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第五十六話「惨劇の序章」〜桜乃視点〜

 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



 ……私はなんて愚かなのだろうか?


 ちょっとした事故だってことはわかってた。


 だけど、頭に血が上って……いつものように暴れて……。


 気がついたら、お兄ちゃんは倒れていた。


 たまたま血液型が同じだった私は、自分が死んでもいいからとお兄ちゃんの手術に自分の血を使った。


 手術に立ち会ったのが、有名な名医だったため……お兄ちゃんは一命をとりとめた。


 お兄ちゃんは今でも、あの事件を笑い事のように話すけど……実際にはかなり大変だった。


 私は、その事件のせいで塞ぎ込み……仲間からは完全に見放される事となった。


 当然だ。どんな理由があるとしても、生死に関わる怪我をさせたのだから。


 私は、その罪を一生かけて償おうとした。






 だけど、そんな私にお兄ちゃんは––––––––––。






 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––






「おとーさーん。お風呂上がったよー」


 道場への襖を開けると、何気ない夜の道場のはずだった。


 だけど、そこに入る前にかすかな匂いで足を止めた。


「血の……匂い……」


 嫌な予感がした。


 また家族を失うかもしれない……そんな……予感が。


「っ!!」


 蜘蛛の巣のように張り巡らされた、ワイヤーの数々、私の目の前もそれで張り巡らされた結界で侵入を拒まれる。


 だけど、その先に見えるのは……すでに左腕を落とされ、虫の息で喘ぐ父の姿と、月明かりで妖艶に微笑むもう一人の存在だ。


 私は急いで身を翻し、裏口を出て、省スペースの庭に設置された錆びた倉庫の扉をもどかしいようにこじ開けた。


「許さない……それだけは許さないっ!!」


 父さんは……私の最後……最後に残された家族なのよ!!


 それを奪おうとする存在なんて……絶対に許さない。


 私はもどかしいように手を伸ばし、神木の剣を手にした。


「お兄ちゃん……お母さん……お願い、力を貸して」


 手に取った剣に祈り、私は道場へと戻る。


 ワイヤーの結界を叩き斬る。やっぱりこの糸は魔力が込められている……この木刀で切れるっ!!


「っ!! お父さん!!!」


 拳より少し小さく丸い物体二つが、すでに傷ついた体を嬲っていく。


「かはっ!!!」


 意識を失いかけて、倒れこむか弱い体は不思議と途中でその動きを止めた。


 かと思うと、幾重ものワイヤーがお父さんを絡めとり、空中に十字で縛り上げる。


「やめて…………」


「ばいばーい」


「やめてえぇーーーーっ!!!!」


 私の剣が、ワイヤーを切り裂き拘束から解放する。


 すでに意識がないのか、声もあげず無残に落下する。


「あらら。残念。これからが面白いのにー」


「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 怒りに満たされていく。なんの躊躇もなく私の剣は、その小娘の脳天に向けて振り抜く。しかし、その剣は嘲笑とともに軽やかにかわされた。


「あんただけは許さない…………お父さんは私に残された最後の家族なのよ? それを奪うあんたの存在を……私は認めないっ!!!」


 再び咆哮を上げて、横一閃、縦一閃の十文字に剣尖を浴びせた。だが、それもかわされた代わりに、私の頰に回転するなにかがめり込む。


 たまらず一メートルくらい吹っ飛ばされた私は、なんとか受け身を取り、その場に伏す。


「あれは……よ、ヨーヨー?」


 そう、よく見るただの玩具。お兄ちゃんも小学生の頃遊んでいた、ただのおもちゃ。そのヨーヨーを手首で返し、何度も弧を描き続けるそいつの顔が、ようやく月明かりに照らされて見えてくる。


「あなたは確か……東条佳奈美っ!」


「やだなー、健司くんに続いて桜乃ちゃんまでフルネーム? かなみんでいいのにー……同級生なんだよ?」


「ふっ……ふざけるなぁ!!!」


 再び剣を構えて、下から切り上げるように一閃を加えた。だが、かわされるどころか、左のヨーヨーが私の剣をからめとる。


「こんなものぉ!!!」


 その拘束を斬りはらうように下に振り抜くが……切れなかった。


「無理だよ。魔力は解いたから」


「ぐぅ……」


 こいつ……なぜ私の武器の特性を知ってる? ……だったら、こんなタコ糸同然の紐なんか引きちぎってやる!!


