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第六十五話「クソゲー雑魚は勇者に焦がれる」

「エルフの里……」


 森で囲まれたその場所は、いくつもの木と家が一体になり、おとぎ話のエルフの里のような幻想的な雰囲気をかもち出していた。


 大きさは猫獣人族の里の半分くらいで、入り口から中央の神殿まで、そこまで距離はない。


「お、きたなタクミくん」


 ミスラは、里から少し離れた木の陰に隠れていた。


「ミスラ! デュランダルは見たか?」


「デュランダル博士と面識はないからようわからんわ。やけど、子供みたいなエルフが兵士に囲まれて神殿に入っていくのは見えたわ」


「そうか……」


 おそらく、それがデュランダルと見て間違いないだろうな。


「とにかく、私達も中に入りましょう」


 ディーの言葉で、俺達はエルフの里の境界線たる門まで歩き出す。


「っ! まて!!」


 じいさんが何かに気づいて全員の動きを止める。


「…………見張りがおらん」


「いや……こ、これはどう言うことだ!?」


 暗くてよく見えなかったが、エルフの里の境界をしめす門は鮮血でべっとりと汚れていた。


 だが、死体はない。


「…………死体がなく、あたりが大量の血で汚れているのう……いや、これは……」


 じいさんが拾い上げたのは骨だ。しかも生肉がこびりついている。


「だ……誰かがお弁当で食べたのかしら?」


「––––––––だったらよかったのじゃがな」


「え? ……」


「これは……エルフの肋骨じゃ」


 肋……骨……?


 その意味がようやくわかり、その場にいたものは皆吐き気で口を押さえた。


「う……嘘でしょ?」


「み、ミスラ!? お前は何か見てないのか!?」


「何も……そんなん嘘や……目を離したのは、ほんの数分やで!?」


 ミスラは俺達迎えるために、見張りからほんの少しだけ離れた。たったそれだけの間にエルフ兵はみんな……。


「食われたってのか? ……そんな」


「そんなん、いくらなんでもないわ!! 胃袋がいくらあっても足らんわ!!!」


 確かに、魔獣やモンスターじゃない。それならこんな短時間に皆殺しにするどころか、全員食うなんて物理的に不可能だ……。


「少なくとも、僕がデザインしたモンスターじゃない……ってことは」


 すると、里の奥から黒い影が現れた。


 そのシルエットは……ひどく醜い不細工な鬼の顔……全身真っ黒なその鬼を……俺はよく知っていた。


「黒……鬼……」


 ––––––––やばい。


 ––––––––こいつだけは相手にしてはいけない。


「全員逃げろ!!! こいつは相手にしちゃいけない!!!」


 アトゥムの言葉に反して、俺は逃げる足が止まる。


「だが……あそこにはデュランダルがっ!!」


「わかってる……だが黒鬼が、どう言うものか君も知ってるだろう!?」


 ……黒鬼……鬼ごっこを題材にしたホラーゲーム。内容的には単純なもので、鬼に触れられたらゲームオーバー。


 ……この世界でそれを再現したってことは、あいつに触れただけで、死亡ってことになる。特に運命(ストーリー)なんてもん作れるこの世界の人々なら、その死は絶対だ。


「っ!! …………ちっくしょおおぉぉぉ!!!」


 俺は、アトゥムの言葉を無視して、単独敵地にツッコむ。


 当然、俺を捉えた黒鬼は、血でべとついた口で、にたりと笑みをこぼしながらゆっくりと開く。




「こっちである!! のろま野郎!!!」




 その声にハッとして、神殿の方へ向く。


「デュランダルっ!! 生きてたのか!!!」


「言ったであろう? すこしでも生き延びてみせるって…………それよりも師匠!! そいつの体に触れてはならないである!!」


「知ってらぁ!!!」


 ゆっくりと鬼の振りかぶった腕が、俺を押しつぶすそうとする。


「エアリアルシールド!!!」


 その腕を、風の加護で作った防御壁ではじきかえす。


 そして、黒鬼の両足の間を抜け、デュランダルの元にスライディングで土煙をあげながら駆け寄る。


「師匠、知ってたであるか? あのモンスターを」


「ああ、多分お前達よりはな」


 この世界に、運命と言う概念が存在しているのであれば、ゲームのルールからして、こいつに触れられれば、そいつの死の運命は確定する。


 だが……この世界がもともと電脳世界ではないと言うことは、同時に生物学……つまり本来の物理的なルールも適用されている筈だ。こいつが神という概念的存在でない限り、本物の不死身ということはありえない。


