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第三十三話「夜風」

 ティエアストーリーズは、様々な神話で活躍していた神が転生し新たな生を受けた世界で活躍していく物語だった。


 スサノオやペルセポネなどのさまざまな神の名が、ティエアに存在しているのはそのためらしい。


 そして、神に近い力を持った人間や、魂が融合し神格化した人物も存在している。


 そんな神だらけの世界に転生した、本来なんの力もない翼人の少女スピカと、魔王の配下となっていた魔族の青年スサノオとの出会いから物語は始まる。


 魔族の青年スサノオは、力のないスピカが魔法の力を得るために頑張っているところを見て、心を改め人を殺すことをやめる。


 しかし、それは魔王に反逆する事を意味する。スサノオはスピカを守る心を、スピカはスサノオを守る力を手に入れるため共に冒険を始める。元々仲間だった魔族との闘いはスサノオの心に傷を残していくが、スピカを守るため傷つきながらも戦いに明け暮れる。


 そして、ゲームラスボスの魔王との闘い。魔王はなんとスサノオの母だった。当然スサノオもそれは知っていた。名を魔王サタンと改名していたが、彼女が母イザナミだった。


 そうとも知らず、スピカはスサノオに協力しともに魔王を打ち滅ぼした。スピカは母を殺したスサノオの傷をいやすため、祈りをささげる。


 そして、スピカの癒しの祈りによってサタンとなっていた母は目覚め……いつまでも一緒に暮らしました。




「なるほどな……」


 史実はだいぶ変わっているが原作でも、パーティメンバーとなっているのはコジロウ。ウンディーネ。ペルセポネ。スピカだ。……そして主人公のスサノオ。


「配役は大体同じになってるはずだよ? 微妙な違いはあるけどね」


 そもそも俺は、スサノオではないしな。


「……まさかとは思うが、サタンは俺の母さんってことはねぇよな?」


 母さんはあ、んな感じのロリッ子ではなかったぞ?


「まさか~。そもそもサタンちゃんはあの世界の住人だよ? 現世出身の君とは無関係さ」


「だよな……」


 ちなみに、うちの母さんは今も健在だ。今頃はハワイで新しい仕事でもしているはずだ。


 親父が半分道楽丸出しの剣道の師範をしてられるのも母さんの仕送りのおかげだ。


「サタンが元々はイザナミって設定は?」


「それも改変。元々その設定は無理があるって僕も思ってたから、あの異世界では削除しているんだ」


 そうか、感性の違いから、そういった微妙な違いも生まれてしまうんだ……。


「それ以前に、スサノオも翼人のスピカも現在は死んでしまっている。だから今の現状に当てはめるのは無理があるよ」


「……その翼人のスピカと早紀との関係性は?」


「たぶんない。そもそも翼人のスピカに関しては大きく設定を改変しているから完全に別人だよ」


「別人? どういうこと……ってそうか」


 そういえば実際の翼人スピカは賢者とまで呼ばれた存在だった。唯一の凡人ってゲームでの設定とはかけ離れている。


「……おそらくは、早紀ちゃんは忘れているんだろうけど、このゲームを昔プレイしているんだ。その時に一番お気に入りのキャラがスピカだったから、無意識のうちにその名前を自分につけたんじゃないかな?」


「……現実の早紀は重病だ。だから無意識のうちに自分の憧れる存在になろうと名前を変えたんだろうな……ってちょっと待て!」


「それが本当だとしたら、今ティエアストーリーズをプレイしている早紀ちゃんは病気のことを思い出すかもしれない……拓海君!」


 俺はすぐに早紀の携帯にかける。


 だが出る様子はない。何度かけても無機質なコール音が鳴るだけだ。


 仕方ないと思い今度はペルに電話をかける。コール音が一回なったと思ったら、すぐにつながった。


『やっとかけてきました!! タクミさん! 早紀さんが……』


「……遅かったっか……」


『やっぱり気付いていたんですね……早紀さんの体の事』


「ああ……」




 白血病––––––––––––。




 血液のがんとも呼ばれるそれは、近年では若者の発症率も上がっている。


 正常な血液細胞が作られず、次第に貧血、免疫系の働きの低下などなど様々な症状が出てくる。


 早紀が、この世界で少し運動しただけで貧血を起こしたのはこれが原因だ。


 症状は今は軽いが……いずれ立つことすらできなくなり死亡する。


 2029年現在、治療法がないわけではない。だが早紀の白血病は近年発見された珍しいもので、治療法がまだ見つかってない。


 早紀があの日事故にあったのは、そんな体に産んでしまったと自分を追い詰めた母がストレスで倒れ、入院したことが原因だ。……入院した母の事を考えいて、トラックが来ていることに気付く余裕がなかった。だから、あの日早紀は俺と一緒に死んだ。


