第三十話「遅れてきたバレンタイン」
2029年2月18日。
「で、今日は何の集まりなんですか?」
集まってるメンバーは五人。俺、ペル、早紀、桜乃、そしてもう一人。
「ってか、知らない女子が二人いるが誰だ? 拓海」
細身のメガネの青年が、若干食い気味で聞いてくる。
「あれ? 健司には早紀の事紹介してなかったかのか?」
このメガネは俺の親友、神宮健司だ。俺の親父の剣道道場でガキの頃から一緒に練習してて剣の腕はかなりのもんだ。
「まず、ペルセポネ……えっと」
そういや、フルネームなんていうんだ?
「はじめまして。ペルセポネ=ハーデスです。イギリスからの留学生です」
イギリスからの留学生……ってのは早紀の入れ知恵だよな? ハーデスってのは本名ってことでいいのかな? あとで聞いてみよ。
「んでこっちが、星井早紀」
「初めまして健司さん。拓海からはいろいろ聞いてます」
「あ、はいどうも……神宮健司です。拓海とは友達でその……あの」
まったく、こいつは妙なところでヘタレだな。俺より身長高いし優しそうな見た目でそれなりにモテそうなのになんでこんなに中身が残念なのか……。
「なお、早紀と俺は付き合ってるから。お前がどぎまぎしても春は来ない。悪いがあきらめてくれ」
「な、なにおぅ!?!? べ、別に狙ってねぇよ!! ……ってお前いつの間に付き合ってたんだ?」
……あれ? これも話してなかったのか。まぁ親友とはいえ、こいつは結構奥手のオタクだからなぁ……。
「秘密にしてたわけじゃないんだがな……六月くらいから付き合ってる」
「……たくみぃーーーー!!! このリア充がああぁぁーーーーー!!!」
掴みかかってくるが、俺は全力で煽る。
「殴っても爆発しないよぉ? それにお前は大好きなラブリーライブの渡瀬優ちゃんが嫁なんだからいいじゃねぇか」
「ゆ、優たんは嫁だけど、リア充的な嫁じゃない!!」
「えぇ~? そうかぁ~? 俺と早紀はまだ携帯の待ち受けに、お互いの写真載せるくらいだけど、お前は待ち受けどころか竹刀袋にまでラバストつけるくらいの熱愛ぶりじゃねぇか。十分幸せだろ?」
俺の胸倉をつかんで大きく揺らすが、ケラケラと笑ってみせる。
「拓海ぃ!! 見損なったぞ!! 抜駆けしやがって!!」
「いやぁ~~ごめんねぇ? け、ん、じ、くぅ~ん」
と、渡瀬優のトレードマークの敬礼ポーズをして見せる。
「たぁ~~~~くぅ~~~~みぃ~~~~!!!」
「いででぇ!!」
ヘッドロックをかましてくる。なんとかして抜け出した俺は一足で距離をとる。
「っと……あめ~よ!」
「ちくぅしょぉーーーーっ!!!」
「……どうでもいいけど遊びにいくんでしょ? さっさと行こうよ」
そんな男子高校生の懐かしいやりとりを惜しみつつも、俺達は出かけた。
と、言うわけでやってきたのは。ラウンドゼロというアミューズメント施設だ。ボーリング場のイメージが強いが、スポーツやゲーム、カラオケも楽しめる。
そういえば早紀と、こうやって遊んだことないなぁと思ってきてみたのだが……。
「た……たくみさん……なんですかここは」
この前のカラオケの時もさんざん驚いていたが、やっぱりここに来ると別の驚きがあるよな。
「ん~一言で言うと……遊ぶところ」
「拓海、ざっくりしすぎ!!」
と早紀のツッコミが入るが、こういった総合アミューズメント施設について語り出すと長ったらしい。なにより……。
「一から説明するのめんどくさい。フィーリングでなんとかついてこい! ペル!!」
「は、はい!!」
「おーーーっし!! ホームラン!!」
たまには刀をバットに持ち替えて遊ぶのもいいもんだな。……っと、もう終わりか。
二番打者の健司は、俺からバットを受け取ると自慢げにメガネを上げる。
「拓海、勝負だ。俺が勝ったらジュース奢りな」
「ちょ! お前それ先に言えよな!」
「ふ……油断したお前が悪い」
自信満々にホームランと書かれたボードにバットの先を掲げる。
アルミ缶を叩くような音と共に、赤色のペットボトルが出てくる。
「ジュースサンキュ! 健治くぅ〜ん!」
「クッソォ……こんなはずじゃ」
こいつほんっと本番に弱いよなぁ。剣道だって実力あるくせに試合では全然勝てねぇもんなぁ。
「そういや女子組はどうなってる?」
そう思ってバッティングコーナーの後ろのテニスコーナーを見る。
「いっけぇ!! 某テニス漫画直伝(ファンブックに書いてあった)ツイストサーーーッブ!!!」
強力な回転がかかった(アニメでは)サーブがペルのコートに入る!
