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第三十四話「時詠の勾玉」

「––––––––––––その様子だと早紀ちゃんに嫌われちゃったね」


 うるせぇよ……。


「どうせ拓海君の事だから、『君が好きだから守りたい』なんて事言っちゃったんでしょ?」


「うぐっ……」


「……そりゃ愛が重すぎだよ。早紀ちゃんじゃなくても引いちゃうよ」


 さざ波の音が、揺れ動く気持ちを表すように静かなBGMを奏でる。


「早紀の気持ちもわかるんだ……確かに、早紀の寿命を縮めることになるわけだし。……だがっ! だから苦しんでいいわけねぇだろっ!!」


「––––––––君が死んでいいってわけでもないよね」


「っ! 俺はとっくの昔に死んでるんだ!! だからこの命も惜しくない! 彼女が笑えなくなる未来が待ってるなら守りたいのは当然だろ!! アンタも同じ気持ちだったんじゃねぇのかよ!!」


「君と僕は事情が違う」


「どこも……ちがわねぇだろがっ!! 彼女を守りたい気持ちは同じだろ!! 俺もっ! お前もっ! 早紀を守るためにここまできたんだろうがっ!!」


「––––––––––少なくとも君はこの平和な世界で生きていける。僕の死は、早紀ちゃんの死と同じく確定している」


「だけどよ……」


「やっぱり、何も……気付かないんだね」


「は? ……どう言う意味だ」


 何が何やらわからない俺は……諦めたような創造神の顔に愕然とした。


「今までありがとう。タクミ君。やっぱり君を巻き込めないよ」


「何言ってんだ! ……早紀が苦しんで死ぬことになるんだぞ!!」


 死んだあとも数年後に滅びる運命の世界に転生する。……そんなの早紀が救われない。


「まだ方法があるはずだ……まだ!」


「言っとくけど、自殺なんて方法は考えないほうがいいよ。僕の転生には、あくまで前世での善行が必要。自分のエゴのために死んだとしたら……君をティエアに転生させるわけにはいかない」


「……っ!!」


 やはり俺があの世界にもう一度転生するには、今回俺が死んだ歴史が変わった原因……”過去改変“を取り消すしかないというわけか……だが、そうすれば少しだけでもこの世界に生きる事が出来ていた早紀を殺し、さらに俺が生き残った可能性を消すしかない。


 そして、それは早紀も……アトゥムも望んでいない。


「っ……どうすりゃいいんだよっ!!」


 俺は、悔しさを海岸の砂つぶにぶつけた。踏みつけた砂利の感触が、今は異様に気持ち悪かった。


「……簡単だよ。君はこの世界で生き残ればいい」


「畜生……。俺はっ!! 俺は……」


 どうすればいいんだ? どうすれば、早紀を救いつつ、ティエアを守れる? どうすれば早紀を……。


「早紀の死を回避する方法はないのか? ……いや、そうじゃない!!」


 回避できていればとっくにやってる。この矛盾の世界でもアトゥムが干渉してるって事は、少なくとも病気を克服する方法がまだ見つかってないって事だ。ペルと違い、アトゥムは女神墜ちのルールは関係ない。