 そこに必ず勝機がある––––––。


「とにかく、今は逃げるしかない。デュランダル行けるか?」


「何のために毎日走り込みしたであるかっ!!」


 俺達はにっと笑い、里の端まで走る。その後を黒鬼が追いかける。


 その鬼に、矢が放たれる。


「っ!? 生き残りか!?」


 矢自体は当たらなかったものの、鼻先をかすった銀の矢先の煌めきを黒鬼は見逃さず、ニタァと笑いながらその射線へ目を向ける。


 怯えながらも矢を放ったエルフ兵は、震えながら第二射を試みる。


 が、そのエルフ兵をつかもうと黒鬼の手が伸びる。


「う、うわぁあ!!」


 その手を避けるが、指にすこし触れた。それだけなのに、まるで自動車にでも跳ねられたかのように吹っ飛ばされる。


「早く逃げろっ!!!」


 身を起こすエルフ兵は、その醜悪な鬼の姿に震えた。


「あああぁぁぁ!!!!」


 逃げようと立ち上がるその兵士の足は、まるで縫い付けられるかのように動かない。


「うぐっ……な、なんで動かない……な、何が……あぁ!! ひゃああああぁぁぁ!!!」


 その、無防備な男をまるで人形のように鷲掴みにし、頭の方から食いちぎった。


「っ!!!」


 にちゃりにちゃりと不快な音をたてながら、残りの全てをたいらげた鬼は……再び俺達の姿を捉えた。


「あいつに触れると、なぜか動けなくなるのである」


 元々のゲームでは、鬼に触れた瞬間ゲームオーバー画面になる。


 食われた時じゃない……たとえ軽く触れられても、さっきのエルフ兵のように動けなくなる。


「剣で攻撃した場合でも、同じように動けなくなるのである……正直オレにはどう攻撃すればいいのか……」


「だとすれば……いや、まてよ」


 さっきエアリアルシールドが攻撃を防いだことも考えると、風の加護での防御するのは有効ってことだ。ならば、同時に魔法での攻撃も有効なんじゃないか? ……あ! そういうことか!!


『ルールブック1-2:転生前の世界にはなく、転生先にある言語、魔力などの概念は転生先の平均的な能力を転生時に手に入れることができる』


 そうか。……黒鬼はモンスターという立ち位置だが、あくまで別の世界からの転生者なんだ。黒鬼の世界には魔法の概念はない。だから魔法攻撃だけはこっちのルールが適用されてるんだ。


