第三十二話「運命にあらがう神」
『拓海? メッセどういう意味?』
「……いや、さっき遊んでた時、気分悪そうだったからさ。無理してないかなーって」
『んもう……大丈夫だよ。重病人でもあるまいし』
……ってことは早紀は、病気のことは覚えてないんだな。だったら、むしろそのままのほうがいいだろう。
「……なんでもない。ごめんな変な事聞いて」
『もう本当だよ……ああ、そうだ拓海。今パソコン使える?』
「? ああ使えるぞ」
俺は、さっきまで起動してた自前のパソコンの前に座る。
『実は……ティエアストーリーズってフリーゲームを見つけたの……作成者はAtum』
「!? ……なるほどな。ティエアってのはこの世界で、アトゥムが作った作品が元となっていたのか」
『やっぱ、そういう事だよね……』
だとすると……やっぱり”コイツ“にきっちり説明してもらう必要性があるな。
「……早紀、ちょっと後でかけなおす」
『あ、うん……ごめんね、急がしい時間にかけちゃったみたいで』
「いや、そういう事じゃないんだが……まぁ、今度ちゃんと説明するよ」
『うん……わかった』
通話が切れる。無機質な時計の数字が21時08分を示していた。
「……どうなんだ? ティエアストーリーズの作成者様よ」
「えへへ、そのままの意味なんじゃないかな?」
そう、今俺の目の前にはアトゥムがいる……いるんだが……。
「それよりどう? ちっこくて可愛いキャラなんじゃないのかな?」
そう、ちっちゃい。……どのくらいかって言うと、ピンポン玉くらいだ。
いわゆるSDキャラ的な感じにデフォルメされたその姿で、楽しそうに蝶のような羽でくるくると回ったりしながら飛んでいる。
「そうだね。ティエアストーリーズは僕の最初の作品さ。それをもとに異世界ティエアは作成されたのさ」
「……それより、いい加減今何が起こっているのか説明しろ」
「ええーーーー!!! やらないの? ティエアストーリーズ!! 結構自信作なんだよ?」
「るっせぃ!! この……っ!! このっ!!」
殴りかかっても、なかなかとらえきれない。……ちょこまかと動いてて全然当たらない。
「あははーー!! まだまだ精進が足りないよ拓海~っ!」
「畜生……小さすぎる!! ハエかよ」
「神をハエだなんてひどいなぁ……罰当たりすぎないかい?」
「……ってか本当にどうなってるんだこの状況は」
「僕はまだ話す気はないよ……」
「もったいつけやがって……せめてヒントくらい教えてくれよ」
「しょうがないなぁ……だったら、この世界について、君の予想くらいは聞かせてもらえないか?」
「……この世界が現実世界でも異世界でもない……ってとこか」
「へぇ……」
少なくとも魔法が使えない以上ティエアではない。だが現実世界でもないのは確かだ。
同時にこの世界が現実世界ならば、本来現実世界に干渉できないこいつはいない。それはペルも例外ではない。
「実は僕もこの世界についてはそんなに詳しくないんだ。昔ノルンに聞いた事があるくらいだからね」
ノルン……確か時の女神だったか? アトゥムに時間遡行の能力を渡した人物。
「ノルンは時間遡行の能力の専門家だからね……とにかく彼女から教わった話をすると、この世界は矛盾世界。誰かが時間遡行した際、大きな矛盾をはらんでしまった。その矛盾を解消するための世界さ」
「……つまり俺達の死が回避されたことで、矛盾世界に迷い込んでしまったということか」
「そういうことだね。この世界は、現実世界を元にしているものの、因果がごちゃごちゃになってしまってるんだ」
「因果がごちゃごちゃ? ……どういうことだ?」
アトゥムの解説の要点をまとめると、この世界は”俺の死が回避された世界“であると同時に、”俺の死の事実も確定している“ような状態。つまり矛盾した二つの可能性が同時に確定していて、あらゆる因果がごちゃまぜの状態になっているとの事。
だからペルがこの世界に転生している。女神堕ちのルールが発生しているのだ。
そもそも俺が死ななければ、ペルは俺を転生させた女神になりえない。なのに女神堕ちのルールにより俺のいる世界に転生している。これが因果がごちゃまぜになっているってことだ。
「君は、親殺しのパラドックスって言葉を知ってるかい?」
「……確か、子供がタイムスリップによって過去に戻り、自分が生まれる前の親を殺した場合、子供が生まれることがないのに子供が存在している。……そういった過去改変の矛盾のことだろ?」
この手のSFネタのアニメも好きだから、よく聞く話だった。バタフライエフェクトとか、そう言った類の話だ。
「そうそれ。それに対する回答が矛盾世界さ」
「……親を殺した瞬間に矛盾世界に世界がシフトする……」
「うんうん。そういうことだね。親殺しのパラドックスの場合は、次第に矛盾が解決されていき、未来が確定する。その親を殺した人物は別の人物にすり替わり、真に殺した子供は次第に消滅する。矛盾世界は、そう言った矛盾を解消するために作られる仮の世界さ」
「どうやったら過去を元に戻せるんだ?」
「この矛盾世界で時間遡行を行った魔道具を破壊するか、時間遡行を行った人物を殺せば矛盾世界自体が矛盾となり自己崩壊。それによって元の歴史に戻る」
「……その場合、この矛盾世界で殺した人物はどうなる?」
この話を本当のことだとすると、この世界で時間遡行者以外を殺すことも、また矛盾になるような気がする。また時間遡行者を殺した後、過去はもとに戻るわけだが……そのとき時間遡行者はどうなるのか?
