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第六十八話「勝者の呪い」

 歩行者天国のアスファルトは熱気を放ち、初夏の蒸し暑さを感じさせる。


 ピリピリと張り詰めた空気を飲み、俺と零はにらみ合う。今にでも戦闘が始まりそうな緊張感だが、この往来ではお互い手を出せない。


 ……俺が生きていた頃に、確かにこいつとは何度か手合わせした。こいつは体格こそ恵まれているとは言えないものの、尋常ならないほどの速度があり、油断していると一本取られる……そういうやつだった。


 だが、今のこいつからは途方もない恐ろしさを感じる。小手先の強さではない……不気味なほどの見えない力の差を感じる。


 目の前の少年のような男は、少なくとも少年ではない。ましてや人間ですらない。


 この世を作り出した絶対神。


 最初の神。


 ゼクス=オリジン。


「零……お前は何を企んでる?」


「うーん。おおよそ先輩達の予想通りなんじゃないかな? ティエアはあくまでついで。オレが破壊したいのは、この最大の失敗作の地球だよ」


「ついでだと……テメェはどこまで腐ってやがるんだ!! あの世界も命ある者たちが懸命に生きてるんだぞ!!」


 神のあざ笑うような言葉に憤怒の色を隠せない。


「君達の理屈だね……人間はいつもそうだ。平和平和とかいいながら手前勝手の理屈で簡単に生物を殺す」


「何が言いたいっ!!」


 神はやれやれという風に首を振り、呆れを隠そうともせずに、にやけながら答える。


「例えば家畜。なんで君達は牛を食べるんだい? そう聞くと大抵の人達は量産しやすいからとか最もらしい理屈を並べる。だけど本当の答えは簡単。うまいから以外に理由などない」


 言い返そうと思ったが言葉に詰まる。


 ……理由は単純だ。こいつの言ってることは正しい。


「……だが食わなければ生きていけないのも事実だ」


 正しいと思うからこそ、人間側の仕方ない一面を口にするしかなかった。


「だったら食い物以外にしようか?」


「食い物以外?」


「ブラックバスって知ってるかい? 日本では外来種の魚さ。あまり食べられないくせに繁殖性が高く大量に増えていく。そしてゲームフィッシングとしては多くの人間に楽しまれてる」


 まるで辞書からそのまま引用してきたような無駄な説明台詞……意味がわからない。


「なんの話をしてる……」


「まぁまぁ、最後まで聞けよ。……そんな魚は日本の川や池の生態系を壊した。だから駆除しようと言う。……自己矛盾すぎて滑稽だと思わないかい?」


「言ってる意味がわかんねぇよ! どこが自己矛盾だ!」


「もっともらしい言葉を並べてるが、所詮は狂ったナショナリズム。昔からの川や湖じゃないとテメェが気に入らないから殺すだけだ」


 ……また言葉に詰まる。


 こいつの言葉は間違いじゃない。そういう外来種は望んで来たわけじゃない。


 たしかに最初に外来種を放流した事自体は、正しいとか仕方ないとは到底言えない。だからって俺達に外来種を裁く権利などあるはずもない。


 結局はただの原理主義……ナショナリズムだ。


「……だが、ナショナリズムも人の正しいあり方だ。生物を保護するために犠牲も必要だろう」


「そこだよ!! まさにそこが自己矛盾だと言ってるんだ!! 差別はいけない。可愛そう。保護しよう。優しい心を持とう。そんな事は腐るほど言うくせに、ちっぽけなナショナリズムのために平気で殺戮を繰り返す。これを矛盾と言わずして何という」


