第五十八話「主人公の意地」〜健司視点〜
「プレイヤー……そういう事だったのか」
だから洗脳が限定的なんだ。いわゆる主人公組にしか操作権限がない。
「……この世界に来て、ゲームについて色々調べさせてもらいましたわ……その中に、こんなお話がありました。プレイヤーの意志で主人公に自殺的行動を取らせると「どうしてこんなことをされるんだ」と怒り出すそうですわ」
そのゲームの話は聞いたことがあった。アメリカだったか? とにかく海外出身のゲームで、翻訳の関係で妙にコミカルな話になり面白がられていたやつだ。
「今回の状況を説明すれば、まさにそういうことですわ。彼はスピカさんの意志とは関係なく完全に操ることができる。なぜならコントローラーを握ってるのはスピカさんではない……ゼクスの方なのですから」
つまり、彼がコントロールしていないときはオート操作のようになり、スピカの意志が反映される。だが、彼がコントロールした瞬間、彼女の意識や気持ちにかかわらず、完全に操られてしまう。
「アトゥム様は、スピカさんに世界を壊されるたびに何度も時を戻したそうです……その時のスピカさんも気持ちとは正反対に無理やり虐殺をさせられたのでしょう。しかも、気絶することも出来ず、常に覚醒した状態で操り人形にされる……」
「んだよそれ……そんなのあんまりじゃないか」
……自分の意志とは関係なく、自分の愛する存在を傷つけ、殺し回る……。気絶することも目をそらすことも許されないってことは、プレイに関わる全ての事象は操作権限者が所持しているのだろう。視点変更も移動も殺戮も思いのまま……ってわけか。考えただけで最悪の気分だ。
「何で、早紀がそんな目にあってるんだ? どうしてっ!!」
「偶然ですわ」
「偶然!? こ、ここに来て、そんな言葉が入るのか?」
「ええ。完全に偶然ですわ」
まさか、ここまで来て偶然なんて言葉が出るとは思わなかった……。
「……星井早紀が白血病だったのはご存知ですね?」
「あ……ああ」
戸惑いながらもうなづくと、なおも真剣な眼差しで言葉を続けた。
「そのため事故死した彼女は、星井早紀という存在を呪いました。なので、新しい自分になるべく、たまたまよくネットゲームで使っていたハンドルネームを使ってしまったのですわ」
「しかし、早紀さんの使ったハンドルネームはティエアストーリーズでは主人公のヒロイン……つまりプレイヤーに操作権限のある一人です。ここで、元となったゲーム世界ではありえないことが起きてしまったんです」
ペルさんの言葉にも、いつもより重みを感じる……。僕は思わず息を飲んだ。
「……私達のいる異世界では、名前をいわゆるユーザーIDとして認識している事がわかりました。さらに、ティエアの本来のスピカ=フランシェルは、すでに死亡してしまっている……。その二つの偶然がスピカさんのコントロールを絶対のものにしてしまったのですわ」
「そ、それじゃ名前を変更させれば……」
名前をユーザーIDとして認識しているなら、そのくらいの回避方法はあるんじゃ……。その言葉にペルさんは静かに首を左右に振る。
「それは無理なのです。よく考えてみてください。ゲーム中、もし主人公パーティの一人が名前を変えたとしても……」
「そ……そうか」
ストーリー上で名前が変わるキャラクターは少数ながら存在する。
例えば、タクミと結婚し、スピカ=ユウキと名前が変わったとしても、プレイヤー操作権限のユーザーIDがその名前に変わるだけなのだろう。
「つまり……普通の方法以外で名前を変える必要性があった……その可能性があったのは、アトゥム様に宿った偽証の能力だけ」
「つまり今はスピカのIDを偽証させているのか……」
偽証の能力でどこまでできるものかわからないが……そう思ったが、またも首を横に振る。
「……わかりません」
「え?」
「それだけはわからないのです……実は、この作戦。最後の最後の部分は私達にも教えてもらってないのですわ」
「ちょ、ちょっと待て! 無銘はアトゥムじゃないのか?」
「その可能性はありますわ……ですが、スピカさんの可能性もあります」
「健司さん。これはもし、どちらがスピカさんかバレたら最後のギリギリの賭けなんです。だから、無銘さんがどちらか……最後まで隠しておく必要があるんです」
「なんてことだ……」
もし無銘がスピカなら……拓海はどうなる。
あいつは恋人がこんな姿になっていることを知っているのか?