「っ……これは」


 紐はお兄ちゃんが遊んでたような糸ではない。鋼鉄製のワイヤーだった。


「でも、魔力使えないと色々不便だからさぁ……邪魔なんだよね」


 木刀はあまりにも簡単に絡め取られたワイヤーで引きちぎられてしまった。


「あ……あぁ……」


 武器がなくなり、私は対抗手段を失ってその場に膝をつく。


 無理だ……神木の剣は素材と、あの形あっての存在……それがなくなってしまえば、ただの木だ。


「うーん。これでもう手詰まりかー。タクミ君の妹って聞いてたから、もうちょっと強いと思ってたんだけどな」


 気がついたら、私の両手首にワイヤーが絡まっていた。


「っああああああぁぁぁぁ!!!」


 私の体はワイヤーが食い込みながら、あまりにも簡単に拘束されてしまった。さっきの父さんみたいに、十字架に磔られるように空中にさらされる。


「可愛そうだからさぁ……お父さんより先に殺してあげるね」


 絡まったワイヤーには鮮血が滴り、その激痛で意識が失いかける。




 ––––––––––死。





 ––––––––––––––––––死?






 ––––––––––––––––死にたくない。……助けて……助けて助けて助けて助けて助けて助けてぇ!!!!!






「なんてね」


 そのワイヤーは、骨にまで達しようとした時、唐突に拘束は解かれた。


「ごふっ」


 どこか内臓を損傷したのか、口から血を吹き出す。


「致命傷ではないはずだよ。二人とも筋も避けたから、しばらくすれば動けるはず……さっさと救急車呼べば二人とも助かるはずさ」


「どう……して……」


「……これはただの警告だよ……だから伝えておいてくれ……余計な真似するなら、命はないってさ」


 その女は、ヨーヨーで遊びながら、子供のように去っていった。


 その紐に纏わりついた鮮血を撒き散らしながら……。


 後に残された私達は無残にその姿を目で追うしかない。


「あぁ……うあぁ……」


 その後ろ姿が涙で歪んでいく。




 ––––––––––––憎い……憎い憎い憎い……。




 ––––––––––––––––––––––力がない……無力な私が憎い……。





 お兄ちゃんなら守れた……お兄ちゃんなら…………。


 歯噛みし、血を飲み干し……そして、今ある全力で叫んだ。


 絶叫し、子供のように癇癪し己を呪った。






 ––––––––––––––そして……私の意識は暗闇へ堕ちた。






 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––





「……食事の準備が整いました」


「お……おう」


 私は、()()()に夕食ができた事を伝えると、台所に戻る。


「……な、なぁ、桜乃?」


「なんでしょうか?」


「いや……なんでもない」


 …………私は、この人に一生尽くすんだ。


 もう、私の幸せなんていらない。


 ()()()の幸せのためなら、なんでもする。




 それが、罪滅ぼしだと……そう信じていた。




「うわっ!!」


 私は、後ろから視線を感じたが、変わらずお兄様の部屋の掃除をする。


「さ、桜乃!? そ、それはだなぁ…………桜乃?」


「なんでしょう?」


 何かおっしゃりたい様子だったので、私は問い返す。


「……あの……そ、その本」


「ああ、別に構いませんよ? 殿方ですから、性欲くらいあって当然ですから」


 ……お兄様が隠し持ってたいわゆるエロゲーと呼ばれるジャンルのゲーム。しかも妹の文字が入ってる。


 要するに妹にいかがわしい事をするゲーム……昔の私なら、嫌悪していたゲーム。


 でも、お兄様がそういうことを望むなら…………私はなんでも受け入れる。


「……もし、お兄様が私にそういう事を求めるのでしたら……私は体も差し上げます」


「……桜乃……お前…………」


 私は、お兄様のために身を差し出す。





 そして……お兄様は私を抱き寄せ…………。





「すまなかった」


「え?」


「……ごめんな……お前がここまで苦しんでるなんて知らなかった」


 何を……言ってるの?


