第七十話「俺の望んだ異世界と違う」
「恐山に行く?」
玄関で、装備を整えてながら親父の問いに答える。
「ああ……正直今すぐにでもスピカを取り戻したいところだが、戦力が足りなさすぎる。今のところ、この世界で事情を知ってるのは健司だけだしな」
あいつが、須佐男なのはわかっている。だから、あいつの協力はいずれ必要になるだろう……。
「そうか……わかった」
「親父はどうする?」
「俺を襲った佳奈美……正体はフレイアだったか? そいつに手も足も出なかった……俺では足手まといになるだけだ」
「親父……」
「なぁに!桜乃の帰る場所くらいは守ってやる……お前は、お前達の帰る場所を全力で守れ」
俺達の帰る場所……か。
「ああ」
俺が行こうとすると、親父が「おい」と呼び止めた。
「……なんだよ」
「多分、これからお前の人生で最大の苦難が待っているだろう……俺も想像できないほど強大な……」
「だろうな……なんせ相手は神だ」
「それだけならいいがな……」
「どういう意味だ」
「…………健司君、早紀ちゃん……そして拓海……この三人の因果は偶然とは思えない」
「え…………」
「お前が偶然早紀ちゃんにあった日……つまりお前が死ぬ日。早紀ちゃんはそもそも俺の道場に来るはずだったんだ」
「なっ、なにっ!?」
た……確かに俺と早紀の両親は、そもそも知り合いだった……だが、俺達はその時点で知り合いでもなんでもないんだぞ!?
「……理由は大したものではない。ただの療養の気晴らしで剣道の見学……だが、その日にお前達は事故にあった。今日まで偶然だと思っていたが、これは本当に偶然なのか……」
偶然じゃない…………。
まさか……早紀が道場に来ることが、本来の運命だったのか?
だとしたら……早紀の正体はまさか…………。
「……拓海」
愕然としながら思考をめぐらせる俺の肩を、親父が両手で掴む。
「あ……ああ」
「自分を見失うな……自分の正しいと思うこと。ただそれだけを剣に込めよ」
「俺の……正しいと思うこと」
正直……まだ俺はどれが正しいのかわかってないのかもしれない。
「お前は強い……だが、その強さに常に悩んできた。その意味を知る時……おそらくお前の真価はそこで問われる」
その意味…………。
「その意味を知ったあとでも、お前は正しくあり続けろ……お前ならそれができると、俺は信じてるぞ」
「……ありがとう、親父」
俺達は、拳をぶつけ合い……本当の意味で、今生の別れをした。
あの日と同じように……「行ってきます」という別れの言葉を添えて…………。
「恐山…………久々だな」
俺の親父の実家……つまりは、俺の爺さんの家があるわけだが。
「……流石にもうないか」
爺さんはもう死んでいる。
俺の剣の修行をつけた数日後……ぽっくりと逝ってしまった。
だが、確か親戚がやってる旅館が、確かこの辺に…………。
「お兄ちゃん…………」
「ん……ああ、桜乃!!」
よかった!! 桜乃も無事そうだ!!
だが……そんな桜乃は俺に愛用の木刀の切っ先を突きつけた。
「今すぐティエアに帰って……お兄ちゃん」
「え……な、何を言いだすんだ」
わけも分からず、俺は困惑した声を漏らす。
「お兄ちゃんがいたら……ダメなの」
「ダメって……どういう意味だ? ちゃんと説明しろ」
目に涙を浮かべながら、なおも剣を俺に突きつける。
「無理っ……私にはできない……」
「…………桜乃」
「……ペルさんは……お兄ちゃんではなく、健司さんを選んだの……」
「え…………?」
ぺ……ペルが?
「だから、お兄ちゃんは、もう戦わなくていいの……お兄ちゃんの彼女さんは、絶対健司さんが助けてくれるよ」
「……いやだ」
「お兄ちゃん? ……なんで?」
「俺が守るって決めたんだ……あいつを……だからこれだけは引けねぇ」
「そう…………」
静かに木刀を構える桜乃。
「……だったら、私も健司さんを守る……邪魔はさせない」
「桜乃っ!?」
俺は桜乃の打ち込みに、とっさに竹刀袋に入ったままの刀で受け止めた。
受け止めた木刀をはじき返した勢いに乗せて身を捻らせ、横一閃に斬りかかる。それを竹刀袋から 取り出した刀の鞘で止める。
「やめろ桜乃!! お前と戦う理由はないっ!!」
「お兄ちゃんになくても私にはある!!」
桜乃の連撃をかろうじて捌く。
強い……俺が生きてた時の桜乃より数段強くなってる。
「くっ!」
打ち下ろされた一撃を伏せながら柄頭で止める。
「えっ!?」
そのまま強引に木刀をはじき返し、打ち上げる。
「きゃあぁーーー!!」
しまった! 加減を間違えたか!?