今も表情がまともに作れない……そんな心が壊れた状態に…………。
「ですが、一つだけ確かなのは……どちらかが無銘ちゃんとなり、どちらかが、まだティエアにいる」
この子は……誰なんだ?
「まてよ……偽証のステータスを回復してたってことは」
元々偽証を持ってるアトゥムが無銘ってことじゃ……。
「いいえ、それは証拠にはなりません。アトゥム様は能力を継承できますので」
そ、そう言えばそうだな……だが。
今のところは、無銘がアトゥムである可能性が高い……か。
「この事をタクミは知っているのか?」
「それもわかりません……ただ、実は一度だけスピカさんとタクミさん……アトゥム様が出会っています」
「三人が……出会ってる? だったら、拓海は知ってるということか?」
「……可能性はあるかと……ですが、少なくとも彼は知らないと言っています」
……拓海がもし、この作戦を知っているとしたら……この作戦。思ったより複雑なのかもしれない。
「そして、問題はこれからですわ」
「ああ……つまり、どちらがスピカかバレる前に、ゼクスを倒す方法を探すってことだな」
……っていっても神を倒すねぇ。そんな雲をつかむような話……どうやってやりゃいいんだ?
「……お忘れですか? 一応女神も神なんですよ?」
「つまり……女神さん達は神を殺す方法を知ってるってことですか?」
「……神を殺す方法はいくつかあります……一つ目は時を超えさせること……しかしこれは今のところ不可能でしょう」
「時を超えさせる……か。僕も一度時に干渉して年齢の逆行が起きると言われた。それの事か?」
「ええ……ですがこれは無意味ですわ。そもそも彼が自ら時間を超える事なんて無いですし……それ以前に少なくとも地球より年齢が上な彼が年齢を逆行したからといって、死ぬまで何年待てばいいんでしょうね」
なるほど、たしかに無意味だ。文字通り天文学的な年齢になるだろうし。
「次の可能性は……こちらの世界のルールで殺す事です」
「こちらの世界? どういう事だ?」
「もう一度思い出してください。神様がなぜ現実世界を支配しきれなかったのか……」
「人間には膨大な可能性があるから……」
「そう、神はそれを操作しきれない。つまり現実世界のルールには従わないといけない。それが神であっても」
だから神は最初に可能性という武器を異世界から消したんだもんな。思い通りになるように。
「可能性がない異世界の民達は運命通りに行動してしまう。これは、タクミさん達も同じです。ですが、そこにイレギュラーが存在したんです。それがゲームにおける主人公という存在です」
「そうか……主人公だけはゲームの世界が破滅に向かってもそれに反抗するために行動できる。ストーリーによっては神をも殺すことができる」
だからこその、神殺しの主人公……。
「……ってちょっと待て。そんなことをすればっ!」
「そう、絶対支配能力を持つ彼には操られてしまう……ですが、たったひとつだけ可能性はあります」
「可能性?」
「ペルセポネの存在ですわ」
ペルさん? ……そういえばこの女神はたしか……。
「私のプログラム操作です。……ですが、まだ研究段階です。残念ながら今はまだ主人公を操らせない方法はありません……ですが、その足がかりは掴めてるんです」
「プログラミングで世界のルールを変える……ね」
「ペルセポネなら、いずれ世界の法則すら変えることができるかもしれない。ティエアにとっての彼女の能力とはそういうものなのです」
……逆にペルセポネが改変する前にティエアが壊れたら終わり……か。
「……もし世界が崩壊した場合、女神もその力を失うことがわかっていますわ。……つまりそうなった場合、私達も終わりです」
なるほどね……。
「ペルさんが対抗措置を作ったら、主人公の能力を誰かに与えて、その人物が神を殺すって事か」
「ええ……そして今、あなたはその主人公の能力を持っていますわ」
「え?」
「主人公の能力は黄泉比良坂でも浄化できないんですわ。あれはステータスというより概念に近いようなものですから。それに、他の世界の主人公ではダメです。あの世界の主人公の須佐男しか、その力はありませんわ」
……僕が……ティエアの救世主ってことか?
