第五十七話「絶対支配能力」〜健司視点〜
「師匠っ!!!」
その老人は、とても安らかな表情で…………。
「おう、きたか健司君」
今朝の朝刊を読んでいた。
思わずズッコケそうになるが、なんとか食い止める。
「師匠……大怪我したんじゃ」
「のはずなんだがなぁ……気がついたらこの通り」
と左腕を見せてくる。
確か、病院からは左腕の欠損と無数の切り傷、大量出血で下手すりゃ脳に障害が残り、まともな生活に戻れるかもわからないという話だったと思うが……。
「そこについては、ワタクシから説明させていただきますわ」
その声で顔をあげると、赤髪のロングヘアの女性がそこにはいた。
少しキツめだけど、優しい黄水晶の視線に思わずドギマギしてしまう。大人の女性と言った感じだ。
「ワタクシの名前はテュール=ヴァイゼ。ティエアでは法の女神の役目をいただいております」
「異世界の女神……」
彼女は女神というよりは、休日OLにしか見えない。ゆったりとしたピンクの服に、黒の膝丈より少し短めなスカート。若干スカートの先の部分が透けているのがわかると、僕は慌てて目をそらした。
「……この度は、私共女神の仲間がご迷惑をお掛けしました……大変申し分けございません」
女神の……仲間が?
「って、どういうことですか!? そもそも今回の襲撃者は誰なんですか?」
「……健司さんにも、予想が付いているのではないですか?」
「まさか……やっぱりそうなのか?」
「俺を襲った襲撃者は少女だった。見た目は金髪のツインテール、赤眼……そして、奇妙なヨーヨーを使っていた」
東条佳奈美……!
「彼女のティエアでの名前はフレイア=マルス。……戦の女神でした」
フレイア……マルス。それがあいつの本当の名前か。
「フレイアの裏切りに気づかなかったのは、ワタクシ達の落ち度です……大変申し訳ございません」
「いえ……」
「ワタクシ達はフレイア……そして、諸悪の根元のアーノルドが消えた場所を調査した結果、現世……つまりこの世界とティエアをつなげる裏道を作ることができると判明しました。その裏道をペルセポネと研究した結果、音声通信……メッセージ通信……そして最終的に肉体の移動も可能になり、私達はこの世界へとやってきた。というわけですわ」
「私達って事は……今ペルさんも来てるのか?」
「ええ。今は桜乃さんの病室で怪我を治しているところで……そろそろ戻ってくるはずなのですが…………」
すると、外から何かもめるような声が聞こえた。
何事かと思い外を覗いてみる。すると矛盾世界で出会ったタクミと一緒にいた女の子が、ナースさんに怒られていた。
「なんでナースセンターと病室を間違えるんですか!!」
「ごめんなさぁ〜いぃ〜〜」
「やっぱり……あの子はもうぅーーーー!!!!」
すると、僕の後ろで頭を抱えて覗き込んでいたテュールさんは、ズカズカと音が出そうな足取りで、その現場にむかい、そして脳天にげんこつを一発。
「へぐぅ!!」
「あなたはぁーーー!!! 神としての自覚ゼロですか!? 何度も何度も何度も何度もこの世界に来てからも何度も何度もぉーーーーーいい加減にしなさいっ!!!」
「テュール先輩待ってくださいぃーーー!!! 置いていかれたら、また迷ってしまいますぅーーー!! ぐへぇ!!!」
その迷える女神のシャツの襟首を捕まえて、ズルズルと引きずっていく。
「待って待ってっ!! 息ができませんんぅーーー!! ぐるじぃーーーーー!!! 私がお医者さんに診てもらわなきゃいけなくなっちゃいますぅーーー!!!」
「ちょうどいいから、迷う前にここに入院してなさいっ!!!」
と、女神を病室に投げ入れる。
「だ……大丈夫ですか? ペルさん」
「死にそうですぅ…………あ、健司さん……お久しぶり……になるんですよね?」
「え、ええ……まぁ」
そのままガクリと白目を向いた花の女神……。
「こほん。というわけでお二人の怪我は責任を持って完治させました」
得意げにそういうが、この女神様……さっきまで、この中で一番の重体患者だったと思うが……。
「桜乃も……ちゃんと寝てる」
「無銘……」
この病室に無銘がはいり、ようやく話の舞台が整った。
「さて……お話をする前に……無銘ちゃん。すこしステータスを修復するからこっちに来てください」
ペルさんが手招きをすると、無銘はうなづいてそっちにいく。
首筋に手を当てて、ペルさんが目を閉じると、黄色いオーラのようなものが小々波のように無銘に流れていく。
「基本ステータス修復……完了。能力修復……創造、偽証を修復……その他ステータスは完全に破損しているため修復不能……言語能力……修復エラー。一部記憶のみを回復します」
「やっぱり、かなり破損してしまってますね……感情も修復が難しいです」
やがてオーラが収まり、ペルさんが軽く汗を拭う。
「これで、多少は思い出せたはずですよ」
「ペル……感謝する」
「これが魔法……か」
「少し違いますね……魔法で修復パッチを流させてもらっただけですから」
そうか……ティエアでは魔法も肉体もプログラミング言語化している。
「ちなみに、0と1で作られた魔法と言っても、魔法は魔法。ちゃんとタクミさんのお父さんの腕はデータとかではなく、完全に治ってますよ」
「治ってなきゃそれはそれで怖いよ……今、タクミは?」
「ティエアで戦ってますよ……私達がここにいるのは知らないかもですが」
「そうか……」
「それより……ペル。……アーノルドの本当の目的について説明を求む」
無銘が語り出した言葉で、僕は息を飲んだ。
「……まず、アーノルドという名前を正さなくてはなりません。彼の本当の名はゼクス……ゼクス=オリジン。この現実世界を作り、ティエアをはじめとした異世界を作る能力をアトゥム様に与えた最古にして最初の神」
「ゼクス……オリジン」
「そしてゼクスの本当の目的は、現実世界……つまりこの世界の破壊です」
は?
