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第五十九話「クソゲーとつながる死の坂」

 ––––––––世界がこうあってほしいという願望は、人間なら誰でも持っている欲求であり、呪いだ。




「世界が平和であれ」「自分を中心に回っているべきだ」「人類は皆平等であるべき」「戦争はするべきではない」「自由であれ」「こんな世界なくなってしまえ」




 そんな人間達の傲慢の数々が世界の理想だ。だが、そんなものは叶うはずもない。




 そんなものは、数々の宗教で何人もの神が説いて来た理想だ。神ですら到達することができない願いを、怠惰で傲慢、愚かであまりにも小さい存在が、その世界の願望など叶えることができるわけがない。




 この世界は……クソゲーだ。


 だから、リセットしよう。




 電源ボタンを押して。




 ディスクを入れ替えて。




 中古屋にでも売っぱらって、ハイさよなら。






 クソゲーに……価値などないのだから…………。






「ここは…………ありえない」


「どうしたんや? タクミくん」


 俺は、恐る恐る、その見慣れた卒塔婆(そとば)に触れる。そこには少し新しい刀傷があった。


「これは……俺が生前につけた傷だ」


「え?」


 ……俺達は、レジーナの遺跡にあった水鏡の門の向こう側に立っている筈だ……だが、その場所は俺のよく知っている場所だった。


 ここは…………まさか…………。


「恐山…………なのか?」


 鼻をつく硫黄の匂いに、霊山独特の物々しい雰囲気。


 暗い……夜のようにも見えるが、そうではない。これは霊気と呼ばれる人の魂のチリだ。


 (ソウルプラズム)は分解されると霊気というチリになる。そのチリがいずれ自然消滅するまで漂うわけだが、そのチリは同時に(ソウルプラズム)を分解する効果がある。そのため、生きてる人間が吸いすぎると死に至る。


 特に、ここの霊気はとんでもない…………。上空にある月も太陽もかき消してしまうほどの濃さだ。


 だが、だとすると……ここは現実世界だ……。バカな! ありえないっ!!


「それにしても不気味なところやなぁ…………」


 ミスラは両手で鼻と口を押さえ、空気を吸いすぎないようにしている。


「そうね……魔力より霊気がすごいわね……あまりここに長居するわけには行かなそうね」


「じゃな……一旦引き返すぞ。……お、おい。タクミ?」


 気がついたら、俺はその坂を登ろうとしていた。が、その腕をディーが掴んだ。


「まってタクミ! この先に進んではダメ!!」


「離してくれ!! この先にスピカがいるんだ!!」


「馬鹿者!! この先に人などいるわけがなかろう!! 魔導学院で少しは学んだのだろう? 霊気を吸い過ぎればどうなるかわかっているだろう?」


「んなことは知っている!!」


 霊気を吸い過ぎれば……全ステータスの削除……つまり死に至る。最悪彷徨う、ただの亡霊となりかねない。


 つまり……スピカはっ!!


「……誰か来る」


「え……?」


 ディーの声で我に帰る。


 目の前を歩くそいつの姿は、少しやつれて……だが、いつも通りの不敵な笑みで俺を見下ろした。


「やぁ、タクミ君」


「……アトゥム」


 なんでこいつが……ここにいる?


 どうして……こいつは俺を見下ろしているんだ?


「さすがタクミ君だね……もうここまで辿り着いたんだ」


 ここまで辿り着いた? 何言ってんだこいつ。


「おい……スピカはどうした」


 恐る恐る、その問いを投げる。


「……死んだよ」


「きぃさまああああああぁぁぁぁ!!!!!」


 ディーを突き飛ばし、殴りつける勢いでそいつの胸ぐらを掴んだ。


「……痛いなぁ……これでも創造神なんだけどな」


「るっせぇ!!! テメェに……テメェに創造神を名乗る資格も、親を自称する資格もねぇ!! 自分が何したかわかってるのか!?」


「…………そんなこと知っているさ」


 その顔を見た瞬間……俺はアトゥムの思いを察して歯噛みした。


「くそっ!!」


 投げ捨てるようにアトゥムを突き放し、震える右拳をポケットに突っ込んだ。このままだと本能のままにこいつを殴り殺しかねない。


「嘘でしょ……アトゥム様……どうしてスピカがっ!!!」


「……きちんと説明してあげるよ。とにかく、ここを出よう。このままだと、みんな危ないよ」


「くそっ!!!」




 ––––––––気づいていた……スピカが身を守るには、これしか無いことくらい。


 水鏡の門から遺跡に戻ると、自動的に扉が閉じられる。


 それでも、スピカを追うことを諦められない心が、名残りのように右手で門を触れた……が、魔法が解けて、石壁に戻る。


「……どういうことよ……なんでスピカが死ななきゃいけないのよ!!!」


 今度はディーが、アトゥムに食ってかかった。だが、アトゥムは自嘲気味に笑うだけだ。


「まて、ディー。こやつが簡単にスピカを見殺しにするわけがあるまい」


 少し答えづらそうにしているアトゥムの代わりに答えを投げ捨てた。


「……最初の神の洗脳を避けるためだろ」


「え? ……洗脳を避ける?」


「最初の神の能力は……プレイヤーだ」


「さすがタクミ君……すでに、そこまで答えが出てたんだね」


 そりゃそうだ。


 一部の人間だけを完璧に操れる。ゲームを元にした世界。そして、俺達はその出演者でしかない。


 そして、そんな一部の人間を操れるだけなのに、なぜか最初の神は確実に世界を崩壊させる破壊力を持っている。


 そんなことできる奴なんて、プレイヤーしかいない。


 同じような事をアトゥムが皆に説明していると、ディーが質問を投げかけて来る。


「でも、だったらなぜスピカが……」


「偶然だ……彼女がたまたま『スピカ=フランシェル』の名前をその身に宿してしまったからだ」


「名前っ? そのくらいなら名前を変えればいいじゃないっ!!」


「それが無理なんだよ……名前を変えたとしても、彼女が主人公パーティである事は変わらない。それを変えることができるのは主人公のみだが、その主人公がこの世界には不在なんだ」