「しかし今、健司さんはティエアの住人ではありません。つまり主人公の能力を持ちながら、ティエアの民でもないという状況です。その状態なら、ティエアに裏道で入っても操作されません。しかし、そのままでは主人公の能力も無意味という状態ですが……」
「それならどうやってっ!」
「無意味ですが……継承はできるんです」
「っ!! できるのか!?」
「ええ。……そのためのタクミさんです」
…………おもしれぇ!!
「なるほど……タクミが新主人公となって原初の神を倒す……そういうストーリーを考えてるのか」
「そうです。ですから健司さんには……」
なるほど……そうか。
だったら…………僕の答えは一つしかない。
「断るっ!」
「え?」
てっきり受け入れると思っていたのだろう。だが、僕はそんなのゴメンだ。
「そもそも、あの世界の主人公は僕だったんだろ? だったら僕が主人公になるべきじゃないか?」
「そ……それはっ!!」
「できるんだろう? ペルさんなら」
「うぅ……」
プログラムで世界の構造も変えることができるんだ。できないとは言わせない。
「はぁ……たしかに可能性はありますわ」
「テュールさん!?」
「ですが……それの意味するところは……わかってますよね」
「ああ」
タクミともう一度戦う。
今度は、ティエアという世界の主人公を賭けて……。
「はぁ……せっかく平和的に継承してもらおうと思ってたのに……」
「無理ですわ……見なさい、あの顔」
僕は、うっすらと笑みをこぼした。
また戦える……あいつと本気で……。
「これ以上ない戦闘狂の顔ですわ……生前の須佐男と変わらぬ好敵手を得た笑み……こうなったら、もう止めようがありませんわ」
「……狂っているように言われるのは癪だな。まぁ否定も出来ないか」
僕は、立ち上がり師匠を見た。
「師匠、この前言った件ですが。取り消させていただきます」
「……ほう」
「僕は……僕の力でアイツを超えてみせます」
目の奥を見つめられるような、視線が脳を直接刺激する。そんなピリピリとしたにらみ合いののち、師匠は吹き出した。
「まったく……馬鹿弟子が揃いも揃って同じことを……」
「え?」
「……恐山に行きなさい。そこで修行を積めば、なにかが見えるだろう」
恐山……たしか、心霊スポットとかもあって、あの世に一番近いとか言われている場所だっけか。
「以前、拓海はこう言った。誰よりも強くなりたいから俺に技を教えろとな……そして、次の日やっぱりやめたと言い出した」
「拓海が……」
「教えを請うだけが教わることじゃない……自分の力で君を超えたい……そう言っとったよ」
「自分の……力で……」
今回の僕と同じ……。
「そうやって手にした力が、今も拓海を支えとる……それが、女神のお嬢ちゃん達を見てようわかった」
拓海のおこなった修行……僕もあの力を手に入れることができる。
「……行って来なさい。一週間もあれば、君は誰にも負けない強さを手に入れることができる」
「……はいっ!!」
僕は決意し、その病室を出た……その瞬間師匠が楽しそうに呟いた言葉に僕は心が踊った。
「拓海、気をつけろよ……健司君は、お前を超えるかもしれんぞ?」




