第四十六話「クソゲー魔女は待っている」
「じゃあ、うちらからいくよー!!」
なぜこうなった……。
短い芝生に引かれた白線と、互いの間を仕切られたネット。
そして握られたラケット……一言で言えば、テニスをすることとなった。
「タクミくんは転生者やったなぁ。元々の世界に魔法はあったんか?」
「いや……なかったけど」
「やったら説明しとかんとな。ウチらのルールでは、魔法はいくらでも使ってええ。ただし相手プレイヤーの動きを直接妨害したり攻撃するのはなしや」
「直接的でなければ、なんでもありってことか?」
「んースポーツマンシップに則ればオッケーみたいなところあるから、その辺はちょい曖昧やけど……例えばウンディーネ様が水系魔法で覆った送球を打ち返す際、打ち返す方は多少なりともダメージ入るやろ? そういうのは全然かまへん」
ようするに、水魔法で相手を直接攻撃するのはなしだけど、水魔法を使った打球を打つのも、それを使って相手にダメージを与えるのもアリってことか。
「風の加護とかで球を覆ったりするのは?」
「むしろ基本技やなぁ。プロになると台風起こしてくるよ」
––––––––––それどこの王子様? テニスではなくテニヌとか言わないよね?
「ただし、この試合はあくまで親善試合。お互い怪我には十分注意しよ」
そうだな……。実際に今、協力者が必要なのは間違いない。
ここでミスラ、セナという協力者が加わればこの世界を守ることができるかもしれない。……だが。
「…………」
セナは殺意満々といった感じだ。とても「怪我に気をつけよう」って雰囲気じゃない。
「…………」
ディーもめっちゃピリピリしている。嫌な予感しかしないんだが……。
「じゃあ、うちのサーブからいっくでーー!!! サンダーショットサーーーッブ!!!」
「って、少しは空気を読むということを覚えろよ!!!」
ミスラの雷をまとったサーブを、ディーが打ち返す。
「っ!!」
打ち返したが、感電し着実にダメージがきている。
「はぁ!!!」
ミスラが追いかけていたボールを、セナが間に立ちふさがり返す。
「くっ!!!」
ディーは、そのボールをバックハンドで返そうとする。だが、残像のようにその球は消え、右頰にボールがえぐりこむ。
その勢いのまま、ディーが倒れこむ。
「……ごめんなさい。その程度、あなたなら避けられるかと……次から手加減しますね」
「セナ!!」
ミスラの声に耳をかさず、配置に着く。
ディーも起き上がり、口から流れる血をぬぐいとる。
「……大丈夫か?」
「平気よ……でもごめん。ちょっと本気になるかも」
俺は静かにうなづいた。次は俺のレシーブだ……。
「……風の加護……やな」
「…………」
バレないように風の流れを少し調整しただけなのに、それだけでミスラは見抜いた。……魔導学院の生徒はダテじゃないって事か。
ニッと笑う雷使いに、俺は無言の笑みでうなづく。お互いの相棒があんな状態だから、こちらだけでも楽しんでいこう……というわけだな。
「いっくでー!! サンダーショットサーブ!!」
雷をまとったサーブが俺達のコートをえぐる。
その球を難なく返す。
「へぇ……やるやないか!!」
再び雷をまとったショット。俺は前に出てバウンドする前に打ち返す。
「なっ!!」
セナの足元に打ち返した球は、金網から甲高い音を打ち鳴らす。
打ち返したが、俺にダメージはない。痺れもなく、確実なショットでポイントをとった。
「この異世界人……何をしたの?」
セナも驚いている。
……どうやらディーは俺が何をしたか気づいているようだな。ミスラも冷静に、俺がなにをしているのか分析をしている。あの元気の割になかなかにしたたかだ。
「もっかいいくでーー!!」
もう一度サンダーショットサーブを放つ。ディーは水の渦を練り上げる。
「はぁ!!」
見事なリターンエースを決める。……いや今のはミスラが何が起きたのか気づいて驚き、反応が遅れただけか。
「そういうことか……今のはタクミはんの真似やな」
「そうね。まさかタクミが、そこまでできるとは思ってなかったけど」
……ボールにまとわれた雷の魔法を自分の魔法で塗り替える。そうすることで自分のダメージを最小限にし、ボールの勢いを殺した。
実験のようなものだったが、案外なんとかなるもんだな。
「そんなの……プロのレベルじゃない!! さっきルールを聞いた人間ができる事じゃない!!」
セナが苛立ちにも似た感情をぶつけるが、対照的にミスラは冷静だ。
「やるなぁ。まぁ、タクミはんのステータスならこのくらいしてくるとは思ってたけどな」
「俺のステータス? どうしてそれを」
「有名やで。ギルド登録している人間でちょっと噂好きな人なら誰でもな」
「タクミ=ユウキ……そうか、あの異常ステータスの剣士か」
セナもそれがわかって、気を引きしめる。おそらく、気をつけるべきはディーのみとでも思っていたのだろう。
「さぁ、さっさとポイントもらうぜ!!」
「いくらなんでもそんな事させてたまるかいな!! 絶対ポイント取ったる!!!」
もう一度雷サーブか。俺は同じように無力化して打ち返す。
「セナ!! 頼んだで」
セナの放ったショットが、ディーに向かう。
「右足だ!!」
バックハンドに構えていたディーは、俺の言葉を聞いて即座に今見えているボールを無視して構え直す。
何もないところを振り抜く。だが向かってきてたボールは幻想に消え、振り抜いた先に本物のボールが現れる。
「今度は風読みやとっ!!」
風を読みきれば幻想のボールと本物を見分けられる。幻想のボールは風を切る事はできないからな。
「これはどうや!!」
雷撃の威力が増した!! これじゃ水属性のディーに打ち返すのは不可能だ。
「なっ!!」
「嘘やん……」
ミスラのボールの軌道を、風で吸い寄せるように俺の方へ変える。
「某アニメ直伝、名付けてタクミゾーンだ!!」
強引に軌道を変えた事によって雷の威力も弱まった。ドライブショットが綺麗に二人の間を貫く。
「何がゾーンだっ!!!」
「なにっ!!」
瞬間移動したようにセナがボールの前に現れる。さっきまで見えていたセナは幻想か!!
