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第四十八話「クソゲー勇者は終焉を望む」

 俺は、異世界に高難易度の世界を望んだ。




 勇者に憧れるという––––––––––––––歪んだ自尊心で。




 高難易度という意味が、他人の絶望を望んでのことではなかった。ただただ、自分の能力が誰かのためになるのではと思っていただけだった。




 だが、その願いは絶望を望むのと同じだ。歪んだその望みは、この世界の住民を無差別に殺していった。




 ––––––––––世界よ、絶望あれと。




 世界をまるで、ゲームのように求めた歪んだ願いが……そういうものと知らずに焦がれてきた。




 俺の憧れた勇者は、常に無関係の人々の屍の上に立っているのだ。







 だから、俺はこの世界をクリアしない。




 俺の望んだ……世界の終焉(ゲームオーバー)にたどり着くために。







「聞いとるんか? タクミはん」


「ん? ああ、わりぃ……ちょっとぼおっとしてた」


 学食の窓から差し込む朝日を眺めていて、ミスラの言葉を聞き流してしまった。


「全く……離れ離れの彼女さんのことでも考えてたんか?」


「ち、ちげーよ! ……で、この前ミスラに頼んでいたアーノルドの魔法の件だったけ?」


「そうやな……でも、ごめんな、先生もそんな魔術聞いたことないって」


 ミスラが申し訳なさそうに謝る。


「そうか……いや、ありがとう。助かったよ」


 魔導学院の先生との面識がない俺からしてみれば、彼女の協力は本当に有難いことだ。


 だが……数ヶ月の時が立った今でも、奴の洗脳術の正体を掴めなかった。


「そもそも、連王時代のアーノルドの能力は強奪(エクストーション)。洗脳なんて能力は聞いたことがないんやと」


「だが……実際に使ってる。サタンも彼の洗脳技術は凄まじいものだったと言った」


 ……それに、もし彼の正体が最初の神だった場合、もしかしたら魔法などという概念には囚われないものなのかも知れない。


 それこそ、この世界が生み出された事すら彼のためだった可能性すらあるのだから。


「……まてよ」


 そもそも、最初の神なんて特別な存在なら、彼は最初っから、いつでも世界を滅ぼせるほどの能力を持っている可能性もあるのか?


 だとしたら、もう一つの可能性が浮上する……。


 彼はまさか……?


 この世界は……彼のために存在しているのか?


