第四十四話「クソゲー酒豪は過去を語る」
馬車に揺られながら、小さくなっていく王都を見つめる。
「結局王都ではゆっくりできなかったなぁ」
ほとんど会議をしていただけだ。といっても結局、情報共有くらいしかできなかったが……。
それに、各々ずっと暇というわけにもいかない。今馬車に揺られているのは俺とアトゥム、ウンディーネことディーだけだ。
ちなみに、俺も今度からディーと呼ばせてもらうことにした。ウンディーネだとちょっと長いし。
じいさんはそもそも仕事があるし、フォルもそれについていかなくてはならない。
スピカもエストギルドの酒場から「ビールのストックがなくなった!! 助けて!!」との事で、一旦エストに戻った。本当は俺も戻りたかったが、こうしている間にもアーノルドの計画が進行しているかもしれない。なのでペルにもスピカについていってもらうことにした。
ディーはシーファトの復興作業はしばらく任せられるらしいので、それまでは俺達と行動を共にできるらしい。
「私とあんたで一緒に旅するのは初めてね」
「まぁそうだなぁ……」
「……本当はスピカちゃんが良かったんじゃないの?」
「そんなことは……」
「いいのよ。はっきりいって。……浮気っぽくて嫌なんでしょ」
ドキッとした表情がつい表に出てしまっているようで、クスクスと笑われてしまった。
「安心して。私、寝取りとか興味ないわ。私の興味はお酒だけ」
と、懐から缶ビールを取り出す。
「ちょ、なんで缶ビール持って……」
いえーい! という感じで創造神と乾杯するディー。どうせスピカが用意したんだろうが、本当に異世界RPGの世界観をぶち壊しにしてくれる能力だよな……。
「おい、創造神……飲み会じゃねぇんだぞ」
「いいじゃないか。気にしすぎは体に毒だよ?」
「かぁーーーっ!!! やっぱハイパードライはさいっこうだわ!!!」
「ってもう飲んでるし!!」
……その姿は、ただの仕事帰りのOL。なんか実際に現実世界にいたら「やってらんないわ!! あのセクハラ部長ぉ!!!」とか愚痴ってそうだな。
……にしても、アトゥムが飲んでると本当に犯罪っぽいな。見た目小学生の子供が缶ビール……「オレンジジュースにしときなさい!!」ってお母さんに怒られそうだな。母さんはこいつの方だけど。
––––––さて、俺達が向かっているのはレークスの隣国空中都市レジーナだ。
翼人の国レジーナは、いくつもの浮遊島の集合体から形成される国だ。
王都から近いこともあり、大きく発展しているこの国は、同時に魔術師の聖地となっている。
数百キロほど離れているこの場所からでも、その大きさが見て取れる世界最大の魔導学院。その上には20を超え点在する浮遊島国。
魔導学院があるところには、昔大きな穴があったらしい。
ある魔術師が起こした事件により、大地烈断が起き、崩壊した大地が魔力で空中に浮かんだ。その大地の跡が魔導学院の地下となる大穴。その底には実験施設もあると言う。
……俺達の目的はそこだ。この世界の問題を解決するためには、やはり現状で一番多くの知識が存在するレジーナのティエア魔導学院地下の研究所にかけるしかない。
「アトゥムは何度か、魔導学院には来たことがあるんだよな?」
最初に創造した時はもちろんだが、それからもアーノルド封印のためとかで来てるはずだ。
「そう言うことになるね。ただ、僕もその時の研究メンバーも解決策を見つけることは不可能だった」
「……だけど、今はそこにかけるしかない……か」
考えこんでいると、ディーが少し暗い顔をしている事に気付いた。
「? ディー。どうしたんだ?」
「え? いや、なんでもないわよ」
そう言う顔ではなかった。
……そういえば俺もスピカも、ディーの過去を知らない。それにディーにはまだ秘密がある。
この能力値が制限されたはずの世界で、初代海の魔女ニョルズから継承された圧倒的な力。
……もしディーの力をほかの人にも継承できるようになれば、この世界の問題も解決するかもしれない。
「!? なんだあれ!!」
白鳥のようなものが、草むらに埋もれている。
「なに? ……翼人?」
ディーが後ろから覗き込んでくる。
翼人ははじめてみるが、見事なまでの白い翼……だったと思うが、今は泥にまみれている。
馬車を止めてもらい、その翼人の元へ駆け寄る。
「うぅ……」
呻き声をあげるその少女の苦悶の顔。オレンジのショートの髪が酷く醜く汚れてしまっている。
「おい、大丈夫か?」
「お……」
「お? なんだ?」
「お腹空いたぁ」
「いやーーー! まじサンキューや!! このままやとウチ、行き倒れるところやったわぁ」
「……そ、そうか」
とりあえず非常食だったパンを食べさせ、現在は魔導学院についてから改めて一緒に学食で食事中と言ったところだ。
「えっと……元気になったところで、どうして行き倒れていたのか教えてもらえるかしら?」
「なんというか……むぐむぐ……お弁当忘れてしまってなぁ……んぐんぐ」
「食べてから喋れよ!」
最後にとばかりに手羽先を頬張り骨を抜き取る。
「ぷはーーっ!! いやぁ!! 旅のお方もどうや! ここの学食うまいでぇ!!」
「……まぁうまいけどさ」
食べているのは焼いた手羽先と豆のスープ。それに丸パンだ。……翼人が手羽先? と思ったが、飛べるから狩りもしやすいのかもしれないな。
