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第五十話「死の淵」〜健司視点〜

 僕の家は公務員一家で、父が警察官。母親が検察官という、まぁ犯罪者にとっては最悪の一家だ。


 警察官である父は根っからの剣道家だ。母親も柔道をやっていて、そんな一家だったから僕も歩けるようになってから道場に通うようになっていた。


 僕は剣道なら誰にも負けないという自負があった。


 ……だから、僕は拓海が大っ嫌いだった。


 決して努力家とは言えない奴は、それなりに鍛えて、それなりに練習をしていた。


 そんなアイツに、僕は最後まで勝てなかった。勝てなかったから、心のどこかで諦めていた。あいつは人間とはどこかが違う化け物だ。そう思うしか自分の心を保つことはできない。そう思った。


 この前の矛盾(パラドックス)世界(ワールド)での戦いは思いっきりやれて、本当に嬉しかった。


 本当の意味で本気で戦えた。全てを出し切れた。負けはしたが、悔いはない。




 ––––––––本当にそうなのか?




 その思考が、頭から離れない。


 僕は本当に拓海に負けて悔いがないのか?


 悔しくないのか?


 僕は…………。




「……しまった」


 気が付いたら僕は疲れて眠ってしまっていた。


「そういえば、無銘は……!?」


 寝返りをうった瞬間、目の前に銀髪の美少女の寝顔。


 おそらく僕が寝た後、無銘がベットまで抱えてくれたのだろう。


 そして、無銘もベットの中で寝てしまったと……。シャツ一枚の姿で。


「こ……これは桜乃ちゃんには見せられないな」


「見てますよ」


 その低い声ではね起きた。


「どわぁ!! さっ、桜乃ちゃん!?」


「寝てるし、事情はラインで聞いてたから殺さないであげましたけど……彼シャツで添い寝とか、恋人だけの特権なんですからね」


 まるで首筋に切っ先でも突き立てられているような寒気の中「わ、わかってるよ……」とだけ声を絞り出した。


 起き上がって、そのままベットに腰掛ける。


「それに寝てるのに、家の鍵開けっ放しもどうかと思いますよ?健司さん」


「すみません……ってか、じゃあ勝手に入ってきちゃったってこと?」


「いけませんか? 鍵を閉めてあげたんですから、むしろ感謝してほしいくらいですよ」


「まぁ、いけないってことはないけど……」


「なら、よかったです……ああ、キッチン借りてもいいですか? 簡単に何か作っちゃいますので」


 時計を見てみる。短針はすでに十二の数字を越していた。


「そんなの悪いよ。僕が作る」


「そんなわけにはいきません。こういう時は女の仕事です。ああ、あとこれ無銘ちゃんに着せてあげてください」


 桜乃ちゃんはビニールに入れた服を渡してくれた。ちらっと中身が見えたが、どうやらジャージのようだ。


「ありがとう」


 桜乃ちゃんは軽く手を振ってキッチンへ向かう。


 何か重要なことを忘れている気もしたが……とりあえず、今も目のやり場に困るそいつを起こすことにしよう。


「おい……起きてくれ」


 肩を揺らすとゆったりとしたシャツから中身が見えそうになる。


 少し目を背けながらもさらに揺さぶると「むにゅ」という鳴き声とともに起き上がる。


「起動……ここどこ?」


「どこって……さっきまで俺達話してたろ」


「……ログ検出完了……思いだした?」


「なんで疑問形? ……まぁいいや。俺の友達が服を用意してくれたから、これに着替えてくれ」


「装備変更命令……受理」


「!?」


 服を脱ぎ始めた。シャツ一枚だったから一瞬でまた裸。


「待て待て!! せめて僕が出て行ってからにしてくれ!!」


「? 装備変更命令したの健司」


 色々隠す事もせず、無垢な疑問を僕に投げかける


