第四話「クソゲーの神は言った。ここで死ぬ定めではないと」
「お待たせしました! 半ライス、ラーメン、ビール二丁!! はい、今すぐお伺いします! そちらのお客様は少々お待ちくださいませ!! ご注文承ります!!!」
今日も夕飯を、この酒場という名の居酒屋で済ませようとした俺とペルは、茫然とその光景を見ていた。いつもは二十くらいあるテーブルが半分埋まるかどうかくらいなのに、今日は完全に満席。カウンターテーブルまでぎっしり人が埋まっている。
「すごいでしょ? エストギルド名物、大宴会」
ギルドの受付のお姉さんが俺に話しかけてきた。緑色のくせっけを、くるくるといじりながら歩く姿はどこか妖艶な一面を見せていた。
「こ、この村ってこんなに人いましたっけ?」
「この村は結構孤立しててね。近い村でも長い道のりを進んでいかなくちゃいけないの。そんな長い道のりだから貿易商さんも月一度だけしか動かないの。だから、一度に多くの荷物を運ぶことになるから、運ぶ人数も大人数。結果こんな状態になるの」
「へぇ……それより、ギルドの受付の仕事はいいんですか? ……えっと……」
そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。
「? ……ああ、私はファレーナよ」
そんな俺の様子を察してか、自分から名前を明かしてくれる。
「ファレーナさんですか……で、ギルドの受付は?」
「そっちはもう店じまいよ。それより、こっちの仕事があるからね」
と、ポケットから長方形のケースを取り出す。
「トランプ?」
そういえばこの人の恰好。受付嬢というよりは……。
「そう、たまーにここでディーラーもしてるの。遊べるお金ができたら遊びに来てね勇者さん」
ウインクしながら奥のほうへ歩いて行った。すると、賭け事に飢えた男達の雄叫びがこだました。
「……? あれそういえばペルは?」
あたりを見渡しても見当たらない。少し奥まで進んでみると二~三人の男達に絡まれていた。
「なぁ~いいだろ? 別にとって食いやしないぜ」
柄の悪い小男が、ペルの肩を抱きながら言った。
「い……いや……私……うぅ……」
ペルは完全に恐縮して、動けなくなっていた。
「ちょっと俺達と遊ぶだけさ……なぁに全然怖い事じゃないさ」
狼の獣人だろうか? 爪が長く、耳が狼のような形で大きいふさふさした尻尾がある。
男達は、怖くないとかなんとか言っているが、完全に下心丸出しだ。小男の手も、少しずつペルの胸に向かっている。
俺はため息をひとつつくと、男達のテーブルの前に立った。
「俺のつれになんかようか? お遊びなら俺が相手してやろうか?」
「あぁ!?」
「なんだこの調子こいたガキは!!!」
と、矛先が俺に向いたので、店の外に出るように促そうとしたが……。
「まぁまぁ、落ち着けよお前ら……」
「アニキ」
やっぱこいつがボスか……一番でかい大男。
肌が黒く、ガタイがいいマッチョマンって感じの男は、ニヒルな笑みをこぼしている。
「ガキ。お前の提案通り遊んでやるよ」
「へぇ……何するんだ?」
「手っ取り早く腕相撲でどうだ?」
「ヒャッハーー!! アニキやっぱえげつないぜぇ!!!」
「このガキの腕、つぶれちまうぜ?」
とまぁ、三下が騒いでいたが、俺は全然負ける気がしなかった。むしろ、ようやくこの世界で全力を出せるかもと気持ちが高揚していた。
「いいだろう。俺が勝ったらペルに今後一切近づくな。お前らが勝ったら好きにしていいぞ」
「ふぇ!?」
マジで!? という顔をするが、俺は安心しろと目線で伝える。
「言ったな!!! よしお前ら!! 今夜はパーティだ!!! フハハハハ!!!!」
大音を立てながら机に肘をつき腕相撲の体制をとる。
俺が男の手をつかみ、同じく腕相撲の体制をとると、「腕ほっせぇ!!!」とか「こりゃかわいそうだぜ」とか外野が好き放題言い始める。
「ああ……そうそう、言い忘れていた……」
にやりとしながら大男が語り始める。
「俺の筋力値は……300だぁ!!!!」
「……そうか」
愕然とした。ある意味絶望した。
「ふん!!! ……あれ?? ふん!!! ん?」
「……え、マジで? ちょ、演技だよな?」
「と、当然だろ……ぜぃぜぃ……今度こそ俺のフルパワーを!!! ふぅん!!!!」
ああ、そういえば……幼稚園の頃、親父と腕相撲しようとしたことがあったな。うん、あんな感じだ。
なんだかかわいそうになってきた。俺はかるーく力を込めた。すると、みるみるうちに男の腕が力を入れている方角と逆に進み……いともたやすくテーブルについた。
「ギャアアアアアア!! いてぇーーーーー!!!」
「さよか」
もう、完全に興味を失った。弱すぎて話にならない。
「「アニキぃーーーーー!!!!!」」
取り巻きも床に転がりおおげさに痛がる大男をかばいに行く。その騒然とした現場に次第に野次馬が集まりだす。
「なんだなんだ?」「何があったんだ?」「いや、そこの兄ちゃんとあの大男が腕相撲したら兄ちゃんのほうの圧勝だったんだ」「え!? あんなに腕細いのに?」「大したもんだ!!」
ざわざわとあたりも騒ぎ出し、次第に俺を称賛する声で一色になる。
「いいぞ兄ちゃん!」「かっこいいぞー」「あいつらみんな迷惑してたんだ!! よくやったぞ!!!」
少し期待してたのに、全然大したことなかった大男に落胆していた心が、次第にくすぐったいような幸福感に満たされていく。男たちはバツが悪くなったようで、いつの間にかいなくなっていた。
「次は俺とやってくれ」と言う声が出てきて、いつの間にか、酒場のほぼ全体が腕相撲大会会場のようになっていた。
「私の筋力値は530です。ホーッホホホホ!!! ……ギャアーーーー!!!」
よっし、この亜人さんで二十人抜き!!
