第四十二話「クソゲー勇者は作戦会議を開く」
前回までのあらすじ
俺達が気がついた時は、現実世界に戻ってきていた。
俺達の死が回避され、死んだことがなかったことになった世界。そんな矛盾を孕んだ世界で、俺達はその原因を調査を始めた。
だがその先に待っていた真実は、たとえあの日の事故を回避されたとしても、スピカ……本名星井早紀は白血病で死ぬ事実であった
俺は、時間干渉を回避し、早紀を守る方法を模索する。……だがそれは同時に早紀やペルに、俺が死ぬ世界を選択させるという事でもあった。
そして俺は……早紀、そしてペルと決別してしまう。
だがそんな中、時間に干渉できる唯一の方法が、俺の母であり……のちに時の女神ノルンとなる、結城風音の実家「時詠神社」に眠る勾玉であることがわかる。
俺と妹の結城桜乃は、時詠神社に向かう。すると、俺が過去に戦った影ノ手、そして偽アーノルドが俺達の前に立ち塞がる。桜乃、そして俺と親友、健司は辛くも撃退に成功。だが俺達の死を回避した……つまり今回の事件の黒幕は、その親友の神宮健司だった。
健司は俺を死から助けるために、その先に待つリスクを知らずに時を超えたという。だが、それを許せば健司の命は確実に蝕まれ、十八年後の死が確定してしまう。俺達はお互いの命を助けるために、自分の命を賭けて戦った。……勝者の死が確定する。まさに矛盾の世界にふさわしい戦いを。
なんとか勝利した俺は、早紀を説得し異世界に戻るため……俺達の、死の回避を無かったことにしたのだった……。
––––––––––この世界はクソゲーだ。
何度もそう思い続けてきた、現実という名の世界。そこから脱しても、常に自分の望む世界はけっして訪れない。
仮に、自分の望む世界を作ろうとしても、それは変わらない。なぜなら、世界を作るのは創造神ですらないからだ。
世界とは、無数のチリのような人類の集合体で作られたものだ。––––––––––たった一人が世界を望んだとて、覆るはずもない。それは神でさえ同様で––––––––抗うことは叶わない。
つまり、望む世界を求めている時点で––––––––それは狂気の沙汰なのだ。
––––––––––––だが、それでも人は望む世界を求める。そこに美学という、最も似合わない言葉すら当てはめて。
––––––––––だから……これは神すら求められない望みを持った、俺への罰なのかもしれない––––––––––。
「––––––––––タクミさんは、一体何をしているんです?」
天然女神は、首を傾げる。
「はぁ……ノーコメントで」
ネタがわかっているスピカは、やれやれと首を振る。何をしているも何も、口元で手を組み肘をついたポーズで座っているだけなのだが……。
「会議と言えば……これだろう?」
いわゆる人気アニメ“エヴァンスゲリオン”のゲンロウポーズでニヤリと笑う。
「いやいや、それ日本人にしか伝わらないネタだから」
と突っ込むアトゥムに対して、ニヤリと笑みを見せつける。
「ともかく……作戦会議だ」
「はいはい、厨二病乙!」
王都レークスの王城に設置された会議室。その一室には現在、俺、スピカ、ペル、コジロウじいさん、ウンディーネ、アトゥムの六人が集まっていた。なお、フォルは現在王城の庭でメイドさん達と遊んでいる。
「とまぁ、先日俺の身に起きた矛盾世界での出来事はこう言った感じだ」
「なるほどです……」
「本当によかったのか? タクミ殿からしてみれば、生き返るチャンスだったのじゃろう?」
じいさんが聞いてくるが、俺からしてみればその選択は論外だった。
「いいさ、友人の命を使ってまで生き返りたくはない」
「それはそうじゃろうが……」
まだ納得いっていない様子のじいさんに、スピカが呆れ顔で返す。
「タクミはそういう人なんです……困っている人を死んでもほっとけない人なんで」
「まぁ、そうじゃな」
じいさんが苦笑いで返すと一人手を挙げた。
「ウンディーネ? どうした?」
「……そんな事より、それだけスピカとの関係が進展したのだから、結婚式の日程を決めた方がいいと思うのだけれども」
「また唐突だなおい!!」
スピカも顔が真っ赤になってる。その様子を見たアトゥムがさらに手をあげ……。
「挙式は和式がいいかな? それとも洋式? どっちのスピカちゃんも可愛いと思うよ! お色直しも決めないといけないよね!!」
鼻息荒く答える親バカ。
「娘好きもいい加減にしろ! クソ創造神!!」
「それにしてもアトゥム様が、スピカさんのお母さんだったとは……」
ペルも流石に驚いている様子だ。そりゃまぁ普通に見たらこいつ少年だからなぁ。
「えへへ! 驚いたかい?」