「あーもう!! とにかく着替えてくれよ!!」


 部屋を飛び出すと、一つ息を吐いて心を落ち着かせた。……が。


「……なんだこの匂い」


 いやな予感とともに、僕がとんでもない問題を思い出した。


「まずい!!」


 僕が部屋の前の階段を転びそうになるほどの勢いで降りていくたびに、その強烈な酸味を帯びた匂いはさらに強まる。


「桜乃ちゃん!! やっぱり料理は僕が!!!」


「あ。健司さん。とっても美味しそうなナスカレーができましたよ?」


 遅かった……。


「あのー……これはいったい」


 彼女の持っているお鍋の中に入ったものはどうやらゲル状のものだ。断じて汁物でもなく、固形物でもない。その中間のデロデロした何かから、コポコポというよりシュワシュワと明らかに沸騰とは別の……そう、謎の化学反応を示していた。


「ナスカレーです」


 ああ、そう……だから紫色の煙が出ているのか……。


「……炭酸水でも使ったの? ものすごい泡が出てるんだけど?」


「フフフ……隠し味です」


 いや、嫌みだったんだけど!? ってかなんで煮込んでるのに炭酸が抜けてないの? ってか、この泡明らかに炭酸水っていうより毒だよね? 紫……いや、青に変わった? 次は赤!?!? み……緑に変色した。


 なぜ料理が、リアルタイムに変色しているんだ!?!?


「味見……してくれますか? 健司さん」


 嫌だ。


 死にたくない。


 可愛い後輩が作ってくれたカレーを味見するとか、最高のリア充イベントだが流石に毒は食いたくない。


「危険物確認」


 突如激しく今の扉が開き、無銘が現れる。


「無銘!? ってかなんだその格好!!」


 無銘はたしかにジャージを着ていたが、前のジッパーを全開にしていた。男なら胸板を見せつける感じだが、女性ならただの痴女だ。


「排除が適切と判断。速やかに実行します」


「え? ちょ、ちょっと!!」


 無銘の手刀が桜乃ちゃんの持っているお鍋を、見事にはたき落とす。そして、そのまま中に入っていたおたまが反動で飛び出してく……るっ!?


「うわあああああぁぁぁぁ!!!」




 叫んだ僕の口にホールインワン。




 致死量を超えた劇薬に一瞬で意識を失った僕が、次に目覚めると異世界……。


「なわけないよな」


 当然異世界などではなく、ここは俺の家のソファーだ。弾力があり、寝心地はいいはずなのに寝起きは最悪だ。いまだに気分が悪い。もう絶対、桜乃ちゃんに料理をさせてはならない。


 “ダメ、ぜったい。”


 ……ってか、無銘は大丈夫か?


「あ、起きた」


 無銘の覗き込む顔でドキッとしてしまい、完全に目が覚める。


「……大丈夫か?」


「心配するのは健司の方。毒をいっぱい食べて泡吹いて倒れた」


 桜乃ちゃんの料理が初見の無銘も、あれを毒と断言しますか……。ちなみにジャージのジッパーは桜乃ちゃんが教えたのかきちんと閉まってた。


「うぅ……」


 桜乃ちゃんもさすがに申し訳なさそうだ。被害者は僕のはずなのに、なんだか申し訳なく感じる。


「気にしなくていいよ。人には向き不向きがあるもんだ」


「いや……それはそうなんだけど」


 そういえば、先程は感じなかったスパイスの効いたいい匂いがする。もしかしてカレー失敗したから二人でレトルトカレーでも食べたのかな? とソファーの弾力を惜しみながらも起き上がる。


「……あれ?」


 気がつくと桜乃ちゃんが作った闇鍋がない。もしかしたら捨ててしまったのかもしれないが、鍋自体は残されていた。


「…………おお!?」


 鍋の中を覗くと、きちんと茶色い香ばしい匂いのカレーが中に入っていた。先程のレインボー色はどこへ行ったのか、食欲をそそる美味しそうな見た目だ。


「無銘が作った」


「へ? こ、これ無銘ちゃんが!?」


 ……嘘だろ?


