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第四十話「もう一人の旅立ち」〜早紀視点〜

「くぅ……」


 ––––––––––––だんだん貧血の頻度が酷くなっていく。だけど、母さんをこれ以上心配されたくない。


 拓海と別れてからは……異常と呼べるものだった。


 白血病の患者が、肉体的には健康的な母を看病している。


「はぁ……」


 私は、母さん寝室の襖を開ける。


「ああ……早紀ちゃん! よかったぁ……早紀ちゃん」


 喜んでいるように見えるが、その目に魂は宿っていない。


「調子はどう? 母さん」


「うん……だいぶいいよ? 早紀ちゃんこそ大丈夫? 風邪引いたりしてない?」


「大丈夫だよ。……至って健康! 調子いいよ」


 嘘だ。今立ってるのだって、本当は辛い。


「こっちにおいで……早紀ちゃん」


 私は、いつものように母さんの膝を枕にして横になる。


「ああ……本当にかわいい……私の早紀ちゃん」


 これの繰り返しだ。この行動を––––––––今日一日で何度も何度も繰り返してる。


 母さんの目は虚ろで、現実を見ていない。貧血でここまで真っ青なこの顔を見て、私を健康だと思い込んでいるのだ。


 ……白血病の症状で私の体には正常な血球が足りないらしい。白血球の量も全然足りないらしい。


 でも……この青白の顔で母さんに出会っても、母さんは気付かない。何度も「風邪引いてない?」と聞くのだ。


 きっと死ぬまで……このままなのだろう。


 ––––––––––どうしてこうなっちゃったのかな?


「うぅ……母さんっ……」


「早紀ちゃんの笑顔はいつも可愛いわねぇ……ウフフ」


 涙を流しても気付いてくれない。母さんには笑っているように見えているのだ。


 いつまで……こんな事を繰り返すの?


