第六十四話「クソゲー雑魚の蛮勇」
「……まさかアーノルドさんが師匠の敵だったなんて……」
「でも、どういうことだろう? アーノルドってのが、件の偽アーノルドってのは流石にわかるけど……」
そうだな……本物ということになってるアーノルド……つまりゼクス=オリジンは金髪……ついでに言うとその情報も正直怪しい。最初の神だとすると、見た目なんて普通に変えられるだろうからな。
「…………なぁ、デュランダルはその時、他の発明は、思いつかなかったのか?」
「……たくさんあるである…………もう覚えきれないくらい」
「……デュランダルが博士号を取ったのは、多くの発明を行ったからじゃ……おそらく、どこぞの発明家の記憶でも植え付けたんじゃろう」
つまり、そのうちどれかが本命の実験だった可能性がある。いや、そもそも作れるかどうかがポイントだったのかも。
特にVRなんてのはまさにそれだ。現在現実世界にVR技術は存在していない。ヘッドギアを装着して直接目で見せるタイプの擬似VRなら何十年も前に存在しているが、よくSFものに出てくる脳に直接情報を送るタイプのVR技術はない。脳に情報を物理的に送る方法が見つかってないからだ。
だが……魔法なら脳に直接情報を与えることは可能。とくにあのアーノルドはその技術に関しては専門家だからな。
つまり、現実世界にもティエアにも存在しないものを作れるかの実験……技術の融合による実験をしていた。そう考えるのが自然だろうな。だとすると……。
「……最初の神は、まだこの世界について詳しくないのかもしれない」
「どういうことじゃ?」
「考えてみればそうなんだ……神がそもそも全知全能ではないとするならば、細々とした人間の技術など知っているわけがない。もしかしたら、RPGツクレールについて詳しくなかったんじゃないか?」
「それもあるだろうけど、世界そのものがゲーム世界……それもRPGツクレールのシステムに近づくなんて現象が前代未聞だからね。そもそも、ゼクスが、この世界を知らないのは不思議でもなんでもないよ」
そうか……ゼクスは神だが、時間遡行に関わっていない。だから、このティエアでの経験については俺たちの方が情報があるんだ。俺達にはアトゥムという時間遡行を行った時の情報が存在しているのだから。
魔法についても、科学についても全知全能であってもおかしくない神だが、この一点に関しては俺たちにアドバンテージがある。そこに、きっと全てを解決する糸口がある…………ん?
「…………」
デュランダルの顔は、真っ青に染まっていた。
「ははは……唯一の心の支えが折れた感じである……」
「デュランダル…………」
「まさか、オレの博士号ですら……オレの実力ではなかったとは…………」
……辛いだろうな。
こいつからしてみれば、一番の自慢だったんだろう。それが、他人に植え付けられた記憶を元に作られた幻想だった。だが…………。
「…………デュランダル。お前はすごいよ」
「へ?」
「記憶をもらったとしても、お前は実際に発明に成功させたんだ……おそらく、ここにいる全員が同じ記憶をもらったとしてもできることじゃない」
「師匠……」
「元の世界でも、完全な人工子宮の開発や、完璧なVR空間の開発は成功していない。それができるお前だからこそ、アーノルドも異世界の技術の記憶を植え付けたんじゃないか?」
その言葉にデュランダルの目が潤んだ。
「そうじゃぞ。現にお前は、魔族総動員で解決できなかった問題を解決した。誇って良いぞ」
「そうだね。少子高齢化は日本で解決してないし、それより深刻な、この世界の問題を解決するなんてすごいよ。……本当にありがとう」
そうだ……デュランダルは誇っていい。彼は種の存続すら危うい生物を救ったのだから。いっそ嫉妬すらしてしまいそうなほど誇らしい。
「魔王様と創造神のお墨付きまでもらったぞ? これで、堂々と博士を名乗れるぞ」
俺は誇らしげに弟子の肩を叩くが、それを優しく振り払う。
「……いや、やっぱり博士号は返上するである」
「え?」
「どんな形であれ、何をしたのであっても、オレは他人の技術で博士になったのである。それはオレのプライドが許さないのである…………だから、もっとすごい技術で博士号を手に入れるである!」
…………こいつ、短期間で精神的にも成長したな。
「でも、もちろんゴブリン用の機械は作るであるよ? それとこれとは話が別であるからな」
「ああ、ありがとうなのじゃ」
……こいつを弟子と呼べる俺が誇らしい。
「僕からも礼を言うよ。ホント……いろんな意味で助かったよ」
「ん? 妾はアトゥムの罪を許した覚えはないぞ?」
「へ?」
「一晩くらいは余興としてありじゃろ。ゴブリンの相手してもらうぞ」
「か、勘弁してくれよぉーーー!!!」
じょ……冗談…………だよな?
