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第三十八話「明日を生きるために」

「なぜだ!! なぜ過去を変えた!!」


 刃の衝撃が、オレンジの鮮やかな火花を散らす。


 一度お互いに距離を取り、右の刀を健司に向ける。


「なぜ? ……どうでもいいだろう? お前からしてみれば、僕のおかげで生き返れるだけだ。なんの問題もないじゃないか」


「ふざけるなっ!!! そんな簡単に過去を変えていいものじゃないんだ!!」


 右から来た刃を伏せてかわし、鞘の一撃を腹に叩きこむ。


「なぜ過去改変を拒む? ……僕には理解できないね」


 だが、その鞘を健司ががっちりと掴む。


「っ……過去ってのは、本来取り返しのつかないものだ……それを無理やり捻じ曲げてしまえば、お前が苦しむことにも繋がるんだ」


 俺が知ってる神は、そのせいで永遠の命さえ投げ出す事になった。こいつはその苦しみを知らないんだ!


「例えば……年齢逆行のリスクとかか?」


「なにっ!!」


 やはり健司にも、年齢逆行の呪いがかかってしまってるのか?


「僕はそのリスクを承知で過去改変をした。この過去が確定すれば、僕はその十八年後に死亡する」


「馬鹿か!! お前……死んでもいいのか!!」


 俺は右の刃を回転して持ち替え峰で、健司の首筋を狙う。


「かまわないっ!!」


 健司はその剣をひらりとかわし、上段からの一閃。それを、なんとか刀で防ぐ。


 ––––––––––どうしてだ? なぜここまで過去改変にこだわる。


「もし、どうしても過去を変えさせないというのであれば、お前はここで僕を殺せばいい」


「そ……そんなこと俺ができるわけがないだろう!!」


「だったらお前が死ね。僕には君を殺すだけの意思があるっ!!」


 健司が放つ稲妻のように撃ち放たれた一太刀をかろうじて回避する。その動きを読んで燕が翻すが如きスピードで逆袈裟気味に切りかかる。その剣撃を刀でなんとか防ぎ、逆手に構えた左の鞘で頭を狙う。が、健司が低く伏せてそれをかわす。そのまま回転して左からの一閃、それを俺がバックステップで紙一重にかわす。


