第三十九話「親友」
「いざ––––––––」
「––––––––勝負」
風が吹き荒れ木の葉が一枚目の前を通り過ぎ––––––––。
刹那、一気に間合いに詰める! 俺の縦一閃を回避。回避の勢いを利用した回転斬りを弾き返す。そのまま再び俺は面に打ち下ろすが防がれ、刃が鋭い金属音を響かせる。そして健司は刀の反りを利用し捌く。
そのまま流れるようなスピードで突き。対して俺はじいさんから教わった”双竜 蛇翔撃“を狙う。
「なにっ!」
健司の剣が俺の鞘に収まり、動きを封じる。
俺は、健司の勢いを利用して蹴り飛ばす。
「がっ!!」
……本当は刀を奪うつもりだったが。奴はきっちり握って離さなかった。
「いくぞ」
俺は刀を納めて健司に突っ込む。健司は左からの剣撃を読んで防御を固める。だが俺は刀を背面に回して逆手で抜き放つ。
「っあぐ!!」
予想外だったろう右からの一閃に回避が間に合わず、健司の肩を少し切る。また、仕留め切れなかった。
「っ!! まだまだぁ!!!」
今度は健司から攻める。右袈裟、左切り上げ、そして突きを読み切り、俺は弾き返す。体制が崩れた所を柄頭で額を打ち付け––––––––。
「っ!?」
完全に崩した体制から消えるような超反応で回避される。
きたか––––––––!
背後に回った健司の反転しながらの一閃を、なんとか捌き距離を取る。
––––––––健司と言う剣士の一番恐ろしい能力がこれだ。こいつは実戦で急激に技術が進化する。本来の健司は狙ってこんな事は出来ないはず。だが、どういうわけか急にデタラメなくらい強くなるのだ。
俺は、そんな健司に半ば憧れた。本当に羨ましい力だよ。
––––––––多分俺は、漫画なんかで言えばライバルキャラなんだろう。才能が高くて、それなりに鍛えて、技術の差で主人公を追い詰める。……そんなところだ。
対して健司はまさに主人公だ。能力も平凡。剣道でも本来なら、県内ベスト八で大健闘といった所だ。
だが、どういうわけかこいつは試合中に稀に真の力を発揮する。その時の力は県内どころか、全国一位の俺でも恐ろしいほどだ。まさにピンチで覚醒する主人公だ。
……なんとなくわかってた。こいつこそ勇者に相応しい。そういう意味では俺はこいつを超えることはできないだろう。
––––––––だけどな。俺は諦め悪りぃんだわ!!
「アアアアアアァァァァ!!!!」
テメェが進化するなら、俺はその全てを凌駕しよう。
「健司ィ!!!」
––––––––––こいつは強い。きっといずれは世界をも手中に収めるだろう。
「拓海ィ!!!」
だがな––––––––。
「っあ!!」
俺の弾き返した剣が宙を舞う。その刃を一飛びでキャッチする。
「テメェは世界一で我慢してろ!! 俺は異世界一強くなっからよ!!!」
再び刀を納め構える。
「––––––––まだ!! まだ負けない!!!」
空中で反転する健司。この後に及んでさらに進化した健司は、鳥居の柱を地面のように蹴り、駆け抜ける。
「ああ!! これで最後だ!!!」
俺達は刃を煌かせ––––––––。
「「はあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」
刃が交差し––––––––––––––。
親友の魂が折れた––––––––––––。
––––––––健司の右肩の傷は深手だが、死んではない。少なくとも今すぐ病院にでも行けば、一命は取り止めるだろう。
「––––––––わかってたさ。僕はまだ、君を超えられない」
「––––––––いや、違うな」
俺は天翔丸の刃を見せる。
「剣は俺達の魂だ。だから俺の勝ちである事に変わりはない」
そして俺は右手の甲を見せる。
「……お前……」
「だが、剣道のルールならお前の勝ちだ」
手の甲には親友が一瞬でも、俺を超えた証が一筋の赤い線を引いてきらめく。
「小手一本……剣道ならお前の勝ちだ」
「よしてくれ。ほとんどマグレだ……」
「……そうか」
「つあぁーーーー!!! 負けた負けた!!! 僕も異世界行って見たかったのになぁーーーーー!!!」
「それは残念だったな……」
肩の傷も忘れるような友の悔しがり方に、俺は思わず苦笑した。
「ってか、やっぱおかしいよお前! 俺の太刀筋全部読んでたのか?」
「まぁ大抵は」
「チートかよ!! 勝てるわけねぇ!! ……勝てるわけないじゃないか……」
「健司……」
「……やっぱ納得いかねぇよ……なんでお前はそんな顔してんだよ」
