第三話「クソゲー女神はおっぱい以外はポンコツ」
ここエストギルドの酒場は、ちょっとした有名店のようだ。
見知らぬ異国の食べ物飲み物が出回り、そのどれもがおいしいからである。しかし、俺からしてみればこの酒場はあまりに普通だ。
なぜなら、これはもう酒場ではなく……。
「居酒屋じゃん!!」
やきとり、ビール、ホルモン焼き、サンマの塩焼き、湯豆腐、冷ややっこ、その他もろもろ……。
「えへへ……実家が居酒屋だったもので、いろいろ追加してたら……こんなことになってしまいまして」
スピカが照れ隠しに顔をそむけ頬をかくが、俺は別に褒めた覚えはない。
「ていうか、豆腐とか醤油はどうやって作ったんだよ? この世界にあったのか?」
「私のスキルで錬成と調理ってのがあってね。大体同じ成分で私の記憶したものなら何でも作れるの。この世界には主原料となる大豆とよく似たフラの実ってのがあってそれから作ってるんだよ」
錬成って、そういう使い方するもんだっけ?
「いやいや、醤油とかも大豆だけで作ってるわけじゃないだろ……よく知らないけどさ」
「それが、主原料だけでいいみたい。納豆も作ってみたら成功したし」
それもう、錬成じゃないよね。質量保存の法則とかどこ行った?
「スピカさんは魔法の素質がすごいみたいです。魔力も魔耐性も1000を超えてますし、錬成についても他の人とはワンランク上のステージに行っているようですよ」
ペルが解説してくれた。ちなみにペルセポネでは長いし、愛称でよくペルって呼ばれているからそう呼んでくれと言われたので、俺達はペルと呼ぶことにしたのだ。女神様をそんな軽々呼んでいいのかとも思ったが、本人がそっちのほうが嬉しそうなんで気にしないようにした。
「へぇ…誰にでも取り柄はあるもんだな」
「私の場合は元々料理好きだしね。それにしても、レインボーフィッシュからサンマの塩焼きができるとは思わなかったよ~。さすが魔法」
「生物の枠まで超えちゃったよ!! せめて原形はとどめようよ」
と、ツッコむ俺の前にいくつかのお皿が並べられる。
例のサンマの塩焼きに加えて、卵焼き、焼きのり、お米、そして味噌汁。
うわ~。何この異世界感ぶち壊しの日本の朝食は……。
「最近開発した朝メニューよ。せっかく日本人が来てくれたんだから、食べて感想を言ってもらおうと思ってね」
先日スピカが俺の部屋に来たのはそう言う理由だったらしい。
「いただきます……」
さっき、レインボーフィッシュ(ってのがどんな魚なのかは知らないけど)がサンマの塩焼きになるという超常現象を知ってしまったため、少し食べるのを躊躇してしまう。
だが、さすがにまずいという事はないだろうと思い焼き魚から一口。
「うまっ!?」
脂がのっててサンマのうまみが凝縮されている!! これはやばい!! ……サンマじゃないけど。卵焼きも焼きのりも味噌汁も、元の材料が何かはわからないけどめちゃくちゃうまい。
「おいしい? よかった~」
「ちなみに、これは何から作ったんだ? やっぱり、レインボーフィッシュか? どちらにしてもサンマとかではないんだろ?」
「え!? ……え~っと……普通の食材だよ?」
……うん? さすがに普通の食材だよな。……そうだよね?
「まさか同じ生物だからって……G……てことはさすがにないか」
いくらこの子でも、虫から魚は作れないだろ。
「ぎくっ」
え、何今のぎくって。うそでしょ。まさか脂がのってるって……そういう事じゃないよね?
「ち、ちがうよ~」
––––––––––––俺は考えることをヤメタ……。
「うん~おいしいですぅ~」
そうだ、ペルの言う通り、これはおいしい日本の朝食なんだ。そういうことにしておこう。
今日は、半分あきらめの意味でも小麦の農作業の仕事を受けた。
あいかわらずのどかな風景だが土地がものすごく広大だ。アメリカンな映画でたまにある見渡す限りの小麦畑が、その先がわからないほど広がっていた。
おじいさんおばあさんが二人で経営しているらしいが、どうやって収穫してるのか不思議でならない。
「いやぁ~今日は助かったよ。ありがとうね」
おばあさんはとても嬉しそうにお礼を言ってくれた。そう言われるとどうにもむず痒い。
「いえ、体力だけはありますから」
とはいえ、まさか異世界まで来てやれることが農作業くらいとは……勇者になれると思ってたのに、どうしてこうなった。
まぁその原因の女神は、すぐそこのベンチで伸びている。
「ぜはー……ぜはー……」
「おーい。大丈夫かー?」
呼びかけてみる。
「だ……だいじょ~ぶ~……れ……すぅ」
いや、大丈夫じゃないだろ。
「だからお嬢ちゃん言ったでしょ? ちゃんと休みながら仕事しなさいって」
農家のおばあさんが、濡らしたタオルをペルの頭にのせてくれる。
「うぅ……ありがとうございますぅ……」
俺にあわせて無理するからだ。
「あんちゃんは平気かい」
「ええ。筋トレだけは欠かさずやってましたから」