「矛盾世界で誰を殺そうと確定事象にはならない。この世界はあくまで時間遡行によるパラドックスを解決するための世界。だから、時間遡行者からしてみれば矛盾が解決する瞬間まで生き延び、かつ時間遡行を行ったアイテムを守り切れば過去改変完了! ゲームクリアってことさ」
「つまり、この状態が解決するのも時間の問題……か」
「そうだね。このままほっとけば君が生き残る世界が確定する。その瞬間ペルちゃんは消え、ティエアは別の歴史を刻むことになる。僕も現実世界に干渉できなくなり……早紀ちゃんも、今は死なないという事になるね」
……つまり俺が死なない場合の世界になるのか。
「もう一ついいか? アトゥムも時間遡行をしてティエアを変えた。……そのとき俺の死を回避したよな?」
「もちろん、その時も矛盾世界が発生したよ。君は覚えてないだろうがね」
俺は覚えていない?
「矛盾世界から記憶を持ち越すことにも条件があるってことか?」
「そういうことだね。矛盾世界での記憶を持ち越す方法は二種類。時間遡行を行うか、時間遡行を止めるかだね」
……今までの話を考えると、このままではティエアは崩壊する。俺の能力を過信しているわけじゃないが、少なくともティエアで俺が死んだ時間軸では、なすすべもなく崩壊してしまった。
せっかく俺を信じてティエアで生き残れる未来に変えたのに、それもまたひどい話だな……。
「で、具体的に歴史を元に戻すにはどうすればいい?」
「……なぜ修正する必要性があるんだい? このままだと君は生きたままなんだよ?」
「……わかってて言ってるんなら殺すぞ」
俺は本気で殺気を創造神に向ける。
「冗談だよ冗談! ……そうか、やっぱり君はその道を選ぶんだね」
「当たり前だ……早紀の運命がわかった以上、この世界にもう用はない」
……こんな現実は間違ってる。絶対に…………。
早紀の死が……寿命がすでに一年を切ってるなんて、そんな世界になんの価値があるんだ。
「……早合点しているようだけど、この世界で早紀の死が確定しているわけではないよ? その可能性が高いってだけで」
「……だとしたら、アンタは生れない」
「っ!? ……君はどこまで気付いているんだい?」
「大体な……」
この矛盾世界に来てから……そして早紀の病気についてわかってから、俺が調べた情報で……アトゥムの正体はおおよその検討が付いてる。
なにより……俺が死ぬ未来を選ぶかもとわかってて、俺に干渉してきた時点でもう確定だ。
「ペルが俺の死をトリガーにして転生したように。アンタもまた、早紀の死をトリガーにして神となっている……そうだろ? 星井香帆」
その名前を聞いた瞬間、神の瞳が憤怒の色に染まる。
「その名前を出さないでくれるかなぁ……虫唾が走るんだけど?」
今まで見たこともないような表情。小さくても怒りを通り越した、尋常ならざる殺意をいやおうなしに感じてしまう。
「……悪かった。アンタにとっちゃ、思い出したくもない名前なのかもしれないな」
「そうだね……にしてもいずれはバレるとは思ってたけど、ここまで早く気付くとはねぇ」
「ま、ほとんど感だけどな」
だが、そう考えれば辻褄があう。早紀の実母……星井香帆だとすれば。
いまだにコイツが女ってのは信じられないが……。
「ちなみに、どうして気付いたか参考までに聞いてもいいかな?」
「……ずっと考えてたんだ。どうしてお前はそこまでして……命を懸けてまでティエアを守ろうとしたのか」
「……それだけ思い入れがあるって事じゃないのかな?」
「RPGツクレールの世界だぞ? もう一つ世界を作ればいいじゃないか」
「へぇ……タクミ君は鬼畜だねぇ。その世界の人々を見捨てろって事かい?」
「そうだな。––––––––––––だけど一回目のループ」
俺の言葉に、アトゥムはおし黙る。
「そう、一回目の時間遡行に関しては、それは該当しない。なぜなら、その世界はすでに滅んでいるのだから……それこそ、時間遡行なんてせずに”今度こそ平和な世界を作ろう”と考えるはずだ」
