第四十五話「クソゲー関西人は空気が読めない」
「……その辺はもう少し時期を見て話すつもりだったんだけどね」
アトゥムは苦笑しながらも否定しない。どうやら殺したというのは本当のようだ。
「そんなん嘘や……賢者スピカ……それに勇者スサノオを殺したのが……ウンディーネ様やったやなんて」
ショックを受けるミスラに、慌てた様子で創造神は否定する。
「いや、違うんだ! 別にウンディーネは殺したくて殺したわけじゃない。本当に仕方なかったのさ」
「仕方ないってどういう事や? うちも説明聞かんと納得でけへんわ」
それは俺も同感だった。少なくともディーに深い事情がある事くらいは想像できる。
「……まず、どうしてディーと賢者スピカが同学年なんだ? スサノオはじいさんの親友だったそうだし、時系列的にありえない」
その問いに答えたのはアトゥムでもディーでもなくミスラだった。
「あー。そっか。タクミくんはその辺まだベンキョーしてないんやなぁ」
うんうんと納得した様子で答える。
「スサノオ様とスピカ様は、一度呪いで幼児化しとるんよ。その影響で記憶も全部ふっとんでしもうてなぁ。それが今から約十九年前や」
西暦にして2010年か……最初はこの世界でも西暦が使われていることに違和感があったが、なるほど、元々アトゥムが作ったからだったのか。
「んで、二人が亡くなったのが2026年やな」
「え?」
思わず声を上げた俺に、ミスラは首を傾げた。
「あ……いや、悪い。なんでもない」
……早紀が転生したのは2027年で、2028年に俺が転生している。……早紀と入れ替わるように死んだ賢者スピカ……か。関係があるのかはわからないけど……違和感はどうしても感じてしまうな。
「そして二人が死んだ理由は……そうだね、コジロウくんと同じ事が起きたって事かな?」
「じいさんと? ……そ、そうか」
相手は洗脳を使うプロだ。そんな敵が相手を殺す手段ももちろん……。
「そう。二人は洗脳されてしまったんだ。そして……二人と対峙することになったウンディーネは殺すしか無くなってしまった」
「……主人公というステータスがある事は、以前にそこの神様に聞いていた……。だからこそ殺すしかなかったの」
そうか……そのステータスがこの世の断りすら凌駕するものならば、敵の手に渡すわけにはいかなかった。
「僕は……おそらくこの世界は、通常の異世界よりゲームに近いと思ってるんだ……だから、こういったルールに関しては、もはや運命に近いほど絶対の存在だ」
「ゲームに近い……か」
それは、俺も薄々気付いていた。
「……時間遡行時、神が定めた継承やルール変更が時間を巻き戻しても、なお変わらなかった……それも多分この世界がゲームだからだ」
「そうだね。ゲーム作成時、製作者が設定をいじった場合、時間を巻き戻し……つまり前章に戻っても変わらないのはそういう理由だろうね」
この世界を通常の世界と思うからわかりにくくなっているが、もっとシンプルにゲームと思って見れば意外と単純なのだ。
神が定めたルールをプログラムの書き換え、そして時間遡行をゲームの「はじめからやりなおす」と考えればいい。そうすればアトゥムがこの世界に何かしらの変更を加えたら、時間を戻しても変更したプログラムが変わらないのは当然だ。
そして、この世界のハッピーエンドは一般人には叶える事が出来ない。主人公が世界に干渉する事でハッピーエンドを迎える事ができる。
そして、主人公が死んだこの世界は、まさにバットエンド確定状態。……いや、まてよ。
「なぜアーノルドは確実に、賢者スピカとスサノオを殺す事が出来るんだ?」
「え……どういう事だい?」
「おかしいと思わないか? 神を継承する前の奴は言ってしまえば、ただのモブキャラクター。いくら国王だったとはいえ、そこは変わらない。だが、奴は二回……今回を含めると三回主人公の殺害に成功している」
そんなのいくらアトゥムが、ずっと主人公のステータスに気づいていなかったとしても都合が良すぎる。
「……た、たしかに……」
「……これはあくまで仮説だが……だが、こう考えれば辻褄が合う」
なぜ、アーノルドは確実に主人公およびヒロインを殺せるのか?
なぜ、ルールを無視した転生を行う事が出来る?
なぜ、この世界は確実に崩壊を迎える?