「どっちにしても、今後の方針が決まったな」
「エルフの秘宝を手に入れて坂を超えるじゃな」
そう、エルフの里にある秘宝。それを手に入れなければ、坂を超える手段はない。技術自体はデュランダルが持っている事がわかった。あとは秘宝だけ。
「っても、エルサリオンが今更手を貸すわけがないわな」
あいつはゼクス側だ。どう考えたって秘宝を渡すわけねぇわな。
「じゃあ、奪うしかないね」
って言っても、奪えるもんか?
「倫理とか道徳とか、そう言うの無視すれば、俺が突っ込めば秘宝を奪うこともできるかもしれんが……」
「そう言うわけにもいかないじゃろう。滅多なこと言うもんじゃないぞ」
「わかってる。言ってみただけだ」
俺としても、そんな強盗まがいの事したくはない。……とはいえ、もし、エルフ兵が襲ってくれば戦うしかない……どうすれば。
「オレが強くなるしかないであるな」
「デュランダル?」
「相手を交渉のテーブルにつかせるなら、オレは今、エルフ達にとっては仮にも拉致された身……そのオレが強くなれば、交渉のきっかけにはなるであろう」
もっともそうな意見だが……しかし、俺は腕をくみ、静かに首を左右に振る。
「それができりゃ苦労しねぇよ」
「なぜであるか!!」
「当たり前じゃ……見たじゃろう? エルフ兵はお前を殺そうとした。エルサリオンだけじゃない。すでにエルフ兵全員が敵だと思っていいじゃろう」
もはや、デュランダル殺害は戦争のための手段ではない。むしろ奴らにとって、余計なことを言う可能性のある害悪でしかない。
「だからこそオレが強くなって!!」
「無理だ。お前にはレベル制限がある。いくら技を覚え、筋力を鍛えたとしてもすでにレベル上限を超えたエルフ兵に勝つことはできない」
俺がそう言っても、デュランダルはさらに食い下がる。
「そんなの、やってみなけりゃわからないである!!」
「無理だっ!!」
「っ!」
だから俺は強く、厳しく彼の思いを押さえつけた。息を飲むように言葉を詰まらせるデュランダルに、さらに語りかける。
「……いいから聞け。確かにお前は強くなる。だが、それはレベル上限にまだ達していていないからだ。お前が力をつければ、身を守るくらいはできるだろう。うまくすれば一人、二人は倒せるかもしれない。だが、そこまでだ」
「……だ、だけど師匠は」
「俺はそもそも前世で、ステータスが上限を超えてたんだ。ある意味チートみてぇなもんだ。だがお前は違う」
正直……俺自身もレベル上限のデメリットが、ここまで大きくなるとは思ってなかった。唇を噛み、悔しさに俯く弟子の姿が見ていられない。
「師匠……だけど、 諦めるわけにはいかないである!!」
「俺も諦めるつもりはない」
「え…………?」
「秘宝を手に入れるだけでは坂は超えられない。最終的には、お前の技術が必要だ……」
気持ちは痛いほどわかる。特にレベル上限なんてゲームらしい言葉なんて簡単に信じられないよな?