 ……人間と動物は、結局は同一視されることの難しいものだ。神の言う通り、綺麗事はいくらでも並べられるが、結局は人間の都合以外の何者でもない。


 神のような高みの見物を決めている奴にとっては、人間も動物もいっしょなのだろう。そう思ったから、俺は聞いてみたくなった。


「……テメェは違うって言いたいのか?」


「ああ……オレは人間が失敗作だったから殺す。それだけだよ」


 ……確かに否定はできない。原理主義もそうでない人間も、その考えが行き過ぎればただの殺戮者になりかねない。


 少なくとも人間以外の動物からしてみればそうだ。


 だが、その矛盾は決して悪意から生まれたものではない。正しくあろうとした善意から生まれたものだ。それが全て正しくないとは俺には思えない。


「……矛盾も人のあり方だ。正しくあろうとした結果にすぎない」


 正しくあろうとした事は否定しちゃいけない。その矛盾の答えを出す事は今の俺には出来ないが……だが人間が正しくあろうとする心は、決して間違いじゃない。


 だが、そんな想いを神達は嘲笑った。


「あり方ねぇ……フフフッ! そんなもんで殺された日にはたまったもんじゃないねぇ」


 鋭い視線を歪ませ、高らかに笑い黒髪をうざったくかきあげる。


「たしかに人間は不完全だ。んな事テメェに言われるまでもねぇ……だが、正しくあろうとした事まで否定されるいわれもねぇさ」


「うっわーーー! すげぇ責任放棄だねぇ!! タクミ君」


 今度は佳奈美……いや、フレイアが答えた。


「ええ。まったくもって滑稽ね……言うに事欠いて正しくあろうとしたなんて……」


 セナも、細い指を口元に添えて嘲笑する。


「まったくだ……その正しくあろうとした結果が戦争だろうがっ!!」


 神の言葉にまた答えを出せない……いや、今度は出さなかった。


 反論する気にもなれない。まさにこいつの言う通りだ。戦争は悪が起こすものではない。常に正義が起こすものだ。


 己が正しいと思った事を成した結果、侵略し、反撃し、殺戮をする。そして負ければ隷属。理不尽すら受け入れる事になる。


 一見すれば反吐がでるほどの悪だが、彼らにとってはこの上ない正義なのだ。何故なら敗戦国とは殺戮者でありテロリストなのだから。


 戦勝国こそ正義であり、正しくあらなければならない。だから原爆と言う殺戮兵器を落としても「仕方ない」なんて事が言えるのだ。


 それがどんなに冷酷でえげつない事でも、勝者は無理矢理でも正義にしなければならない。それはある意味で勝者につきまとう呪いだ。


 何故なら、正しさを証明し続けなければ、今度は自分が敗者になりかねない。敗者に正義を証明させてはならない。……いつの時代もそれが反逆の狼煙となる。


 どんな汚い手を使っても……勝者は敗者を貶め続けなければならない。


 だから、本来人間は正しく勝たねばならない。


 偽りの正義の勝利は、一生苦しむほどの呪いがかかっている。正義を証明し続けなければならないと言う呪いが……。それはまさに、人類の歴史が物語っているものである。


「何と言われようが……俺は人が正しくあろうとする心を信じるさ」


 だからこそ、今この時代では世界の紛争がなくなったのだ。


 すでに過去、テロ国家だった国は平和への道をたどっている。人はその時代にたどり着いた。


 これからの未来はまだわからないが、少なくともこの時代に一切の紛争はない。だからこそ神はこの世界に飽きたのだ。


 だが、その神はツボにハマったようにゲラゲラと笑い出す。


「ははははっ! やっべーーーーー!!! こいつまだわかってねぇのか!?」


 その邪悪なゆかんだ笑みは、口が裂けてるんじゃないかと思うくらいだった。一瞬恐怖を感じ、一歩後ろに下がる。


「……なんのことだ」


「テメェは一生正しくある事なんぞできねぇよ……何故なら、星井早紀を殺したのはテメェなんだからなぁ!!!」


「なに……をっ」


 俺が……早紀を殺した?