「そうだ……時間干渉をする方法がこの世界にもあるはずだ!! それで俺の死を回避した方法を見つければっ!! いや、ちがうちがう!!」


 同じ思考がループしている。––––––––––思考しない事のほうが怖いのだ。


「そんなボロボロな心で考えても、何も思いつくわけないよ」


「クソ……クソォ!!!」


「ありがとう。タクミくん……早紀ちゃんの事、そこまで愛してくれて……あの子は本当に幸せものだよ」


「どこが幸せだ!! 病魔にむしばまれて死ぬことがわかっていて、死んだあとも苦しむことになることがわかっているこの現状のどこに幸せがある!!」


「……そんなに自分を追い詰めないでよ……気持ちは僕も、早紀ちゃんにも伝わってるからさ」


「そんなものに意味はない! 思いが強くても、愛が深くても……その人が死んでしまったら、なんの意味もないんだっ!」


 どうしたらいい……どうしたら……。


「……どうやら時間のようだね」


「? ……アトゥム!?」


 アトゥムの姿が消えかかっている。


「僕のこの世界への干渉も、これが限界みたいだ。僕はティエアの神へと戻る」


「ま、待て!! まだ話は」


「タクミくん……聞いて?」


 アトゥムの小さな体が光輝き、その姿が元のアトゥムの姿へと変わる。


「……その姿にもなれたのか」


「まぁね。これやっちゃうと魔力を急激に消費しちゃうから、一分も持たないけどね」


「っ……!!」


 アトゥムが帽子をとる。帽子の中に押し込まれていた長い髪が、ふわりと舞い降りる。


「本当にありがとう。私の娘をそこまで愛してくれて」


「アトゥム!! 俺はっ……まだあきらめたくないんだっ!!!」


「ううん。もう十分頑張った。もうこれ以上君が頑張る必要なんてないのよ」


「くっそおおぉぉーーーー!!!」




「さよなら。拓海君……ごめんね」




 気が付いたら、俺は夜の街をふらふらと歩いていた。


「あ……この居酒屋」


 ––––––––––––居酒屋 七星。


 ああ、早紀の親父さんの居酒屋の名前だったか? 確か早紀が前教えてくれたっけ?


 馬鹿か、俺は……今早紀に会ったところでどうなるってんだ?


「……ペル?」


「––––––––やっぱり来ましたね。タクミさん」


「……お前、体が!!」


 ペルの体はすでに半透明になり……透けていた。


「––––––––因果が確定しようとしているんです」


「因果が……」


 そういう……事か。


 俺の死が完全に回避され、俺との関係性が消滅しようとしている。


「……お前はどうなる」


「私の転生の事実はアトゥム様の偽証によるものですから、どうなるかはわかりませんが……」


 もしかしたら、ティエアに転生してしまうかもしれない。そしてその時どうなるかはわからない。


「わかっているのか!? 神の加護が残ったままならまだいいが……女神堕ちをしたという偽証の事実だけが残ってしまったら!!」


「私はエルフに戻ってしまう可能性もある……まぁティエアが消滅すれば、どのみち神の力は失われますけどね」


「……っ!!」


「そして、タクミさんがあの世界でやってきた事は消えます。偽アーノルドさんも、影ノ手の方も討伐された事実はなくなる。……もしかしたら私は死んじゃうかもしれませんね。……生きててもまともな状態であるかどうかはわかりません」