俺は目を閉じて笑みを浮かべた。
「お前の親友でよかったと思ったからさ」
親友の流す大粒の涙は、俺の心を一瞬揺らがせた。
「––––––––健司。俺、やっぱティエアに戻りたい。あの世界でやり残した事があるし……この世界の唯一の心残りも消えたからな」
––––––––健司との試合。
あの時はただの練習試合程度の約束。なんて事のない。よくある日常の約束だ。
「この試合で俺は……少し救われた気がするよ」
「やっぱ……かなわねぇよ……親友」
その時の親友の顔は泣いてるくせに、悲しいくせに、満面の笑顔で……きっと––––––––俺もそんな顔をしていたのだろう。
「もう、いいのか?」
「ああ」
これが……時詠の勾玉。
こいつを壊せば、健司を殺す事なく歴史を元に戻せる。
「拓海……いいかしら?」
「母さん……」
「お母さんのお願い……聞いてくれるかしら?」
俺は静かにうなづく。
「まず一つ。香帆、アトゥムにありがとうって伝えて」
「……ああ」
「あの子のした事は間違いだったかもしれない。失敗したのかもしれない。だけど、あの子のお陰で、こんなに立派に育った息子を見れた」
「母さん……」
母の言い残すかのような最期の言葉を、胸に刻みつけていく。
「二つ目。あなたは絶対に何があっても早紀ちゃんを守りなさい」
「……ああ!」
絶対に……早紀は守ってみせる。
「あなたのためでもあるし、あの世界の為でもある。アトゥムの娘、スピカは……あの世界を本当の意味で救える希望でもあり、絶望でもある」
「どういう意味だ……?」
「それは、あなたの力で解き明かしなさい。これが三つ目の宿題」
「ふっ……何年振りだろうな? 母さんの宿題」
「うふふ……そうね」
母さんが俺を抱き寄せる。
何故だろう? この歳で母さんに抱きしめられてるのに恥ずかしさより別の感情が込み上げてくる。親子二人。抱きしめあって泣いている。なんともまあ恥ずかしい……はずなのにな。
別れたくないって気持ちが込み上げてくる……。
「絶対……元気でね……拓海っ!」
「ああっ……いってきます!!」
俺達はお互いに顔を見つめる。
……もうこの人と会うことは絶対にない。
母さんは俺と同じく、過去が戻ったらアトゥムの中で生き続けることになる。時間干渉によって呪いを受けた体に……。
だが、母さんはそんな事一片たりとも気にしてはいなかった。だから、そんな母さんに背を向けて、一歩ずつ歩き出す。
その俺の袖を、誰かが掴んできた。
「……やっぱダメだよ」
「桜乃……」
「やっぱダメだよぉ……ひっぐ! なんで……なんでお兄ちゃんが死ななきゃいけないのよぉ……」
俺は桜乃の顔を見る。子供みたいに泣きじゃくる妹の顔……。
「……お兄ちゃん……お別れなんていやだよ……」
「桜乃……」
桜乃を抱き寄せ、その涙を受け止める。
「もうっ……もう叩かないから……ひっく! ……もう怒らないからぁ! ……お別れしたくないよぉ!! 私の全部を……あげてもいいからぁ!! ……だから……だから」
「……ごめんな……ごめんな、桜乃」
……いつも俺の後ろを歩いていた小さな影は、いつの間にかこんなに大きくなっていた。
「……桜乃。生きてるってどういうことだと思う?」
「お兄ちゃん……?」
「俺はな……生きるとは、その人が自分の意志をもって、行動し続けるってことなんだと思う」
意志なき行動は、死と同義である。
自分で考え、悩み、たどり着いた結論に向かい全力で走りぬける。
それこそが、生きるという本当の意味だ。その場の意見に流され、意志もなく行動することは、魂の死と違いはない。
「だから、俺は異世界で生きるよ……じゃないと、きっと、俺はこの世界で魂が死んでしまうから」
「えぐっ……ひぐっ……うわあああああん!!!」
桜乃の体を抱きしめてると、肩がどんどん濡れていく。
雨露に濡れた桜の花びらが煌くように、きっと桜乃も輝いてくれるだろう。
「それに、まだ過去が元に戻るかどうかはわからない」
「……お兄ちゃん……そっか……そうだよね」
涙を拭いた桜乃は満面の笑みを浮かべた。
「がんばってきてね! お兄ちゃん」
……その笑みは偽りの微笑みであることは俺でもわかる。
その笑みはきっと……桜乃が一つ成長した意味でもあるんだろうと思うと誇らしくもなる。
……ありがとう。みんな……。
俺は勾玉を握りしめ、自分の最期の時を迎えるため、自分の家へと向かった。




