第六十二話「クソゲー雑魚は修行する」
「遅いっ!!」
「うぎゃぁ!!」
すでにボロボロとなった少年は、ボロ雑巾のように地べたを舐めている。
猫獣人族の里の竹林が、静かな風に触れてゆったりと揺れる。その音に、俺のため息の音を紛れさせる。
「……それにしてもここまでとは」
元々ステータスに上限があるとはいえ、その上限を超えないどころか平均以下だ。完全に自分の立場に甘えて怠けてたな……。
「タクミぃ……我輩は休憩を求めるのだー……」
「まだ初めて十分もたってないぞ。おら、立て」
「えぇー…………」
「父を見返したいんじゃなかったのか?」
「うっ……そ、それは……」
「だったら、かかってこい」
「ぐっ……でりゃあああぁぁぁ!!!」
「ま、こんなもんか」
気絶して伸びた少年を眺めながらも、俺は動き足りず剣を握る。
「なぁ、じいさん。俺と一本やらないか」
一応俺にとっては初弟子なので、監督役としてきてたじいさん。
「……すこし厳しすぎじゃの」
「え? ……以外だな、じいさんなら甘いって言うと思ってたが」
「……お前はもうすこし観察することを覚えねばな……ちょっと、構えろ」
「……ああ」
何が何やらわからないが……ともかく剣を構える。
「––––––––––お主は今どこを見ている?」
「…………目。視線を見て相手の狙いを探る」
視線は相手の戦略を読む基本だ。逆に相手が上手なら、視線を読ませないように気を払う必要性がある。
「ふむ……それ以外には何も見てないか?」
「いいや……相手の腕……足……腹……その全てが相手の動きを読む材料だ」
「そう……そして、それは師として教える時も重要となる」
「……どう言うことだ?」
「もっとシンプルに言えば……お前は本当にデュランダルを見て教えているのか?」
「デュランダルを見て……」
「お前は、自分の投影をデュランダルに押し付けてるだけじゃ。それは無謀であって断じて教えではない」
……図星をつかれたような気分だった。
不意に俺は過去の出来事を思い出した。
確か…………学校の部活で、大会が近い女子部員に教えていた時だったか。
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––––––––––ある日の部活動でのこと。
「お前はあの子達を、ちゃんと見てないんだよ」
健司に言われた意味がわからず、聞き返した。
「っつったってよー…………どうしてできないのか、わかんねーんだよ。普通ランニング五十周くらい余裕だろ?」
「無茶言わないでくださいよ結城先輩っ!!」
無駄にぜーはーと息を切らす女子部員達。なんだよ……お前らが教えてくれって言ったんだろ?
「まったく……だいたい男性と女性では筋肉の作りが違うし、うちの女子部員は言っちゃ悪いがレベルが低い。ただハードにトレーニングさせたところで余計な怪我を招くだけだぞ?」
「ハード……かなぁ?」
桜乃は、普通についてくるし……そんなにハードでもないと思うが。
「はぁ……全くお前と言う奴は……まぁ、桜乃ちゃんがついていけちゃうから勘違いしてしまうんだろうが、もう少し相手を見たらどうだ?」
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って、健司も言ってたっけ?
「……相手を見る……か」
「無理させても効率が悪い。お主は、そもそも体格も骨格も剣士に向いておるし、修練も怠っておらん。体力もあるし、力もある。だから、多少のハードワークは問題にすらならないじゃろう。じゃが、デュランダルはそうではない」
「……あの程度の訓練なら、十に満たない頃からやってたんだけどなぁ……そんなに違うもんか?」
「やれやれ、試しに素振りをさせてじっくり観察してみろ。すこしはワシの言ってる事がわかるじゃろ」
というわけで、体力が回復したところでデュランダルに素振りをさせてみたのだが……。
「……つってもなぁ……」
すでに、フラフラのデュランダルの素振り……こんなの見て何がわかるってんだ?
「……ワシは、もう改善策を見つけたぞ」
「え!? まじ!?!?」
まだ、素振り十回程度だぞ? いったい何がわかったんだ?