だが、倒れながらもすぐに起き上がり、一足で距離を詰める。
「ちぃ!!」
再び鞘と木刀がぶつかり合う。ミシリと嫌な音が聞こえた後、鞘が爆ぜ白鋼が露わになる。
一瞬の俺の動揺を見逃さず、俺の剣を弾く。
「はああぁぁぁ!!!」
桜乃の木刀は、俺が逃げるより早く俺の横腹に……。
「え?!」
入らなかった。俺は距離をとり体制を立て直す。
「……なんでこんな事になっちゃったのかな?」
「桜乃……」
「お兄ちゃん、悪くないはずなのに……みんなも悪くないのに……どうしてこうなっちゃうの?」
俺が聞きてぇよ……ったく。
「桜乃……」
どうして……悲しい目をして戦ってるんだ?
こんなにも強くなって……いつもなら「どう? お兄ちゃん」とか言ってドヤ顔してそうな状況だ。
なのに……今はあまりの辛さで泣き出しそうで、見てられなかった。
「桜乃さん。下がってください」
その桜乃の後ろから、赤髪の女性が現れた。
「……あんたは?」
「ワタクシはテュール=ヴァイゼ。ティエアで法の女神を担当させていただいておりますわ」
法の女神……彼女が最後の女神か。
「あなたはノルンの息子……タクミですね」
彼女の黄水晶の視線は鋭く、明らかな敵意を見せていた。
「ああ……それよりどう言う事なんだ? なぜ、こんなことになってる」
「あなたが主人公としては相応しくないからですわ」
「え……」
まるで汚物を見るかのようにきつい視線を浴びせられ、俺はひるみそうになるのを必死に堪えた。
「だから、ワタクシ達は健司様をティエアを救う主人公として判断させていただいた……そう言うことですわ」
「お前達は……健司はまだ生きてるんだ!! 今はティエアの住民じゃない……お前達はあいつを殺すつもりなのか!?」
「たとえ健司様が無理だとしても。あなただけは主人公とは認めない……それが我々女神が出した結論ですわ」
「何故だ!」
「それは、お前が呪いから生まれた存在だからだよ……拓海」
健司……それと、ペルか。
「健司様……修行の方はいいのですか?」
テュールがそう問うと、健司はメガネを掛け直しながら答えた。
「ああ……ごめんな。桜乃ちゃん」
「健司さん……」
そんな会話の中、俺にはどうしても聞き捨てならない言葉を無視するわけにはいかなかった。
「俺が……呪いから生まれた?」
「ああ……俺が須佐男の思いを受け継ぎ生まれ、早紀ちゃんがスピカの願いから生まれ……そしてお前はカインの嫉妬と言う呪いから生まれた」
し……っと……?
「本来、早紀は病死し……俺が事故死するはずだった。これが俺達の本来の運命だったんだ」
「は……はは…………何言ってんだよ……そんなわけないだろ?」
反論してるのに、俺はどこか核心をつかれたように全身が怯える。
「……タクミさん……早紀さんが死んだ本当の理由はあなたの中にある呪いによるものなの」
呪い…………? なんだよそれ…………。
俺はただ…………。
ただ……俺は憧れて……それだけで…………。
「思い出してください。あの日の事故で本当は何が起きたのか」
思い出す? ……はは……何言ってんだコイツは。
俺は………………。
俺はただ……………………。
あの子が…………俺が主人公の物語で……ヒロインになってくれたら……そしたらどんなにいいだろうって…………。
そしたら、トラックが………………。
彼女を守るために…………彼女を守る勇者に憧れて…………でもなれないことを知っていて…………。
憎んだ。
呪った。
全てを殺したくなって…………。
そして…………。
「ちがうっ!!! 俺は……俺はそんなこと思ってねぇ!!!」
「拓海……っ!!」
「違う……違うんだ……俺は……俺はただ……憧れただけだ…………それのどこが悪い!! 俺はぁ!!!」
チガウ…………チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ。
こんな世界……俺は望んでない。
俺の望んだ異世界と…………違う…………。




