第六十六話「クソゲー大臣は主人公を憎んだ」
「なん……で……こんな」
か細い言葉を残し、ミスラは地に伏せた。大量の血を俺に浴びせながら、力なく崩れる彼女の奥には、見知った顔があった。
「ミスラ……?」
俺は倒れているその少女の元に駆け寄り、その血だらけの体を抱き寄せる。その脈動は次第に薄れていき、どんどん体は冷たくなっていく。
俺はその血を抑えようと必死に胸を抑える……だが止まらない。
「なんでだ……なんでこんなことをした」
そのか細い命が溢れるのを必死に抑えながら、彼女を打った女を睨みつける。
「…………お前達は友達じゃなかったのかよ!!! セナァ!!!」
銀の髪が月明かりを照らし輝く。月光より赤々と光る瞳が、俺をまっすぐ捉える。
「……ミスラはその銃を持ち出した。ルールの隙をついたチート武器……ゼクス様の計画にその銃は邪魔」
ゼクス様……だと!? セナはゼクスの仲間だったのか!?
「これで、魔銃の技術はなくなった……あとは世界の破滅を待つのみ」
「セナ……あんた、なんでこんなことを……スピカは……あんたのお姉さんは、こんなこと望んでない!!!」
ディーの叫びも届かず、赤い視線が冷たく見下ろす。
「そう……姉様はこんなこと望まない……だからやり直すの……この狂った世界をもう一度」
「な、何を言ってるんだ!! 君までゼクスに操られたというのか!!!」
アトゥムもセナが裏切るとは思っていなかったのか悲痛な叫びをあげる。
「……偽証の創造神。全ては貴様のせいだ……貴様が仕立て上げた運命と偽物の主人公によって、全ては歪められた」
––––––––––––偽物の……主人公?
どういうわけか、俺はその言葉に引っかかりを覚える。
緊張しているように鼓動が脈打ち、次第に恐れを抱くように汗をかきはじめた。
「あら? 気づいてないの? タクミ=ユウキ……お前のことよ」
「な……何を言って……俺は」
「お前の思い描いている理想は……ただの嫉妬。断じて憧れではない」
嫉妬…………?
な、何を言ってるんだこいつ…………俺は…………。
俺は…………ただ、テレビの中の主人公達に憧れて…………だからそんな風になりたいと思って…………。
でも…………どうしようもなく、その存在になれない自分が存在していた。
だから…………どす黒い嫉妬を隠した。
その嫉妬を知られたくなかったから……自分でもごまかした。
健司や…………俺が負かして倒した先輩…………いくつもの俺の下にいる敗者達…………。
そいつらへの憎しみを…………ガキのような憧れに変えて自分をごまかした。
憎い………………。
憎い…………憎い…………。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎
憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎
呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪
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怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒
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殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
な……なんだ!? 今、何をされた!!!
ま、まさか記憶を植え付けられた!? アーノルドの時のよ「違うわ」
俺の思考を読んだかのような冷徹な一言に、言葉を失う。
「思い出させてあげたのよ……あなたの本来の姿を……醜くてどうしようもない……クズの姿を」
「五月蝿い!!! 黙れぇ!!!」
俺は最大限の風の力を、そのクズ女に放つ。が、ひらりとかわされる。
「全てがそう……あなたが物語のヒーローに憧れようが、その醜悪な心は隠せない」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
さっさとこの口うるさい小娘の喉元を切り刻みたいっ!!! 一言一言全てが五月蝿い!!!
「そう……あなたはヒーローなんかじゃ……ましてや主人公でもない…………ただの屑よ」
「黙れええええええええぇぇぇぇっ!!!!!!!!」
吠える言葉も虚しく、まるで子供をあやすかのように簡単によけられていく。
「うぐっ!!!」
魔力切れで、吐き気を感じながら地に付す。
「……あたりを見なさい…………これがあなたの知ってる主人公がやることかしら?」
「…………お、俺は」
これ…………俺がやったのか?