 そんなことを知った母……星井香帆は精神を崩壊させる。


 その後、神になる原因を引き起こすのだが、それについてはアトゥムはついに教えてくれなかった。


 だけど、俺も、アトゥムも早紀を見捨てるつもりなんてない。


「早紀」


「……なんで見つかるかなぁ? 拓海、勇者より探偵のほうが向いてるんじゃない?」


「言ったろ、どこに行っても君を見つけるって」


「かなわないなぁ……でも……もう追いかけてこないで」


 早紀は、砂浜で海を眺めながら、こっちを見ようともしない。


 ……シーファトより汚れたその海は、それでも月明かりに照らされて星のように瞬く。その海水に素足を晒しながら、遠くを見つめる早紀。


 彼女の服は、飛び出して闇雲に走ったからだろうか? 汗でびっしょりと濡れていた。


「あ~あ! 本当にやになっちゃう! ……結局なにしても死ぬんじゃん私」


「……やっぱり思い出したのか……病気の事」


「うん……私の残りの寿命についても」


 ……早紀の寿命は一年もないらしい。


「まぁ、私はあと一年楽しく生きるよ! それから転生先でティエア崩壊まで、精いっぱい生き抜いてやる」


 ……早紀がティエアに転生することは確定している。崩壊する事が決定している、その世界に…………。


「……お前はそれでいいのか?」


「うん……」


「そうか………だったら、お前が何言ってでも……歴史を元に戻してやる」


 早紀が詰め寄り、胸倉をつかむ。


「わかってるの!? 現実世界で本来死ぬはずだったのは私だけなの!! 拓海は生きていれるの!! その歴史を元に戻すってことは自殺と同じことなの!! そんなの……私が許さないよ!!」


「だがっ!!」


 泣きじゃくりながら俺を拒絶する早紀に、言葉が続いていかない。


「これで正しいのっ!! 正しいのよ……」


「何が正しいだ……! 何がっ……」


「君は生きてよ……私のためにも、私の分も!!」


 早紀と同じく、ペルによってティエアに転生している。時間が数年かかっても、俺が何らかの形で死ねば確かにティエアに転生するだろう。


 だが、時間がたてばたつほど、あの世界での寿命は少なくなる。


『ルールブック 1-3:転生後の寿命は転生前の世界での本来の残り寿命が与えられる』


 最悪俺が寿命で死ねば、転生自体できないってこともある。


 当然自殺は認められない。この世での善行が必要なアトゥムの転生ルールに、おそらく引っかかってしまう。


 それでも転生に成功する可能性は残っている。俺がティエア転生が確定している事だからだ。だが、ルールの矛盾がどういった影響を呼ぶかは未知数だ。最悪……俺自身が消滅しかねない。


 結局、俺が確実に早紀と同じ状態で転生する方法は一つ。歴史を元に戻す以外ないのだ。


「聞いて拓海……私はこの歴史の改変で、病気持ちだけど少しでも長く生きられるの。だから、私はそれを望むの」


「……それでも俺は……早紀が苦しんで死ぬ未来なんて認めない」


 結局、俺の答えはそこしかない。今まで穏やかだった早紀が怒りとともに爆発する。


「っ!! 見損なったわっ!! 何が勇者よ!! 結局助けるとか言いながら人の寿命奪ってるだけじゃない!! そのうえ自分も自殺するような事して……」


「それでもっ!! ……どう考えたって……今のままじゃお前が救われないじゃないかっ!!」


 そんなの……そんなの間違ってる。だが、一方で早紀の正しさもわかる。


 たしかに、俺の行動は早紀の寿命を縮める行為でもある。そんな言葉に、俺はどんどん言葉を失っていく。


「いい迷惑なのよ!! 結局自分のエゴじゃない!! そうやって自分が納得いくおせっかい焼いて自分を正当化してるだけじゃない!! ……そんなの愛でもなんでもない!! 自分に酔いたいだけの自己顕示欲じゃない……そんなの気持ち悪いだけよ!!」


「っ!!」


 どう言ったらいいんだよ……どう言ったら俺の気持ちが伝わるんだ。


 ––––––––––––違う。俺が……今言葉に出そうとしている言葉はただの自分の正当化だ。なんとなくこのままだと気持ち悪いから正当化しようとしているだけだ……。


「俺は……」


「––––––––––––もう、潮時かもね」


「早紀……俺はっ……お前の事……」


 言葉ってこんなに難しかったっけ? そう思えるほど、声は音にならなくて……それでも諦めきれず口だけを動かし続ける。


 俺を見つめなおすその顔は険しく、今まで見たこともない顔だった。まるで汚物を見るような顔。


「私はあなたの事なんて大っ嫌いよ……もう、顔もみたくない」




 何を間違えたんだ?


 俺は、君のことが好きなのに……だから君の幸せを考えてるのに。


 なぜ……どうしたらよかったんだ?


 ––––––––––まだ肌寒い夜風が、冷たく俺の心を駆け抜けていった。

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