第六十一話「クソゲー雑魚の叫び」
「いやーーー!! 助かったのだ!!! 礼を言うぞ皆の者」
こいつ……まだ状況が飲み込めてないのか? 流石にディーも何が起きたか察しているのに……。
「まさかあんなところで我輩を狙う族が出てくるとはなぁ……しかし、もうこれで安心だの!!」
猫獣人族の里で匿ってもらっているからいいものの……このままではまずいな……このあからさまな“おぼっちゃん”にも、わかりやすく説明する必要がありそうだ。
「あのな……なんで自分が狙われたか、わかってるか?」
「? そんなの身代金とかに決まってるだろう」
「あれはエルフ兵だよ……」
呆れ顔のアトゥムが答えると、顔を真っ赤にして反論する。
「な、何を言っているのだ!! エルフ兵が我輩を狙うわけがないであろう!!」
「事実、フードからエルフの長耳が見えている……間違いなくエルフ兵よ」
ディーの言う通り、俺にもその耳は見えた……。しかしフードか……。シーファトを襲ったのは転生者だったが、同じく黒いロングコートでフードをかぶっていた。やっぱり、最初の神の仲間と考えて間違いなさそうだな。
「だ、だったらちょっと外しただけなのだ! お主らを倒すために」
「間違いなくあれは、お前を狙ってた。兵士がそんなミスするかよ」
「だ、だがそれ以外に何があると言うのだ!?」
ディーは深いため息をついた。
「あのねお坊ちゃん……アンタは、お父さんに捨てられたのよ」
「はぁ? じょ、冗談も大概にしておくのだ水色の。なぜ父上が我輩を捨てる必要性がある」
「僕達が殺したって事にして、戦争の理由を作るためだろうねぇ」
だろうな……アトゥムに対する明確な敵意にしてもそうだが、今回の事実上の裏切り……あいつらからしてみれば、戦争への大義名分が欲しいに決まってる。……どうやって勝つつもりなのかは知らんが。
「せ、戦争? バカな……父上がそんな事するわけがないだろう?」
だが、俺達の沈黙で、流石にこのおぼっちゃんも冗談でもなんでもない事を察して、みるみる青ざめる。
「ば、バカな!!! 父上が我輩の命を狙ったと!? 我輩は信じぬぞ!!!」
「だったら、お前はなんで俺達の命を狙った」
「ち、父上の命だ!! この使命を果たせば、我輩を将軍と任命するとっ!!」
……どんだけ頭お花畑なんだこいつ。
「俺のステータス……それにディーのステータスは、この世界の上限を超えている。一人で立ち向かったところで、まずかなわねーよ」
「それ以前に、僕は創造神……君はどうやって殺すつもりだったんだい?」
「うぐっ……信じないぞ……我輩は信じないぞっ!!!」
飛び出そうとするデュランダルを「どこへいくの!?」とディーが止める。
「父上に確認にゆく!!! 貴様らの言葉が虚言であると証明してやる」
「行ったら今度こそ殺されるわよ」
「殺されぬ!!! 我輩は信じぬっ!!!」
飛び出したデュランダルをディーが追いかける。
「……クソがっ!!!」
全力で地面を殴りつける。
骨まで響いたその痛みでも、エルサリオンへの怒りは収まりそうにない。たしかに、ダメなやつかもしれないけど殺されるいわれもないだろ……。
「……タクミくん、僕らも行こう……この後の展開は察しがつくだろう?」
「……ああ」
すでに戦闘は始まっていた。相手は百人といったところか。対峙しているのは腰を抜かして尻餅をつくデュランダルを守るディーと、敵を撃退するコジロウじいさんのみ。
猫獣人族の里に連れてきたのは正解だったな。じいさんすぐに反応してくれた。じいさんの強さに、誰もついていけてない。次々とエルフ軍は気絶させられていく。
「ぬるいのう……この老躯でも容易いわい」
「なんだ……自分でジジィって自覚してたんだな?」
ちょっとからかうと顔を真っ赤にして否定し始める。
「な、なにおう!? まだまだ若いもんには負けんぞっ!!!」
俺は元気そうなじいさんに笑って見せた。だが、その顔は訝しげに敵を見る。
「こやつら……全員ステータスの上限を破っとる」
「なにっ……」
「手応えが以前手合わせしたエルフ兵と比べ物にならん……まるで大戦当時のような力じゃ」
……ゼクスか。あいつが、なにかしらのチートを使ってるのは間違いないが……しかし、偽証を解除することができるとはな。
「じゃが、完全に自分達の力に振り回されとる……タクミ殿なら不覚はとらなんだが、気をつけろよ」
「サンキュ。……じゃあ、五割程度遠慮する感じでいいかな」
思いっきり睨みつけたら、相手はたじろいだ。だが、どこからともなく号令が鳴り響き一斉に飛びかかる。
その全てを峰で打ち上げ、吹き飛ばしながら敵陣に突っ込む。
一人目の槍を首だけ動かして避けながら、胴に一撃加えて吹っ飛ばす。後ろの二人はそれに倒され地面に突っ伏した。その俺を左右から斬りふせる第二陣。だがそれを伏せて避け、俺の頭上で斬撃が交差する。