「……学院にヒントがないんなら、やっぱり遺跡に行くべきじゃない」


「ディー?」


 ディーは学食のコーヒーの香りを惜しむように、ティーカップをそっと皿に置く。


「スサノオ達の最後の場所……そこに少しでもヒントがあるかもしれない」


「……いいのか?」


「昔の話よ……私もいい加減乗り越えなくてはならないわ」


 そんなディーの覚悟をくんで、俺達は遺跡ヘと向かうことにした。




 そこは浮島にある小さく古い遺跡で、いたるところに苔が生えている。水分が漏れ出しているのか水滴がポタリと落ちてくる。


「ここか……」


 石煉瓦造りのダンジョンの奥に、未だ痛ましい爪痕が残っていた。激しい戦闘の後は、時が経った今でもその苛烈さを物語っている。


「……ここで洗脳されたんだな?」


「ええ」


 俺は切り刻まれ、無残な姿をさらしている石壁を調べる。が、やはりただの石壁としか思えない。


「……せめてカメラのようなものがあればと思ったんだがな」


 そもそも散々調べられた後だろう。そんな現場に何かが残っているとも思えない。


 結局無駄足か……そう思っていると奥から足音が聞こえる。


 俺は息を呑み柄に手をかける……が一気にその緊張が溶ける。


「なんじゃ? なんでお主らがここにおる」


 小さな褐色の体に大きな瞳。魔王のロリっこがそこにいた。


「サタンか……びっくりさせないでくれよ」


「勝手にビックリしたのはそちじゃろ!」


 小さな体を最大限に発揮してプリプリと怒る。


「ははは、わりぃ」


「って、魔王サタン様やん!! なんでここに!?」


 さっきまで硬直していたミスラが、随分遅い反応を見せる。


「先に質問したのはこっちじゃぞ……まったく」


「あ……申し訳ないです……」


 恐縮しっぱなしなミスラの代わりに俺が答える。


「俺達はスサノオが死んだ事件を調べてるんだ」


「ほぅ……スサノオか」


 あ……そういえばこの世界ではスサノオは魔族。つまりサタンの仲間だったのか。


「何か知ってる情報はないか? もしかしたら、この世界を救う手がかりになるかも知れないんだ」


「悪いが妾もウンディーネの報告を聞いただけにすぎん。ウンディーネが知る以上の情報は持ち合わせておらんよ」


「……そっか」


 ちょっと期待していただけに残念だ。


「でも、なんでサタンがこのダンジョンにいるんだ?」


「ちょっと野暮用でな。少なくともお主らが求めているアーノルドとは一切関わりのない話じゃ」


 その内容は少し気になったが、確かに今は寄り道をしている場合ではないのかも知れない。また今度聞くこととしよう。


「…………じゃが、ここで出会ったのも、なにかの導きかも知れんな……よし、ついてくるがよい」


「え?」


「お主らを、スサノオと会わせてやれるかもしれんぞ」




「水鏡の封印門……」


「そう、そこはあの世と繋がっているという話でな。この世界で死んだものが初めに訪れる場所じゃ」


 ……その門なら確か原作(元となったゲーム)にも存在していた。確かその先にはアンデット系のモンスターが出てきたっけ?


「創造神の作ったルールブックにも書かれておるが、転生者は死んだら魂が消滅する。ならば転生者以外はどうなるのか?」




 ……それについては俺も学院ですこし勉強した。


 転生者はそもそも仮の体を使っているのだ。


 本来の人間は、内臓、骨、筋肉、そして脳。こういったいくつもの要素をもって作られている。


 だが、転生者の脳は少し違う。


 本来の脳には、魂と呼べる器官が存在する。脳を取り巻く神経細胞のうち前障(ぜんしょう)と呼ばれる場所。その場所に電気信号的に存在する非物質が存在する。


 “ソウルプラズム”と呼ばれる電気信号こそが人間の意識……つまり魂となっている。


 そして、その“ソウルプラズム”は脳細胞の死とともに、体外に排出される。体外に排出された“ソウルプラズム”は電気信号のため、普通なら一瞬で消滅する。


 だがその年齢が若いほど、その電気信号は強く、長時間残る。……それが外部の意識にも共鳴し、幽霊などの超常現象を起こすのだ。


 異世界転生や輪廻転生は、そもそもそう言った影響をなくすために、最初の神が定めたルール……というわけだ。


 近年、幽霊が物理的に証明されず存在が観測されない理由は、そもそも幽霊になる前に“ソウルプラズム”が回収され、転生させられるからだ。


 だが、俺のように異世界転生した場合……自然に生まれた人間とは脳の作りが別となる。


 転生者の魂の器になる肉体は、創造神が用意するわけだが……その器となる肉体にもまた、”ソウルプラズム“は存在する……簡単に言えば、転生者の体には、”転生者の魂“と、“一度も覚醒せず概念として存在している魂”という二つが存在している状態だ。


 ただ、仮の魂が存在するからといって、体への影響は全くない……だが、その転生者の死後は別だ。


 本来”ソウルプラズム“は死後、体外に排出されるが……転生者の”ソウルプラズム“は二つ。したがって、その二つの電気信号が、全く同タイミングで体外に排出されるのだ。


 それにより、二つの電気信号が衝突し……破壊される。これが、転生者の魂が消えるメカニズムだ。


 ただ例外として、こういった意識をたもった場合の異世界転生とは違い、いわゆる輪廻転生……古来からある生まれ変わりの場合は、魂が作られる前の赤子に宿るため、転生者であっても魂が消滅することはない。