「……まぁいいさ。どのみちテメェにはもう味方なんぞいねぇ……破滅が確定した世界でさまよってな」




 人混みに紛れる神に、俺は手を伸ばした。


 だが、俺の足は動かない。


 追いかけても……意味がない気がした。


 いや……それよりも……。


「俺が……早紀を殺した?」


 全力で否定したいはずなのに……妙に納得できるその言葉に、俺はただひたすら戸惑っていた……。




 間違いない。ここは現実世界だ。俺の死後の世界……。


「これ、生き返ったって言えるのかな?」


 苦笑しつつ、俺は眺めていた店のパソコンのモニタから目を離す。


 昔よく行ったパソコン館からゲーメイトまでの道。


 駅方面に向かえば健司とよく遊んだカードゲーム屋がある。


 エロ本が気になって入った“らいおんのすあな”は、今も変わらずエロと萌えを売っていた。


「……さて、これからどうするか……」


 せっかくのアキバだが、遊んでいる時間などない。かといってどこから探せばいいのやら……。


「ともかく健司と合流だな。それから……ん?」


 あるポスターが目に入った。見たことある人物が映っていて、食い入るようにそのポスターを睨みつけた。


「佳奈美っ!? 何でこんな所に!?!?」


 そう、東条佳奈美だ。


 そのポスターには彼女が二つのヨーヨーを操ってる姿が写っていた。


 しかも、下の煽り文には「ヨーヨーワールドコンテスト2A部門女性初世界チャンピオン登場!!」と書かれている。


「佳奈美が……世界チャンピオン!?」




 ともかく佳奈美に会うために池袋まで来た……金がないから歩いて。


「さすがにアキバからだときつい……っつか、メシどうしよう」


 ナビもないので、山手線にそって走ってきた。ここから家に戻るにはさらに二、三駅分歩かなければならないが……。


 だが俺は死んでいることになってる。父さんに連絡したらさすがにダメだろうし……事情を知っているであろう健司がすぐに動ければなぁ……。


 だが、健司がすぐに池袋に来れるかなんてわからない。それどころか、こっちにこれるかどうかも……。


「ともかく、佳奈美を探そう」


 向かうべきはヤマムラ電機池袋本店。そのイベントホール。


 ……東条佳奈美か。




「嘘だろおい……」


 何がなんだかわからない。


 ヨーヨーは俺も昔やったし、結構得意だった。両手で連続の弧を描く、ダブルループくらいならできる。


 だが……そんなのは基礎中の基礎だとでも知らしめるかのような見事な技の連続。


 瞬きした瞬間には別の技に移行している。圧倒的なスピードと正確性。それにヨーヨーを操ってるとは思えないほどのアクロバットな体の動き。


 バク宙しながらでも、側転しながらでも常にヨーヨーは回り続けている。


「すごい……」


 いつのまにか、敵の演技に見惚れていた。


 ただ上手いからだけではない。その様子がとても楽しそうで……惹かれてしまう。


 BGMが技の終了とともに終わり、歓声が鳴り響く。


「さーて! ここからはヨーヨーストアReverse主催の体験コーナーですよー!! そこのオレンジ髪のおにーさん……やってみてよ」


「んなっ!」


 俺に気付いてたのか!? 観客めっちゃいるのに!?!?


「……あ」


 そ、そうか……俺、今現実世界の服じゃないんだった。そりゃ気付くわな。


 完全にコスプレな見た目だが、ちょっと痛い私服とも見えるため、嘲笑を受けるだけで警察に通報はされなかったようだ。


 ……ある意味スピカの服のチョイスに感謝だな。


 とはいえこの格好じゃ目立つわな。刀はなんとかコインロッカーに隠したが……。(金は拾った)


「なーにしてんのおにーさん。だーいじょうぶ。そんなに難しくないからさ」


 ……ともかく、相手の誘いに乗ってみるか……。


 佳奈美からはスピカの情報を聞き出さなければならない……。それに……。




 こいつは……本当に絶対神側の人間なのか?

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