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第三十七話「虚像に映された未来」

「ぐあぁ！！」

　地に剣を突き立て、吹っ飛ばされた勢いを止める。

　健司の目は、今まで見た事もないような殺気に満ちていた。

「おやおや、あなたこんなに弱かったですかねぇ〜？　私が君に殺された時は、もっと強かったと思いますよぉ？」

「クソがっ！！」

　苛立ちを隠せないながらも、だいぶ冷静さを取り戻せるようになってきた。

　洗脳が甘いのか……それとも何か別の原因があるのかはわからないが、今のアイツの行動は妙に読みやすい。

　剣道やってる時の健司は、掴み所のない流れがあり気がついたら一本取られている。いわゆるカウンタータイプだ。特に奴の小手はマジでやばい。迂闊に面を狙ったら一瞬で勝負が決まる。

　……最悪試合じゃないんだから、小手を当てさせて急所を叩くって策もあるんだが……っ！！

　奴の面を、俺は鞘で受ける。

「クッソ！　もうちょい考えさせろ！！」

　つーか、なんださっきから面ばっかり！！

　……面ばかり？

「ウアアァァ！？」

　急に健司が苦しみだす。

「健司！？」

　洗脳が溶けかけてるのか？

「うぅ……た、タクミ！」

　なんだ？　どうも様子が変だ。

「うぐ……カイン……ニヒト……レイズ」

　意味不明の暗号を伝えてくる。なにかを伝えようとしているようだが解読できない

「くっ！　……洗脳が破れかかっているようですね」

「がああああぁぁぁ！！！」

　アーノルドから黒い霧のようなものが健司を包み込んだ瞬間にひどく苦しみだす。

「健司！！　ガンバレ！！　お前は洗脳に負ける奴じゃないはずだ！！！」

「34……11……５……」

「な、なんだ？」

「信じてるぞ……！」

　その台詞を言った直後、完全に瞳に光が失われ、口が避けるほどの邪悪な笑みを浮かべる。

「コロス……コロス！　コロス！　コロスゥ！！！」

「健司っ！！！」

　一足で距離を詰められる！　健司の振り下ろされた刀をもう一度鞘で防ぐ。

「……」

　俺はさっき健司の言ってた暗号を思い出す。

「そうです！！　殺し合いなさい！！　友人に殺される絶望を私に見せてください！！！」

「……そういう事か」

　鞘で防いだ健司の刀をはじきかえす。

「じゃあ……お前を殺しても構わないって事だな？」

「ググゥ……タクミィ！！！」

　いいぜ、殺してやるよ。

　俺は刀を鞘に収める。

「68……」

　俺はただその一言だけを伝え健司に突進する。

「ハアアアァァァ！！！」

「タクミイイイイィィィ！！！」

　そして………横を通り過ぎた。

「なに！？」

　まずはアーノルドの短剣を居合で弾き飛ばす。

「健司ィ！！」

「おう！！！」

「なっ！？」

　俺が地に伏せると健司がその上を飛び越え、一閃がアーノルドの右腕を裂く。

「あああああぁぁぁ！！」

「拓海ィ！！！」

「おおおおおおぉぉぉ！！！」

　アーノルドが俺の横薙ぎを転がって避け、地に落ちた短剣を拾い上げる。

「やらせない！！」

　その左腕を健司の一閃が切りとばす。

「伏せろぉ！！！」

「わかってる！！！」

　健司が伏せた先を鎌鼬の空気の刃で斬りふせる！

「グギャアアアアアァァァァ！！！！」

　断末魔の叫びと共にアーノルドは、地のキャンパスを赤に染め上げる。仰向けに倒れたアーノルドが苦しみうめきながら聞いてくる。

「な、なぜだ……なぜ私の洗脳が効かない……」

　そう、最初から健司に洗脳は効いていなかったのだ。……ただ洗脳されたふりをしていただけだ。

「簡単さ。お前は拓海に殺された、自分の絶望を僕の記憶に植えつけたようだったが……相手が悪かったんだ」

「そっか。……それで健司には洗脳が効かなかったのか」

「ちっ……お前のせいでもあるんだぞ？」

「お(・)か(・)げ(・)だろ？」

「ちくしょう……」

　どういう事か一人わからないアーノルドは、ただただ唖然としている。

「僕はお前の絶望を毎日のように夢見ている。何度やっても勝てないこの男に何度も嫉妬し、何度も負けた。夢でトラウマのように現れては殺されてきた」