「ど、どうやって」


「桜乃が持ってたレシピ通りに作ったらこうなった……」


「……ってかレシピ持ってたのかよ。なんで失敗したんだ?」


「なんでよぉ……私もレシピ通り作ったはずなのに……」


 頭を抱えているがそれはこっちのセリフだ。なにはともあれ無銘作のカレーを味見してみる。


「……うん。普通にうまい」


 実に家庭的な味だ。野菜もきちんと一口サイズで同じ大きさに切り分けられている。ナスもいい感じにトロトロで、これなら何杯もいけそうだ。


「あのレシピを見て失敗する理由皆無。理解不能?」


「そこまで言わなくていいじゃん!!」


 淡々と語る無銘と涙目で無駄な抗議をする桜乃ちゃん。が、レシピ通りでここまで失敗する理由が実のところ僕にもわからない。(と言うか炭酸水は本当にレシピ通りなのか?)この件に関しては無銘のことより謎が大きい。


「うぅ……私だって頑張ったのにぃ……」


 何はともあれ、今日のところの食料はなんとかなった。


 ……問題は、このジャージ姿の異世界人。無銘のことだ。




 とりあえずの腹ごしらえを終え、空になったカレー皿を片付けていた。


 すると無言で皿を渡すように促してくる桜乃ちゃん。それに甘えて「悪い。ありがとう」とだけ伝えてお皿を渡す。


「……待て。さすがにお皿は洗える……よな?」


「っ〜〜〜〜〜!! 私をなんだと思ってるんですか!! 女子力ゼロですか!!」


「言い訳できるの?」


「ぐぬぅ〜〜〜〜〜」


 悔しそうにしているが、さすがに皿洗いくらいはできるだろうと思い、任せることにする。そして、僕は無銘の座っているソファーに腰掛ける。僕の左に存在する銀髪の少女は相変わらずの無表情だ。


「……無銘。君を疑っているわけではないんだが、本当にふざけているわけでもなければ、嘘を付いているわけでもないんだな」


「回答。ふざける、嘘、現在の無銘には不可能と判断。よって否定」


 不可能……ときたか。


「ますます、わからなくなってきたな」


 そもそも異世界が存在するって時点で、空想上のお話なんだ。それを全部理解しようなんて、できるわけがない。


「……そもそも、私ももう少し詳しく知りたいんですよね。そのお兄ちゃんが今いる異世界って場所」


 皿洗いを続けながらも、桜乃ちゃんが聞いてくる。


「……そうだな。一度整理するか」




 これは以前、東条佳奈美から教えられた異世界についての話だ。


 この世界には並行していくつもの世界が存在している。


 それは並列世界と呼ばれるものとは少し違う。


 よくSFなどで言われる並列世界や世界線では、人間の選択や可能性によって分岐したりとかするものだが、それは存在しないとされている。少なくとも、この世界を創生した神はそんなものを作らず、たった一本の世界が存在するだけだった。


 なので、タクミ達が今いる異世界は、それとは違う。完全に孤立した別世界。その世界がいくつも存在している。


 それを作り出したきっかけとなったのは、創造神アトゥム。彼が最初の神にゲーム作成ツールの世界を望んだため、いくつもの別世界が生まれてしまったのだという。


 その一つに今タクミ達はいる。そして、無銘はそのタクミ達のいる世界から来た住人。




「ここまでは以前話したよな」


「信じられなかったけどね」


 皿を洗いながらも聞いていた桜乃ちゃんが答える。


「お兄ちゃんが異世界転生してるなんて……最初は信じられなかった」


 ……桜乃ちゃんには以前、東条佳奈美と話しているところを見られ問い詰められたことがきっかけで、ここまでは話している。


「……だけど、こんなものを見せられちゃあね」


 それは、一枚の写真だった。


 そこには、幻想的な森の中で談笑する人型の老猫と談笑するタクミの姿だった。


「……猫獣人(ケットシー)とタクミの姿……誰が写真を撮ったかははっきりとはわからない」


 だが、今はなんとなくはわかる。……東条佳奈美だ。


 この写真は彼女から渡された物だ……過去を変えると決めた日に……。

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