第三十五話「因果の収束」
「……ここが時詠神社」
神社には無数の鳥居で囲まれた階段が永遠に続いていた。この階段を上った先に本殿がある。そこに時詠の勾玉が封印されている。
俺が過去を戻すための方法は二種類。
この矛盾世界で時間遡行者を殺すか、勾玉を破壊する。
そうすれば、時間遡行を行ったこと自体が膨大な矛盾となる。すると、世界はパラドックスが起きる前の世界……つまり歴史が元に戻る。
母さんから教わった方法はこの通りだ。そのためには時詠神社に乗り込むのが手っ取り早い。
勾玉を破壊することもできるし、もし、時間遡行者がいるとすれば神社に侵入してきた俺達を妨害するはず。最悪そいつを殺せば過去は戻る。
……それにしても、なぜ今回の時間遡行者は過去を改変したのだろうか?
年齢逆行の呪いは、時詠の勾玉でも変わらないらしい……だったら、なぜそこまでのリスクを背負って…………?
「で……なんで桜乃がついてくるんだ?」
「まぁまぁ……それに、コレ必要なんじゃないかな~って思って」
桜乃は、俺のよく使ってた居合刀を渡す……いやこれ俺の居合刀じゃない……ってかこれ!!
「天翔丸!?」
「……私が預かってたの。いつの間にか道場に真剣があって驚いたよ。……やっぱりお兄ちゃんのだったんだね」
「因果がめちゃくちゃになっているってことは、俺が天翔丸を所持しているって因果関係もデタラメになってしまってるってことか」
俺は、いつものようにベルトに刀を差す。
「桜乃も武器持ってるのか?」
「うん。木刀だけど一応ね」
––––––––––––その木刀、俺の頭蓋骨かち割った奴じゃないよね?
「……パンツ見たりしても、それで頭叩くなよ?」
「もうっ! しないし!! それに今、私短パンだから!!」
確かに今の桜乃はフードと短パンだ。まぁ、これなら大丈夫だろう。
「……母さんがどこまで説明してるかどうかはわからないが、今因果がめちゃくちゃになってる元凶はこの神社だ。つまり」
「異世界のモンスターがいるかもしれないってことでしょ? 面白いじゃない……」
「……お前なら心配いらないか。さすが二刀使いの桜乃」
桜乃は剣道の型でも珍しい二刀流使いだ。
そのスピードは俺をも凌駕する。この状況下なら心強いパートナーと言ったところだ。
「今宵の夜桜は……ちょっとばっかし散りすぎるかもしれないよ」
おーいういう……。
「じゃあ……行くぜ! 桜乃!!」
「うん!! お兄ちゃん!!!」
俺は、目の前をうごめく影に対してその刃を––––––––––。
「……お、お兄ちゃん……これって…………雑魚キャラってことでいいのかな?」
そうでしたーーーー!!! 忘れてましたぁーーーーー!!!!
何!? このタイミングで、この肩透かしなに!?
「スライム……だよね? これ……。なんか躓いたな~って思ってたら、死んでたんだけどこの子」
「あ……あはは……」
「そ、それにこの……スケルトン? もう骨がボロボロなんだけど……なんか触れちゃいけなさそうなくらいの繊細さなんだけど」
「触れただけで壊れるぞー……繊細なんだぞーー……」
「こ、こんなのってありぃ~~? むしろかわいそうになってきたんだけど……一応、襲ってくるから倒してるけどさぁ」
ちなみに俺達は休憩所を兼ねた広間に来ていた。石畳のちょっとした空間にはまだまだ続いている鳥居と休憩用に石の長椅子が設置されている。
「……あ、なんか蚊がいた」
ペチッとドラゴンをつぶす桜乃。
「……あれ? この蚊なんか形がおかしいよ? お兄ちゃん新種かなぁ?」
うん。新しいね。見た事ないよね。そんな極小サイズのドラゴン。
もうヤダこの世界……。
「あ~あ。ほんと嫌になるぜ……なぁクソ野郎」
「!? 桜乃伏せろぉ!!」
「っ!!」
俺が叫ぶが早いか、刹那の拍子で、その黒い腕を伏せて避ける。
「……影ノ手」
そこには、俺が以前倒したはずの男がいた。確か影ノ手を使う男……。
「あ? ああそうか。名乗ってなかったか……まぁめんどくせぇから影ノ手でいいか」
「なぜお前がここにいる!」
「さぁて何でだろうなぁ? 俺も気がついたらよぉ……このクソみてぇな世界に戻ってきてた」
「戻ってきてた? い、いやそれよりもお前は俺が殺した筈だ!!」
「殺した事実自体なくなってきてんだよ。まぁその辺は、俺んとこの親玉が教えてくれたんだがな」
「親玉? アーノルドか!!」
本物のアーノルド。ティエアを破壊しようとしている神の力を掠め取った男!