「何をバカな……私の記憶は夢とは違う！　今度こそ本物のっ！！」

「確かに、剣道には……お前の受けた痛みはないさ。だが、お前の見た光景以上の絶望を僕は知ってる」

「っ……！！」

「本当に……何しても勝たせてくれなかったよ……お前の見た剣なんて、まだ優しいほうさ」

　……なんか俺の方が恥ずかしくなってきやがった。確かに健司には負けた事ないけどさ。

「だから、あの程度の絶望なら怖くもなんともないね。痛みの記憶くらい鍛えた精神力さえあればいくらでも耐えられる。……あまり僕達を舐めるんじゃない」

　アーノルドは瞳を閉じ、自嘲気味に笑みを浮かべる。

　その表情はどこか楽しげだった。

「そうですか……はは……ははは…………。結局、私の力は……まだ借り物(ニセモノ)だったわけですか……」

「アーノルド……」

「最後に……聞いてもいい……ですか……？」

「なんだ？」

「君達の暗号の……意味を」

　掠れる声で絞り出すように聞いてくる。……もうあと僅かの時間しかないんだろう。

「……34話、カイル=ルーリットの台詞」

「は？」

　俺はそのカイルと言うキャラクターの言葉を続ける。

「洗脳は打ち破った」

「11話、ニヒト=クイーンの台詞」

「私に協力してほしい」

「5話、レイズ=ルーラ」

「すれ違う魂達に未来を託します」

「68話……アーノルド=シュラーク」

「任せろ」

　俺はやれやれと思い、ため息をつく。

「コイツやっぱ本物のバカだ。……俺がその話数の別の台詞を当てはめたらどうするつもりだったんだ？」

「馬鹿言うな。お前の一番好きなアニメだろ？　どうせ全台詞覚えてるんだろーが」

　そりゃあのアニメは超名作だから、何となくこの台詞なんだろうなーくらいはわかったけどさ……。

「はは……ははは………本当に滑稽な……結局私はアニメとかいう、おとぎ話に……二回も敗北したと言うわけですか」

「アーノルド……」

　コイツも、こんな境遇じゃなきゃいい仲間になれたのかもな……。

「もし、生まれ変われたら……私にもアニメとやらを……見せてもらえますか？」

　俺達は目を合わせてうなづいた。

「「無論だ」」

　消えゆくその男の姿を目に焼き付けた俺達は、目的の場所へと向かう。

「ここに、時詠の勾玉が……」

「……拓海。本当に過去を元に戻すのか？」

「やっぱ、簡単に変えちゃいけないんだよ。過去なんてものは」

　過去を変えようとした二人の神は、この世界に戻る事を許されず……異世界で苦悩する事になった。

　そして、その神が命をかけて時間を戻し、守ろうとした世界をやっぱり俺は守りたい。

「……拓海。どうしてこの世界の過去が変わったんだと思う？」

「え？　どうしてって、それは異世界で暗躍しているアーノルドが」

　あれ？　だけど過去改変したのは現実世界だから……現実世界で過去改変した奴にも目的があったって事なのか？

「その異世界の神でさえ、この現世に簡単に干渉することはできない。お前の会ったアトゥムという神も、因果の混沌(カオス・コーザリティ)と言う異常事態がなければ、現世に現れる事も出来なかったはずじゃないか？」

「それはそうだが……っ！！」

　いやまて……さっきからコイツなんでこっちの事情に詳しいんだ？　さっきも偽アーノルドの洗脳を妙に素直に受け入れていた。

「現世で、過去を変える事を望んだ者がいなくては、この矛盾(パラドックス)世界(ワールド)が生まれた本当の因果は成立しない」

　過去を変えた者は少なくともうちの家族じゃない。ノルンである母さんが過去に飛んだ時は失敗したはず。桜乃……いや、だったら俺が過去を元に戻そうとするのを止めたはずだ。

「アーノルドの間接的な干渉はあったかもしれないが、直接的に時間遡行をし、時間に干渉した人間はほかにいる」

「なんでだよ……」

　ギリリと音が出るくらい歯噛みする。

「僕は、この過去を確定させるためにここへきたっ！！」

「なんでなんだよ！！！　なんで過去を変えた！！！　健司ぃ！！！！」

　今度こそ本気の牙をむいた親友の刃は、あまりに重く俺の刃にのしかかってきた––––––––––。