 そして、転生者と違い魂が消滅せず残ったものの行き先……つまり”ソウルプラズム“の回収場所がこの門……というわけだ。


「スサノオの能力は桁外れじゃった……故に魂は残り続けておるはずじゃ。……ただし、まだ転生してなければじゃがな」


 ……逆に俺が死んでも、この場所へは来ない。死んだら消滅するしかない……か。


「ここじゃ」


 目的地についたようだが、門らしきものは見えない。完全な行き止まりにしか見えない。


「……なんもあらへんけど、魔法の気配がするね。水鏡ってことは、ウンディーネ様の魔法を使うってことかな?」


 ミスラの答えに、満足そうにサタンがうなづく。


「うむ。そのくらいは学院生徒なら答えられねばな。頼んだのじゃ、ウンディーネ」


 ディーが静かにうなづき、目を閉じると青白い光が彼女を包み込む。彼女が右手を、古びた石壁にかざすと同時に光が右手に集まる。


「清らかなる力よ。偽りの姿を払いたまえ……ウォーターディスエンチャントッ!!!」


 呪文の言葉と共に、滝のような水が目の前の石壁を包み込む。その波紋が少しづつ消えて、透き通った池の水のように俺達の姿を映し出す。


「あれ?」


 振り返る。間違いない……。


「後ろに存在しないはずの扉が……水の中に映ってる」


 黒曜石のような真っ黒な扉がそこには写っていた。後ろを振り返るがその扉はない。水鏡に映さなければ現れない扉……か。なるほど確かに水鏡の扉だ。


 俺は、その扉のあるはずの場所に手を触れる。すると魔法が解けたように鏡が弾け、扉が出現する。


 まさにRPGダンジョン……なかなか面白い仕掛け……だ……?


「っ!? な、なんだこの気配!!!」


 思わずその手を扉から離し後ずさりする。


「ど、どうしたのよ……いきなり大声だして」


 俺はその扉にもう一度手を触れる。


「なぜ……ありえない……」


 俺は扉に手をかける。その手をディーが止める。


「まって! まだ罠があるかも知れないわ!!」


「そんなこと知ったことかっ!!」


「どうしたの!? あなたらしくもない……」


 そんな悠長に落ち着いていられるか……ここには……ここにはあいつが……っ!!


「ここには……スピカがいるんだ!! 賢者スピカじゃない!! 俺の恋人のスピカがここにいる」


「はぁ!? な、なんでよ……そんなわけないでしょ?」


 そうだ。そんなわけがない。そもそもスピカは今エストに……。


 そこでスマホの存在に気づく。これを使えばスピカと連絡ができるはずだ!!


「!? な、なんで!!」


 しかし、スマホは暗闇を映すだけで何も反応しない。……おかしい。何が起きて……。


「っ! ……お、おい!ミスラ!! 今日は何日だ!!」


「え? えっと……確か、六月二十一日やったかいな?」


「……俺が死んでから……一年経っている」


『ルールブック4-3:通信機能があるアイテムは、女神との通話機能が追加される。ただし、1年間のみ使用できる』


 俺が、一年サポートとか言ってたその機能……それが、すでに終わっていたのだ。


「……こんな時にっ!!」


 偶然か? それとも誰かの陰謀なのか? いや、そんなことどうだっていいだろ今は!!!


「……ここにスピカがいるのなら……スピカはもう……い、いや! それはないはずだ」


「タクミ……大丈夫か?」


 錯乱する俺を心配したサタンの言葉に、俺は落ち着きを取り戻していく。


「……少なくとも、死が原因でスピカがここにいることはありえない」


「ああ。転生者のルールじゃな」


『ルールブック1-4:転生先で死んだ場合。魂は消滅し二度と蘇らない』


「ああ……スピカが死んでいるなら、この先にはいない……それ以前に魂が消滅している筈だ」


 つまり、スピカは生きてこの先にいるか……もしくは全ては俺の勘違いか……。


「行くしかない……この先に」


 立ち止まることは許されない。


 俺は、彼女を救う勇者なのだから……。






 俺がその道を進もうとしていた時……。


 スサノオは、もう一つの戦いに巻き込まれようとしていた。







 そして、俺は()()()()スサノオと戦わなければならない。


 因縁ではなく……二人新たな一歩を踏みだすために……。

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