第三十四話サブストーリー ~桜乃視点~
––––––––––––お兄ちゃんはすでに、時詠神社に向けて走り出した。
「……お前はいいのか? 風音」
「……そうね、これで本当に私達が……時詠の勾玉で時間遡行した事実が確定する」
そう、お兄ちゃんが時間干渉を止めたとしたら、母さんが時間遡行する未来は確定的になる。
お兄ちゃんが死んでいないなら、お母さんは時間遡行を香帆さんと一緒にしていないかもしれない。なら私が本当に望むのは……このまま歴史改変を認めることだ。
だけど……それはお兄ちゃんが望まない事。
「桜乃……大丈夫?」
「………うん」
私は、お兄ちゃんと一緒にいたかった……だって、私はお兄ちゃんの事が好きだもん。
「大丈夫だよ……だってお兄ちゃんの好きな人を助けるためだもんっ!」
だけど……そのお兄ちゃんが望まない世界なんて、私も壊してやる。
「桜乃……」
母さんは私の肩を叩いた。
「––––––––桜乃も行ってきなさい」
「……母さんはそれでいいの?」
「拓海はお父さんに似てるけど……あなたは私に似ている。好きなのに素直になれないところとか……ね」
私は、ずっと気にしていた。いつも頭に血が上って……ついやりすぎちゃう自分が嫌われているんじゃないかと……。
だけど、私のせいでものすごい怪我をして、死んでしまうかもしれなかったのに……。お兄ちゃんは私の事いつも普通に接してくれたのだ。
何度も怪我させたりひどいこともしたのに……お兄ちゃんは何でも許してくれた。
私は、お兄ちゃんに今までしてきた事を謝った事もある。
するとお兄ちゃんは、いつもの笑顔で「気にすんな!」とたったの一言だけ言って肩を叩いてくれた。
––––––––––そんなの好きになるなってほうが無理じゃん。
だけど、お兄ちゃんの好きな人は……やっぱり早紀さんなんだよね。
たぶん元の歴史の世界では……私は早紀さんの事を恨んでいた。早紀さんを助けるためにお兄ちゃんが死んだって知ってたら、私は早紀さんの事を許せないだろう。
だから––––––––––絶対早紀さんを助けてやる。
「私だって––––––––––––ううん……私のほうが、お兄ちゃんの事好きなんだから。早紀さんの思い通りになんてしてあげないんだからっ!」
私は、道場を駆けだしお兄ちゃんの背中を追いかけた。
幼い頃、剣道場をお兄ちゃんと走り回った頃のように無邪気な気持ちで……。
「……うぅ電車に間に合わなかったかぁ……」
ここから数駅の場所が時詠神社の最寄駅だ。……仕方なく電車を待っていると、後ろから声をかけられる。
「おやー? 君は確か早紀ちんと一緒にいた子じゃんかー!!」
「え?」
振り返ると、小柄なブロンドツインテールの女の子がいた。……確か、早紀さんの友達の佳奈美さん……。
「こんなところでどうしたん? 部活帰り?」
「い、いえ……ちょっと用事があって……」
「ふーん。ま、いいけどー」
すると、ひまつぶしと言う感じに、なにかを放り投げる。
それは、一メートルくらい飛んだかと思うと、そのまま彼女の手に戻っていく。
「……ヨーヨー?」
……さすがに、駅のホームでいきなりヨーヨーしだす人は初めて見た……。
「えっと……佳奈美さんはその……こんなところでどうしたんですか?」
「アタシ? アタシはイベントの帰りだよー。これのね」
今度は、下に投げたヨーヨーが糸が伸びきったところで空転する。
「ヨーヨーのイベント……ですか」
「まね。一応これでもプロですからーあははー」
……何言ってんだこの人?
「あー! 今バカにしているでしょー!! これでも世界大会一位の実力なんだよー!!」
「え? 一位?!」
どうやら、冗談とかそういう類のものではないらしい。やれやれといった様子で、佳奈美さんはヨーヨーの軌道で三日月を描く。
「……ねぇ、名前」
「え?」
「だーかーらぁー! 名前だよ名前!! アタシだけ名前知られてるなんてふこーへーじゃん」
「あ……ああ、私は桜乃。結城桜乃です」
そう名乗ると、興味があるのかないのかわからない、ぼんやりとした態度で「そっかー」と返事をした。
「桜乃ちんはさー。神様って信じる?」
また唐突に話を切り出される。正直ついていけそうにない……。
「……まぁ、いたら面白いかなー……なんて思ったりはしますけど」
「ふーん……まぁどうでもいいんだけどねー」
どうでもいいんかいっ!と心の中でつっこみを入れる私は、向かってきてる電車を見て「ようやくきた」とため息をつく。
「神なんて、くだらないよねー」
「え?」
その瞳は……狂気に染まったように赤々と輝いていた。
「本当の力なんて……誰も持っちゃいないんだからさ」
彼女の言葉は気になったけど……私は迷う時間なんてなかった。
……お兄ちゃん……待っててね。
いつもより不穏な空気を感じながら……私はお兄ちゃんの後ろ姿を追いかけた。