「まぁそういうこったなぁ。ついでに俺はこの世界でも魔法が使えるらしいぜぇ?」
「何……っ!!」
おかしい。魔法なら俺と早紀が使えるかどうかは試したはずだ。この世界では使えないはずだぞ?
試しに俺は風の加護を発動しようとしてみる。だが発動はしない。まずい、前の世界では風の加護を利用して影ノ手を攻略した。
「キヒヒ……やっぱアーノルドのおっさんの力がないと、この世界で魔法の発動は無理って事かぁ? じゃあたっぷりとこの前の借りを返さないとなぁ。利子をたっぷり付けてなぁ!!」
「……お前は俺に殺されたことを覚えているのか?」
「ああ、すっげぇー痛かったぜぇ……だが今の俺は、もう一つの記憶も持ってる」
「もう一つ?」
「お前が死んでいない世界の記憶だ……。いやー楽しかったぜぇ!! お前の介入がなきゃ本当にアイツら楽勝だったぜ……」
つまり、こいつは俺の殺した影ノ手でもあり、俺が死ななかった世界での影ノ手でもあるということか。
「……はどうした?」
「ああ? 声が小さいよぉ~?」
俺は、震える声で問い詰めた。
「ペルは……あの世界の人達はどうした!!」
「はぁ? ペル? ……ああペルねぇ!! 確かお前と一緒にいた元女神がそんな名前だったよなぁ? んじゃなにか? お前が死ななかった世界で、ペルちゃんはどうなったかってぇ~?」
「そうだ……答えろ!!」
「––––––––––もう壊れたに決まってんじゃねぇか」
俺の一閃が空を切る。空中に避けた男が、俺の怒りに満ちた目を満足そうに見下ろす。
「キヒッ! そう、その顔だよぉ!! その顔を待ってたんだよぉ!!!」
「ダマレッ!!!」
「んじゃ黙らねぇ!!! もっと教えてやるよ!! ペルちゃんはぁ~四肢をぶっ壊して肉便器にしてやった後しょんべん漏らしながら、殺してほしそーな目をしやがったからさぁ~……じっくり……じっくり殺してやったよぉ!! ぐぉ!?」
そいつの頭蓋を割るため、頭を鷲掴みにして地面に叩き付ける。
「ダマレっつっただろ下郎……」
「ぐあがぁ!!」
もう一度思いっきり力を籠める。爆発にも似た音とともに地面に叩き付けられた下郎の頭がめり込む。
影ノ手が俺の右腕をつかみ、引き剥がそうとする。
「どうした……おい……ちょっとは抵抗して見せろよ」
その程度の力では引き剥がせない。さらに力を込め、一度地面から引き剥がす。
「っ!!」
頭を守るように影ノ手がクッションのように割り込む。その反動で俺の手ははずれ、拘束から抜け出す。
「はぁ……はぁ……くっそ!! なんつー馬鹿力だ……」
「お前こそ石頭だな……普通の人間なら脳をぶちまけられたのに」
「言ってろ……クソ野郎がぁ!!!」
影ノ手の気配が性懲りもなく俺の背後に迫る。
「っ!?」
後ろから気配を感じ、俺は前方に一歩飛び込み反転する––––––––!
