第五十四話「神との交信」〜健司視点〜
『まず、異世界の正体から話さないといけないでしょうね。私は本来、花の女神なのですが……ちょっと色々あって……パソコンのプログラミングを知る事となりました』
花の女神がプログラミング!? ただでさえ異世界にプログラムなんてありえない組み合わせなのに……。
……だが、その理由は聞いていると、どうにも話が逸れそうだ。質問を返さず、ただ黙って読むことにする。
『私がプログラミングを覚えたことで、驚くべきことがわかりました……私達の世界、つまり貴方達の言う異世界は全てプログラム言語で作られていることがわかりました』
『つまり、ティエアはゲームの世界……ってわけか?』
『違います。ゲームの世界が異世界として現れたわけではありません。異世界がゲームの世界になってしまったんです』
異世界がゲームの世界に……?
『たしか、創造神アトゥムはRPGツクレールの世界を望んだ……だったな。それと関係しているのか?』
『もし、その時アトゥム様が「ゲームのような剣と魔法の世界」を望んでいれば、貴方達のよく知る異世界になるのでしょう。しかし、アトゥム様が望んでしまったのはゲーム作成ツールの世界です。それによってすでに存在していた異世界がプログラム化してしまった……それがこの世界の正体です』
アトゥムが望んだ世界はゲーム作成ツールの世界……それが、プログラミング言語で作られた世界を望んだことになってしまったのだ。
それにより、魔法、肉体、五感、その全てがプログラム化してしまう。本来人間は脳も含めすべて、0と1では作られていない。それが、0と1だけの数字で作られた、本来物理的にありえない世界が現れてしまった。
一見すると電子世界のようだがそうではない。電子世界をアナログな魔法や物理……その他すべての自然現象が再現し、さらに作成ツールという概念の元、複数の世界を作ってしまった。
『それにより、本来はとてつもなく膨大な魔力が必要な“生成”の魔法を簡単に行える……創造の魔法が出来てしまった』
RPG作成ツールでは簡単に素材の追加、アイテムの作成ができる。異世界では考えられないようなものも作成可能になってしまうというわけか。
しかも、そのツールなら素材さえ作れば簡単にアイテム化できる……いや、まてよ…………そうじゃない。事態はもっと深刻なのかもしれない。
『創造は、その世界にない概念も作ることができるのか?』
『……鋭いですね。その通りです』
なんてことだ……もしそれが可能なら、かなり危険な能力なんじゃないか?
『そう……まさに今回の事件の発端がそこだったんです。……この世界で現実世界出身の創造を持っているのは三人。そのうち一人は、かなり限定的なので危険はありません。そしてもう一人はアトゥム様。彼も神の加護によって、悪用されることはありえません』
つまり、最後の一人……まさかそれが……。
『その人の名はスピカ=フランシェル……貴方には星井早紀と言った方がいいでしょうね』
「っ……」
そうか……これで合点がいった。
『……早紀の創造はどこまで作れるんだ?』
『彼女自身は、まだそこまでのバリエーションはありません……ですが、彼女の能力のリミットを外せば……彼女の知識にあるものであれば、なんでも作れます。……貴方達の世界で例えるなら……そうですね……核兵器も作ることが可能です』
『か、核兵器っ!? ま、まてまて!! 彼女は軍人か何かか!? 詳しい知識なんてないだろ?』
いくらなんでも核兵器を作るのに必要な素材や仕組みなんて、一般人が知ってるわけがない。
『言ったでしょう? この世界はRPGツクレールの世界なんです』
『ま……まさか…………教科書程度の知識でも再現可能なのか!?』
『最悪……もっと知識が浅くても再現可能でしょうね』
『つまり……ニュースやバライティなんかで紹介された情報程度でも……核兵器を作ることができるのか?』
『私もテレビというのにまだ詳しくはありませんが……噂程度の知識ですら再現可能。そういうことですね』
そこまで来ると、一からの創造も可能だろうな……漫画とかで書かれてた“惑星を破壊する爆弾”とか、そんなバカみたいなものでも本当に作ることができる。なぜなら、現状は異世界自体が創造物と言っていい。その創造者たる創造の持ち主は、ちょっとした思いつきで大量殺戮兵器を作ることができる。
『だが、星井早紀はあくまで常識人なんだろ?』
『ええ。早紀さんに危険はありません……ですが早紀さんの意思は、そもそも関係ないんです』
意思は関係ない…………そ、そうかっ!
『洗脳か』
『そうです、この世界を破壊する……つまりこの世界の真のラスボスは…………早紀さんです』
なんてことだ…………。
『洗脳を避ける方法はないのか?』
『……私もその辺りは、まだ、よくわからないのです。だけど、アトゥム様が言うには彼女を悪用しようとしている黒幕は、彼女を100%支配できるそうです』
100%…………?
『しばらくは、その男が封印されていたため洗脳は避けられていました。貴方達にもわかりやすく言えば異世界とのアクセスが不可能となっていました。ですが、最近その封印が解除されました。そして彼から逃げるために、アトゥム様とスピカさんは姿を消しました』
そして、アトゥムの方が……無銘なのか。
『まて、なぜアトゥムも逃げる必要があるんだ? アトゥムは洗脳できないんだろ?』
『ええ、洗脳できません……ただそのあたりの計画は私にも教えてもらえませんでした……』
それに早紀がどうやって洗脳を避けるつもりなのかもきになる。あの世界にスピカが残ってるなら意味がないんじゃないか?
