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第四十九話「No name」〜健司視点〜

 時々、わからない事がある。


 ここが夢かどうかって事……。


 足元を見ると、影もない。


 一切の色彩を消した白のキャンパスの中に、僕とそいつがいる。


「君は誰だ?」


 僕しかいないはずの世界で、ただ一人存在するその男。


 僕しかいないからこそ存在するもう一人の存在。


 その男は、つり上がった赤い瞳を向けてきた。


 逆光で姿は陰り、よく見えない。だが、彼の姿を僕は知っている気がする。


「我は存在しないもの」


 そいつの言っている意味がわからない。


 存在しないのであれば、僕の目の前にいるわけがない。


 だけどわかる。


 それが嘘ではないと言う事。


「そして我は……お前だ」


 その男は少し寂しそうに……だがその目は、僕の記憶にしっかりと刻まれた。




須佐之男(スサノオ)……」




 朝日が目に差し込み、まぶたに力がこもる。


 全身を大きく伸ばし、ベットの上で軽くストレッチをする。


「……あ」


 さぁクラブ活動だと思ったが、よくよく考えれば今日は日曜日だ。


 もう一眠りするかと悩んだが、もう目が冴えてしまった。僕は身を起こし、竹刀袋に手を伸ばす。


「…………」


 ふと、棚に飾ってあるトロフィーに目を向けた。


 全日本高等学校剣道大会 優勝 神宮健司。


 せっかくなら団体戦も勝ちたかったが、拓海が抜けた星陵に、そこまでの力はなかった。


 結城拓海……僕の生涯のライバルだった男は、今はもうこの世にいない。


 ––––––––彼の死は、確定してしまった。


「……行くか」


 思いを馳せながらも、いつもの庭に足を運ぶ。


 ……今、この時間軸での拓海は一年前に死んでいる。トラックの事故に巻き込まれて、星井早紀という人と一緒に亡くなった。


 僕は、消えてしまった拓海との試合が諦めきれず、過去を変えようとした。


 この街から二駅ほど離れた場所にある時詠神社に、時間を超える方法があることを知った僕は、時間に干渉した。


 だが、その時間跳躍は失敗した。他ならぬ拓海の手によって。


 しかし、僕は時間跳躍によって生まれた世界……矛盾(パラドックス)世界(ワールド)で拓海と思う存分戦えた。


 拓海は、現実の世界より転生した異世界で生きることを選んだ。僕の心残りはもうない……ある一点を除いて。


 東条佳奈美……。


 本来、彼女は協力者だった筈だ。星井早紀を生き返らせるために、僕に時詠神社のことを教えてくれた。


 だが、その星井早紀はあの事故で死ななくても、病気で死んでいたことが判明した。彼女はそれがわかっていながら、時間を遡らせたのだ。


 ……結局、最後に僕を利用していただけに過ぎなかったことを言い放った彼女は、忽然と姿を消した。


 彼女の目的はなんだったのか……結局僕にはわからない。


 そうこうしているうちに時間はすぎ、すでに六月。




 ––––––––僕の中でも若干記憶が薄れてきた頃に、それは起きた。




「…………ん?!」


 一瞬思考が停止した。


 手にしていた竹刀袋がスルリと手元を離れて、朝露に濡れた庭の雑草の中に紛れる。


 目の前に起きた異常を認めきれず、ああ、竹刀袋乾かさないとなぁ……とか意味のわからないことを考える。


 とりあえず、状況を整理しよう。


 ここ、僕の家の庭。うん、大丈夫だ。僕の頭がイかれたわけではない。


 では次だ。目の前の銀髪の痴女は誰だ?


 こういうのを素っ裸といえばいいのだろうか? いやそれよりも、あえてコミカルにすっぽんぽんと言えば刺激が弱まるのかもしれない。だがしかし二等辺三角形の面積の求め方から察するに彼女の下半身……いや違うそれはコサインであって、あれタンジェントってどう使うんだっけ? そもそも、それならばパイは円周率であって、しかしながらそれを全て記憶するものが存在するのかどうかという曖昧な定義を思い出すけど、そんなことは今はどうでもよかった筈なのだが、しかしパイは気になる。彼女の場合はスレンダーで慎ましやかな分、計算するのは失礼なのかもしれないし、だからといって計算しないわけにもいかず、そういえば今時の小学生は円周率は3までしか計算しないということを………………


