第五十三話「神の幻影」〜健司視点〜
「なぜお前がここにいるんだ?」
「やだなー。たまたまだよ。ちょっとモールのホビーショップに用があってね。君こそ何の用事だい? こんなに女の子連れちゃって」
ホビーショップ? ……まぁそこはさほど問題ではないか。
桜乃ちゃんも警戒しているようだ。そういえば、東条佳奈美との面識はないが、彼女は見たことがあるはずだ。僕が彼女と話しているのを見ているからな。
……等の無銘は、さっきまでの無表情ながらも楽しそうな雰囲気から一変。顔面蒼白で全身が震えている。
帽子を深く被り、顔をできる限り隠している。
「いやー。ちょうどよかったよ。君に聞きたいことがあるんだよね」
「……なんだ?」
正直話もしたくなかったが、このままにするわけにも行かず答える。うまくすれば情報を引き出せるかもしれない。
「そんなに警戒しなくてもいいよ。何もとって食おうとしているわけじゃない」
「僕を利用した女が偉そうに言わないでくれ」
「その件はごめんってー! まぁ……騙される方が悪いんだけどさー」
苛立ちで腕が震えたが、それを必死に抑える。
「そんなことよりも、君さぁ。最近ティエアからきたっていう子知らないかい?」
「……知らないな」
そう質問されることはおおよそ予想できていたので、完全に無反応で応答した。
「そっかー知らないかぁ……てっきり、そこの帽子の子がそうなんだと思ったけどな…………」
「ひぅ」
まさに蛇に睨まれたネズミ。ブルブル震えながら顔を見られないように必死に帽子を下げる。
「どしたのー? お姉さん怖くないよー」
……嘘つけ。どんだけ殺気立たせてるんだこの女……。
「この子人見知りなんだ。あまりつっかからないでくれ。で、ティエアから来た奴がどうしたんだ?」
これ以上無銘を睨まれても困る。わざとらしいかもしれないが強引に話をそらす。
「……ま、いっか。いやね。実はあの世界で行方不明者が二人出てきたんだよ。ひとりは創造神アトゥム。もう一人はその娘スピカ……本名、星井早紀」
「なにっ」
––––––––なにやってるんだ拓海っ!!
星井早紀……確か拓海と一緒に死んで、恋人同士になった女の子の名前だ。
まさか拓海……守れなかったのか?
「だけど、どうも二人は逃げるために神の監視から抜けたようなんだよ。そして片方はティエアに残り、もう一人はこの世界に逃げ延びた」
まさか……それが無銘なのか? だとすれば、無銘は早紀なのか? それとも創造神なのか?
「だけどねぇ……本来裏道を使わずに現実世界に、たどり着くことは不可能なんだ。そんなことをすれば精神を崩壊させかねない……ちょうど、そこの子みたいにねぇ」
「…………」
無銘は震えているだけで反応しない。仮に無銘が早紀だとしたら……いや、それはない。
少なくとも彼女が望んでも拓海はそれを許さない。それに少なくともアトゥムが彼女の親だとすれば、創造神もまた止めるだろう。
「……でもねぇ、実は裏技があって、神の加護を受けた人物なら崩壊した精神を戻すこともできる……つまり、その現実世界にきた子は十中八九、創造神アトゥムってわけさ」
「……創造神ねぇ……普通神様ってのはもっと万能なもんじゃねぇのか?」
すこし話をそらす。このまま相手のペースに乗らせてはいけない。
「本来は万能さ。でもはじまりの創造神アトゥムが望んだ世界によって、神様ってのの敷居がものすごく低くなったのさ」
「敷居が低く? どう言うことだ」
「んー? その辺はゲームプログラミングと同じ理屈だねぇ」
つまりは、本来ゲームを作るにはプログラミング言語を覚え、いくつものモジュールを作り、CG、音楽などの素材を用意して作らなくてはならない。
だが、アトゥムがRPGツクレールの世界を望んだため、本来作るために必要なプログラミング……実際には魔法ってところか、これがものすごく簡単になってしまった。
「君ならすでに、このくらいの真実、とっくに辿り着いているもんだと思ってたけど……なーに露骨に話逸らしているのかなぁ?」
内心焦りながらも、なおも話題を無銘から逸らし続ける。
「敷居が低くなったんなら、なおさら神は万能の存在になってるんじゃないのか?」
「ほーら。まーた話を逸らしたー。今はいなくなったアトゥムはどこかって話なんだよ?」
ちっ……やっぱダメか。
「一応答えると、その辺はRPGツクレールはなんでも作れるソフトじゃないって事。以上!」
わかってるよ……あくまで作成ツールなんだから、その範囲内じゃないと作れないんだろ? 範囲外の事をするにはプログラム言語の熟知が必要。……で、プログラム言語は神の力と置き換えれば説明がつく。だから異世界の創造神は万能ではない。万能なのは…………。
「アトゥムがどこにいるかは僕にはわからない。お前のバックにいる最初の神の方がわかるんじゃないか?」
「…………なんのことかな?」
初めてこいつの顔色が変わった。カマをかけただけだったが、うまく図星をつけたようだ。
「僕が君と合わなかった間、なにもせず、ぼーっとしてたわけじゃないぞ。そのくらいは調べが付いている」
こいつは間違いなく裏道と言った。……なぜ一学生と言ってた少女が、明らかにチートっぽい魔法の存在を知っている?