……正直スピカはどう思ってるんだろう? そう思ってスピカの顔色を伺う。まぁ、普通、創造神が母親なんてありえないことだからなぁ。
「正直いまだに信じられないのよね。アトゥム様が、私のお母さんって」
「そりゃね……僕も色々変わったから」
そうか……スピカは女性としての……母としての彼女しか知らないんだよな。そりゃ、今のアトゥムとのギャップに疑問を持つわな。
特に、矛盾世界では彼女は精神崩壊していた筈だ。……それだけに、今のアトゥムとの性格の乖離はとてつもないものだろう。
「でも、スピカちゃんのお母さんって証明は出来るよ! 例えば小学生四年生の頃だったかなぁ? 四年生全体で林間学校に行った時ね」
「わーーーーーー!!! わーーーーわーーーーー!!!!!」
必死になってアトゥムの口を塞ぐスピカ。
「むぐぐっ!! むぐぐぐぐ!!!」
「きゃあーーーーー!!! わーーーーー!!!」
あれ? アトゥム様の顔がだんだん真っ青に……。
「ってスピカやりすぎ!! 窒息しかけてる!!!」
なんとか混乱するスピカを引き剥がすと、目をグルグル回して創造神はぐったりとする。
「はぁ……はぁ……」
「全く少し落ち着け小四の子供の頃の話だろ?」
「うるさい!! た、タクミには関係ない事よ!!」
「わ、わーったよ……」
しかし、ここまでの慌てよう。……一体何があったんだろう?
「肝試しで怖くなってお漏らしした。……なーんて、んなバカな」
ちょっとこの場を和ませようと冗談を言ってみる。多分スピカなら「そんなことないわよ!」と反論してくるはず。
「な……な……なんで知ってるのよ!?!?」
「って図星かよ!?!?」
「はぁう!!!」
そのまま部屋の隅で丸まるスピカ。頭を抱えて「あぁうぅあぁーーー……」と言葉にならない悲痛な喘ぎ声を漏らし続ける。
「ってかグダグダすぎる!! いい加減アーノルド討伐について話し合うぞ!!」
「はぁ……やれやれじゃの」
「––––––––––とは言っても、実際デタラメな能力だな。こうしてみると」
アーノルドの能力は大体判明している。
アトゥムのルールを無視した転生。レベルの高い洗脳魔術。相手の能力を奪う強奪フレイアから強奪した分も含めると、継承、神の加護、炎魔法適正、分かっているだけでもこれだけのスキルを保有している。
特に、洗脳と強奪はまさにチート級。条件付きではあるが洗脳した後に 強奪すれば、相手の能力を簡単に奪うことができるという事だ。
「ぶっちゃけ、アトゥム様の能力をゆうに超えているわね」
考えてみると妙だ。アトゥムは仮にも創造神なんだぞ? いくら強奪した能力があるとはいえ……。
「そもそも、どうしてアーノルドはルールを無視した転生を行うことができるんじゃ?」
じいさんの問いに、アトゥムは首を横にふる。
「正直僕にもわからない。というかアーノルドについては、色々とイレギュラーすぎるんだ」
「イレギュラー……か」
「うん。そもそも他世界から転生を行うには、その世界への干渉能力が必要になる。僕を含め、様々な創造神が各々の世界を作っているこのRPGツクレールを元にした世界。……普通はお互いの“世界の創造神”が許可を出さないと、転生できないんだ」
……この世界は、RPGツクレールというゲーム作成ツールの世界。
その起点はアトゥムだが、そこから様々な創造神が生まれ、それぞれ自分の世界を作っているらしい。その世界間の転生を行う場合は、創造神同士の許可がいるってわけか。
「ちなみに僕ら創造神は、それを著作権って呼んでる」
「著作権って……まぁ当たらずとも遠からずか」
「著作権があるから勝手に転生者を奪えない……か。仮にアーノルドが、どこかの世界の創造神として自分の世界の人間をティエアや現実世界に転生させる事は可能なの?」
スピカの問いにも、首を横に振った。
「不可能だ。言ったろ? 著作権って」
……考え方の大まかなところは著作権と同じってことらしい。ようするに創造神を、そのゲームの作者と置き換えればわかりやすいか。『作品のコラボは互いの許可があればできる。(つまりこれが通常の転生)だが、無断でキャラを盗んだり、または相手の作品に、自分のキャラを勝手に付け足す事はできない』って事だな。
「でも、実際にはアーノルドはしている……どういう事なんだろ?」
「わからない……もしかしたら、創造神の僕でさえ、知らないなにかがあるのかもしれない」
……それも、おかしな話だ。
アトゥムの話を聞くかぎりだとアーノルドはあくまで、この世界のキャラクターだったはずだ。
どうしてその一キャラクターに過ぎないそいつが、そこまでの能力を持ってしまったのか?