「……そうだね。ノルンも、わざわざ僕にリスクを冒させてまで時間遡行の能力を渡さないはずだしね」
だったら、是が非でも守りたい何かがあったと思うのが自然だ。
それこそ、子供のように大切なものが……。
「ちなみに、タクミ君の親の可能性は?」
「だったら、俺が毒殺された時点で時間遡行しているはず」
「あ、そっか~……でも君達とかかわりのない別の人の関係者って、可能性もあるんじゃないかな?」
もうバレてるとわかってるのに、いちいち問題を出してくるなよと思いつつも、俺は答えを出しつづける。
「だったら、俺にかかわろうとしない。俺に干渉してきたのは俺があの日……早紀と一緒に死んだ人間だからだろ?」
「ステータスだけを見て、君にしたって可能性は」
「ないな。ステータスだけなら他の転生者と変わらない。早紀を守るだけの理由がある人間を使うことが、一番確実だ」
あの時、早紀を守ろうとして一緒に死んだ俺なら、今のように恋人にまでならなくても、責任を感じて助けようとはするはずだ……そんな打算だろう。
「ふぅ~ん。ではラスト、早紀ちゃんのお父さんの可能性はあるんじゃないかな? 僕の性別は教えてないはずだよ?」
「それに関しては俺もほとんど感だ。だけど、早紀とはこの世界に来てからメッセで結構話してたんだ……お父さんが、どういう人かは知っている」
スマホの画面を見せる。そこには早紀の父がひどい機械音痴であることがうかがいしれる。
「あちゃー! それならわかるよね~……慎太郎さん、めちゃくちゃコンピュータに弱いから」
「今時スマホどころか、ガラケーもまともに使えないのはどうかと思うぞ」
……早紀とメッセで話してたら、本当にこっちに戻ってきてから大変だったらしい。母親が入院している間早紀が、最近父親の買ったスマホの使い方を教えていたそうだが……まともに覚えてくれないらしく、メールすら送れない状態だったらしいからな。
対して、母親はゲームプログラミングもできるほど。趣味でRPGツクレールもしていたそうだ。
「ガラケーの電話機能教えるのすら大変だったんだからね? ……とまぁここまで言われちゃもう言い返しようないね」
「……まだ、めちゃくちゃ勉強してRPGツクレールを使えるようになった……って線も捨ててなかったんだけどな」
「無理無理! 慎太郎さんにだけは絶対無理」
……そこまでか。
「と言うわけで、もうごまかしはしないよ。君の予想通り、僕は早紀ちゃんのお母さんだよ? びっくりした?」
「まぁそれなりにな」
「むぅ……やっぱり反応薄いねぇ……君の恋人より若いお母さんって、なかなか珍しくない? ロリコンなタクミ君から誘惑されたりしちゃったりしてー!」
「されねーよ!! ってか娘の彼氏をロリコン認定するな!! ……で、やっぱりお前があの世界を守ろうとしているのは早紀……いやスピカのためか」
「もちろん……ノルンが転生させちゃったから、早紀のあの世界への転生は確定している」
そういう事か……時間遡行を行ったのなら他の世界に転生させればいいのではと思ったが、一度転生させた時点で時間遡行後も、その事象は確定してしまっているのか。
「で? 結局これから俺はどうすればいい?」
「……ごめん。それは僕の口からは言えないね」
「……ここまで来て何言ってるんだ? 早紀はどうなってもいいのか」
「うぬぼれないでよね」
「……っ!」
その目は、今まで以上の敵意が込められていて全身の毛が逆立つような感覚にとらわれた。
「これは試練だよ……。君に早紀ちゃんの運命を託せるかどうかのね。僕はそれを見守るためにここに来た」
「卑怯な言い方だよな……それ」
「ふふ……でも本当の事だよ」
仕方ない……まずは、こいつが作ったゲームから調べるしかないか。
それに……気になることもある。
時間遡行者が誰かということも気になるが……現実世界の俺の死が回避されたのだとしたらそれはつまり……。
「……現実世界にも、時に干渉する方法があるという事か?」