だけど……今デュランダルを失うわけにはいかない。いや、この男は、絶対に死なせてはならない。こいつは……今のティエアに必要な存在だ。
「うぅ……わ、わかったである」
そして、二週間の時が過ぎた。
デュランダルは頑張って、今のエルフのレベル上限MAXまで鍛え上げた。技の冴えもあり十分強い戦士となった。
そして、その日を待ちわびたかのようにデュランダルは消えた。
一つの手紙を残して……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
師匠…………オレ、いや我輩はやはり、父上のところに行くである。
心配しなくていいである。いつもの修行場の近くに、秘宝を埋め込むと発動する機械を用意してある
。その機械があれば、我輩がいなくても坂を超えられるである。
そして我輩が秘宝を手に入れたら、その場所に秘宝を魔法で転送するである。
後のことは心配しなくていいである……。師匠の教えてくれた技で、最後まで戦い抜いてやるである。あなたの教えてくれた技は、上限なんて超えるくらいすごい技である。一分……一秒でも、生き抜いてみせます。
だから、師匠…………我輩の思いを無駄にしないでほしいである。我輩は……命を賭してでも師匠と恋人を再会させるである。
そして…………我輩達の世界……守ってくれである。
師匠になってくれて、ありがとうである。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その場所には確かに、機械があった。……というより。
「機械というより……ロボットスーツだなこりゃ」
二メートルほどの大きさの、そのロボットは俺の体がすっぽりと収まるくらいだ。
「……俺が憧れてるのはSF漫画の主人公じゃねぇ、異世界勇者なんだぜ……こんなの誰が着けるかよ」
俺は踵を返して、刀の柄を握る。
「いいのかい?」
俺の後ろで待ち構えてたアトゥムが俺に問う。
「はっきり言って、デュランダルを見捨てれば……今すぐにでもスピカを追いかけることができる。一分一秒でも早く助けたいタクミくんにとって、これは悪手としか思えないけど」
「……確かにな……だが、それはスピカが会いたい俺じゃない」
あいつの好きになってくれた俺は……こんなところで弟子を置いていく男じゃないよな。
「まったく……自信過剰だね。そもそもスピカが君を待ってる証拠なんてどこにもないじゃないか」
「確かにな……だけど、俺はこのままにしておくつもりはない」
そしてさらに、俺の目の前にいつもの仲間が現れた。
「……タクミ殿。助太刀はいるか?」
「ってか、まさか一人でいくつもりじゃないでしょうね?」
「ディー……じいさん……」
じいさんも、ディーも武器を持ち俺を待っていてくれた。
『うちもおるでー!!』
「その声……ミスラ!? 最近見ないと思ったら何してたんだ?」
てか、声だけが聞こえる。どこかと探していると、ディーの指先に小さなウインドウが浮かび上がり、そこにミスラの姿が写っていた。……テレビ電話かよ。
『人を空気みたいに言うなや!! うちも学生や。そうそう何日もおたくらの手伝いできるかい!!』
あ、そういえば魔導学院生だったよな……こいつ。
「ってか……こんなことできたのな」
「水魔法の高等魔法。コンタクトシュピーゲルよ。もともと水鏡の門もペルちゃんのぱわぽを映し出したのもこの魔法が基礎となってるのよ」
……なるほど、こうやって通信して映像を送り合えるなら、パソコンの画面を短距離で映し出し、拡大することはできるだろうな。
水鏡の門も本来の映像を切り替えて映し出しているんだ。だから、同じ魔法で封印を解くことができる……。
『頑張って単位取って休みとれるようにしたさかい、感謝しーや』
「……ありがとう。ミスラ」
『……本当はセナも誘ったんやけどな。ついてきてくれんかった』
セナ……賢者スピカの妹か……。ディーとのこともあるんだ。簡単に納得は出来ないのだろう。
「だが、大丈夫なのか? セナもそうだが、ミスラもこの世界の住人だレベル上限をどうやって解決するんだ」
『ふっふっふ……そこは秘密兵器があるんや』
「秘密兵器? ……どんなのだ?」
『秘密や……まぁ、楽しみにしとき』
……まぁ、ミスラもバカじゃない……変なことはしないだろう。
「……どうせ、デュランダル博士の発明した魔銃ガノンでしょ?」
『うぐっ……ひ、秘密やでーー…………ははは』
どうやらディーにはバレバレだったらしい。
「安心していいわよ。魔銃ガノンはレベル上限関係なしに強力な力を使える。私の力と同じようにね」
「レベル上限関係なしに?」
「準備に時間がかかる弱点はあるけどね。魔力を圧縮して弾丸に火薬の代わりに詰め込んで発射する魔道銃。このくらいのサイズの小さい銃なんだけどね」
と、指で四角を作りハンドガンほどのサイズを作る。この世界には拳銃はなく、あるのは火縄銃レベルの銃火器くらいだ。魔銃ガノンがハンドガン程度でも携行性、威力、使い回しの良さ……どれをとってもかなりの戦力だ。
「パワーも桁違いよ。サンダーギガントなんて目じゃないくらい」
「……あれ結構やばい火力だったと思うんだが」
「その魔法を、あっさり無効化した人がそれをいいますか……」
まぁ、見た目より火力のある魔法銃って感じか。それなら確かに心強い。
『とにかく、うちは先行して潜入しとるから。タクミくんたちも早よぅきーや』
「……みんな、ありがとう」
待ってろよ……馬鹿弟子が。