「タクミさん、すごいですぅ!!!」
俺が救った女神様は、いつの間にかほろ酔い状態となり、頰を赤らめながら俺の応援をしていた。
「ふぃ~……でもさすがに腕が疲れてきたなぁ」
いつの間にかほぼ全テーブルで腕相撲が行われていた。やってないのは、どっちが勝つかの賭けをしているポーカーテーブルの男達と、一部の女性陣の席くらいなもんだった。
「助かったぜ、あんちゃん。全部アンタに賭けて正解だったぜ。がっぽり儲けさせてもらったぜ!!」
と言いながら、俺の前にビールジョッキを置いた。
「これはお礼ってやつだ。飲んでくれや」
「ビールか……うーん」
いまだにちょっと抵抗がある。未成年で酒を飲んでもいいもんかと。ただ、まぁこの世界では法に触れるわけでもないし。
「なんだ? あんちゃん飲めないのかい?」
「飲んだことはない……けどまぁ、せっかくもらったんだ。もらうよ。ありがとう」
「よっし!! グビッといってくれい!!!」
俺はジョッキに口をつけ––––––––––––。
「っ!? タクミさんダメです––––––––!!!!」
––––––あれ? 一発で酔っぱらったって事なのか? これ? ––––––違う。なんだこれ––––––痛い––––––痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい––––––––––––––––––
目の前が赤いフィルターをかけたように染まっていく。
ビールをくれたおじさんも心配してる。そして何より、ペルが泣きじゃくってる……。
また泣かせちまったな––––––––––––––––––
––––––––––––––––––––––––。
「やあ」
気が付くとあたりは白に染まっていた。目の前には、一人の少年が俺に向けて手を振っている。少年は少し不思議な雰囲気で、紫の帽子を深くかぶってた。
だが、表情は生意気なほど明るく……だがうちに秘めた謎の決意を感じさせていた。
「お、おう」
「久しぶりだね。と言っても、君にとっては初めましてなんだろうね」
その少年は意味が分からないことを言い始めた。無邪気なようでそうではない不思議な青紫の眼は、俺の心の奥まで見つめているようで……だが不思議と不愉快ではなかった。
「俺は……死んだのか?」
率直に聞いてみる。するとまるで悪戯を思いついた子供のようにクスクスと笑いながら答える。
「ルールブックに書いてあるだろ? 君が死んだら僕と話すことなんてできないはずだよ」
ああ、そういえばそうか。
『ルールブック1-4:転生先で死んだ場合。魂は消滅し二度と蘇らない』
「じゃあ、ここはどこだ?」
「ここは僕の心理世界でもあり、僕の領域でもある場所さ。君に話したいことがあるからここまで来てもらったのさ」
ウインクをする姿は少女にも見える。本当に不思議な子供だった。
「君はだれなんだ?」
「僕の名前はアトゥム。この世界の創造者。君たちの言うところの神様さ」
「そうか……」
俺が納得した表情を浮かべると、創造神は不思議そうに体が持っていかれてバランスを崩すほど大きく首をひねる。
「驚かないんだね」
「女神もいるし、異世界転生までしているんだ。今更驚きゃしないさ」
そういうと、またクスクスと笑いはじめる。
「それより、君にはお礼を言わないとね」
「お礼?」
「うん。……まず、君は今日死ぬはずだったんだ」
「え? そうなの?」
といっても、言われてみれば今死にかけたんだ……そりゃそうだよな。
「だからそうならないようにしたのさ。君はこの世界の重要人物だからね」
「まさか、俺を助けてくれたのはアンタなのか?」
「僕は大したことはしてないよ。それは君のおかげでもあり、ペルセポネのおかげでもある」
また少年の言っている意味がわからなかった。アトゥムと名乗った少年は一足ジャンプしたかと思うと、そのまま空中を思うままに浮遊した。
「君が、あの日ペルセポネを慰めてくれたから、ペルセポネは君にすぐ治療を施せた。自信をなくしたペルちゃんでは、本当に自分に治せるかどうか、迷いが生まれていたからね。君たち二人が君の死を回避したんだ」
「ペルが俺を助けた……?」
なるほど……それなら納得がいく。……そうか、ペルにお礼言わないとな。
「あの子は、ずっと自信が持てなかったんだ。努力家のわりに、結果がなかなかでなくてね。女神候補だった頃いじめられたこともあったのさ。だから、自分に自信が持てなくなってしまった。実際には彼女はすでに女神の中でもを一、二を争う治癒魔法の使い手なのにね」