『ともかく……僕達の世界に無銘が来た経緯はわかった』
『無銘?』
ああ、そういえばこの世界のアトゥムの名前は知らないんだったか。
『彼女がそう名乗った……No name……無銘と』
そう答えると、少し間を置いて返信が来た。
『わかりました。ともかく今は、彼女を無銘さんと呼びましょう』
しかし……プログラムの世界と考えれば、無銘の名の理由も説明がつく。
彼女のステータスは壊れている……自分の名前のデータも含めて。
彼女が精神崩壊……つまりは大量のバグが発生した結果、いくつものステータスが破壊され、一旦、RPGツクレールの仮の名前……No nameとなった訳だ。
『事情はわかった……だが、それと東条佳奈美はどう繋がるんだ?』
『彼女は、現実世界の人間ではありません。彼女は……貴方と同じようにこちら側、つまり異世界側の人間です』
『……死すべき幻影』
『さすがティエアの主人公さんですね……もうそこまでたどり着いてましたか』
僕と同じ……異世界側の人間……創造神の創造物ってわけか。
『……ですが、彼女は厳密に言えば死すべき幻影ではありません。神の許しを得た幻影。還るべき魂』
還るべき魂……か。神の許しなく転生した僕は魂とすら認められない幻影……というわけか。
「……はは」
思わず乾いた笑いがこみ上げてきた。……気がついたら僕は、自分がこの世の人物ではないということを受け入れてしまっている。
だけど……なぜかはわからない。心に奥底にあるなにかが、僕の正体をはっきりと示しているような気がした。
『一応ですけど、勘違いしないでください。貴方は間違いなく生きている人間です。それだけは私が保証します』
……そう……だな。こんなことで立ち止まってなんていられない。
『……僕は、須佐男なんだな』
『ええ……ティエアの本来の主人公……戦鬼・須佐男です』
僕も、ティエアストーリーズのことは調べた。須佐男は魔族。種族は鬼だ。武器は刀。長めの赤髪に鋭い目つき。……たしかに髪の色を除けば僕と容姿が似ている。メガネをかければ、まさに瓜二つといった感じだ。
『僕はティエアでは死んでるとこになっているのか?』
『そうですね。死んだことになっています。……ただし、どうもそこが問題だったようです』
『どういうことだ?』
『本来のゲームでしたら、主人公、およびそのパーティが死んだらどうなりますか?』
少し考えて見てから、答える。
『……生き返る……いや、少し違うか』
『そう、生き返るではなく、死に戻り……つまり時間を戻してセーブ地点まで戻ります。ですが、ここでもう一つの問題が発生します』
『時間を巻き戻すなら……矛盾世界が生まれる』
『ええ。しかし、矛盾世界は本来時間に干渉し、未来と矛盾が発生した場合に発生する自然現象。ですが、
この時間干渉は矛盾が発生しないんです』
『矛盾が発生しない?』
『……もっと単純に考えてみてください。セーブデータに戻る勇者をイメージして』
……あ、そうか。
『ステータスもそうだが、ストーリーもセーブデータの地点まで戻るのか?』
『ええ……それも当然再現されます。そしてそれを物理的に再現するなら、須佐男さんの記憶も当時に戻ることとなる。そして、同じ歴史が繰り返されてしまう。そうするとさらに矛盾世界が発生し……つまり無限ループが発生する』
『そうなると、矛盾世界の崩壊……つまり歴史改変が失敗する事になり……だがゲームとしては矛盾が発生する』
『そう。いずれ世界は須佐男という矛盾を解消するため、その存在を崩壊させていく。そしてその魂の処理するために、水鏡の封印門の奥に黄泉比良坂が自動生成された』
黄泉比良坂……日本の神話とかで出てくるあの世とつながる道だったか。
『ただ、そちら側の神話に出てくる黄泉比良坂とは少し違いますがね。ティエアに出現した黄泉比良坂は魂の解体場といったところでしょうか?』
魂の解体場……。
『魂……“ソウルプラズム”を解体して一度ゼロに戻す。そして全てを消し去った人は坂のその先……現実世界に戻ります』
『現実世界に戻る? なぜだ?』
『本来の転生……つまり元々の世界にあった輪廻転生の波に乗せるためです』
輪廻転生……つまり死んだ人物が生まれ変わるわけだ。
『全てを消し去ってゼロに……ってのは自分の肉体も含めるのか?』
『その通りです……ですが、あなたの強大な魂は輪廻の輪に乗ることはなく、そのまま現実世界に移動してしまった……死すべき幻影として』
これで全てが繋がった。
そうして、全てのステータスが0……つまり肉体的にも0歳になった僕は、日本に来た。日本以外にも転生する可能性はあったが、おそらく須佐男という名前が影響してのことなのかもしれない。
そして、日本に移動した僕は孤児となった。そして孤児院で育ち、父さんに拾われた。
何だろうな……僕はこの世の人間ではないとわかったのに、不思議と嫌な気持ちはしない。
『ありがとう、女神さん……大切なことを教えてくれて』
『……ごめんなさい。辛いことを言ってしまって』
『なぜだろうな……そのはずなんだけど、不思議といい気持ちなんだ』
『どうしてですか?』
僕は、改めて目を閉じて……その文字を打ち込む。
『きっと僕は……救われたんだと思う』
『救われた……ですか』
『ああ……僕は気がついた時には孤児院にいたから、ずっと両親がいない寂しさを持っていた。……だけど僕の生まれたわけを知って……だから救われたのかな?』
『それを聞いて私も救われたような気がします……私も、あなたに辛い話をしないといけなかったから……』
『だけど、これからが問題だな』
僕達はこれからの問題を話し合った。
とにかく、無銘を東条佳奈美から守る。
彼女が何を考えているかはわからないが……だが、これ以上好きにはさせない。
僕は……ティエアの主人公なんだ。