「……集中してみろ。まず、なぜアヤツはフラフラしている?」
言われるがままに集中してみる。
「……全体的に筋力が足りない……それに練習が足りないから剣筋がガタガタだ。それと腕で振ってしまってる。何度も言ったのに……ったく。……ああっ! なんであんなに手首ひねってるんだ!? あんなんじゃ痛めるぞ」
まったく……教えたはずなんだが…………。
「そうじゃない。型がなっとらんのじゃ」
「え?」
「お主の言ったことは大筋当たっとるが間違いじゃ。筋力が足りないのはその通りじゃが、その状態でお主の型を真似させても間違えて覚えるだけじゃ。型を間違えれば無駄に疲れるし怪我もするじゃろうて」
「……つまり剣が重すぎるって事か?」
筋力が足りないから、剣の重みで剣筋がぶれて間違った型になってる……って意味か。だから、反復練習の意味がなくなっている……。
「そういうことじゃ。」
なるほどな……筋力が足りないから正しい型にならないわけだ。っても、かなり軽い両手剣だ……それ以下ってことになると片手剣か……。
でも、勘違いされやすいが片手剣はかなり筋力がいる。鉄の塊を片手で振り回すのは、意外と体力も使う。……なら。
「……軽めの刀……例えば小太刀やショートソードのようなものなら使えるかも」
「長い目で見るなら木刀で鍛えてからあの剣じゃな。どちらにしても、あの剣でこれ以上修行させてもいいことはないじゃろ」
これが相手を見る……か。
「おい、デュランダル!! ちょっとこっちこい」
フラフラになりながらも、剣を引きづり歩いてくるデュランダル。……だが様子がおかしい。
「お、おい……大丈夫か?」
「なんで……こんなに我輩は弱いのだ?」
フラフラと虚空を見るだけのその目には力が宿っていない。なんとか立っているといった状況だ。
「……デュランダル」
碧眼の瞳から大粒の雫が流れ出る。
「父上が見捨てたのは……我輩が弱いから……なのに、我輩は未だ弱いまま……」
膝をつき崩れる。痙攣している手からは、赤い雫が流れ落ちる。
「お前っ!!」
俺は慌ててデュランダルの手を掴んで見る。手のひらは痛々しく腫れ上がり、血豆がいくつも破裂していた。
「なぜタクミと我輩はこんなにも違うのだ? ……我輩が修練をサボっていたからか……? どうして……我輩はサボってたのだ……」
俺は……本当に何も見てなかったんだ。
こいつは本気で強くなりたいんだ。……なのに俺は……どこかコイツは、まだ本気じゃないって決めつけていた。
じいさんは見ていた。こいつの本気の眼差しを……。
「すまないっ!! ……すまない……俺は……」
自分の事でいっぱいだったが……こいつもまた父との縁を割かれ、裏切られ、傷ついた一人だ。
「悔しくないわけないよな……俺が悪かった……」
「なぜ謝るのだ……我輩が弱いのが悪いのだ……我輩が……強ければ……」
デュランダルの治療をしてから、俺達はちょうどいい岩に腰掛け語り合った。
「な……なんと……タクミには恋人が…………」
「ああ……」
「そ……そんなに苦しい時に、我輩の稽古を……」
「……黄泉比良坂を越えるにはエルフの力が必要だ……正直に言おう。君を鍛えて、エルフとの友好を結びなおせれば、エルフの力を借りれるのではと考えていた」
そういう打算があったことは間違いない。
スピカを助けるためだとはいえ、こいつの気持ちもよく考えずに利用することばかり考えてしまった。
「……タクミ…………」
「幻滅……したよな」
「そんな事ないのだ……利用しているという点に関しては、我輩も似たようなものだ。自分の辛い出来事を理由にタクミを利用し、強くなろうとした」
「……いいんじゃないか?」
「え?」
……デュランダルの気持ちは立派だと思った……正直俺なんかよりずっといい。
「強くなるために、あらゆるものを利用すること自体は悪いことじゃない。強くなることに悪いことがあるとすれば……自分の力でもないことを、威張り散らし慢心することだ。君の父上のようにね」
「んー……よくわからないのだ」
「はは……いずれわかるよ」
そうだ……エルサリオンよりよっぽど、彼の方が優秀じゃないか。
デュランダルは自分の弱さを認め、強くなろうとした。エルサリオンはゼクスのチート能力で、強くなったフリをしているだけじゃないか。
そんなの……強さでもなんでもない。
「デュランダル……俺は絶対お前を強くしてみせる……そして、俺も強くなる」
「……タクミ……いやっ! 師匠!!」
「し、師匠!?」
「師匠!! 我輩……いや、オレは絶対、師匠のような最強の剣士になるのだ!!! だから剣を教えて欲しいのだ!!」
し……師匠ねぇ……。
「柄じゃねぇなぁ……ったく」
…………あれ? このセリフどっかで聞いたことあるような…………。
あっ!! 健司が親父を師匠と呼び始めた時だっ!! あの時の親父のセリフっ!!!!
「ど……どうしたのだ?」
まさか俺……老けたっ!?
頭を抱える俺と、なぜかわからず首を傾げる弟子……。遺伝の恐ろしさを感じながらも、少しだけ前に進む心を取り戻せたような気がした。