「いっきますよーーー!! 蔓の防壁……的な技!!」
大きく振りかぶる、しっかりと地面を踏みしめボール……の少し上を空振りする。
「うぅーーーー!! なんででぇすかぁーーーー!!!」
しかも勢いでそのままこけやがった……。まさにドジ全開だな。
「はは……何やってんだあいつ」
「ドジっ子キャラか。これはなかなか」
と、漫画的なドジキャラセンスに思考を巡らすメガネ。
「……俺に抜け駆けされたからって、ペルを狙ってるんじゃねぇだろうな」
「そ、そんなわけないだろう! そ、そんな何でもかんでも色恋沙汰に結びつけるな!!」
慌ててる、慌ててる……ほっんとこいつ素直だな。絶対嘘とかつけないよなー。
「お! 次は早紀か」
……なんだ? 早紀と桜乃が小声で話してる。ここからじゃうまく聞き取れないな。
話し終わった様子で早紀はコートに入る。桜乃は煮え切らない様子だったが、反対のコートに入って向かい合う。
「いっくよー! 桜乃ちゃん!」
「う、うん……」
早紀のサーブから始まる。桜乃が打ち返すボールを、早紀が追いかける。
「……楽しそうだな。あいつ」
俺は何となく早紀の姿を目で追いかける。汗が弾けて流星のように瞬く……その姿に見とれてしまった。
「あーん! 追いつけなかったーー! さすが桜乃ちゃん! 剣道してるだけはあるよ」
「あはは。そんなぁ、まだまだですよ」
こんな風に無邪気に遊ぶ早紀、海の時以来だな。向こうじゃ遊ぶところほとんどなかったからな。
「よーっし、次はバスケやるか!!」
それからビリヤード、卓球、ローラースケートと遊び回った俺達は、最後にゲーセンコーナーに入る。
「こすぷれふぉとくら?」
ペルが首を傾げながら見てるのは写真プリントコーナーだ。ここではコスプレ衣装を貸してもらえるらしい。
「ペルちゃん撮ろう! 拓海と健司さんは感想お願い!」
「って、俺達も付き合うのか?」
「とーぜん! 行こう、ペルちゃん、桜乃ちゃん!」
「は、はい!」
二人の腕を引っ張り、駆け足で衣装室に入る。
「拓海! これなんかどう?」
あ、この衣装確か……ふむ。
「早紀、この衣装は桜乃に、あ、早紀はその隣で、んで……これはペルな?」
「? わ、わかったよ」
コスプレし終わって出てきた三人組を真っ先に歓迎したのは健司だった。
「おおーーー! やっぱ拓海はわかってる!! 普通体型の若干背が低めの桜乃ちゃんはやっぱり渡瀬優ポジションッ!! そこの巨乳ちゃんは背は足りないが、やっぱり松島花蓮ポジ!! やっぱいいねぇ」
「あはは……なんかちょっと怖いです健司さん」
「やっぱこれ、ラブリーライブの衣装だったんだ……。えへへ、なんかアイドルっぽい感じで可愛いとは思ったけど」
桜乃とペルは、まじまじと見つめながら各々感想を述べる。嫌な予感がしたのか、ちょっと睨みつけるような笑顔で早紀が聞いてくる。
「……ちなみに私のコスのキャラは?」
「ああ、確か相沢サファイアだったか?」
「だな! サファイアちゃんにしては背が高いけどやっぱ貧乳ポジはこれでしょ!! さすが拓海! ナイスチョイス!!」
「ピキッ」
俺は「あー怒ってるなー」と思いつつも、柱に飾ってあるポスターに書かれたサファイアちゃんを指差す。……まぁいわゆるロリポジションな子だ。
「いやー似合ってるねぇ! さすがど貧乳!」
プルプルと震えている早紀の後ろから、ノー天気な声がした。
「だ、誰がど貧乳よ!! 誰が!! ……って佳奈美?」
いつのまにか先日の早紀の親友、佳奈美が手を降っていた。
「にゃははー。やっぱり早紀は弄りがいがありますなぁ」
「何でこんなところに佳奈美が?」