「そこまでわかってるならっ!!」


「でもっ!! だからタクミさんに死ねなんて言えませんよっ!!!」


 ペルは––––––––––初めて激情を俺にぶつけてきた。


「ぐっ……!!」


 目に涙を浮かべながら訴えるペルに、俺は言葉をつづけられない。


「これでよかったんです……。それにまだあの世界が滅びるって事が確定したわけじゃありません……だからあまり自分を追い詰めないでください。タクミさん」


 ……わかってた。


 俺が過去を戻す事を認めると言うことは、ペル、アトゥム、早紀……みんなにとっては、俺を殺すと言う意味だと。


 そんな酷な選択ができる人達じゃなかった。みんな優しくて、だから俺はみんなを好きになって……早紀を好きになって––––––––––。


「––––––––––––俺はやっぱり何もできねぇのかよ」


 あの事故の時と同じだ。結局俺の手は小さくて、誰も守れない。


「……もう時間のようですね」


「!? ま、待て!! まだ俺はまだ!! ……っ!!」


 最後のペルの笑顔は今まで以上に女神らしくて––––––––––––とても美しかった。


「ありがとう、タクミさん……きっと生きてくださ」




 これで、すべてが断たれた。


 もう方法なんてない。時間干渉の方法もわからない。


 俺は無力をかみしめて生き残ることが––––––––––これで確定してしまった。


「……お兄ちゃん!? どうしたのよ!!」


 道場で、一人うなだれる俺を心配して近寄ってくる。


「……ほっといてくれ」


 一人になりたかった。……こんな俺に構わないで欲しい。


「––––––––––早紀さんと何かあったの?」


「うるさいな……」


「でもお兄ちゃ」


「るっせぇよ!! 俺に構わないでくれ!!」


「っ!!」


 自暴自棄になって、桜乃に当たる。


「……大体おかしいだろ……なんでこんなことになってんだよ。俺が死ぬとか……早紀が死ぬとか……わけわかんねぇよ」


 俺は、はっとして桜乃のほうを見上げる。だが困惑したような顔は次第に何かを確信したように変わる。


「やっぱり……あの夢は本物にあった事だったんだ……」




「だったら、お前は本来の……俺が交通事故で死んだ後の出来事を覚えているのか?」


「うん……ある朝、急に死んだはずのお兄ちゃんが生きていると頭の中がすり替わったの」


 ––––––––––意味がわからない。桜乃は覚えてるわけがないんだ。


 この世界は矛盾(パラドックス)世界(ワールド)とはいえ、俺が死なない世界。タイムトラベルの話はいくつかあるけど、こんなの例外聞いたことがない。


「だけど、人一人が急に生きたり死んだりするのは、かなりの無理が発生する。因果律が崩壊して、混沌となる……これがこの矛盾(パラドックス)世界(ワールド)の正体だよ。お兄ちゃん」


「どういうことだ? ……なぜお前が矛盾(パラドックス)世界(ワールド)について知っている?」


「こういう事よ……」


 その声に俺は驚いて、立ち上がる。


「母さん!? それに親父も」


 道場の入り口にいたのは、紛れもなく俺の母、結城風音、そして俺の親父、結城幸村だった。


 だが、母さんはここにいるわけがない。ずっとハワイで仕事をしていて、年末年始以外は帰ることなんてなかったはず。


「俺も風音の言葉を聞くまで半信半疑だったが……どうやら間違いないようだな」


「拓海……よく聞きなさい。あなたが死んだあと、私はハワイの事業をキャンセルして日本に戻ってたの」


「なっ!?」


 ど、どういうことだ?