「お前に罪なんてない……あってたまるか」


「…………ないわけありません…………私はっ……あともう少しでお兄様の命をっ!!」


「だったらどうしたってんだ!! そんな些細なことでお前がこんなに苦しまないといけないいわれなんてない!!」


 意味がわからない…………。


「些細な…………こと?」


 震える声で、私は言葉を絞り出す。


「どこが些細な事なの!? 私はっ!! ……もう少しで殺すところだったんだよ!?」


「るっせぇ!! 俺がいいって言ってるんだからいーんだよ!!!」


 なんで……この人は…………。


「どうしてっ……どうして私に罪を償わせてくれないの? …………私は、取り返しのつかない事をしたの…………あと少しで、お兄ちゃんを殺すところだったの」


 溢れてくる涙で、お兄ちゃんの服を汚すまいと離れようとするが……離してくれない。


「もういいの……私の人生は、全てお兄ちゃんのために使うんだって……そう決めたんだから」


「……だったら、俺の好きだった日常を奪わないでくれよ」


「え?」


 私を抱きしめる力が、より一層強くなる。


「俺はな……わがままで、恥ずかしがり屋で、ちょっとHな事があると顔真っ赤にして怒り出す……そう言ったお前が一番好きだったんだよっ」


「……でも、その私は…………お兄ちゃんを…………」


「俺から……桜乃を奪わないでくれよ…………そのためなら、俺は何度死にかけても構わない」


「…………なによそれ」


 私は、観念して天井を見上げた。


「それじゃ……一生私は罪を償えないじゃない……」


「……だったら、約束してくれ」


 抱き寄せてた腕が緩み、肩を掴まれる。


「お前は……一生俺の好きな桜乃でいてくれ。まぁ、暴力はちょっと我慢してくれると有難いけどよ……でも、それだけで俺は十分幸せだから…………その幸せを壊さないでくれよ」





 私は、その日一生分の涙を流した…………。





 そして……あの運命の日。私の枯れた涙は流れてくれなかった。






 ––––––––––––絶望しすぎて…………とても、正気を保つことはできなかった。






 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––






「んぅ……ここは?」


 私が目を冷ますと、そこは知らない天井が写っていた。


 いや、よく知ってるか……お兄ちゃんが入院してた時に見たことある。


「私は…………」


 あの夜のことが反響する。


 絶叫しそうになった口を、なんとか食いしばる。


 そうだ……お父さんはっ!?


 体を動かそうとすると、全身に痛みが走る。


「動くの……ダメ」


「…………無銘ちゃん?」


 起こそううとした体を、無銘ちゃんが優しく押し戻す。


「報告……お父さんは死んでない。左腕は失ったけど、命に別状はなし」


「そ……う……」


 だけど、大きな損傷は産んでしまった。


「謝罪……今回の件……無銘のせい」


「え…………?」


「無銘……きっと巻き込んだ……だから、ごめんなさい」


 私は、一瞬よぎった弱い自分の考えを呪った。


「……“あいつのせいだ”……“無銘ちゃんのせいだ”……そんな考えで逃げたくない……。悪いのは……弱い私だっ!!」


 どうして真面目に練習してこなかったの?


 退魔師として修行してきた時も、いつもサボってばっかり……お母さんも呆れてた。


 私はバカだ……。


 考えてみればそうだ。みんななにかの目的のために存在している。それがどんなに歪んだものであっても、その目的を叶えるための力があったのは東条佳奈美の方。たったそれだけのことだ。


 正義であろうが、悪であろうが関係ない。手段も関係ない。負けた方が失うのはこの世の摂理だ。


 剣道で負ければ名誉を失い、勉学で負ければ誇りを失い、社会で負ければお金を失う。


 私は……ただ弱かったから失い……傷ついただけだ。


 悔しい……。


「健司さんは?」


「…………」


 無銘ちゃんは何も答えない。多分お父さんのところだろう。


「そっか……そうだよね」


 私は天井を再び睨んだ。


「……やし……いよ……」


「桜乃……泣いてる?」


「悔しいよ……私……結局誰も守れてない…………」




 私は––––––––––––お兄ちゃんが好きだった日常を守る事だけが、私の存在意義だと思った。




 だから、それを守れなかった私に……意味などない。






「そんなことない」


「え?」


「あなたは守れてる……私と違って」


「む、無銘ちゃん?」


 いきなり流暢になった言葉遣いに、戸惑う私を置いて手を握ってくる。……だが、それも一瞬で終わる。


「人格データエラー。再び初期モードに移ります」


 その姿を見て、私は無銘ちゃんに思うところがあり、聞いてみる。


「……お兄ちゃ……ううん。拓海の事……好き?」


 その言葉を聞いて、無銘ちゃんの感情のない顔がわずかに動く。


「……約束……したから」


「え?」


「だから大丈夫……無銘……タクミのところへ帰る」


 約束…………。


 何故だろう……その言葉を聞いたら、わたしにも勇気が湧いてきた。


 だけど……この体じゃ…………。


「大丈夫ですよ」


 今度は誰かわからない。別の人の声が聞こえた。


「あなたとお父さんは……私が責任を持って治させていただきます」




 その声が聞こえた後。私の意識は安らかな光に消えた。





 そうだ……まだ終わってない。


 ––––––––––––今度こそ守るんだ…………私の力で。

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