第三十六話「早咲きの夜桜」〜桜乃視点〜
「あーあ。––––––––––舐めてんだろオマエ」
「うっさいわね、さっさとかかって来なさいよ」
男が黒髪をかきあげると紅くギラリとした瞳が覗き込む。
「俺、一応能力者なんだけど。アンタと違って魔法も使える。そんな相手に木刀だぁ? フザケンナ」
「……御託は聞き飽きたんだけど」
「あ?」
「木刀だろうが何だろうが、アンタに負ける気はしないわ」
「ちっ、生意気なガキが……」
私は木刀を眼前に向ける。
「あなた、元はこの世界の人間なんでしょ?」
「ああ、死んだのは何年前かは忘れちまったがなぁ。二十年くらい生きてた」
「二十年? 事故にでもあったんだ」
どうせ、お兄ちゃんと似たような理由なんだと思ってたけど、違った。
「いいや? 死刑だ」
「は? 死刑って……二十歳前後で死刑になるような事件起こしたって事!?」
「ヒヒッ! 青ざめんなよ。こっからが面白いんだろうが」
「……転生するには善行が必要って聞いたけど」
「ああ!? んなのクソ創造神が決めた偽証のルールに決まってんだろ! ……まぁそのせいでアイツらだけはそのルールに囚われたまま自由に転生できねぇんだがなぁ」
……つまり元々は、善行なんて関係なかったのか。
「だからよぉ……んなルール知らねぇうちの親玉様は、俺みてぇな連続強姦殺人犯でも転生出来たってわけだ」
「アンタほんっとうにクズね……」
「クズはこの世界だろうがぁ!! 十六ん時に犯った時はちょっと少年院にブチ込まれるだけだったのによぉ! 二十過ぎた瞬間に死刑だ! おかしいだろこんなのぉ!!」
「ふざけんじゃないわよっ!! アンタなんかに……なんで罪もない人が殺されなきゃいけないの!?」
「オレが気持ちいいからぁあ! ヒャハハハッ!!!」
気持ち悪い…………。そいつの歪んだ笑顔を見て、私は悪寒で一瞬震えた。
「っ……もういいわ……おかげでこっちも、本気が出せそうだわ」
「いいぜぇ! だがあのクソ野郎の妹のオマエはタダじゃ殺さねぇ……ボロ雑巾見てぇに惨めな姿にして俺を殺したあのクソ野郎の前に晒してやんよ!!」
「……最低!」
だけどあの影ノ手をどうしたものか……。
「……うわっ!」
後ろから掴もうとするその手を、転がって回避する。そのままいくつもの黒の手が何本も迫ってくる。
なんとか回避しならがも思考を止めない。
「おらおらぁ! きちんと逃げねぇと捕まっちまうぞぉ!!」
「っ!?」
右手を掴まれた!! 私は左の剣で、影ノ手を切り離す。
「……そんな棒切れで、よくもまぁそこまで影ノ手を切れるもんだ」
「いったた……結構力強いわね」
だけど……だいたい見極められた。
コイツの影ノ手は明らかに各個に力の差があるんだ。一番力が強い奴なら多分……今掴んだ時点で私は宙に投げられている。
複数本の腕に掴まれたら終わりだけど、各個体の力は強くない。
「とっ! はぁ!!」
……細い腕もあれば太い腕もある。さっきのように力の違いって考えがちだけど……多分それだけじゃない。って事は……隠してるね。
「やああぁ!!!」
戦略は常に伏せられている。相手の戦略を見極めろ!
「捉えた!!」
「むっ!」
一本だけ異様に早く、違う行動をしている腕!
「これが、本体!!」
私はその腕を二本の木刀を上段から打ち込む。
「っがぁ!?」
……手応えありっ!