その間を桜乃が割って入る。
「遅い!!」
影ノ手を、その両手の木刀で叩き切る。
「ああっ!?」
「桜乃!? バカ! あぶないぞ!!」
「お兄ちゃんは先に行って!!」
桜乃は両手の木刀を構えて敵を見据える。
「何言ってんだ!! 桜乃のかなう相手じゃない!!」
「大丈夫……このくらいの相手なら倒せる」
俺は、ウンディーネの腕がねじり折られる瞬間を見ている。それに、ペルも酷い目にあったらしい。そんな辛い思いを、桜乃にさせたくはない。
「それに……お兄ちゃん。このままだと遠くに行っちゃうよ?」
「……どういう意味だ?」
「お兄ちゃん……勇者や主人公にあこがれてたんでしょ? だから異世界でも相変わらず勇者を目指してたんじゃないの?」
「……桜乃」
桜乃の言葉で心が鎮まってきた。そうだ、歴史を元に戻せば解決する問題だ。このままだとペルも不幸になるっていうのなら、やはり絶対にそれを阻止しなければ。
「それに、一度だけの出会いだったけどペルさんはもう私の友達だよ! こんなやつにいいようにされるなんて許せない! だからお兄ちゃん……信じて」
「……桜乃」
「たまには妹にいいカッコさせてよ……ね?」
確かに本当は時間も惜しい。俺は仕方なく桜乃にこの場を任せる事にした。
「……絶対無理はするな……あと奴の影が一本や二本と思うな。百はあると思え」
「……お兄ちゃん、さすがにっ!!」
桜乃は後ろに来ていた無数の影ノ手を切り伏せる。
「百程度の雑魚で心配なんて……私を馬鹿にしすぎだと思うよ?」
さ、さすが桜乃……。今の殺気、俺でもゾクッとしたぞ?
「……頼んだぞ! 桜乃!!」
「任せて! お兄ちゃん!!」
俺はこの場を桜乃に任せて、階段をさらに上った。
「ここが本殿……」
ここには時詠の勾玉が祭られている。
「……次はお前か」
「因果の混沌化によって起こされた事象です。こういうこともありますよ」
アーノルド……いや偽アーノルドか。
「お前が偽物だったとはな」
「いえいえ。私の名前はアーノルド=シュレッケンであることは間違いないですよ? 前の名前は捨てましたから……君達の醜い神や恋人と一緒ですよ」
「一緒にすんなよ……」
「いえいえ、まったく一緒ですよ。自分の過去が許せず……名を憎み捨てた」
影からニヤニヤと細身の金髪の男が片眼鏡のチェーンをぶらぶら揺らしながら近づいてくる。
「……お前も捨てたってか?」
「ええ。私はね、聖職者だったんですよ。みんなの苦しみを理解しようと記憶読取を手に入れました」
記憶読取。そうだ、こいつの能力は記憶を読み取り植え付ける。
それを利用して洗脳を行う。
「それが、アンタの言ってた絶望だってのか?」
「そう、君によって否定された絶望です」
そうだ。こいつの知ってる絶望はあくまで他人のものだ。
「いいぜ……何度でもその絶望って奴を受け止めてやる……来いよ」
「……私は君には勝てません」
「なに?」
意外にも偽アーノルドは下がった。
「当然です。君にはどんな方法を使ったとしても、私が勝つことなんてありえません。不可能です。いやはやまいりましたーーっ!!」
「……なんのつもりだ?」
「滅相もない! 私にはあなたは倒せない。……その事実を認めているだけの話です」
あくまでシラを切るそいつに本題を切り出す。
「もったいつけんなよ……要するにテメェは自分以外なら倒せるって言いたいんだろ?」
ニタリと嫌な笑みを浮かべる。
「さすが私を殺しただけのことはある……実に察しがいいですよ~……では登場してもらいましょう。君を殺す者です……」
「なっ!?」
俺はてっきり、どっかの世界の転生者を持ってくると思ってた。……だが、これだけはないと どこかで否定していただけだ。
そりゃそうだよな……でもやっぱ、お前とだけは戦いたくねぇよ。
「健司……お前っ!!」
俺は震える手で、虚ろな殺意を向ける親友に刃を向ける。
「さぁ!! お友達同士で殺しあいですっ!! 存分に悲鳴をあげなさい!!!」
「アーノルドぉ……キサマアアアアァァァァ!!!」
アーノルド本体を狙った俺の一閃は、健司の刀に防がれる。
「タクミ……オマエヲコロス!!」
「ッ!!」
月夜を背に、望まぬ戦いが始まった––––––––––。