 一進一退の攻防の中、俺も健司も息が切れてくる。


「……刃を返せ拓海。僕はハンデ付きで殺せるほど、甘くはないぞ」


「––––––––––一度でも俺に勝ってから言いやがれ」


「なにっ」


「俺はこのままで構わない。お前は殺さない……だが過去改変もさせない」


「ふざけるな!!」


 健司の遠心力を加えた渾身の左薙ぎを、掴頭で防ぐ。


「なっ」


 そのまま鞘で左から打ち込む。


 それを鼻先寸前でかわすが、そこで急速に方向転換し突きに切り替わった鞘が鼻っ面にめり込む。


「がっ!!」


 鞘を刀に収め、宙に浮いた健司に低くとびかかる。切り上げの一閃。それをなんとか防いだ健司……だがそれは最初っからオトリ。


「鞘っ!?」


 刀を収めたまま鞘で打ち込んだ一撃で、きりもみしながら宙に打ち上げられる健司に剣先を向ける。


「ぐっ……あああああぁぁぁ!!!」


 その刃を空中でなんとか弾き返したが、バランスを完全に失った健司は地面にたたきつけられる。


 痛みでうめく健司を見下ろす。


「いつもそうだっただろ……お前は俺には勝てない」


「そうだ……僕はいつもお前には勝てなかった……だから、今日こそはお前を倒すっ!! 今回ばかりは譲ることなんてできないんだ!!」


「そうか……お前に何があったかは知らない……だから聞いてやる。お前を叩きのめしてからなっ!!」


「っ!!」


 倒れこんだ健司の肩先を貫こうと突きを繰り出す。


 それを転がりながら回避される。地面をえぐった爆発音とともに、土煙が巻き上がる。


「……化け物め」


「……この程度か? 健司」


「っ……まだまだぁ!!!」


 あきらめず、向かってくる健司に俺は歯嚙み、覚悟を決めて峰を打ち下ろす。


「やめてぇーーーーーーー!!!」


 その言葉で俺も健司も止まる。


 俺の剣は健司の首筋をまさに紙一重の位置で止まり、健司は刃を俺の腹に突き立てていた。


 ……桜乃が止めなければ俺も健司もただでは済まなかっただろう。特に今の攻撃は俺の予想外の場所から飛んできた。


 冷や汗をごまかすように、桜乃に言葉を返す。


「止めるな桜乃。これは俺達の戦いだ」


「なんでお兄ちゃん健司さんと戦ってるの!? 意味わからないよ……親友じゃないっ!!」


「桜乃ちゃん。止めないでくれよ」


 俺も健司も譲らない。譲れない。


「止めるよ!! 止めるにきまってるじゃん……こんなのってないよ……昔はみんな仲良く遊んでたじゃん……なんで今殺しあってるんだよ……意味わかんないよ!!」


 桜乃の涙に根負けして、俺は刀を下ろした。


「……健司。お前に何があったかは知らない。だがせめて訳を教えてくれないか?」


「…………」


「お前は何を変えたんだ? どうして変える必要があったんだ」


「……僕が変えたのは、お前との、あの日の約束の時間だ。それ以外は……何も変えていない」


「時間?」


 俺はスマホを取り出し、過去のメールを探す。


「た、確かに十分ぐらい早い時間に変わってるが……それがなんだって……いや、そうか!」


 そのおかげで若干だが、俺が朝出かける時間が変わったんだ。


 俺は大体自主練でみんなより30分前には学校に来てた。それが約束の時間が変わった事で、少しだけ俺が早めに出た。元々余裕はあった筈だから出たのは実際には数分程度だろう。


 だが、その数分のおかげで早紀を助ける事に成功し、俺の死が回避された。


「だ、だが、その程度でこんな矛盾(パラドックス)世界(ワールド)なんて出来るのか?」


 俺が生き返るだけでこんな世界が生まれるくらいの矛盾が発生するとは思えないが……。


「過去改変の理由と、貴方の生死が矛盾してしまったのよ」


 階段から俺の問いに答えたのは母さんだった。


「健司君はあなたを死なせない為に時間に干渉した。だけど、あなたが死ななければそもそも過去改変なんて起きないし、年齢逆行も起きない。それが矛盾となって今回の矛盾(パラドックス)世界(ワールド)が生まれてしまった」


「そう言うことか……しかし、たった数分約束をズラしただけでここまで変わるものなのか……」


「風が吹けば桶屋が儲かる。蝶が羽ばたけば竜巻が起きる。俗に言うバタフライエフェクトね。変化はたった少しの事だけど、大きな矛盾が生じるほどの影響を持ってしまった。それこそティエアの命運を分かつほどにね」


 なんてこった……。


「だが……なぜだ? 俺を生き返らせるにしても、お前は年齢逆行の事を知ってるんだろう?」


 自分の命をかけてまでやることとは思えない。


「本当は時間遡行するときには知らなかったんでしょう? ……まさかここまでの事になるとは聞いてなかったんでしょうね」


「聞いてなかった? ってまさか健司に時間遡行をそそのかしたのはアーノルドなのか!?」


「––––––––そう言うことでしょうね」


 なんてことだ……まさか俺が原因で時間に干渉したなんて。


「……だったら、勾玉を破壊して歴史を戻せばいいじゃねぇか! それなら」


「できるわけないだろっ!!」


「っ!」


「逆の立場になってみろってんだ……僕に親友を殺せるわけねぇだろ」


 そういう……ことだったのか。こいつも……早紀やアトゥム達と同じように悩んでいたのか。


「確かに普通に考えりゃ自分の命を優先するんだろうさ……だけどさ、お前は相変わらず優しくて、面白くて、ナルシストなところもあるかもしれないけど……それでも憎めなくて」


「健司……」


「お前がもっとむかつくやつだったらさっさと歴史を戻してたさ!! だけどお前はっ!! ……僕に憎ませてくれなかった」


 涙を流しながら絞り出した友の優しさに……俺は目を伏せた。


「健司……俺も同じだ」


「拓海……」


「俺も……お前と同じなんだ!! お前が酷い死に方する事なんてねぇよ!! 俺だっていやだ!! 親友がそんな死に方をする未来を黙ってるなんて……そんなことはできない」


 俺は峰を向けていた刃を返す。


「ああ……僕もお前に死んでほしくなんてねぇよ……」


 健司も涙を拭いて立ち上がる……剣を向けながら健司は笑みを浮かべる。


「よく考えれば……この試合、めちゃくちゃだな」


「本当にな……」


 勝者に与えられる報酬は富でも栄誉でもない。むしろ生ですらない。


 勝ったものの死が確定し、負けたものの生が確定する。


 健司が勝てば、健司は間違いなくこの事象の未来を確定させるだろう。その瞬間、俺は生き残る。その代わり健司は十八年の月日を得て年齢が逆行し、死に至る。


 逆に俺が勝てば、勾玉を破壊するか、健司を殺すことになる。その瞬間パラドックスの衝突により健司の過去改変自体が無効となり……俺が死んだ過去が確定する。


 それを思うとなんだかおかしくなって、どちらからともなく笑った。


 まるで、友達同士がゲームをするかのように……まるで冗談でも言い合うかのように……。


 だけど、こんな時間も終わらせなければいけない。


 今度こそ、俺の本気でこいつを殺さなければいけない。刀を納めて低く構える。


「覚悟はいいな……健司」


 一方の健司は正眼に構える。相変わらずスキのない、いい構えだ。


「ああ……いつでもこい! 拓海」




「「お前は明日(未来)を生きるために、今日(過去)ここで死んでゆけ」」

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