そんなすごい力がペルにあったのか? いつも『自分はポンコツ』だの『アホ』だの言ってたあいつが…………。
「まぁ、確かに頭の出来はあまりよくないのかもしれない。だけど、彼女には何事に対しても全力で取り組める力がある。辛くても前に進める強い心がある。––––––––––––そう、君が欲しがってやまない力さ」
「ああ、俺もそれは感じていた」
俺が欲しい力……彼女のひたむきに頑張るという力は、俺の一番の憧れだった。
「……そうか、ペルが」
「でも、それは揺るがない自信があってこそ芽を出す力。君がそれを与えてくれたんだよ。ありがとねタクミくん」
「俺は何もしてないさ。ペルが頑張っただけだ」
「フフ……君の場合、そういうことにしていたほうが納得できそうだね。わかったそういう事にしておくよ」
そういうと、目の前の神様の姿が薄くなっていく。
「目覚める時間が来たようだよ」
「そうらしいな」
「さぁ! 因果は確定した! 混沌の因果律は解除され、君が死んだ過去は変わり……今日ここで新たな君の物語が始まる!!」
そのセリフは俺に言ったようで、遠くの別の人物に向けられているような気もした。
「また難しい事を話すんだな……」
「ふふっ……今はまだわからなくていいよ。いずれ全ては繋がる」
顔が隠れるほど帽子をふかくかぶる。
「ああ、いずれ説明してもらうぞ……」
「あ、最後にもう一つ。君に忠告しておこう」
だんだん声が小さくなる。俺は聞き逃さないように、その言葉に集中する。
「スピカの事、守ってあげてね。あの子は君が––––––」
––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
「––––––さん––––––タクミ––––––さん!!」
「––––––ゆらすなよ……まだ頭クラクラすんだよ」
「タクミさん? ……うわぁーーーーん!!」
ペルが俺を抱き寄せてくる。俺はそんな彼女の頭をなでた。
「俺は……どうして?」
「毒を盛られたのよ。しかし、誰が盛ったのかはわからなかった」
部屋の扉の方から、スピカの声が聞こえた。
「一番疑われたのは、あなたにビールをおごった男。だけど、彼にはあなたを殺す動機がないし、毒を盛るようなそぶりがなかったことは周りの証言から明らか。マスターも疑われたけど同じような理由で疑いは晴れた。つまり、誰にも毒を盛ることはできなかった……」
俺も、その二人が犯人とは思えなかった。
「一番可能性が高いのは、毒薬の転移魔法。ペルちゃんがその気配を察知していたわ」
だとすると、おそらく証拠はないんだろうな。だが、なぜだ。どうして俺が狙われた?
「よかった……うぇ……私……怖くて……失敗したらどうしようって…………」
だけど、そんなことは後から考えればいい。
「ありがとう……ペル、君のおかげで助かったよ」
一度死んだこの体が、いまだ鼓動を止めないのは紛れもなくこの子のおかげだ。転生をしたことで得たこの命を再び救ってくれたのはこの子のおかげだ。
俺は、彼女が泣き止むまで感謝の気持ちを込めて、抱きしめていた。
一通り泣いたら、ぐっすり寝やがってコイツ……。
「まるで子供ね。ウフフ」
唇に手を当て抑えめに笑うスピカのしぐさを見て、赤くなった顔を背けて隠す。
「そ、それよりいつまでそこにいるんだよ!」
「いやぁ、もうちょっとお話したいことがございまして」
「な、なんだよ」
スピカが勝手に俺の寝ているベットに腰掛ける。って顔ちっか!!?? 俺は再び顔を背ける。
「タクミはこれからどうするの?」
「え?」
「異世界転生に失敗して、悪の魔王もいなくて戦いもない。そんな状態で生きがいっていうのかな? そんな感じの持てるのかなーって」
「そんなの勇者に決まってるだろ?」
「魔王もいないのに?」
「いなくても同じさ。平和な日常を守り続けるのも勇者の役目! 魔王を倒したら、のんびり旅なんて使い古されたゲームの勇者エンディングなんて俺はごめんだね!」
カビが生えてる幸せなんていらね。そんな幸せクソ食らえだね!
だから俺は、こんなクソゲーでも目指してやる。俺なりの勇者って奴をな––––––。
だが、そんな願いは叶うはずもないことを、俺は思い知らされる事になるのだった––––––––––––––––––。