 ––––––––––きっと、これは罰だ。


 拓海を傷付けた……決して私自身が許さない……そんな罪に対しての罰。




 母さんは何度も、私の頭を撫で続けていた。




「はぁ……」


 何度目のため息だろう。……もう忘れちゃった。


 おそらく、あと少ししたら母は癇癪を起こして「早紀ちゃんっ!! どこ!!!」と叫ぶ。ヨロヨロと立ち上がり、その声に応える準備をする。


「早紀……ちょっといいか?」


「お父さん……」


「っ!? なんだその顔!! 真っ青じゃないか!!」


「えへへ……大丈夫だよ」


「なわけねぇだろ!! ちょっと横になってろ!!」


「大丈夫だって……母さんを心配させるわけには」


「その為に死んだら元も子もねぇだろ!! とにかくそのソファーで横になれ」


 私はふらつきながら、キッチンを離れる。


 途中でお父さんの肩を借りてソファーに座る。


「とにかく病院に連絡してくる!」


「待って……病院には行きたくない」


「––––––––––いつまでこんな事を続けるつもりだ? 母さんこのままじゃ……」


「でも……きっといつかは母さんも元気になるかもしれないし」


 そんな訳がない。正気に戻った所で今の私を見たら、また自分の殻に閉じこもる。


「っ!! ……母さんに話してくる!!」


「いいの!! 母さんには……うぐっ」


 ––––––––––世界が暗転した。




「……んぅ」


 目が覚めた。右腕に少しの違和感を感じて見つめる。


 チューブが繋がれてその先には点滴がポタリ、ポタリと一定のリズムを刻んでいた。


 どうやら、貧血で倒れたらしい。


「いたっ!」


 頭に痛みが走る。


 左手で触ると額から後頭部にかけてグルリと包帯が巻かれていた。どうやら倒れた時に頭を切ったらしい。


 真っ白なその部屋には、パイプ椅子で寝息を立てるお父さんの姿があった。


「そっか……」


 あの後すぐに病院に運ばれたのだと悟った。


「……ん?」


 花を生けられた花瓶のそばに封筒型の手紙が一つ。


 ––––––––––早紀へ。


「拓海……」


 差出人は拓海だった。封を開けると一枚のA4ほどの四つ折りの紙と、なぜか勾玉が一つ。


「…………」


 私は迷った。この後に及んで一番酷い形で傷つけた人に……まだ希望を持ってしまう。


 でも……私を嫌ってくれなければ、彼はきっと私の事を思って自分の死を確定させてしまうだろう。


 だが、開かないのもまたそれは失礼だ。意を決して私は手紙を開いた。




––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––




 早紀へ。


 まずはありがとう。早紀の気持ちは伝わってる。


 だけど、ごめん。やっぱり俺は異世界で生きたい。


 早紀と別れてからいろんな事が起きた。この事象の正体、時間に干渉したのは俺の親友だったこと、そして……俺達の家族は本当にいつも見守ってくれてた事。


 だから君に、この世界を戻すかどうかの判断を託したい。


 ティエアは君の母さんであるアトゥムが作り出し、その世界の素晴らしさを知って欲しかった俺の母さんであるノルンの思いが作った世界なんだ。


 二人は、ずっと俺達の事を思ってたんだ。


 今、君の母さんが、どういう状況なのかは知っている。


 精神を崩壊させながらも、常に娘の事を思い……君の為に何かできないかを考えている。


 その結果、過去に干渉しようとし……失敗した。


 失敗し、最初の神に拾われ創造神となった。俺の母さんも、その時死んで……その後時の女神ノルンとなった。


 だから俺は……俺は、そんな世界と君を守りたい。


 その為に俺は過去を戻し、もう一度あの世界に行きたい。


 だけどそれは君の言う通り、君の今の寿命を奪う事でもある。


 だから、君に全てを託す。


 その勾玉を破壊すれば、過去改変は失敗し元に戻る。他にも方法はあるけど、その方法は……どうやら俺にはできない。


 だから、君がその勾玉を時詠神社に封印しなおせば今の過去が確定する。


 だけど、もし君があの世界を望み、あの世界で俺と共に生きてくれるなら……一緒に来てくれ。


 俺は、初めて君と出会った……あの場所で待っている。






––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––






「拓海……拓海っ!!!」


 私は涙が止まらなかった。


 きっと私は許されないだろうと……そう思っていた。


 それが、許されないどころか……手を差し伸べてきた。


 嗚咽混じりに泣きじゃくった。拓海の手紙を抱きしめ、涙で毛布を濡らした。


 まるで子供のように……泣いて……感謝した。


 私は何も見えてなかった。いや、目を背けてた。


 私は拓海に……なんて事を……っ!!!


「あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!! うわあああぁぁぁぁぁ!!!!」


「さ、早紀!?」


 お父さんが驚いて跳ね起きた。心配そうに私の背中をさする。


 私は……本当に色んな人の優しさに支えられていたんだ……。




「母さん……」


「ああ……早紀ちゃん! よかったぁ……早紀ちゃん」


 母さんはいつものように虚ろな目で同じ事を言ってくる。私が頭に包帯を巻いている事も見えてない様子だ。


「ごめんね、母さん……私、行かなきゃいけないところがあるの」


「どうして? こっちにいらっしゃい」


「……それは出来ない」


「早紀ちゃん? どうして?」


「……安心して。きっとすぐに会えるから」


「そうなの? あはは、そう、すぐに帰ってくるのね」


 私は、母さんを抱きしめた。


「ごめんね……ごめんね……私のせいでこんなに傷つけてしまって」


「早紀ちゃん? ……どうしたの? 怖い夢でもみた?」


「怖い夢……いいえ……いい夢を見たわ。とても幸せな母さんとの夢」


「そう……よかった早紀ちゃんが幸せそうで」


 そう、幸せな夢だった。


 もう二度と会えない……いや、もう一度お母さんと会うための……優しい夢。


「ありがとう。お母さん……私を生んでくれて」


「早紀ちゃん?」


「私行ってくるよ。行って……夢を終わらせてくる」


「……まって、待ってよ! 行っちゃダメ!!」


「ううん。行かなきゃいけないの。じゃないと私達はいつまでも壊れたままだから」


「幸せな夢ならいいじゃない!! たとえ夢でも……壊れてても……幸せならそれでいいじゃない!!」


 正気が戻ってきたのか、母さんははっきりと拒絶し始める。……老婆のように痩せ衰えた細い指で、私を求める。


「ううん。私、わかったの」


「早紀ちゃん!!」


「母さんの気持ち。本物の……うちに秘めた私への想い」


 ––––––––––私は、こんなにも愛されていたんだ。


「だから、だからね。……私は夢を終わらせるよ。いつまでも夢に頼ってばかりじゃいられない」


「待って! 行かないで早紀ちゃん!!」


「ありがとう。––––––––また向こうで会おうね」


 私は……母さんの寝室をでた。


「いやあぁーーーーー!!!」


 母さん……ごめんね。




 再び貧血で倒れそうになる。


 だけど歩みは止めない。


 きっとあの人は、ずっと待ってる。


 だから絶対に行かなきゃ……。


 そう、これは旅立ちだ。


 私達は死ぬんじゃない。旅立つんだ。


 母さんの作った……母さんの思い描いた世界へ。


 私達はきっと……たどり着けるよね?




 本当に幸せな……私達が望む世界に––––––––––––。

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