第六十七話「クソゲー世界の歯車は壊れた」
「デュランダルが……黒鬼に触れられている? な、何をバカな」
「……気づかれていたのであるな」
は…………?
意味がわからない。
「お、驚かせるなよ……だって、お前体動いてるだろ? ……そんな…………こと…………」
デュランダルの唇から流れる一筋の血液が、俺に真実を証明した。
「すでに黒鬼に触れられ、デュランダルの死は確定している…………しかも、なぜそんなことになったと思う?」
「う……嘘だ…………」
俺の絶望の言葉を無視して、実に愉快そうにセナは真実を突きつける。
「自分を捨てた父親を守るために、彼は犠牲になったの…………守る価値もない、自分を殺そうとしたクズを守るためにね。お陰で私が手を下す手間がなくなったわ。しかもその父親は惨めな悲鳴をあげて最高にみっともない姿を晒しながら逃げていった…………まぁ、変な噂たてられても面倒だし、今頃フレイアに始末されてるんじゃないかしら?」
「嘘だと言ってくれ……」
俺は……二人も仲間を失うのか?
「自分の死が確定し、もう食われるかもというところで、それでも父親を守るために自身が作り、使用者に死を与えかねない強烈なドーピング剤を使用……そのせいで、タクミ。アンタとあった時にはすでにボロボロ。本来なら立っているのもやっとだった」
「なぁおい!! なんとか言えよ!!!」
俺は繰り返し、デュランダルに問いかける……だが、その返答は無言の笑みだった。
「本当は、エルフ兵と戦う時の最期の手段として用意しておいた薬だったのであるがな……まさか戦うどころか守るために使う事になるとは……」
「そんなのありかよ…………なんでお前がっ!!」
次第に体がふらつき始める俺の弟子は、それでも両の足で地面を強く踏みつける。
「……もう自分が戦えないってことはわかっていたである…………だから最期に、師匠のカッコいいところを見てみたかったのである」
「やめろよ…………なぁおい!! お前はまだ生きてるんだろ?! まだ……死んでねぇじゃねぇか!!!」
「わかるであるよ…………自分の死が確定しているってことは……不思議と、黒鬼に触れられた瞬間。それを確信したである」
んだよそれ…………。
まだ息をして……立っている。
だけど……死が確定している?…………しかも、俺を見るために……たった、それだけのために立ったって言うのか?
「諦めるなっ!! 俺の弟子を名乗るなら、こんなところでくたばってんじゃねぇ!!!」
「…………まだ、オレを弟子って言ってくれるであるか」
ふらりとよろけた瞬間、ディーは素早くデュランダルを抱きかかえる。じいさんがミスラを代わりに抱えてくれたので、俺は絶望で足が震えながらも、弱り切った俺の弟子のもとへ向かう。
「嘘だろおい…………なぁ!! ちくしょう…………俺は守れなかったのか?」
彼の手を握る。細くて弱々しかったその男の腕は、随分と太くなった……。だけど、その見た目とは裏腹にその力は弱々しい。
「違うである…………師匠がいなければ……師匠が鍛えてくれなければ…………確実にオレも、父上も死んでいた…………師匠が、オレの父上を守ってくれたであるよ?」
「違う!! それはお前が…………お前が勝ち取った力だ」
ニコリと笑ったデュランダルが、震える指で銀髪の翼人を指差す。
「…………おい、そこの……セナと言ったで……あるか」
「なによ」
「師匠を……バカにすることは……許さない……である。師匠はスピカさんも守り……何人もの人を守った本物の…………勇者である…………」
しっかりと……まるで歴戦の勇士のような目で女を睨みつける。
「ふん……何をわかったような口を利いてるの?」
「だから……絶対後悔するである…………師匠は…………し……しょうは…………おまえたち…………の…………思い通りに…………させ…………な…………」
その指は、力なく垂れ下がり…………地を指した。
「買いかぶりすぎなんだよ…………バカ弟子が」
俺は…………そんなに強くはない。
こんな小さな命すら守れない…………そういう男なんだ。
「負け犬らしい遠吠えだったわ…………思わず笑い転げてしまいそうだった」
「…………お前は……っ」
許さない…………。
デュランダルの言う通りだ。
こいつらの、思い通りにさせてなるものか…………。
「……もう遅いわ。全ての事象は確定した」
「セナァ!! 俺は……俺は確定した運命なんて信じない……必ずお前達を倒して、デュランダルの正しさを証明して見せる」
「本当にあなたは愚かね……弟子の死に気をとられて、あなたの最大の過ちに気づかないとはね」
「なにっ!? …………っ!!!!」
アトゥムは…………どこだっ!?