 以上、この間一分ほど。


「……言いたいことは山ほどある。だが、とりあえず警察に突き出す前にこれだけは聞かせてくれ」


 全裸女は、その僕の言葉を聞いて、虚ろに振り返る。赤い瞳をこちらに向けながら、(ほう)けた表情をしている。


「君はここで何をしているんだ?」


「……何をしている? ……行動……私の行動……何もしていないをしている」


 …………OK、わかった。彼女はあれだ。電波ちゃんだ。大丈夫だ。朝起きたら裸の女がいたなんてシチュエーション、アニメで何度も見てきたじゃないか。


「とりあえず服を着てくれ……」


「服……防具…………未所持のため装備不可…………要求するなら防具の提供を求める」


 防具ときたか……これはますます電波ちゃんだな。……だが彼女の真っ赤な瞳は光を宿しておらず、ただの電波ちゃんってわけでもないのかとも考える。


「あー…………とりあえず、このタオルで局部だけでも隠してくれ……目のやり場に困る」


 汗を拭くために持ってきたハンドタオルを手渡す。これだけじゃ完全には隠せないけど、とりあえず局部くらいは隠してほしい。


「隠す。……なぜ?」


 隠すどころか仁王立ちしてきた。AVですらモザイクかけるような状況……流石にもう見てられない。


「僕が困るからだ!! …………あとでシャツでも貸してやる。つーか名前は?」


「名前? ……名前…………No name」


「は? ノーネーム?」


 意味がわからない。ノーネームって名前なのか? いやいや、どこの世界にそんなバカみたいな名前つけるDQNいるかよ。


「名前…………名前…………無銘?」


「ムメイ?」


 ようやく名前らしい名前を言ってくれた。とりあえず、無銘にタオルを投げつける。


「とりあえず、無銘さん? えーっと、女でも裸で人の家の中にいたら公然わいせつ罪が適用されるってことは知ってるか?」


「公然わいせつ罪…………不明…………罪…………違反行為と認識…………違反行為はダメ」


「……おい。あんまりふざけるんじゃないぞ?」


 さすがに、少し様子がおかしすぎる。僕はわざとらしく怒ってみせる。


「ふざける…………コードエラー。言語データ破損」


「お、おい、大丈夫か?」


「大丈夫……コードエラー。言語データ破損。修復…………不可?」


 その言葉をいうが早いか、彼女はまるで糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れた。


「ちょ!! 君!!」


 慌てて彼女の元に駆け寄る。彼女を抱き寄せた瞬間、僕はその異常を感じ取った。


「な……なんて熱だ!!」


 これはもう警察なんて言ってられない。とにかく病院だ!!


 僕は彼女を抱きかかえて、家の中に入れた。


 幸い両親はもう仕事に出かけている。見られることもないだろう。


「なんでこんな格好で……風邪ひくに決まってるだろ?」


 いや、むしろこれ風邪なのか? もうそんなレベルじゃないくらいの熱さなんだが…………。


「なんで? …………目的…………タクミに会う」


「え…………」




「無銘の目的……タクミに会う事」




「ん…………」


「気がついたか?」


 なんとなく無銘の正体を察した俺は、病院ではなく俺のベットに彼女を寝かせた。


 とりあえず、熱は一時的なものだったようで、気がついたらほとんど引いていた。


「いっとくが、僕は君に何もしていない。抱えて服を着せて寝かせただけだ。素っ裸だったんだから意図せず触れた部分については目をつむってくれ」


「…………」


 彼女は、紅の瞳をまぶたで隠した。


「いや、そういう意味ではなく」


「ん? …………目をつむる……目を閉じる事ではない?」


「はぁ…………」


 とりあえず着せた俺のシャツは、彼女の小さな体にギリギリフィットしてくれた。これで胸がでかかったらどうしようかと思った……。


 だが、身長から察するに高校生かそれ以上だろう。だが、銀色の長髪はサラサラしていてよく手入れされているし、家出少女ってわけではなさそうだ。


「いくつか質問するぞ?」


 無銘は機械のように無感情のまま、コクリとうなづく。


「君はどこから来たんだ?」


「回答…………ティエアのレジーナ」


 やっぱりか…………レジーナという場所がどこかはわからないが、少なくともティエアはこの世界ではない。異世界だ。


 タクミの転生先……ティエア。彼女はそこから来たという。


「……どうやってこの世界に来た?」


「回答……不明」


「君の家族は?」


「回答……不明」


「拓海との関係性は?」


「回答……不明」


「なぜ拓海に会いたいんだ?」


「回答……不明」


 俺は長くため息をついた。


「無銘……君はどうして裸であんなところにいたんだ?」


「回答……装備品破損のため裸になった」


「ああそう……ったく、どうするかなぁ」


 とにかく、こいつの防具を……いや服を、なんとかしないとなぁ……しかし女ものの服や下着なんて持ってないぞ? ……とはいえ、こんな事相談できる奴なんて誰かいるか?


「……あ、一人心当たりが」


 桜乃ちゃんなら、ある程度聞いてくれそうだな。


 ……彼女には以前、僕や東条佳奈美のことで詰め寄られて少しだけ時間干渉の事を話している。特に時間干渉の拠点となる時詠神社の巫女である彼女には、もしかしたら協力が必要になるかもしれないしな。


 というわけで僕はスマホの電話帳から、彼女の携帯にかける。


『もしもし。桜乃です』


「ああ、桜乃ちゃん? パンツ貸して欲しいんだけど」


『は…………? …………っ〜〜〜〜!!!! 変態っ!!!!!』


 しまった、直接的すぎた!! 弁解しようとした時には、ツーツーという無情な音が奏でられていた。


 再度掛け直すも、なかなか出てくれない。仕方なくラインを送り、事情を説明する。


 しばらくすると、彼女から着信が入る。


「も……もしもし?」


『…………本当なんでしょうね』


「さすがに信用してくれないと僕も傷つくぞ……そういう理由でもない限り堂々と『パンツ貸してくれ』なんて女の子に言わないよ。それより……目のやり場に困るから本当に早くして欲しい」


『わかりました……流石にサイズまで合うかわかんないですよ?』


「……とりあえず桜乃ちゃんよりは小さいと思う」


『って!! 変態ですか!!!』


「仕方ないだろ!? 庭に行ったら本当に全裸だったんだ。見るなという方が無理だ」


『……本当に何もしてないんでしょうね?』


 僕……信用ないなぁ……。


「ああ。誓って何もしてない」


『……まったく……あとで詳しく教えて貰いますからね』


 ……本当は桜乃ちゃんをこれ以上巻き込みたくない。


 拓海が死んで、お母さんが行方不明。これ以上犠牲を出したくない。


 だが、今回の無銘の事件といい、何かとてつもないことが起きているような気がする。


 拓海の守りたい異世界が壊れてしまうかもしれない……そんな予感がするんだ。

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