だいたい、この魔法を使えば、死んでいる拓海も現実世界に戻れるってことじゃないか。
そんなものはありえない。できるとしても本来はあってはならない物だ。それができるとすれば万能の神……つまりはじまりの創造神に力を与えた最初の神だ。
根拠はない。だが、こいつは……その最初の神に近い存在だ。
「……まぁ、合格ってことにするかなー。それに免じて今日のところは、その帽子の子は見なかった事にしてあげるよ」
なんだと……?
「いいのか? もしこいつがアトゥムだとしたら、本来彼女はここにはいてはいけないんじゃないか?」
「そうだねぇ……だけどまぁ、それは君も同じだよ。健司君」
「……どう言う事だ」
「死すべき幻影……本来現実世界にいない人間が、絶対神の許しなく世界を超えた幻影……現在確認している限り二人存在する。……アトゥムと……そして君だよ。神宮健司」
「……なっ……なにを言って」
こいつは……なんて言った?
君はこの世に存在してはならない…………この世界の住人ではないんだよ。須佐之男命の幻影……神宮健司君。
僕は誰だ?
彼女と話してから、僕はずっと考えていた。僕が、この世界の人間ではない? そんなバカなことがあってたまるかよ……。
だったら、なぜ僕は妙に納得しているんだ? たしかに僕と両親に血の繋がりはない。孤児院にいた僕を拾ってくれたのは父さん、母さんだ。
だからって……そもそもこの世界で生まれたわけでもないなんて……。
僕は、注文したエスプレッソを一気に飲み干す。
……一人にして欲しくて、桜乃ちゃんと無銘は二人でまだショッピング中。僕は一人、モールの中にあるカフェで空のカップを眺めていた。
その視線を、手のひらに移す。
竹刀ダコすらできなくなった少しゴツゴツとした手。だけど、別に他の人とおおきく違うわけではない。
普通の手だ。
普通……だよな?
僕は、手を握りしめる。
もしかしたら、この前連絡をくれた女神なら何かわかるかも……。
そう考えてると、スマホにメッセージが届いた。
電話番号だけで名前が出てこない。
「誰だ? …………っ!?」
––––––––––シャケだ。
うん………………まごうことなきシャケだ。
スタンプ機能で送られてきた…………ゆるキャラ風のシャケ。
文字で「切り身!!」と書かれている。
––––––意味がわからない。
そして、ハイテンションのメッセージが連続で送られてくる。
『なんですかこれ!! すごく可愛い!!!』
『うわっ!! 声で文字が!! これすごいです!!! 面白いです!!!』
『あれ? ……ちゃんと送れてますよね? ……おーい!! …………あ、もしかして名前表示されてないですかね? 私でーす! 女神のペルセポネでーす!』
そして、さっきのシャケの切り身がドヤ顔してるスタンプが…………。
『悪い……絶句していた』とメッセージを送る。
さっきまでの辛い気持ちもふっとぶような、コミカルな女神のメッセに呆れを通り越して笑いがこみ上げてくる。
『ああ! やった! 繋がりましたぁ!!』
『ペルセポネ様……急にメッセージ送ってくるなんてどうしたんですか?』と再返信。
『いやぁ、電話だとどうしても電波が途切れてしまうので方法を考えてたんですよ。そうしたら、メッセって方法を見つけまして……これならいくらでもお話しできますよ。あと私のことはペルと呼んでくださいね』
顔文字……ってかハートまで加えた女神からのメッセージ……シュールすぎて、もはや言葉も出ない。
とにかく……無銘のこと、僕のことを含めて色々聞かなければならないな。
そして、女神の話は僕にとっては到底信じられるものではなかった……。