「たまたまだよ。バイト終わりに音ゲーしてたら、聞いた事ある声だなーっと思って、見にきたらコスってたってわけなのだよ」
「あ、バイト終わったんだ」
「てんちょーが、”頼む! もう少しいてくれ! 遅番の子が急病で倒れたんだ!!”って嘆いてるのをめっちゃ笑顔でおつかれっしたーーー! って置いてきたから。今頃大変だと思うぞ」
「いいのかそれ!?」
「いいんだよ〜これで八連勤でふざけんなーーーって思ってたくらいだし。それよりフォトクラ撮ろうとよぉ〜! 私はどのキャラだい? メガネくん」
「えっと、だったら真ん中の高鴨千世なんかいいんじゃないか?」
「おおー! なんかリーダーっぽいぞ! メガネくんナイスチョイスだねー!」
「きゃーーーー!! 拓海似合ってるじゃん!!!」
……女子達の復讐として俺達男子組は、この前桜乃も買ってたゲーム”アイハチ“のコスプレをさせられた。
「えっと、俺のがカズマってキャラ。健司がアキラか」
「そうだよ! 二人は親友だけどライバルな一面もある仲なんだよ。お兄ちゃん」
そう考えると俺たちにぴったりなのかもな……。
「健司も、なかなか似合ってるぜ」
「あ、ありがとうごじゃいますぅ!?」
こいつ思いっきりかみやがった。
「何慌ててんだよ健司! あははは!!」
こうして楽しい時間はすぐに過ぎ去り、それぞれの帰路につく。健司と佳奈美は先にわかれ、残る四人で雑談混じりで帰る。
「……あっ、そーだ! 私コンビニ寄らないといけないんだった! お兄ちゃんと早紀さん、ちょっと待ってて!」
「そうか? だったら俺も」
「いーからいーから!! 行くよ! ペルさん」
「えっ! ええぇーーー!! ターーークーーーミーーーさぁーーー………」
ペルの腕を引っ張って、あっという間にコンビニに入っていく。
「……ったく、なんでペルなんだ?」
「……私を気遣ってくれたんでしょうね」
「早紀を? どういう事?」
「こういう事。はい」
渡されたのは、赤いハートの箱。雰囲気で中身がなんなのかわかる。
「バレンタインデーのチョコ?」
「ごめんね。渡すの遅れて。私もこっちに来てから色々大変だったからさ」
だいぶ時期外れだが、まぁ事が事だけに仕方ないだろうな。
「ああ……そう言えば今二月だったな。あ、ありがとう」
き、緊張で手が震える。
「どんだけ緊張してんのよ」
「うるさいなぁ、俺だってバレンタインに本命チョコもらうのなんて初めてなんだぞ」
「んもう……えいっ!!」
俺がチョコを受け取った瞬間、早紀が抱きしめてくる。
「さ、早紀!? こんなところで!!」
「心臓の音聞こえる? ……わ、私だって初めてだったんだからね」
「……早紀」
少し下にある早紀の頭を見る。つむじしか見えないその顔から震えと熱を感じる。
鼓動の音が聞こえる……。その音でやっぱり生きてるっていいなと、そう思えた。
「お兄ちゃん。初めて彼女からチョコをもらったご感想は?」
ニヤニヤした桜乃が聞いてくる。
「るっせ。黙ってろ」
俺と桜乃は、さっき別れた早紀とペルの後ろ姿を見守る。ペルがそれに気づいてブンブンと元気よく手を振っている。
「……あのさ、お兄ちゃん。今日どうしてスポーツだったの?」
「え? なぜって……早紀が行きたいっていうからさ」
そういえば、今回のプランは全部早紀が決めたっけ?
「……早紀さん、大丈夫なの?」
「大丈夫って何が? あのはしゃぎようだぞ? お前も見ただろう」
「お、お兄ちゃん?」
「にしてもあんなに楽しそうな早紀は初めて見たかもなー! なぁ、また今度みんなで行こうぜ」
「お兄ちゃん………」
「早紀さんの病気の事……忘れたの?」