「攻撃手段があるならこっちのもんだ」


 俺の全身に風の加護を纏わせる。刀には鎌鼬を纏わせる……。風の鎧と風の刃……これなら直接触れることはないはずだ。


「す……すごいである」


「さぁて……鬼退治と行こうかっ!!!」


 刀を構え、一足でブサ男に迫る。


 一閃、刀を受け止めた鬼の手がミキサーに入れられた肉のようにズタズタにされていく。


 醜い叫び声とともに、黒の鬼はたまらず後ろに下がる。


「おら、どうした……テメェは無敵の黒鬼様だろうがよ……ニタリ顔してみろや!!!」


 そいつの口に刀を突っ込み、頭部からぶつ切りに引き裂いていく。


「豪龍・嵐翔撃ッ!!!」


 食いちぎることも出来ずに無敵の鬼は無残にも切り刻まれる。


「やったである!!」


 デュランダルが喜ぶが、俺はまだ気を抜かない。


「……やっぱ、そうなるよなぁ」


 俺は後ろに飛ぶと、それに合わせるように肉塊のパズルが自動で組み上がっていく。


「な、なんであるか!?」


 そして、つぎはぎになった体が粘土のようにくっついていき、傷の痕跡も無くなってしまう。


「そんなのありであるか!?」


 切り刻むだけじゃこいつの生命活動は止まらない。細胞が一瞬でも生きている限り復活する。魔法の事も考えると想定できる事態だ。


 ……ここまではまぁ想定内。


「大人しく死んでおいた方が良かったな……その方が早く楽になれたのに」


 俺は、それでも笑みを崩さない。むしろ目の前の怪物が哀れで仕方なくなった。


「切り刻んでも復活するなら、復活できなくなるまで破壊するのみ」


 風の加護を、黒鬼に纏わせる。


 暴風のバリケードは鬼を閉じ込め、徐々に狭めていく。


 そして、身をヤスリで削るように粉々にしていく。苦しみ、もがくたびに全身が粉々に削れていく。


「修復しようとすれば、苦しみが長く続くだけだ……潔く死ね」


 だが、知能が存在しないのか醜くもがく。そんな鬼に、俺は右の手のひらを向ける。


「テメェ見てぇな雑魚に構ってるほど俺は暇じゃねーんだよ……失せろ」


 その手をぎゅっと握る。その命令とともに一気に風のバリケードが一気に狭まり、文字通り粉々に粉砕する。


「技名は……エアリアル・ミキサーってとこか? ……うーん……流石にダサいか。いい名前考えとこう」


 ……細胞全てが死ねば、生物学としてのルールと鬼の不死身のステータスに矛盾が生じる。


 そして、鬼の存在は消える……。


 鬼は神じゃない……故に神とは違いバックアップが存在しない。ならば完全な不死は再現できない。


「す……すごいである」


「まだ、油断するな。黒鬼が一匹と限らない……」


 ゲームでは、他にもいくつものバリエーションの黒鬼が暴れている。こいつだけがエルフの里を襲ったんなら、もっと時間がかかった筈だ。


「タクミくんーーー!! 大丈夫かーーー!!!」


 ミスラを先頭として、みんなが走ってくる。


「倒したのかい?! 黒鬼を?!」


「ああ……ちょっと魔力使いきったけどな」


 いくら風の加護に適正があるとはいえ、あんな大魔法……流石に魔力がカラだ。次が来るまでに回復しとかないと……。


「こいつの攻略法を教えるから、聞いてくれ」




 そこから先は早かった。


「はい、これで十体目」


「……さ、さすがディー……」


 あっという間だな……。もはや作業ゲーだ。


 だが、ミスラも俺も大量の魔力(MP)回復剤……エーテルを飲みほしながら三体ずつ倒した。お陰でもうこの里にモンスターは一体も存在しない……だが、生き残ったエルフもほとんど存在しない。もはや壊滅状態と言っていい。


「さすがタクミくんやなぁ。やるやないか」


「そうでもないさ……ってか、ある意味チートのようなもんだし」


 この世界の人間からしてみれば、俺のステータスは異常値だ。そりゃ前の世界で鍛えたおかげではあるんだが、この世界の人たちは俺とおなじ鍛え方をしても同じように成長はしない。


 ミスラにも、そのことは話してある。当然、チートだとミスラも思っているだろうと感じていたが……。


「チートやないんやない?」


「え……そうか?」


 ミスラは元気よくうなづいた。


「自分の意思とか関係なく得た力やろ? しかも、もともとはタクミくんが転生前に頑張ったから手に入れたステータスや。そんなん単純にタクミくんが頑張ったからやないか」


「まぁ、そうなのかもだけどさ……」


「それに、魔法については転生ルールで世界の平均値やったんやろ? 風の加護もズルして手に入れたんやない。才能やろ?」


「その才能がズルみたいで……先天的なものなんだろうが……なんだか、それに頼るのも甘えのような気がして」


 そうやって、俺が考え込むと、「てりゃ!!」という黄色い声とともに、額に鋭い痛みが走る。


「……ミスラ?」


 デコピンをされたらしい。いたずらっ子のように”にひひ“と笑う。


「頭カチコチやでー。そんなん非観せんでええ。確かに恵まれとったんかもしれん。人は平等には生まれてこん。いくつもの不平等を抱えて生まれる。けどな、だからって後ろ向かんでええ。才能あるんならとことん最強になればええんや。どこまでも高く遠くへ……」


「ミスラ……」


 その言葉は、俺だけに向けた言葉ではないような気がした……。どこか遠くの誰かに話しかけるように言葉を紡いでいく。


 ミスラの姿は堂々としていて……だけどどこか諦めたように悲しそうでもあり、誇らしいようでもある。そんな複雑な赤の瞳は、大きくうなづいて俺に再び向けられる。


「だけど、忘れたらいかん。その後ろには何人もの人間がおること。ついてこれん人間がいること。力におごり、ついてこれん人間を笑わず、手を差し伸べる。それが才能のある人間の責任や」


 ……そうかもしれない。


 俺は、自分が才能に恵まれ、下からついてくる人間を恐れた。それは、恵まれた俺が持っていない力を感じたからだ。


 だけど……そう思うことこそ間違いだったんだ。


 俺が、剣道で戦ったいくつもの敗者……その悔しい思いに答えるのは俺の責任だ。


 なのに俺は、そいつらの心を恐れた。


 本当は、俺は彼らの心にまっすぐ答えるべきだったんだ。


 お前達が戦った男は……こんなにも強い男だったんだって。


 それを証明することこそが……恵まれたものの責任だ。


「ありがとう……ミス––––––––」




 その瞬間––––––––––––。




 ––––––––––––乾いた破裂音がミスラの胸を貫いた……。

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