第四十一話「卒業」
「……本当にいいのか?」
倒れかかっている早紀を支えながら、俺はその思いを改めて問う。
「拓海こそ……いいの? 私……酷いこと言っちゃったのに」
「お前演技、下手くそなんだよ。……あれが俺を思って、嫌われようとしている事くらい誰にでもわかるよ」
「……もうっ! もっといい言い方あるんじゃないの!?」
「ははっ! わりぃわりぃ!!」
自動車が一台、走り抜けていく。
「……それにしても、怖いわね。やっぱ」
「だな」
これから俺達は、俺達が死んだ過去へと戻る。
心では異世界で生きると思っているが、理屈では……やっぱ自殺と同じようなものだと思ってしまう。
「だけどね……不思議と自分が死ぬのは怖くないの」
「早紀もか……」
「ふふ、やっぱり拓海も同じ事考えてたね」
––––––––––早紀が死ぬのは……やっぱ怖い。
「んーじゃあこうしましょう! これは卒業式なんだって!」
「はぁ? そ、卒業式?」
唐突に訳のわからない事を言いだしてきた。
「だって拓海、もう卒業でしょ?」
……確かに今は二月、卒業までは残りわずかしかない。
「ちょっと早いけど……えへへ……気にしない気にしない」
「……その理屈だと早紀はどうなるんだ?」
「え? ……そ、そうねぇ……と、飛び級って事で!」
「飛び級〜? 数学とか大丈夫なのか?」
「け、計算は苦手だけどぉ……ほ、ほら!殉職したら……二階級特進的な感じで、二年分昇進して三年生って事でいいじゃない!」
……その理屈だと結局死ぬって事になるんじゃ……。
「まったく……しゃあないから飛び級って事にしてやるよ」
「むぅ……」
卒業……か。
そうだな。卒業して、俺達はそれぞれの人生に向けて歩き出す。
大人になって、社会に出るのと同じ。それが異世界か現実世界かってだけだ。……だから胸を張ろう。
「……見送りはいらねぇって言ったはずだぞ?」
電柱の影に隠れているアホ毛に忠告する。
「でへへ……バレたか」
頬をひとかきして我が妹は影から現れる。
「お兄ちゃん……やっぱ行っちゃうの?」
「……ああ」
「そっか……」
桜乃は目いっぱい息を吸い込んで、吐き出す。……そして、はっきりと早紀を睨む。
「早紀さん……」
「うん……」
「私はあなたが嫌いです」
その目は決して嘘をついていなかった。本気で睨みを効かせる桜乃を……早紀は受け入れた。
「……そう」
「お、おい桜乃……早紀?」
「いいの……」
ゆっくり首を振る早紀は、どこか優しげな表情だった。
「どんな理由があっても、あなたは二回もお兄ちゃんを殺した。しかもお兄ちゃんを……傷つけた」
「うん……そうだね……」
「だからっ!! ……二度と別れるなんて言わないと約束してください!!」
「うん、約束する」
……う~んだんだん恥ずかしくなってきた。
「じゃ……じゃあ今ここで婚約してください!!」
「こ、婚約ぅ!? 桜乃! 何言って––––––––––––」
「するよ。婚約」
「って、即答!?」
俺の顔が、どんどん熱くなってくる。
「……嘘じゃないですよね?」
「うん。嘘じゃない……一生拓海に尽くすと誓うわ」
なんだなんだなんだ!? あまりもの急展開に、俺の脳はついていけそうにない。
「––––––––桜乃ちゃん……多分私が何を言っても本当の意味で信用はできないと思う。それくらいのことはしたと……私も思ってる」
「早紀さん……」
「だけど、信じてほしい。私ではなく、あなたのお兄ちゃんを––––––」
「お兄ちゃんを……?」
「あなたのお兄ちゃんは私なんかに騙されない。ごまかしが通用する人ではない……そうやって信用してくれるなら、私はそれで構わない」
「…………どうでしょう? お兄ちゃん抜けてるから」
苦笑する桜乃に合わせて、早紀も笑う。
「あはは……まぁ否定はできないか」
こらこら……。
「桜乃。信用してほしい。早紀はずっと俺のことを思って行動してた。その思いだけは……否定してほしくない」
「……わかった。でも許すのは今回で最後だからね」
「ありがとう。桜乃ちゃん」
「でも、お兄ちゃん達にはもう会えないから確かめようがないんだけどね」
そういう桜乃に、俺は笑みを浮かべた。
「それはどうかな?」
「へ?」
「今回もこうやって出会えたんだ……きっといつか再会できるさ」
「うん……きっとそうだね」
早紀は頷きながら答える。
「じゃあ、その時には早紀さんの義妹として出会うことになるんですかね?」
「桜乃ちゃんが妹かぁ……ずっと一人っ子だったから、ちょっと嬉しいかな?」
俺達は笑いあった。そうだ、きっと俺達はまた出会える。
……お互いの世界で生きている限り……きっと。
「だったら、僕も約束しておこうか」
「……健司」
健司も見送りに来てくれたのか……ったく、肩の怪我も治ってないくせに。
