……そんなことを物心ついた頃から繰り返してたら離れられなくなっていた。
そんな俺は、最近前世の夢を見る。
なぜか戦っている俺とスサノオ……そしてスピカ。
なんで俺は怒ってたのか……なんで前世ってわかるのか……正直わからないことだらけだ。
だけど、俺の知る二人は実際お似合いだと思うし、二人がくっつこうがどうということはない。
むしろ、両思いなのバレバレだからさっさとくっついちまえって思ってるくらいだ。
「ってか、次剣術の授業でしょ? さっさと行くわよ」
「へっへー!! 待ってましたっ!!!」
実に嬉しそうにスサノオは木剣片手に外の演習場へと駆け出す。それをもはや止める気にもなれない俺達二人は、淡々と準備を済ませてスサノオの後を追いかけた。
「でりゃあ!!!」
右からの一閃をはじき返し、そのまま反転し左脇を狙う。
だが、それを読んでか地に伏せ、避けられる。
「あめーよ!!」
地に伏せた赤髪に木剣の一閃を打つ。が、髪先に触れるだけで空を切る。
「っく!!!」
スサノオの右からの切り上げに木剣をかざし、乾いた衝突音が打ち鳴らされる。
木剣が衝突した反動を利用して距離を取る赤鬼。俺も構え直し、体制を整える。が、そこで終了のホイッスルがなった。
「そこまでっ!! ポイントにより、スサノオの勝利!!」
「じ、時間切れか……」
この戦闘演習では相手の体に木剣を当てるか、時間切れで勝敗をつける。
時間切れの場合は、攻撃回数と、捌いた数、実力などを図り、ポイント制で評価する。本来の試合では評価のための時間が設けられるが、流石に学校の授業でも取り入れるわけにはいかないため、先生の見た感覚で判断される。
「……おい。今のはカインの勝ちだろう」
「スサノオ?」
その言葉に訝しげな表情を見せた実技の先生は、ゴリラのような豪腕の先をスサノオの頭に乗せた。
「お前は優しいな。ならそう言うことにしよう」
「…………」
そう言うことに……か。
「悪いな……スサノオ」
「気にするな。打ち込みの数は明らかにお前の方が多かった」
「…………」
その放課後。今日は中間テストの結果が帰ってきており、いつものメンバーで見せ合っていた。
だが、俺はテスト用紙を無造作にカバンへと突っ込む。
「またスピカ学年一位かー」
さすが、魔導学院の賢者とまで呼ばれるだけある。どうせ満点だったのだろう。
「さっすがスピカー!! この天才めぇーー!!」
長い水色の髪のセミロングの少女が、スピカにヘッドロックをかましていた。
「ちょ、こらディー!! やめなさいっ!!」
頭をディーことウンディーネに頭をグシャグシャにされながらじゃれつく。
「ったく……だいたい、あなたも今回学年2位でしょうが……」
「あぁーーーもうっ!! 問7の凡ミスさえなければ同列一位だったのにぃーーー!!!」
ったく……この天才女子どもが……。
「スサノオは何点だったの?」
スピカが問うと、よほど自信満々なのか自慢げに答案用紙を見せつける。
「じゃーんっ!! 赤点回避っ!!! ぐぼはっ!!!!」
スピカの拳骨がスサノオの後頭部にめり込んだ。
「赤点回避で自慢するんじゃないっ!! 今から帰って復習ねっ!!!」
「んなっ!! お、オレは帰ったら師匠の修行がっ!!!」
「コジロウさんにはすでに許可とってるわ」
冷徹に言い放つと、ぐいっとスサノオの襟首を引っ張る。拍子にスサノオは
「お、お前! これから部活じゃ」
「い・い・わ・ねっ!!!」
か弱い翼人に引きづられていく鬼……。うーん。尻に敷かれてるなぁ……。
「あ、そうだ。カインも復習やろうよ」
スピカに誘われるが、俺は遠慮したように首を振る。
「……俺、ちょっと寄るところあるから、今日はやめとくよ」
「あ、そう。あと、ディー。悪いんだけど……部長に今日休みますって言っといてくれない?」
そういえば二人ともテニス部だったな。
「わかってるわ。スサノオとデートなんで、スピカは休みますって言っとくわね」
「へああぁぁっ!?」
……賢者様からものすごい声がでた。
「デデデデデェッ!! デーーーーートじゃないし!!! ぜんっぜん違うし!!! 誰がこんなお調子者をっ!!!!」
「ふっ……オレ様に惚れたからってそんなに照れるなよ。スビギィ!!!」
襟首を持ち上げ、そのまま背負いこむ。当然服で首が閉まり、みるみるうちに赤鬼の顔が真っ青になっていく。ギブアップとばかりにスサノオは彼女の腕を叩くが完全に無視される。
「じゃあね」
まるで不良が鞄をからって「じゃあな」とでも言うように、スピカは去っていく……今回の場合鞄ではなく、鬼だったが。
「デートじゃないって……部活よりスサノオの勉強の方を優先してる時点でバレバレだっての」
ディーが伸びをして自分の鞄に手を伸ばす。
「カイン。あなたももう少し正直になったら?」
「なんだよ……正直にって」
「……はぁ……間違ってるのは向こうなんだから、もっと堂々としなさいってこと」
間違ってる……か。
俺は寮に戻り、いつもの通り平均以下だった答案を取り出す。
そして先生の採点の上から青ペンで正しい採点を行う。
……この作業にも慣れたものだ。
どうせ俺のテストは、正しい点数で帰ってこない。そんなものはとうの昔に諦めてしまった。
もうこの学園に入って何度も抗議した。スピカやスサノオも一緒になってくれた事もある。
……だが、結局は無駄だった。
俺は……所詮この世界の悪なんだから。