いつのまにかいなくなってる…………。
「地獄はこれからよ…………悪の大臣、カイン=アルマーク…………切り札はすでに、私達の手の中よ」
その言葉とともに、セナは消えた。
そんなことは、今となってはどうでもいい。
「おい!! ディー!!! アトゥムはどこだ!!!」
「…………ごめんなさい。私も今いないことに気づいたの」
「っ!!!」
俺は、がむしゃらに走り出す。
「ま、待ちなさい!! 大丈夫よ。里の外の見張りにはコジロウがついてる。万が一アトゥムが捕まったとなっても、彼女は神。不死身よ?」
ディーの言葉はもっともだ。
ただ一つの真実を除けば…………。
「違う!! …………違うんだ…………」
「違う? ど、どう言うこと?」
そう…………違う。
「彼女はアトゥムじゃない…………アトゥムに偽証したスピカだっ!!」
「なっ!?」
その後、俺は血眼になって走り回った。
靴もすり減り、足がボロボロになっても、走り続けた。
…………だが、ついに彼女は見つけられなかった。
「こんな時に言うのも何だけど……ミスラは一命を取り留めたわ」
「…………」
廃墟となったエルフの里の神殿…………エルサリオンがいた場所は、すでに全てが破壊されていた。
エルサリオンは……どこにいるのかもわからない。本当に殺されたのだろうか?
その神殿で、うなだれるように地面を睨みつけている俺に、なおもディーは言葉を続ける。
「うまく急所を外れていて、回復魔法が間に合った…………」
だが、俺は何も答えられない。仲間が助かっていたと言うのに、なんの感情も湧かないんだ…………。
「っ!! タクミ!!! しっかりして!!!」
ディーが揺さぶるが、鬱陶しいだけだ。
「デュランダルの思いを無駄にするつもりなの!? まだ諦めちゃダメ!! あいつらがスピカを利用するってことは、少なくとも彼女の命は無事ってことよ。取り戻すチャンスはあるのよ!!」
「そう…………だな…………」
だが…………。
「タクミ殿。少し大丈夫か?」
じいさんが、話しかけてくる。
「なんだ…………」
「セナを発見した」
その言葉に、俺の意識は一気に覚醒した。
「どこだっ!!」
俺の迫力に気圧されるように、じいさんは一歩後ろにあとずさる。
「こ、ここから北北西に十キロ離れた場所じゃ……お、おい!! タクミ殿!!!」
爺さんの言葉を聞いた瞬間、疲れ切った俺の足は嘘のように地面を叩いた。
彼女を守る…………その誓いは絶対に果たす。
デュランダルとの約束は…………絶対に守り抜いてみせるっ!!
今は悲しんでいる時間じゃない…………泣くことはまだ許されない。
俺は彼女を守りたい…………そのためなら、何だってする。
「いたっ!!」
セナだ。周りを警戒しているが、こちらには気づいていない。
…………じいさん達も追いかけて来ているようだが、俺が結構離してしまったようで、まだ来るまでに時間がかかりそうだ。
「あれはっ…………」
もしかして……裏道!?
空間を切り裂くように現れた光の道。
ゲートとでも呼べるようなそこに、セナは素早く入っていく。そして、そのゲートは少しずつ狭まっていく。
「っ!!」
俺は意を決して、その中に飛び込んでいく。
その空間は、緩やかな優しい光と歪みで覆われた何もない世界。
その世界でセナを探し、見渡していると、次第に俺が来た穴は塞がれ、やがていくつもの光の粒が光跡を残しながら俺に迫ってくる。
やがてそれはまばゆい光に変わっていく。とても目が開けられず、俺は目を塞いだ。そして…………。
––––––––––––クラクションの音が聞こえた。
まばゆい光は太陽光に変わり、街の雑踏にそびえ立つビルの窓が光を反射していた。
「ここは…………」
歩行者天国となっている街並みには、多くの観光客と、ビジネスマン。学生……そして……メイド。
見渡せば、アニメ、ゲームセンター、メイドカフェ…………いくつもの偏った文化が詰め合わせ状態になっている。
間違いない……秋葉原だ。健司達、オタク仲間でよく遊びに来た場所だ。
「おやおやー? なーんでタクミ先輩が、ここにいるのかなー?」
俺は、その聞き覚えのある声に目を向けた。
「っ!! お前!!!」
佳奈美…………いや、フレイア。そして、セナ…………。
なるほど、この街にしたのは、セナとかが来てもコスプレと思ってもらえるからか…………。
いや、そんなことより…………。
「なぜお前がここにいる」
俺は、その二人よりもっと深く知っている人物…………そいつの顔を睨みつけながら言った。
「いやだなぁ……そのくらい、もうわかるでしょ? 先輩」
「こいつらの仲間だったのか…………」
「うーん。ちょっと違いますねぇ……オレはこの子達の上司……といった方がわかりやすいか?」
「っ!! ……お前が、そうだと言いたいのか?」
「あははっ!! やっとわかったの? 鈍い先輩だなぁ…………」
「アーノルド……ゼクス……二つの名前だけでもメンドクセェのに、まさかもう一つ。俺にとって馴染み深い名前が、この世界でのお前の名前だったとはな…………」
「柏木……零…………!!!」
この時…………俺は気づいてなかった。
彼女が…………すでに死んでいるということに…………。
守るべきものが、死に絶えたクソゲー世界は次第に終わりを迎えようとし。運命通りに時間は進む。
壊れた歯車は、俺の思い通りの世界を作らず……永遠に狂ったダンスを踊り続けていた。