……っと、そういや今から消えるんだっけか。その傷も。
健司と俺達には、この矛盾の世界の記憶が残る……それは、ある意味時間遡行者が背負う宿命だ。
だが、同時に絆でもあると……俺は信じてる。
「––––––––僕は強くなる。剣道で世界一になってみせる。だからきっと拓海も異世界で最強になって……そして」
「ああ……その時は」
「「また戦おう」」
俺達は固く握手をした。
それはきっと世界をも……生死をも超越する絆。
「じゃあな拓海……元気で」
「へへ……」
俺と早紀は、俺達の絆が始まった場所を見つめた。
そして、勾玉をそこに放り投げた。
その勾玉は光を反射し、きらきらとエメラルドのような光を放つ。
そして、運命を乗せたトラックがその勾玉を消し去るように通り過ぎた––––––––––。
「っ!?」
瞬きをした瞬間に景色が変わった。
そこは、俺達が死んだ場所ではない。
俺達がこの世界で出会った村。
「……エストだ」
「そうね……帰ってきたんだね」
……この世界の元となったティエアストーリーズで、はじまりの村としてデザインされた場所。
必要最低限の施設が多く、特徴といえば村の中央にあるこの噴水くらい。
……俺達のはじまりの村。
早紀の手には、スマホが一台握られている。
「……あーあ。やっぱり動かないや」
「そうか……早紀のは一年経ってるんだよな」
『ルールブック 4-3:通信機能があるアイテムは女神との通話機能が追加される。ただし、一年間のみ使用できる』
対して俺のスマホはまだ稼働する。
「……あ」
そのスマホには俺達が遊園地でデートしている姿がまだ残っていた……が、どことなく薄れていた。
「拓海?」
早紀がのぞき込んでくる。俺達の自撮り写真が、次第に薄れていくところを二人で見つめる。
「……どうせなら向こうでもっと……デートしたかったね」
「そうだな……」
拓海と早紀が消えていく……。
タクミとスピカが戻ってくる。
だけど、それは寂しいけど正しいことで……ちょっとだけ泣けてきた。
チリとなって消えていった俺達の写真が消滅し、俺達の出会いは確定した……。
「タクミさぁ~~~~ん!!」
「ペル!!」
「ペルちゃん!!」
迎えに来てくれた女神は……いつもの満面の笑顔だった。
さて、少し今の状況をまとめよう。
まずは、今回の事象について。
これについて覚えている人は少なくとも三人だ。
俺と、スピカ……そしてそこの親馬鹿だ。
「えっと……こ、この状況は一体」
「何って膝枕だよ? スピカちゃん」
それは確かに、膝枕以外のなにものでもない。ただ、枕が神ってことだけだ。
「安心していいよスピカちゃん。……あぁ~ほんっとかわいいよスピカちゃん♪」
頭をこれでもかというくらい、撫でまわしている。何事かと困惑しているスピカに、俺は苦笑いを見せる。
「手紙で説明したろ? こいつ、お前のお母さんなんだって」
「わかってるけどぉ……うぅ恥ずかしい」
まぁそうだろうなぁ……噴水広場のベンチで創造神の膝を枕にして撫でまわされる。
「それにしても、本当にお母さんなの? イメージだいぶ変わってるんだけど」
「そうだよ~! お母さんだよ~~すりすり~~」
スピカを抱き寄せ頬擦りをする。
「うぅ……このうざいくらいのスキンシップ……確かに母さんだ」
––––––––––愛が深いゆえに香帆さんは精神を崩壊させた。そして神となる原因であるタイムリープを行ったが失敗。そして、世界を一つ作ったがそこに娘が現れた。そしてまた、その愛ゆえに過去をさかのぼってきた。
なんともまぁ……困った創造神だ。結局自分の娘のことしか考えてないのだから。
だけど、だからこそ、この世界はもう一度救われるチャンスができた。そのことだけはこの人に感謝しなきゃな。
「あ、そうだタクミくん」
「なんだ? この親バカ創造神」
「……ありがとう」
「……気にすんな」
きっと、こいつはこれからも世界より娘のことを考えて行動してしまうだろう。
……それでいい。
人間全員を助けるなんて土台無理な話だ。そんな理想論者のおとぎ話には、大抵根本的な解決策がないものだ。
––––––––だから、目の前の一人を守る。人間にはその程度しかできないものだ。
それが自己満足や、最低のこととは思わない。そうやってみんなで助けあうほうが、全員の生存率も上がるだろう。
……いや、違うな。
––––––––––そっちのほうが人間らしくて好きだ。
全員を救おうとする英雄より、理想論ばかり語って結局何も救わない論者より、……人間臭くただ一人愛した人間を守る……この神様のようにな。
「……結局俺は一生変わらないんだろうな……健司」
弱いくせに何度も戦う……そういった強さを持った主人公よ……。
俺は、まだ健司のような主人公になれてない。
なぁ……俺は勇者になれるかな?