時計回りの一閃で相手を飛ばし、さらに左右の兵を四、五人叩きのめす。この辺りで相手も気づいたようだ。
「ぐっ……風の加護かっ!!」
「正解っ!!」
風の加護をまとった剣で、そいつの顎を撃ち抜く。我ながら絶妙な力加減で相手を気絶させる。
––––––––俺の刀は風の加護を纏わせている。本来は鎌鼬のごとく斬りふせることもできるが、今は少し調節して打撃のような圧縮空気のモードにしている。
要するに、刀の形した風の棍棒って事だな。
「ぐぅ……舐めるなぁ!!! 魔導師隊!! ファイヤボール連続発射!!!」
俺に向けてまっすぐ火球が放たれるが、それは俺に届くまでもなく弾け飛ぶ。そしてそのまま魔導部隊を叩き伏せた。
「俺に魔法は効かねぇよ……」
「ぐぅ……ならばっ!! 残りの魔導師隊っ!! サンダーギガント発射準備!!!」
サンダーギガント……雷属性最強の魔法だったか。
なるほど。俺のステータスも調査済みってわけか。魔力体制ないからなぁー俺。
青白い閃光が魔術師の上空に雷撃の塊を作る。すげぇな……何ボルトくらいあるんだろ? その塊が五つほど浮かび上がり、光線となって俺に放たれる。
「で……それがどうした」
その光線は空気中で拡散し、細かな光の塵となって消えていく。
「エア・ディスペル……」
実践は初めてだが、どうやら案外うまく機能しているみたいだな。
「な……なんなのあれ?」
そうか、ディーに見せるのは初めてだったか。
「テニスの時と同じ原理さ。あれを風の加護で流用しただけ」
「は、はぁ!?」
要するに、風の魔力を使って相手の魔法を分散、術式を破壊する能力。
原子レベルで風を操って、相手の魔法の勢いより魔術の根幹から破壊する。
これで大半の魔法は全て相手に到達する前に消滅する。
「くぅ……ならば直接叩き斬るまでっ!!!」
その剣が振り下ろされる前に、俺の刀の峰が腹をえぐる。
「やってみろよ」
また一人気絶し、その場で崩れ落ちる。
「魔法は効かない……かといって武器で攻撃すればタクミの技でねじ伏せられる」
自分の得意なフィールドに誘い込むのは戦術の基本だ。これが俺のこの世界で編み出した戦術ってわけだ。
「ついでに言えば、こっちは魔法撃ちたい放題。まぁ俺は発動中、魔法使えないけどな」
というわけで、ディーの水の防壁も残ったままというわけだ。
「なんということじゃ……あやつ、本当に化けよった」
俺は、切っ先を敵の部隊長と思われる男に向ける。
「さて……まだやるか?」
「くっ……まだ終わらん!」
弓をしならせ、矢で弧を描く。だが、そもそも近くことも出来ず、霧散する。
「……魔法壊せるんだから、矢なんて効くわけねーだろ」
攻撃手段をことごとく打ち砕かれた敵は、呆然としかでいない。
「……さて、そろそろ無駄とわかったろ? ……いい加減出てきたらどうだ」
すると、エルフ兵の後ろから長髪の男が拍手とともに現れる。
「いやはや、さすがはタクミ殿……そこの出来損ないと違い、やはり優秀だ」
「エルサリオン……」
デュランダルはと言うと、切なげに父の姿を見るだけだ。
「しかし……愚子とは言え、一国の王子を拉致とは……いささか度を越してはおりませんか?」
「心配しているフリをするんなら、もう少しデュランダルを避けて攻撃すればどうだ? むしろ殺すつもりに見えたぞ」
すると、殊更邪悪な笑みを浮かべた。
「いやぁ、お恥ずかしい……貴殿と違い、我々もまだ力を使い慣れておりません。故にそのような勘違いをされても仕方のないことです」
「よく言う……どう見たって殺すつもりだったぞ」
それは、さすがのデュランダルも感づいていた。いつでも父の元に駆け寄れるのに動こうともしない。
試すようにエルサリオンは右手の平をデュランダルに差し出す。だが、目を伏せ悔しさで歯を食いしばる。
「おやおや……反抗期と言うやつですかな? くくく……」
笑っているが、見え透いた殺意がこもっていた。
「なぜであるか……なぜ我輩を殺そうとしたであるか」
「生贄くらいしか使い道がなかったからです」
「うぐっ」
はっきりと、デュランダルを突き放す。
「……たいして力もなければ知恵もない。いつでも利用できるように餌をやっていただけの家畜に、ようやく利用価値ができたんだんです……むしろお前は喜ぶべきじゃないかな?」
「……いい加減にしろよ……このクズ野郎」
切っ先を屑親に向け、思いっきり眼力をぶつける。
「テメェの子供だろ? なぜ、そこまで非道なことが言える」
「……あなたにだけは言われたくないですねぇ」
「なんだと?」
「……まぁ、どちらにしてもこの場は引くとしましょう」
エルフ兵が去った後……少年の嗚咽混じりの叫びだけが、静寂の森に鳴り響いた……。




