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第五十二話「かき揚げ肉うどん 大盛り」〜健司視点〜

 次の週の土曜日。


「じゃーん」


 桜乃ちゃんが両手を大きくひらひらさせながら見せつける無銘の姿は、カジュアルで、ボーイッシュな見た目だった。


 僕達が今いるショッピングモールの中でも安い店にしたが、桜乃ちゃんのセンスがいいのか普通にオシャレだ。


「青の帽子が、いいアクセントになっていると思わない?」


「いいんじゃないか? 見た目もガラリと変わったし、悪くないと思う」


 これだけ変われば誤魔化すことくらいはできそうだ。長い髪も後ろで一つに束ねて、活発そうな格好なのに、もともとの無口なイメージとのギャップで、なんとも不思議な雰囲気をかもちだしている。


「……この装備、装甲薄すぎ。変更を求む」


「いいのいいの。こっちの方が可愛いんだから」


 むすっとする無銘の頭を撫で回す桜乃ちゃんは、かなりご機嫌なようすだ。


「まるで妹ができたみたいだよー。本当にかわいい!」


 ヘッドロック気味に拘束して、まるで犬でも撫で回すかのようにめちゃくちゃにする。


「無銘のステータスに妹は存在しない。したがって、その答えは間違っている」


「細かいことは気にしない〜! でへへ〜〜〜」


「やれやれ……」


 だがまぁ、この格好ならあまり目立たないでいいだろう。このモールにいても中学生か高校生にしか見えない。


 少なくとも異世界人という雰囲気ではない。


「あとは……口調だよなぁ」


「? ……理解不能。無銘の言語化エンジンには障害は発見されてない」


「それが問題だって言ってるんだよ……」


 首を傾げられてもなぁ……そのあからさまな機械的な言動は直して貰わないと。


「あまり喋らないようにするしかないかな?」


「えっと……無銘、擬似人格機能みたいなのないのかな?」


 アニメとかのいわゆるロボっ娘なら、大抵こういった擬似人格があるものだが……。


「検索……人格パターンは破棄されているため修復不可」


「破棄……か」


 ここまでくるとやっぱり、無銘はやっぱりロボットなのではと思えてくる。


 あまりにプログラム的で機械的な彼女のセリフは、それを証明しているような気がする。


 だが、同時に違和感もある。異世界にロボットなど存在するのか? しかも現実世界の科学力でもこんなロボットを作る技術は存在しない。


「……なぁ、無銘の体。なんか変なところなかったか?」


「……また変態ですか?」


 彼女の握りこぶしから圧縮された殺意を感じ、僕は慌てて否定する。


「違うよ!! 彼女に……なんていうか、ロボットのような特徴はなかったかって言いたいんだよ。いくら僕が裸を見たとはいえ詳細に見れるわけないだろ?」


「……まぁそういうことにしておきます。そうですね……私からしてみれば彼女はロボットというには無理があるかと」


「だよな……」


 電源ケーブルを指すような場所もない。……まぁ穴はあるかもしれないが、そんなデザインはあまりにも趣味が悪いので考えたくもないな。


「それに……あの……な、なんと言いますか」


 桜乃ちゃんが言いづらそうにモジモジしている。なんだろうか?


「ん? なんだ?」


「その……女の子の部分も……あ、ありますので」


「女の子の部分? …………あっ! オマンっぶへらっ!!!!」


 彼女の拳が顎を強打した。見事なアッパーカットだ…………。


 脳震盪で痙攣を起こしながらも、なんとか口を動かす。


「な……なひをするんひゃぁ!」


 噛みまくった言葉でもなんとか意思は伝わったようで、顔を真っ赤にして胸ぐらを掴まれる。


「でででっデリカシーなさすぎです!! こんなところでオマ○コなんてっ!! ちょっとは空気呼んでくださいっ!!!」


「って、そんな大声で叫んだら……」


 桜乃ちゃんはハッとしてあたりを見渡す。目を伏せる女子高生、子供の目を塞ぐお母さん、にやける中年のおっさん。写メの音が聴こえたあたりで、我に返った桜乃ちゃんは拳を振りかぶった。