「おかしいと思ったのよね……これだけ無数の腕をどうやって操ってるんだろうって」
いくつもの腕は能力を抑えたダミーだ。本物はあくまで右と左の二本。
だから、その二つの腕を見極めれば……。
「調子に乗んなよ……クソアマァ!!」
「っつあ!!!」
黒い影の濁流に飲み込まれた。いつのまにか私はいくつもの触手のような腕に掴まれていた。
「つぁ!!」
まるでオモチャの腕を子供が引っ張りあげるように、軽々と持ち上げられる。
「つぅ〜〜かまぇえ〜〜たあぁ〜〜〜!!」
「……いい趣味とは言えないわよ……っ!!」
私は足をも捉えようとする腕を蹴飛ばす。
「っあああああアアアァァァ!!!」
私の腕に黒の指がめり込んで血が噴き出す。
「いいねぇ……その表情ぉ! たまんねぇよ! キヒヒヒィイイイイ!!! AV嬢にでもなれるんじゃねぇのおぉ!?」
「っ……あいにく私は、MっていうよりSだよ? ……あああああぁぁぁ!!!」
強烈な握力で腕が握りつぶされていく。……ちょっとヤバイな……このままじゃ骨ごと潰されかねない。
「だぁ〜からいいんじゃねぇか。強気な女を力でねじ伏せ壊す! 弱い奴は簡単に屈服して壊れちまうから面白くないんだよぉ〜!」
「この……外道っ!!」
「あひゃひゃひゃあぁ!!! さいっこうの褒め言葉だよぉ!! そうだ!! いーこと考えた!! ただ壊すだけなんてもったいないよねぇ!? やっぱここは全青少年のご期待に添えてぇ!! 凌辱タァーイムと行こうじゃないか!!!」
「っ……この!!」
本当に最低だこの男は!! 私はその手から逃れようと身をよじるが、まだ剥がれない。
「無駄だぁ!! テメェの考えた通り確かに本命の腕は二本だけ……。だけどなぁ、たとえ子供並みの力でも数さえあれば動きは止まるんだぜぇ!!」
「こ、このままじゃ……あっ」
腕が私の胸に伸びる。さらに身をよじるけどその腕を避ける事すらままならない。
「ぐぅ……いやぁ!!」
「さぁって! ちょっと中身を拝見しますかねっ!!!」
「はっ……」
私のシャツはいとも簡単に破れ、私の肌があらわになる。
「キャアアアアアアアァァァァ!!!」
「いいねぇ!! いい叫びだよ!! そういうのを待ってたんだよぉ〜!! クソエルフなんかより最高のオモチャじゃないか!! じゃあ……そろそろメインディッシュと行こうか!」
「ひっ!?」
その腕が、私の下腹部に迫る。
「……残念ながらこれは触手プレイってわけじゃない。影ノ手はあくまでも腕、ごめんなぁ? 俺……フィストファック専門なんだわぁ」
「嘘……ウソウソウソォ!!! イヤアアアアァァァ!! や、やめてええええぇぇぇ!!」
「大丈夫〜! 一気に貫いてやるからよぉ!!!」
––––––––かかった!!