「息子が死んだんだもの。それどころじゃないわ……そのまま退職した私は、日本で心に傷を負った私と家族みんなで暮らしていたの」


「そ、そうか……因果がごちゃまぜになっている今の状態なら」


「そう、私はハワイにいるか日本にいるかの境目にいる状態よ」


「……だ、だいたいなんで母さんは矛盾(パラドックス)世界(ワールド)のことを知ってるんだ?」


「拓海、風音が元々神社の巫女だったのは知ってるな」


 親父の問いに答える。


「確か、時詠神社だったか? ……まさか時間に干渉する方法って!!」


「そう……私の実家に封印されている、時詠の勾玉に封じ込まれた時間遡行の力。それがあなたが生き返った原因の魔道具よ」


 なんてこった……こんな近くに時間干渉をする方法があったなんて。


「……拓海、今からあなたにはあなたが死んだあと何が起こったのか……そして、今から起きることを教えるわ……心して聞きなさい」




 俺が、交通事故で死んだあと……。


 母さんはそのままハワイから日本に戻り、親父と妹と一緒に暮らしていた。


 そして、同じく一人娘を失った星井夫妻はすっかり憔悴(しょうすい)していた。星井夫妻と母さんは昔からの仲で、そんな夫婦を見て母さんはずっと心配していたそうだ。


 そして俺達二人を救うために、時詠の勾玉の力を使うと星井香帆と俺の母、結城風音は考える。


 だが、時詠の力は膨大すぎて、力は暴発……二人の時間は数百年戻るも、そのまま命を失った。


 そして、その時間遡行は二人の魂に膨大な力を宿した……その力を認められ、最初の神……つまり現実世界を作った神は二人を新たな創造神に任命したのだ。


 母さんは拒絶したが、香帆さんは絶望しきって、その運命をなすがまま受け入れてしまった。


 そして、香帆さんはアトゥムになり……香帆を支えるために、母さんは少し時間をおいてノルンとなった。それが本当の意味での最初の時間遡行だ。


 アトゥムは時間を巻き戻したはいいものの、現世に干渉する術をなくしてしまった。だったらと異世界を作り、せめて早紀が死後幸せに暮らせるようにと世界を作った。


 母さん……いやノルンは最初はそんな本末転倒な計画に反対していたが、アトゥムの情熱に根負けして協力するようになった。


 だが、思うようにいかず、早紀が死んだ時間軸にたどり着いてしまう。転生を担当したノルンは、迷ったもののティエアに早紀を転生させた。


 ……そうして一回目の崩壊が起きる。


 ノルンはすべての力をアトゥムに託した。元々自身が持っていた時詠の力をアトゥムに託したのだ。


 しかし、それは母の存在のすべてをアトゥムの中に内包させるという無謀な方法だった。




「だから、三回目のループまで、あなたたちに何が起きていたのか私は知っている。香帆……いやアトゥムの中でずっと見ていたから」


「そういう事か……」


 だからアトゥムは時間を超えて神になった。早紀が生まれる前にはアトゥムが神になっている理由はこれだったのだ。


「そして、今回の事件の真の犯人はアーノルド……であることは間違いないんだけど」


「ああ……」


 最初に俺を毒殺しようとしたくらいだ。理由はまだはっきりしないが、俺の存在を恐れていることは間違いない。


「だが、本来アーノルドは現実に干渉することができない。そうだよな? 母さん」


「そう、その方法はまだわからない……だけど、アトゥムが今回行った現実世界への干渉……それと同じような事が起きた可能性は高いわ」


 アトゥムの現実世界への干渉方法はわからない。が、何かしらの魔法のような方法があったと言うことか。


「それと、アーノルドの転生の能力はアトゥム以上よ。……やろうと思えば転生者を現実世界に送りこむことも可能と考えていい」


「なにっ!? そ、そんなことになれば影ノ手(シャドウハンド)や偽アーノルドみたいなやつを送りこむことだって可能ってことか!?」


「……まぁそれをしたところで現実世界に魔法はない。転生させたところで自衛隊、警察はもちろん下手すれば一般市民ですら確保できるわ」


「っと……そうだったな」


 俺は少し胸をなでおろすが、母さんの表情は険しいままだ。


「––––––––––だけど、それはあくまで現時点での話よ。もし、あの世界でアーノルドが何らかの方法で力を高め、魔法を使えるままに転生する方法を見つけたらアウトよ」


「そう……だな」


 ……もし、あいつらが魔法を使える状態で、魔法が使えない今の俺と戦う事になったら……俺は勝てるのだろうか?


「それに、今回の矛盾(パラドックス)世界(ワールド)には例外もある。特に時詠神社の近くには気を付けて。あらゆる因果の可能性がつながっているあの周辺だけは、ティエアで起きる、あらゆる事象が発生してもおかしくない」


 あらゆる可能性がつなぎ合わさった矛盾の世界では、どんな事象も起こり得る事。つまりティエアの強敵を転生されている可能性も、モンスターがいる可能性もあるってことか。


「……いっこ聞いていいか?」


「––––––––––拓海が過去を戻したら死ぬっていうのに、どうしてこの情報を拓海に教えるのか? って事でしょ」


 俺は頷く。


「……あんた、父さんにそっくりだからよ」


「はっ?」


「ほんっとしつこかったわーっ! 神社で働いてた私に一目惚れしたのはまだいいとして……何百回ってプロポーズしてきて、私が倒れた時とか本気で自殺しそうになったのよこの人! 信じられる?! ただのインフルエンザよ!? お前が死ぬなら俺も死ぬ~~ってバカなの?」


「いやぁ~~……あはは」


 親父そんなだったのか……いや、俺も多分同じ気持ちなんだろうな。


「……だから、アンタも行きなさい。どうせこの人と同じで止めても行っちゃうんでしょ?」


「だけど……」


「……いい? 拓海。うざくってもいいの。しつこいって追い返されてもいいの。ようはその人をどれだけ思っているのかが重要なの」


 どれだけ思っているか……。


 俺は……あいつの事……。


「どうせならやれるところまで、とことんやってやりなさい!! ……母さん、見ててあげるからさ」


「子ども扱いすんじゃねぇよ……」




 君が好きだ––––––––––だからもう迷わない。


 やっぱり、こんな世界は間違っている。君が……みんなが苦しむことが確定した未来なんて俺がぶっ壊してやる。君に恨まれても構わない。


 俺の望んだ世界は……こんなクソゲーじゃない。

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