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第二十九話「消えるはずだった絆」

「ペルちゃん!?」


 慌てた様子で入ってくる早紀。


「あ、すぴ……早紀さ~~~ん!! すっごく楽しいですここ!!」


「……ペルちゃん?」


「早紀……やっと来たか」


 って言っても授業中だったんだから仕方ないんだが。


「これは……一体」


 ちょうど曲が終わって、俺と桜乃はドッと疲れてソファーに突っ伏していた。


「早紀……マイク持ってくれぇ」


「え? ええ!?」


 何が何だかわからないと言った様子で、早紀はとりあえずマイクを持つ。


「じゃあ、スピ……早紀さんも何かお願いします!!」


「えええ!?!?」




「………」


 気が付いたら、ペルによる強制カラオケタイムは終わっていた。


 げっそりした様子で出てくるのは俺、桜乃………さっきまで元気だったペルだ。


「ん~~! 久々に歌ったわ~~!!」


 桜乃が俺の腕を引っ張って、耳元に手を添える。


『ちょ、ちょっとお兄ちゃん!! 彼女さんどうなってるの!?』


『俺に聞くな!! いままでカラオケなんていったことなかったんだ!!』


 今まで異世界だったからなぁ。それにしても、あそこまで音痴とは思わなかった。


「それにしても、ここの機材壊れてるんじゃない? 点数が25点以外出なかったんだけど」


(最低点が25点だからなぁ……)


 カラオケにはシステム的に最低点と言う物が設定されている。子供とかがうまく歌えずに0点なんてことにならないように、必ずある一定までは下の数字にならないようになっている。


 つまり、早紀の歌はそこまでに音痴だという事だ。


「うぅ……頭痛いです……」


 早紀による超音波攻撃によって、さっきまで調子良かったペルは吐き気を抑えるように口を手で塞いだ。


「お前のせいだぞペル……解いてはいけない封印を解きやがって」


 まるで化け物のような言い草だが、そのレベルの音波攻撃だった。いまだに頭がクラクラとしている。


「ペルちゃん。服のサイズ大丈夫だった? 一応お母さんの服借りてきたんだけど」


 異世界のコスプレ設定をいつまでも貫くわけにもいかないので、なんとか現実世界でもおかしくない服を持ってきてもらった。白のワンピースでよく似合っている。


「ええ、何とか……ちょっと胸のあたりがきついですが」


「……くっ」


 早紀……元気出せよ。ちっぱいがなんだって言うんだ……という事を言うと流石にセクハラなので心の声でエールを送る。


「それにしても、災難でしたね……コスプレイベントで荷物が盗まれたって」


 ……と、言う事にしている。じゃないと色々面倒だしな。


「……どちらにしても、服はどうにかするしかないかぁ」


 服の事も含めて、今後ペルをどうするか考える。だが……やっぱこれしかないか。


『早紀。とりあえず今日の所は、お前の家でなんとかできないか?』


 俺の家に泊めてもいいのだが……正直桜乃の監視がある以上、早紀以外を泊めるのは怖い。


『しかなさそうだね。お父さんにはあとで連絡入れとくよ』


『悪いな……早紀』


 俺は桜乃にバレないように、こっそり謝る。


「ペルちゃん。今日は私の家に泊まりに来ない?」


「え? えっと……」


 ちらっとこっちを見る。……現実世界だから俺の指示はいらないだろうけど、一応気になるんだろうな。


「そうだな。ホームステイ先が、まだ泊まれないんだろ? 今日はとりあえず早紀の家に泊まりな」


 ……今日一日で、何回嘘ついたんだろう?


「あ、ありがとうございます。スピ……早紀さん」


「う~ん。ペルセポネさん。なんですか? さっきからスピサキさんって?」


 ドキッとしながらも、俺はさらに嘘を重ねる。


「あ、あ~~っネットゲームが好きなんだよな~~ペルは!! スピカって早紀のハンドルネームをつい呼んじゃうんだよなぁ~~~」


 ペルに視線で、とりあえず頷いとけと送る。何が何だかわからない様子だったが、ペルもコクコクと頷く。


「ん~~なんか怪しいなぁ……あ、お兄ちゃん。あとで一本、稽古つけてもらえる?」


「いいぞ。大会近いのか?」


「え……あー! うん!! お父さんでもいいんだけど、お父さんの稽古かたっ苦しくて」


「堅苦しいって……一応剣道は堅苦しいもんだぞ?」


「ん~そうだけどぉ~~!!」


 頬をフグのように膨らませた桜乃に、俺は忘れていた日常を思い出す。


「……礼儀も大事だぞ。きちんとしないと、反則にだってなるんだからな」


「わかってるってばぁ~~……でも、お兄ちゃん。お父さんにだって勝っちゃうし、これからも何度も稽古つけてよね」


「っ……!!」


 そう言われると、俺は言葉に詰まる。


 もし、本当の歴史通り死んでたら––––––––––桜乃はどうなっていたのだろうか?