「ま、待て待て!! ティエアの危機が何で、いきなり僕達の世界の危機になるんだ?」
「……幸村さん」
急に話を振られた師匠は、タダでさえ話についていけなかったためオロオロとしていた。
「ん? お、俺か? っつっても、俺には何が何だかわかんねーぞ?」
「あなたはフレイア……あの金髪の子と戦ってどう思いました?」
「んー……変な妖術を使うとしか……」
妖術……魔法ってことか……え? ま、魔法? この世界で魔法が使えるのか? ……そういえば、ペルさんも魔法を使ってたな。
「す、スピカの創造は、核爆弾だろうが何だろうが作れるんだよな」
「……ええ」
「そして、そのスピカの洗脳は絶対なんだよな?」
「ええ」
「そして……この世界に裏道を使って移動してきた物は魔法が使える……って事でいいんだよな?」
「そういうことです」
嘘……だろっ!? じゃあ、アーノルド……いや、ゼクスの本当の目的は…………。
「ふざけるなっ!!! な、何で僕達の世界まで壊されなきゃいけないんだ!!!」
「……自分達の世界が巻き込まれたと……そう思ってますか?」
「そりゃそうだろうっ!!」
だが、テュールさんは俺の言葉に明らかな敵意を込めて反論した。
「逆ですわ。巻き込まれたのはティエアの方ですわ」
「なにっ!!」
巻き込まれたのはティエアのほう? ど、どういう事だ?
「……神殺しのステータス。主人公……本来そんなステータスは現実世界では存在しない……と言うより、この世界の人間なら全員が当たり前に持っている物なんです」
「どういう事だ?」
「ティエアを含む、全ての異世界には神の意志に逆らえないような仕組み……つまりは主人公というステータスを奪われた存在なのです」
「可能性……」
要約するとこうだ。
人間は、いろんな物を乗り越える可能性を持っている。
それは、神の意志すら乗り越える膨大な力だった。
その力によって、制御しきれなくなった世界。それが現実世界だ。
膨大に膨れ上がった可能性という力は、神の思い描いたストーリーを破壊し、邪悪な意志を生み出し、殺しあった。
人間の本性を嘆いた神の心は次第に壊れ、人の死を悲しまなくなった。
むしろ、人の死を楽しむようになっていった。
まるでゲームのように……故に、神は遊びを覚えた。
それは、神の意志で人間の感情を操作し、戦争を起こすゲーム。
そのゲームは大成功だった。人間は何度も戦争を起こし、ついには世界大戦にも及んだ。
だが、人間は学び、少しずつ戦争について尻込みするようになった。
本来戦争好きだった国も、少しずつその意志を消していった。
そして、神の遊び相手がなくなった。そのため、一部の死者に神の力の一部を与えて別の世界を作り、その世界で遊ぶようになった。
しかし、その世界はどれもこれもクソゲーと呼べるものだった。
どの世界も平和平和平和平和……。
対して刺激もなく、戦争もなく、 病気もない。
それはそうだ。もしそんなことをして自分の世界が壊れたら、普通の人間は心がもたない。
だから大半の人間は壊れないように、平和な世界を作る。
そして、そんなクソゲーができるたびに神は創造神ごと、その世界を殺していった。
そんな神に転機が訪れたのは、ある女性の存在だった。
星井香帆……のちにアトゥムと名乗るその女は、ゲーム作成ツールの世界を望んだ。
神は今まで想像もしなかったその発想に、目を輝かせた。この手があったかと。
実際、アトゥムがその世界を作った後、何人もの神が生まれ、そして何度も戦争が起きた。
当たり前だ。失敗すれば、リセットボタンを押すように、またやり直せばいいのだから。
しかも、これまでのように強力な魔法を必要としない。創造神としての敷居が下がり、ありとあらゆる人間が生み出す創造の世界は、神にいくつもの最高のゲームを与えていった。
だが……そんな世界を真っ先に否定したのもまた、アトゥムだった。
神は、アトゥムを許さないと呪ったが、無意味だった……なぜならこの世界はゲーム作成ツールの世界。
その世界は、神にすら絶対遵守のルールを作ってしまったのだ。
皮肉なもんだな……。神が与えた力が、次第に神の及ばぬ力に変わってしまう。
「神は困りはてた結果、ある禁忌を犯します。それは創造神より上の、ゲーム世界で最強の神と呼べる存在に気づき……その力を得たのです」
ゲーム世界最強の神…………あっ!!!
「ま、まさかゼクス=オリジンの正体は……そういうことなのかっ!?」
「ええ……彼の能力名……そして、彼の本当の神としての名は…………」
「絶対支配能力です」