だが……どうしても、料理となるとスピカの料理が食べたくなる。異世界っぽさはなくなるけど、やっぱり口にあうんだよなぁ……。
「なんや、元気ないんか?」
「ああ、そういうわけじゃないんだ……ってかアンタ名前は?」
「なははー! そういや言ってなかったなぁ。うちはミスラ=レイズナー。この魔導学院の高等科三年生や」
ビシッと敬礼をする元気なリスのようなその少女。ショートの髪型なのに動きが激しいため、さっきからぴょんぴょん跳ねている。
「俺はタクミ=ユウキ。んでこっちは海竜族のウンディーネ。と……えっと」
そういえば創造神って事話していいのかな? などと悩んでいる間に、ミスラの瞳が輝きはじめた。
「も……ももも、もしかしてあの!! ウンディーネ様ですかぁ!!!」
「え、えっと……はい」
「うわぁーーーー!!!! こんなところで伝説の先輩に会えるなんて光栄です!!! 握手してください!!!!」
いいと言う前に握手しだすミスラに苦笑する。ってか先輩ってことはウンディーネは、元この学校の生徒だったのか……。
「ディーってそんなに有名だったのか?」
「な……なんと恐れ多い!!! ウンディーネ先輩はかつてこの魔導学院を最短で首席卒業したまさに伝説!! そして、卒業後は魔導の発展に人一倍貢献したまさに偉人ですよ!!!」
鼻息荒く答えるミスラに若干引く。
「ディー……そんなに凄かったのか」
見た目はただの酒好きなのになぁ……人は見かけによらないもんだ。
「……昔の話よ。……今はただの海の魔女。誰のためでもなく自分のために魔法を使ってるだけの偏屈者よ」
「ディー?」
その顔はとても険しかった。少なくとも尊敬されて嬉しそうな表情ではない。
一方のミスラは大興奮。早速サインをもらおうと自身のカバンをあれこれと漁りまくっている。
「ミスラ。どこ行ってたの?」
ミスラに向けられた殺気。先刻までハイテンションだったのにみる影もなく、リスのような少女は蛇に睨まれたようにガクガクと震える。
「い……嫌だなぁせ、セナ。ちょっと……ね。お腹が空いただけだよ」
セナと呼ばれた少女は、その言葉を聞いてエメラルドの瞳をさらに鋭くする。銀の長髪が怒りの炎に揺れるほどの威圧を俺も感じた。
「ひぅ」という切なく短い悲鳴をあげ、涙目でディーに助けを求める。
だが、そのディーはミスラ以上に恐ろしいものを見ているような顔だった。ミスラのように半分冗談入りのものではない。本当に殺されるかもしれないというくらい……。
「な……なぜあなたが……」
「……よくこの学院に顔を出せましたね……ウンディーネさん」
「っ……」
なんとも言えない殺気に満ちた……いや、それすら生ぬるいほどの怒りと悲しみが、その空間を支配した。
息をすい込む音すら聞こえてくるほどの静寂で、金縛りにあったように俺は動けなくなっていた。
「いやーー!! 久しぶりだねぇセナちゃん!!!」
「は?」
全く空気を読めない、いっそ弾けるくらいの元気を見せる創造神。……セナも敬意など忘れて睨みつけてしまう。
「冷たいなぁ。神様なんだからもうちょっと崇めてもいいんじゃないかな? ……ね」
アトゥムの言葉の裏を汲み取り、セナは長いため息をついた。
「……はぁ。わかりました。今日のところは見逃してあげますので……さっさと学院から出てってください」
「そんな冷たい事言わないでさぁ……君のお姉さんの事は、彼女の責任じゃないんだからさ」
「その女が殺したんでしょ!!!!」
怒鳴り付けるセナと呼ばれた少女は、再びディーを睨みつける。
「絶対許さないから……」
そのまま、一粒の涙を残してセナは走り去っていく。
「え……えっと……あの……なにがどうなって……」
どうやらミスラは何も知らないようだ。その異常な空気に対応できずオロオロしているだけだ。
「……何がどうなってるんだ……」
かくいう俺もそうだ。彼女から感じた凄まじいまでのディーに対する恨み。怨念にすら到達しうる激情は、明らかにディーに向けられていた。
「……彼女の名前はセナ=フランシェル……そう言えばタクミくんなら察する事ができるんじゃないかな?」
フランシェル……その名前には聞き覚えがあった。
「スピカのファミリーネームと同じ……」
だが、スピカは転生者だ。だからセナとは関係がないはず……関係があるとすれば……。
「賢者スピカの遺族……なのか?」
「うん。妹だね」
この世界の元となった世界でヒロインとして活躍するはずだった……そして、本来の主人公と共に死んだという少女。その妹、セナ。
「賢者スピカ……私の親友だったわ……彼女が生きていれば、おそらくこの学院の伝説は彼女のものだった」
ディーと賢者スピカが親友。……ど、どう言うことだ? 賢者スピカは何年も前に死んだはずじゃ……。
それに、ディーは確か十九のはず……魔導学院を首席で飛び級卒業したとしても、相当な年齢差があるはずだぞ?
「……セナは賢者スピカの死の原因は、ディーにあると言った。一体過去に何があったんだ?」
「…………」
押し黙るディーに俺は、少し焦りを覚えながら前言を撤回する。
「い、いや、いいんだ。答えたくないなら––––––」
「殺したのよ」
「え?」
「賢者スピカ……そして、スサノオを殺したのは……この私なの」