もう一度ディーにボールが向かう。だが、今度は幻想ではない。通常のショットか。
「転移ッ!!!」
ボールが小さいブラックホールのようなものに突如吸い込まれる。
俺の横っ面に気配を感じ、とっさに伏せる。
その気配からボールが飛び出す。
「ディー頼んだ!」
「ええ!!」
ディーは、そのボールを水をまとわせて打ち返す。
「まずいっ!!」
ミスラが慌てた様子で前に出る。
「遅いわ」
ディーは勝利を確信して背を向けた。ディーの打ったボールがネットを超えた瞬間、急激に進路を真下に変え、地面に埋め込まれる。
「ウォーターフォール」
「……さ、さすがウンディーネ様……えげつな」
まるで川の流れから滝壺へと流れを変えるように急激な方向転換だった。あんなの人間に打ち返せるのか?
「……ま、まさかと思うがディー……お前」
「……さぁ、次は私のサーブからだったわね……ちょっと本気になると言った以上、貴方達程度で勝てるとは思わないことね」
ディーはまさか……この世界でのプロレベル……って事か?
そこから先はディーの独壇場だった。
ウォーターフォールはサーブでも健在。殆どのサーブはネットを超えた瞬間、直角で下に落ちる。
それならとばかりに、レシーブなのにネット側まで迫ろうもんなら今度は超スピードのフラットサーブ。当然水魔法のおまけ付きだ。
ミスラの雷魔法も、後半は全然効いてなかった。
電気を通さない真水で勝負するかなと思いきや、実力を見せつけるかのように雷全てを水魔法の威力だけで撃ち殺していた。
セナの幻想魔法も途中から意味をなさなくなっていた。
いままで放った水魔法が霧となり、肉眼で消えたボールが見えるくらいまでになった。やけくそで転移を使った瞬間移動ショットを使っても、霧が俺の風読みと同じ効果を生んでいた。しかも体のこなしもレベルが違う。
さっき俺が避けるしかなかった転移で横っ面に現れたボールも、避けた後に普通に打ち返していた。その時のセナの顔は、こっちが可哀想になるくらいだった。
「いやーまいったまいった!! さっすがウンディーネ様や。相性で勝てると思ったんやけどなぁ」
「雷対策は真水って方法もあるけど、そもそも早めに水で覆って電解させるって方法もある。単純に考えれば雷魔法は水魔法に有利だけど、プロの試合だと水魔法の方が有利なのよ」
「そうなんやぁ……しかも今回は、真水全部使わずに、ただ単純に威力だけで勝負してこれって……むちゃくちゃや」
「言ったでしょ? ちょっと本気って。……ハンデくらいはあげるわよ」
「っ!!!」
セナが逃げるように走り去る。
「ちょ、セナ!!」
止めるために差し出した右手が相手を失いさまよう。
「……ごめん、ミスラさん。セナちゃんを追いかけてもらえるかしら」
「え?」
「……私じゃ多分元気付けてあげる事は出来ないと思うから」
顔を背けながら懇願するディーの顔はとても辛そうだった。
「わかりました。……じゃあ、タクミくんも今日はおおきにな」
「ああ」
元気よくコートを去るミスラ。残されたのはディーと俺。
「ディーがテニスのプロねぇ……」
「厳密に言えば違うけどね。ただ、練習はプロに混じってやってたわ。……プロ契約の前にあんなことになったから……ね」
……あんな事、とはおそらく賢者スピカとスサノオの事件のことだろうな。
「なぁ、きちんと事情を説明するべきなんじゃないか?」
「それができたら苦労しないわよ」
「……まぁそれもそうか」
おそらく、昨日話を聞いていたミスラもその事はセナに話しただろう。あの子ならそこまでする。
……だけど、今日の様子を見る限り、とても許している雰囲気じゃない。
まぁ割り切れるわけがないよな。……お互いに。
「じゃあ、俺はまた図書館に……」
その言葉はディーに届いてなかった。
彼女の手にはボールが握られていて、向かうコートの先に誰かの姿を重ねる。
高く上げられたボールが水を弾き、ラケットから強烈なサーブが誰もいないコートに叩き込まれる。
「……返しなさいよ……早く……このままだと、また私の勝ちだよ」
「ディー……」
ディーの堪えた涙の代わりに、ネットから水滴が一滴ポタリと落ちた。
主人をなくした相手コートには、誰かに拾われるのを待っているかのようにボールが転がった––––––––––––。