……もしかしたら、アーノルドはそもそもティエアの住民じゃないのかもしれない。
「とりあえず今のところ、謎はこんなところか」
「––––––––またんか。タクミ殿、ワシらを置いて議論を終わらすでない」
「え?」
どう言う意味かわからず聞き返す。
「そもそもワシらはその“あーるぴーじーつくれーる”とやらを知らん。その世界を元にした世界だと
ティエアがどう危ないのかあやふやなんじゃよ」
言われてみればそうか……。俺達はティエア出身組に簡潔にゲームやRPGについて説明した。
「……つまり、“てれび”とやらに移された映像で遊ぶ遊戯って事? ……またすごいものを作るわね」
「厳密に言えばモニタやらパソコンやら色々あるんだが……うーん流石に実物がないと説明しづらいなぁ」
と悩んでいると、アトゥムは無邪気に答えた。
「? パソコンならスピカちゃんが作れるじゃないか。創造の魔法で」
……そういえば、スピカだってパソコンくらい触ったことはあるだろうし、作れるかもしれない……だが…………。
「作れても電源がないだろ?」
「電源なら、そこの壁にあるよ?」
…………は?
創造神の指差した先にはたしかに見慣れた二つの縦長の穴があった。そこに手を叩いてスピカが気付く。
「あ! そっか……タクミは知らないのか。五年前にこの王都レークスにできたヤマムラ電機」
ヤマムラ電機……ってあの「やまーーむらでんき!」ってCMで安さを売りにしているあの家電量販店。
「ってまてまて!! なに『新装開店!!』みたいな気分で、異世界に、異世界っぽくない店が出来てるんだよ!!」
エストの居酒屋の時点でありえないレベルなのに……まさかの電気屋さんとは……。
「なんか、ヤマムラ電機で一年間だけ勤めて死んでしまった人が、私と同じ創造持ちでね。家電作って売ってるらしいのよ。コンセントは魔法で作っていて、いろんな家電が売ってるのよ」
意外と多いな……創造持ち。
「エストにも、いくつか家電置いてあったんだけど……まぁ厨房の中だからわからないか」
––––––––今度行ってみるか。ヤマムラ電機。UPadの新型ほしいし。この世界で、使えるかわからないけど。
「ほう……これがのーとぴぃーしぃーか」
「で、これがRPGツクレールの画面……というわけですね」
「そう。でチェスで駒を配置するように……こうやってキャラクターを設置出来るってわけです」
スピカがマウスを使ってキャラクターを設置すると、感嘆の声が皆から漏れる。
「こうやって、様々なゲームを自分で作る事が出来るんですよ」
「凄すぎてもはや、よくわからんわい……何という奇怪な魔術じゃ」
魔術……か。
コンピューターが生まれた当初はプログラムは呪文で、コンピューターは魔法の機械とも言われていたらしい。
そう考えれば、魔術という表現もあながち間違ってないんだろうな。
「……なんでしょう。私は、なぜかそこまで凄いとは思えないんですが」
というペルの、まさかの発言に呆れかえる。
「おいおいペル。お前パソコン使えるのか?」
「そりゃ日本に転生してたっていう矛盾世界じゃないと文字はわかりませんが……なんとなく意味はわかるような気がするんですよねぇ……不思議です」
全く……何でこいつ知らない機械で、ここまで自信満々なんだ?
「……ふむ」
スピカは何か一考をして、アトゥムに相談しだした。
「ねぇ母さん。矛盾世界で経験した事て、本当に私達しか覚えてないものなの?」
「どうだろ? 風音がいれば、その辺わかるんだけど……」
「––––––––––もしかしたら、ペルは俺達の世界に一度来たから断片的に覚えているのかも」
「なるほど……じゃあ僕の知識の一部を継承してあげれば、もしかしたら」
二人が何やら謎の会話をしているかと思うと、ペルを連れ出して何やら裏でコソコソなにかをし始めた。
「––––––––––と、こんな感じでいいんですよね?」
––––––––––絶句した。
言語の継承を行なって、ちょっとPCをレクチャーしたら––––––––––ペルはパワポで、わかりやすく現状をまとめてくれた。
ほとんど教えるわけでもなく、ブラインドタッチしているし……。
「やっぱり、ペルちゃんはあの世界での経験も継承している。もう少しやればプログラミングもできるようになりそうね」
嘘だろ……。あ、あのペルがそんな特技を––––––––。
「ペル……何で異世界に生まれちまったんだ?」
おそらく、日本……ってか現実世界であれば、どこの国でも通用するペルの無駄なハイスペックぶりを見て、俺はしばらく固まっていた。