 その主人公はこの世にはいない……。だったらスピカを殺すしかないわけだ。


「そんな…………ま、まさか私がスサノオと戦った時もっ!!」


「そうだ……彼は操られていた。問題はどうやって操ったのかだけどね」


「どういうことだ?」


 サタンが聞き返すと、アトゥムは帽子を深く被り歯噛みして答えた。


「彼はスサノオが封印されていた時、封印されてたんだ……なのにどうして、スサノオにアクセスができたのかが不明なんだ」


「なんだ……そこはわからないのか……創造神」


「え?」


 その程度、すでにわかっているものだと思ってたがな……。


「……フレイアだ。奴がスサノオを殺すたった一瞬だけ、この世界との封印を少しだけ弱めたんだ」


「フレイア? ……なるほど、そのタイミングですでに彼女が最初の神側の人間だとすれば辻褄が合うね。三週目ではスサノオはすでに死んでいたしね」


「それにしてもどうするのよ……スピカはもう……」


「いや、まだ希望がある」


「え?」


 そうだ……アトゥムの狙いはこれだ。


「まさか……生きておるのか!? 現実世界でっ!?」


 アトゥムは深くうなづく。


「彼女は今、健司君と共にいる。記憶はもうないし、精神も崩壊しているが……これで最初の神に操られる事はなくなった」


 その、さも目的通りと言った台詞に、俺の怒りが抑えきれなくなった。


「ざけんなっ!!!! テメェ何言ってんのかわかってんのかよ!!! 自分の娘が壊れたんだぞ……もう二度と戻らないかもしれねーんだぞっ!?」


「そんな事僕にもわかってるさ!!! けど……仕方無いだろ? これしか……救う方法がなかったんだ」


 ちくしょう……ほかに方法はなかったのかよ…………あのバカ野郎。


「……とにかく、一度、状況を整理する必要性がある……タクミ君もいいね」


 俺は静かに頷き、怒りを目の前の壁に殴りつけた。


 拳から血が滴り、痛みで腕が痺れたが……それでも苛立ちが晴れる事はなかった。




「……とにかく、スピカをこの世界に戻さないといけない。彼女の精神を戻すなら、こちら側の力が必要だ」


 魔導学院の大図書室でのアトゥムの第一声はこれだった。


「……戻す当てがあんのかよ」


 俺のその問いに、静かに首を振る。


「……言っただろう? あそこは黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)精神や魂を分解し、消去させるための場所だって」


 ここまでの道中でも、軽く何が起きているか教わった。


 あそこは恐山ではなく黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)。恐山を模した現実世界へと繋がる道。


 そして……健司が異世界側の人間で、ティエアの本来の主人公であること……。


 だが、その坂が魂を分解させる……つまり消すためのものであるならスピカは……いや、待てよ。


「スピカは一応は生きているんだよな?」


「ああ……それならば、まだ可能性がある……僕はそう信じてる」


「……ペルか?」


 彼女がプログラミングを覚えたことも教えてもらっていた。そして、それがかなり強力な力だということも……。


「いや、いくらペルちゃんでも消去したものの復活は無理さ。言ったろ? ここはゲームの世界に似せた世界であってゲームの世界ではない。本来パソコンの機能であるバックアップ機能は組み込まれてないよ。神以外はね」


 そうか、ここは電脳世界のようでそうではない。あくまでアナログの世界なんだ。


「スピカは、かなり精神力の強い子だ。現に、かすかではあるが記憶が残っていることが判明している」


「それにかけるしかない……ってことか」


「今のところはね」


「ちっ…………」


 俺は苛立ちを隠せずに図書室を出ようとする。


「ちょ……ちょっとまってよタクミ」


「ん? ……なんだ」


「……なんだかアトゥム様……変じゃない?」


「…………」


「娘が死んだのよ……アトゥム様ならもっと……」


 ……さすが、ディーだな。


 俺は、返答のかわりにニヤリと笑って見せた。


「え……」


「すでに世界(ゲーム)は騙されている……今は俺達を信じろ」




 そう…………これは俺達の最後の賭けだ。


 ……あの日、スピカが死んだ日に話した、俺とスピカ……そしてアトゥム……そして…………。


 ()()は、最初の神を殺すための……切り札だ。


 そのために、俺は演じなければならない。


 スピカを失った絶望の淵の結城拓海を……。




「ディー。この事は誰にも言うなよ……今はただ、俺と、アトゥム……そして、スサノオを信じてくれ」


「ふぅ……私は、蚊帳の外ってわけ?」


「そんなんじゃねーよ。ディーにはディーの役割がある。だから信じて待っていてくれ……そして、また一緒にあのビーチでビールを飲もう。あの時と同じように、スピカに作ってもらってさ」


「……わかった。樽ごと持ってこないと承知しないわよ」


「ああ」


 そして、俺はまた『恋人を失った男』に戻る。


 騙せ……自分を。


 俺は、スピカを失ったんだ……そして……アトゥムは……。


 スピカにここまでさせた罪……償ってもらうぞ……最初の神(クソヤロウ)

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