「タフだねぇ~。息子にも見習わせたいもんさ」
正直昨日のドラゴン退治(蚊)よりはやりごたえがあった。農作業をきちんとにやったのは初めてだが案外楽しいもんだ。何よりこんなものがパンになるってのは、なかなかに面白い。
Gがサンマになる超常現象もあったがな……。
「本当にすごいです……私なんかすぐにバテバテで……本当に役立たずで」
「ペル……」
俺が何か言おうとしたら、先におばあさんが話し出した。
「お嬢さん。わたしも、最初はおじいさんの足手まといになってるんじゃないかって……ずっとそう思っていたよ。だけどね、意味のない人間なんていない。足手まといでもいい。ゆっくりでも、できることはあるはずさ」
俺の言いたいこと以上の事を言われちゃ、それ以上口をはさめない。俺は出しかけた言葉を飲み込んだ。だが……。
あれ、ちょっと待て。女神ってことはペルって何歳なんだ。
どのくらいかはわからないが、このおばあさんよりかはペルのほうが年上なんだってことは、ちょっと悔しそうなペルの顔を見れば容易に理解できた。
年下に諭され、もはやプライドもへったくれもないペルは酒場で飲んだくれていた。
「うぅ……やっぱりダメガミなんですぅ……私なんかダメダメなんですぅ」
「そりゃあな……悔しいよなぁ……でも、おばあさんからしてみりゃ、ペルは子供なんだからさ。悪気はないんだよ」
ペルの見た目はスピカと同じか、それよりも若いくらいだ。身長もスピカより低い。俺と並んだら、大体あごのあたりに来るくらいの小ささだ。(胸はどう見てもスピカより大きいが……)
「でも、私より50歳以上年下ですよ!? 孫に諭されるようなもんですよ?」
うん、確かにそりゃ悔しいよね。
「そりゃあ、辛いよな……飲もう」
「ぶえぇ~~~……」
「ひぐっ……へぐっ……」
飲んだくれてテーブルに突っ伏している女神様は、見れたもんじゃないな。
「ずいぶんと荒れていたわね、今日のペルちゃんは」
と、仕事を終えたスピカが俺たちが飲んでいたテーブルにやってくる
「まぁな……頑張ってるのは俺にもわかるんだが」
スピカは、真剣な面持ちで俺に問う。
「……ねぇ、タクミはペルちゃんの事、怒ってないの?」
「え?」
「普通に考えたら転生とは言え、あなたのこれからの人生を左右することに失敗しちゃったんでしょ? ペルちゃんは確かにいい子だけど、多少怒ってもバチは当たらないと思うけど?」
……たしかにそうかもしれない。だけど、俺はペルを怒る気にはなれない。
「……俺、剣道やってたんだよ」
「え? なによ唐突に」
「まぁ聞けよ。俺は才能ってやつに恵まれていたらしくてな。文字通りの負け知らず。負ける悔しさを味わわずに生きてしまった」
「何それ自慢?」
自嘲気味に笑う俺は、過去の出来事を思い出す。
「いいや。弱いのは俺さ」
「どういうこと? 負けたことがないんでしょ?」
確かに、俺は強かった。
いや、強いつもりだった。でも、俺に負けた彼の目を見て悟った。
彼も強い選手だった。俺より4つ年上で、剣道歴も、それだけ長い選手だった。それでも、ギリギリの試合の中、彼は俺に負けた。
俺は負けた後の彼の顔を忘れない。
ひと回りも幼い俺に負け、心はズタズタになり涙でぐちゃぐちゃになっていたその顔で、俺をキッっと睨みつけていた。
負けても傷ついてもなお、闘志を消さず立ち向かおうとするその姿に……俺は恐怖した。
そして、わかった。俺はまだ弱い……心が弱いんだ。
「努力ってのは、ゲームと違ってみんな平等じゃない。頑張って百を得る人もいれば、十しか得られないものもいる。それは決して努力が足りないのではなく、運命のようなもんでしかたのない事だ」
そんな俺の話を、スピカは黙って聞いている。
「だけど、俺は知った。本当の意味で強くなれるのは頑張って百を得てしまう人ではなく、十しか得られない人なんだって。十倍努力しなければ追いつけないってことは、十倍経験できるってことなんだから。その十倍の経験が、優しさになり、真の意味での強さにもなる。苦しい経験をした分、その苦しさを理解することができる。立ち向かうことができる」
「そっか……うん、そうかもしれないね」
ペルが頑張ってることは俺にもわかる。俺はそんな彼女に憧れすら感じる。
「ペルは頑張ってる。弱音は吐くけど、逃げてない。だから、許すさ。……まぁ、超ハードモードの異世界がまだあきらめられない気持ちはあるんだけどさ」
舌をだして見せる俺に、クスクスとスピカは笑った。
「なんか……見直した。ごめんね、変なこと聞いて」
「いいよ。今度はスピカの昔話を聞かせてもらうからさ」
だが、スピカは恥ずかしがるように否定する。
「えぇ~? 私のなんてつまらないよ?」
「それじゃ、後々の楽しみにしておくとするよ。……それにしてもどうしよう。この女神さん」
「私が見ておくよ。マスターがカギ閉めるまでは、私もここにいるからさ」
俺はその言葉に甘えて、宿屋に戻ることにした。