「っ!! 〜〜〜〜〜〜っ!!! バカァ!!!」




 頰にえぐり込んだ右ストレートで半ば気絶しかけた……僕は、一週間前から何度気絶したことかと数えてみたくもなってきた。


「さて、次はどうしましょうか?」


「ひるごふぁんでひいんじゃないふぁ?」


「なんて言ってるかわかりません」


 いや、殴られてうまく口が動かないんですが……どっかの誰かさんの右ストレートのせいで。


「こほん……とりあえず、なんか食べよう。つき合わせちゃったし、なんか奢るよ」


「じゃあ遠慮なく〜♪」


 と言っても、所詮はショッピングモールだ。大したものはない。せいぜいイートインコーナーくらいだ。


「無銘は……そもそもわからないか」


「回答。イートインコーナー。該当なし。雰囲気から昼食と判断。大盛りを請求する」


「ちゃっかし大盛り頼んでるんじゃねーよ! ってかイートインなんだから、まずは何を頼むかだろ」


「あ、じゃあ私ドーナツで!」


「僕は……うどんでいいか。無銘も同じのでいいか?」


 無銘は、僕が指差した方向を食い入るように見つめた。


「うどん……うどん粉を使った太型の麺類。かき揚げ肉うどんが美味しいと推測。食べたい。強く請求する!」


「わーったよ! 興奮するんじゃねーよ!」


 こいつ妙なところで熱くなるな……。


「私も、かき揚げ肉うどんちょっと食べたくなってきた……うぅ、でもドーナツがぁ……」


 よだれを垂らしながら、悩める乙女にやれやれと提案をする。


「僕のを一口あげるよ」


「本当? ありがとー!」




 そして……。


「かき揚げ……でけぇ!!!!」


 麺が見えない……ってかもうこれはかき揚げではない。かき揚げタワーだ。


「めちゃくちゃ美味しいと推測! 食べたい! 早く食べる!」


 目をキラキラさせながら催促する無銘。まだドーナツコーナーで桜乃ちゃんが悩んでるが……仕方ない。麺が伸びるし先に食べることにしよう。


「早く! 食べる!」


 ……こいつは犬か?


「はいはい。食っていいぞ……ってはやっ!!」


 ものすごい勢いで食べ始める。相当食べたかったのだろう。タワーのような馬鹿でかかき揚げがみるみるうちになくなっていく。


 あまりにも美味しそうに食べるので、僕も一口食べる。……なるほど、これはうまい。


 劇的にうまいとまではいかないが、この手のうどん屋の中ではかなり美味しいほうだな。


「……す、すごいかき揚げだね」


 若干引きながら彼女の持ってきたトレーに乗せられていたのは、ドーナツが5〜6個。……って、ちょっと多くないか?


「そっちこそ、なかなかのボリュームじゃないか」


「こっちは健司さん達の分。せっかくだからみんなで食べよ」


 ……僕のおごりなんだけどな……まぁいいか。


「んで約束の一口。先に食べてくれよ」


「あ、うん」


 僕から桜乃ちゃん用に余分に取っておいた割り箸を受け取ると、口を大きくあけてかき揚げに直接かぶりつく。


「あ」


「んぐんぐ……美味しい!! すっごいサクサクだわ!! ありがとうございましたっ健司さん」


「あ、ああ……どうも」


「ん? どうしたんですか?」


「いや、なんでも?」


 桜乃ちゃん、間接キスになること気づいてるのかな? ……まぁ気にしないふりしておこう。


「……ああ!!」


 僕がかき揚げにかぶりつこうとした時、ようやく気付いたらしい。


「……き、気になるなら……どうにかしようか?」


「い、いえ……どうにかされた方が……その……傷つく」


 ま、まぁ、どかしたら「お前の口は汚い」って言ってるようで不快だろうしな……。彼女の口なら綺麗だろうし……。って余計なこと考えてたら、なんか妙に意識し始めた!


 お、落ち着け。何も怖いもんじゃない。何も怖くないぞぉーー! 今回は公認なんだ。公認の関節キスであり、このかき揚げも政府公認のかき揚げで決して軍事的圧力の意図などなく、むしろ、愛情のこもった……って何考えてんだ僕は!!??


 って……あれ? かき揚げは?


「んぐんぐ……つゆを吸いすぎるとサクサクもったいない。早く食べないとダメ」


 そりゃねえだろ……無銘。


 残ったのは肉とうどんとネギ……そしてかき揚げの余韻を残した天かすだけ。


「む、無銘ちゃんの言う通りね! うん! サクサク勿体無かったから食べてあげるべきだよ。うん」


「桜乃ちゃんまで……まぁいいけどさ」


 仕方なく、元かき揚げ肉うどんをすする。やはり、チェーン店なので飛び抜けて美味しいわけではないが、なんというか安定した味だ。


「無銘ちゃん。ドーナツたべれる?」


「確認……満腹率、六十パーセント。まだまだ余裕と判断」


「あんだけ食ってまだ六割かよ!! ってか満腹率ってなんだよ」


「あはは……でも一つだけね。健司さんも食べるだろうから」


「む……我慢。ではその球体がいっぱい繋がったものを請求する」


「はいはい」


 ポンテリングだったかな? それを渡すとみるみるうちにその姿は、無銘というブラックホールの中に飲み込まれ跡形もなくなる。


「甘くて美味しい。……無銘はもっと要求したい」


「いい加減にせい!」


 本当にこいつは犬か? 餌をチラつかせたら我慢できず、かぶりついちゃうやつか!?


「本当に可愛い……私の分もあげちゃおうかなぁ…………」


 桜乃ちゃんの目にはハートマークが描かれていた。もう、この無邪気なワンコに夢中なようだ。


「おお! うまそうなもん食ってるじゃんかー」


「っ!?」


 僕の背後から聞こえたその声に、聞き覚えがあった。僕が振り返ると、今一番会いたくない人物の姿がそこに存在していた。


「東条佳奈美…………」


「おひさー。なになにーガールフレンド二人も連れちゃって…………二股ですかー?」


 ふざけたようないいまわしだが、そこには感情がないことがはっきりとわかった。


 奇妙な緊張感とともに訪れる不安を感じながら、僕は彼女と再会した。

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