「何っ! があぁ!!」
自由になった腕で、本物の影ノ手を刺し貫く。
「やああああああああぁぁぁぁ!!!!」
二刀の連撃でバラバラに切り刻み、地面に着くと同時に二本目に一足で向かう。
「な、どうして二本目がわかる!!!」
「でりゃああああ!!!」
向かってくる腕には全て無視をする。次第にその腕に阻まれ動きが鈍る。
「無駄っ!!」
体をひねり、偽の影ノ手を一閃で蹴散らす。
「はぁっ!!」
剣を投げ飛ばし、黒い手のひらに木の刃が突き刺さる。
「妖魔超滅!!!」
木の刃を打ち込まれたその腕から四散するように、黒の霧が弾け飛ぶ。
「なぁあ!?」
全ての腕を切り落としたそいつに、もはや守るものはない。
「やあああああぁぁぁ!!!」
残った木刀の一撃をそいつの頭部に叩き込む––––––––––
––––––––その直前で刃を止める。
「っ……! なんっだよ! その木刀は」
「……この木刀は神木から作られた剣。実剣のように鋼の刃はないけど、魔を祓う力は、妖刀以上よ」
この刀は異形の力を問答無用で無力化する。ちょっと力を加えただけで周囲の影ノ手が全て消滅するほどに……。
「そういう……事か……だが、どうして俺の本物の腕がわかった」
「あんたが勝利を確信したからよ」
思ったより時間がかかったけどね……。
この人が私を捕また時、警戒して本物の影ノ手を隠し弱い方の影ノ手で私を捕らえた。
だったらギリギリまで自身を追い詰めて、こいつに勝利の油断を誘う方がいい。本物のカードを伏せたままのこいつを相手にするのは危ないから。
「剣道は、最後の一瞬でも油断した瞬間にやられる。そういうものなの」
私は神木の刀を下ろした。
「私の服を破った瞬間。あなたは勝利を確信し、もっとも威力のある本物の腕で私を犯そうとした。私が最初っからその瞬間を狙ってるとも知らずにね」
「くっそ……もう一度! ……あれ?」
そいつは影ノ手をもう一度伸ばそうとしたが、それは叶わない。
「無駄よ。妖魔超滅は術者自身の魔力にも壊滅的なダメージを与える。しばらくは発動できないわ」
「なんっなんだよ!! テメェなにもんだ!!」
「陰陽師、時詠風音が娘。結城桜乃……ただの巫女のバイトよ」
「なかなかお見事だったわよ桜乃ちゃん! さっすが我が娘」
影ノ手使いの体を、用意しておいたロープで拘束していたら、いつのまにか母さんが後ろにいた。ってか多分最初っから見ていたんだろう。
「うっさいなぁ……お兄ちゃんにはきちんと秘密にしといてよ?」
「なんでよぉー! すっごくかっこよかったわよ?」
だって……だって!!
「あんの天然ラッキースケベ!! あいつがもし、バイト中に覗きにでも来たらどうなると思う!? 巫女服スッゲェはだけやすいんだよ!?!? ちゃんと着てても絶対押し倒して胸に飛び込むに決まってんだから!!」
「あ、あれ? ……そういう理由だったの? 拓海に黙ってる理由って」
「剣道の時は流石に一緒にいるしかないから我慢して道着着てたけど、出来るだけ防具着けてからお兄ちゃんの前に出るようににしてて……それでもたまに防具すり抜けてエッチなところをぉぉぉ!!! マジあのバカ兄許さん!!!」
……本当にワザとじゃないか不思議なくらいだ。
「……だったら、申し訳ないことしちゃったかもねー」
「え……どういう事?」
「服が汚れちゃったときのために着替えて用意してたんだけどね。あのー、それがね?」
まさか……大巫女様? まさかそんなわけないよね? ちゃんと私服だよね?
「じゃーん」
「じゃーんじゃないわよ!!! なんでバイト用の巫女服なの!?」
「だってぇ!! 拓海これから異世界行っちゃうんだもん。妹の可愛い姿見せたいじゃない!!」
よりによって巫女服なんて……絶対嫌だ。
「あのドスケベにだけは見せないって決めてたのにぃーーーー!!!」
「それじゃあ、その姿で行く?」
指差されて私は、はだけた肌を余った布で隠す。
「うぐ……き、着替えさせていただきます」
泣く泣く私は巫女服を受け取る。
「ああ、そうそう影ノ手使いさん?」
「あ、んだよ」
完全に縛りあげて無抵抗なその男に、母さんは鋭い目を開ける。その目はさっきまでの穏やかなものではない。––––––––眼光だけで殺されかねないレベルのものだった。
「私の娘を痛めつけた罪……あなたの死が確定する前にきちんと償ってもらいますよ?私、こう見えても……怖いんですよ?」
「ひぅ」
あー、こりゃやばい奴だ。グロいの見る前にさっさと退散しておこうっと。
私が林の影で着替えてる最中、男の叫び声が永遠と続いていた……。やっぱお母さんが一番怖いわ。うん。