「アーノルドは、最初っから神だったんだ……だから、最初に付け加えられた主人公の死は確実に起きてしまう」
「っ!!」
その仮説を立てた途端、アトゥムの顔色がみるみるうちに青ざめた。
「まさか……そういう事だったのか!?」
口に手を当ててなにかを考え込む。
「お、おい……どうしたんだ?」
「……ごめん、話している余裕はなくなった。僕はスピカの元へ行く。君は予定通りこの世界を救うために必要な方法を探してくれ……それからもう一つ」
「な、なんだ?」
「スサノオは復活させてはいけない……奴は、アーノルド側の人間だ」
アトゥムが俺達から離れた後、念のためペルに連絡した。
だが、スピカに変わった様子もなく平和な日常をおくれているとの事。
……どういう事だよ。アトゥムは何に気付いた? 明らかにあの反応はただアーノルドが最初の神だということではなく、その先。そこに待つ恐るべき事実を知ったという感じだった。
焦りが募っていく。さっきから魔術の勉強のために読んでいる本の内容が半分も入ってこない。
苛立ちをぶつけるように本を閉じ、懐に入れていたメモを取り出す。
そこには現在の人物相関図のようなものが書かれてある。ペルが作ってくれたパワポの手写しのメモだ。
……あの表情を見る限り俺が気付いた通り、この世界のルールは異常と呼べるほどにゲームに忠実なんだ。
主人公でなければグットエンドに辿り着けない。創造神の作った設定は時間を戻しても有効。そして、おそらくアーノルドは神と呼ばれる存在。
……最初の神。アーノルドの正体はアトゥムに力を継承させた最初の神。
これは確証はない。だがもし最初の神がアーノルドだったとしたら……。そうなると、一つの矛盾が生まれる。
アーノルドが神の力を手に入れるためにフレイアを洗脳した……だがもし、これが真っ赤な嘘だとしたら?
「フレイアは……最初っからアーノルド側の人間!?」
今まで、謎だった事がある。
アーノルドの封印を解いたのは誰か。
だが、ここまで明確な理由はない。
「っ!!」
電話が鳴った。
「もしもし!! ペル、どうした!!」
『…………』
「おい……どうした!! 答えろ!!!」
嫌な予感しかしない。焦りとともに何とも言えない居心地の悪さが襲う。
『……と、すみません!! 電話落としちゃいましたぁ』
ずっこける。
「……あーそうですか……で、どうした?」
『いくつかご報告したい事があります。心して聞いてください』
「ああ……」
『以前何人かの女神がいるとお話があったと思います……そのうち、別の時間軸で洗脳されたフレイアという女神がいたことを覚えていますか?』
……どうやら嫌な予感自体は的中していたようだ。
「ああ……もしかしてだけど、裏切ったのか?」
『え!? ……知ってたんですか!?!?』
「知ってたってか、さっき、考えてたら気付いた」
『……護衛を任されてた女神が、何人か殺されました。そして、まっすぐアーノルドの封印石のある監獄島ディザイアまで飛んで行ったそうです』
「くそっ!!」
今から行こうにも、おそらく間に合わないだろう……。
『それともう一つ。こっちはアトゥム様と合流しました。今のところ全員無事ですが、指示があって、数日後、私達はヴェストに向かいます』
ヴェスト? 確か南西の小国だったか。
「エストからだいぶ離れてないか? 俺達が行った方が早いだろ」
『いえ、スピカさんとアトゥム様の力が必要なんです』
「そうか……わかった。気をつけろよ」
電話が切れる。
日付が六月二日をしめしていた。……そろそろ転生してから一年が立つことに驚く。
「……本当にこの一年はあっという間だったな」
死んでから、これだけ濃密な経験をするとは予想ができなかった。
恋人もできて……周りから結婚とか騒がれている。
どっかの映画に出てきたようなでかい図書館にも始めてきた。この空間のどこを見ても本で溢れかえっている。
こんな経験生きている間は想像もできなかった。
「……な、何独りで話してたんや? エア友達か?」
関西弁風の少女は、ドン引きし、冷や汗をかきながら聞いてくる。
「い、いや! これ!! スマホ……っつってもわからないか。通信の魔道具みたいなもんだ。これで話してたんだよ」
「ああ、転生者がたまに持ってるケータイとかゆうやつやな。見せて見せてー!!」
俺はミスラにスマホを渡す。
「本当にすごい魔道具やなぁ。これが現実世界ってところにはぎょーさんあるんか」
と言いつつ一通り見終わったら、満足したのか返してくれる。
「そうだな。今は女神との通信しかできないけど、昔はこれでゲームとか地図アプリも使えたんだぜ。
ゲームもオフラインで起動するものはなんとかなるが、オンラインで稼働するタイプはもう全然起動しない。
……課金しまくったゲームももう起動できないんだよなぁ……FGCとか、パズストとか、スクファンとか、AAOIFも始めたばっかりだったのになぁ。
「何を調べとるんか知らんけど、あんまりコンを詰めすぎんどきや。息抜きも必要やで」
「……そうだな。ちょっと疲れたし、休憩するか」
「じゃ、今からウチ遊びに行くけどついてきてーや! ウンディーネ様も一緒やで」
……と、軽い気持ちで来てみた俺がバカだった。
「…………」
ものすごい形相で睨みつけるセナと……。
「…………」
誰とも目を合わせられないディー。
「…………」
空気の悪さに窒息しそうな俺と……。
「さぁ!! 今日は遊ぶでー!! ほぅら!! 置いていくでーーー!!!」
空気読めない系女子。ミスラ。
……もういっそ置いていってほしい。