さっきまで黒鬼が暴れたため廃墟となりかけていたのは確かだ……。だがそれでも、家はほとんど壊れておらず、その場に残っていた。
…………だが、今は激しい台風で全ての家が吹き飛ばされたかのように、見るも無残な姿を晒していた……。
「違う……俺は……俺はっ!!!」
「……昔話をしてあげるわ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
昔々、あるところに勇者様とお姫様がいました。
お姫様はそれはとても美しく、本来は魔王の戦士である勇者は恋に落ちました。
ですが、そのお姫様は醜悪な大臣様との婚約が決まっていました。大っ嫌いな大臣様との婚約の期限は刻一刻とせまり、勇者はお姫様を連れ出しました。
怒り狂った大臣様は二人を酷く憎みました。
醜悪な大臣様の憎しみは老いてもなお消える事はなく、未練たらしく残り続け、呪いを生みました。
それは、時間の呪いです。
それにより、なんと勇者様とお姫様は赤子の姿になりました。そして、大臣様も己にその呪いを施しました。今度こそ、自分がお姫様にふさわしい人間だと証明しようとしたのです。
ですが滑稽なことに、大臣様の企みは失敗に終わりました。
彼に一切の魅力を感じず、お姫様は当然のように勇者様と恋に落ちました。
彼は全てを呪い、王様に殺してほしいと願いました。
王様はその大臣の言葉を聞き入れ、勇者様を殺してしまいました。
……まぁ、大臣の言葉がなくても殺す予定だったんですけどね。
どこまでピエロに成り下がるのかわからない、その大臣ですが、肝心のお姫様も死んでしまったことに気づきます。
このままだと、二人は生まれ変わり、また結ばれるでしょう…………そんなことは醜い醜い大臣様には許せませんでした。
だから、大臣様は死者の坂を走り、お姫様を呼び止めます……。
優しいお姫様は、あまりに醜いその男を、雨で濡れる小汚い野犬にでも見えたのでしょう……彼に手を差し伸べ、共に死んであげることにしました。
今度は三人で友達になりましょう……そんな優しい心で、勇者を追いかけ二人は死に……輪廻の輪をめぐり新たな世界に生まれることになります。
しかし、どうしたことでしょう。大臣の生まれ変わりはあいかわらず嫉妬深く、勇者様を疎んでいるではありませんか。
その上、再会したはずのお姫様を助けようとしても失敗して殺して、三人仲良くどころか、本来恋人になるはずだった二人の赤い糸を生と死というナイフで引き裂いてしまいました。
さらには、そのお姫様を騙し偽りの恋に落とした大臣様は、またもや彼女を助けられない。本当にグズで間抜けでなんの役にも立たない哀れな––––––––––
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「やめてくれえええぇぇぇ!!!!」
クスクスと笑いながら相変わらず蔑んでいるその女の顔に、俺はさらなる憎しみをぶつける。
「なんでそんなに怒るの? まだ私はあなたの話なんて一言も言ってないんだけど?」
「もうお前の話はたくさんだ…………」
「あらあら……本当のことを言われたからってムキになるなんて……本当に滑稽ですね」
本当のこと? ……そんなはずない…………そんなはずは…………。
「……ひとつだけ聞かせなさい。セナ」
ディーの言葉に、俺はハッとして顔をあげる。
「あなたの話が本当だとして、スピカ……つまり早紀は賢者スピカの生まれ変わりということよね」
「そうよ……あの子は姉様の生まれ変わり……因果の中心点。……愛する勇者、スサノオを追いかけて一途に時間を戻しながら追いかけた姉様の……。だけど、そんな姉様の思いを裏切り、あろうことか、こんな醜い男に思いをよせた勘違い女」
「……そう、それがあなたがやり直すといった理由ね」
そうだ…………セナの目的はもう一度、スピカを殺すことだ。いや…………まてっ!!
「ルールブック1–4…………転生先で死んだ場合……魂は消滅し二度と蘇らない」
「はっ! 偽証の創造神が作り出した嘘のルールブックじゃない…………そんなのが有効になるとでも?」
いや違う…………この世界がゲーム世界であるならば、消滅した魂は蘇らない。
さっき話で出た勇者は現実世界に移動してしまった。つまり、主人公は今も生きているんだ。
それを追いかけたスピカと大臣がその事象に巻き込まれ、輪廻転生が起きた。
……だがソウルプラズムの関係上、スピカを含め全ての転生者には仮のソウルプラズムが肉体に埋め込まれている。だから、対消滅してしまう。
このルールは本当のルールなんだ……それは学院生であるセナがよく知っているはずのことだ。
間違いない……彼女は騙されている。最初の神ゼクスに…………。
「もう、私の任務もこれで終わったわ…………ミスラにデュランダル……そしてスピカ。全ての死は確定した。あとは創造神の定めた滅びの運命をたどるのみ」
え…………?
「ま……まて!! ミスラはともかく、なぜデュランダルとスピカがっ!!!」
「デュランダルの死は確定しているわ…………すでに黒鬼に触れられているんだからね」