 なんだかんだで、俺たち兄妹は仲良くやってたし……もしかしたら、悲しんでくれたのかな?


「……お兄ちゃん?」


「タクミ……」


「タクミさん……」


「ん? どうした? みんな」


「……ちょっとヤダ。なんで泣いてるの? お兄ちゃん」


 まぶたに触れてみる。少し濡れた指を眺めて、帰ってきたことに少しの喜びを感じていた……。




「お兄ちゃん強すぎーーーー!!!」


「ふふふっ! 異世界で鍛えた腕をなめるなよ」


「何それ……意味わかんないよ」


 やっぱり俺の中にはじいさんと戦った記憶がある。その記憶は間違いなく俺の力になってると思う。だけど……今回の勝因は、それだけじゃないように感じる。


「桜乃。集中できてなかったぞ」


「うっ!? そうかなぁ〜? いつも通りだと思うけど」


「……桜乃。そういえばお前学校はどうした?」


「ぎくっ」


 ……今日は木曜日だ。桜乃のようなオタクにとっては、木曜日とはあるジャンルの商品の発売日も意味している。


「お前まさか……TATUYAとか行ってないよな?」


「たつや? え? さすがに学校行かずにDVD借りにはいかないよぅ~」


 だが、俺にはわかる。この世界に戻ってきて最初に新作ゲームのリストはだいたい調べ上げた。その中にはこれがあった。


「……新作のアイドリッシュエイト……発売日今日だったな」


「そうなのよ~~!! もうマジ最高でぇ!! ……はぅっ!?」


「そういえば、お前部活もあるからこの時間はまだ学校だよなぁ……つまり? 親父に見られたらまずいんで、道場で適度な汗をかいてアリバイ作り。頃合になったら家に帰って汗を流してから最短ルートでアイハチをやると。……そういうことだな? 桜乃ぉ?」


 おそらく、TATUYAの帰りに俺を発見してカラオケ店までつけて来たのだろう……。やれやれ……。


「あはは…………お父さんには黙っててくださいっ!!」


 見事までの土下座。……本当にこの妹は…………。


「おう! 黙っといてやるよ!!」


「え? マジで!? ありがとうお兄ちゃん~~~~!!! 大好きっ!!!」


 俺の意外な反応に、歓喜の声をあげる桜乃……。


「なぁに。いいってことよ。––––––––––––だって言う必要性ないもんなぁ。なぁ親父」


「そうだなぁ。拓海ぃ……」


「ひぅ!?」


 桜乃が振り返ると、笑顔なのに鬼のような形相の親父がそこにいた。


「桜乃……ちょっとそこに座れ」


 電光石火のスピードで親父の前に正座する桜乃。生命の危機を感知しているのか、冷や汗をダラダラとかいている。


「わかってるな? 桜乃?」


「え、えーっと……竹刀で素振り二千本あたりでご勘弁を!!!」


 これまた見事なまでのDOGEZA!!! 畳に頭がめり込んでいるかとすら思えるほど擦り付ける。


「あははー! 冗談がうまいなぁ桜乃は………今から木刀素振り一万本っ!!!」


「いちまっ!? ちょっと、お兄ちゃんたすけてーーーーー!!」


「はい、いーっち!!にーっ!!」


 俺はツッコまれる前に、愛用の居合刀で素振りを始めていた。


「うぅ~~~お兄ちゃんの剣道ばかぁーーーー!!!」


「はい、さーんっ! はい、しーっ!!」


 無駄に顎をしゃくって某プロレスラー風に素振りして聞こえないふり。桜乃は木刀五千本で許してもらった。




「……こんなもんか」


 俺は居合刀を収め、精神統一のため正座をする。


「––––––桜乃もお前みたいに真面目に取り組んでくれればいいんだがな」


 さっきから道場の入り口で俺の素振りを見ていた親父が話しかけてくる。


「みんなが親父みたいな剣道バカじゃない。さほど興味ないわりに、頑張ってるほうじゃないか」


 だいたい潰れかけの剣道場を丸々購入して、自分の家にする馬鹿は親父くらいなもんだ。本当に呆れてくる。


「拓海もよっぽどの剣道馬鹿じゃないか。桜乃と一緒に五千本やって、夕飯食べたら直行で道場にきて二万本の素振り。よっぽどじゃないと、そこまで出来ないぞ?」


「––––––––そうかもな」


 まぁ俺は、好きで剣を振っているからな。日課でもあるし。


「好きこそものの上手なれ……か」


「親父はどうなんだ? 最近はきちんと鍛えてたのか?」


「馬鹿にするな。俺の健康診断の結果は、毎回全てAなんだぞ?」


「はいはい。……あんま酒飲むんじゃねーぞ」


「なんだ? 急に親孝行か?」


「たまにはいいだろ! ……っんーーー!!! いい汗かいたーーーっ!!」


 俺は、背いっぱい伸びをして肩を鳴らす。


「……久々に一本やるか? 拓海」




「ハアアァァァ!!!!」


 先手必勝とばかりに立ち上がりから小手に打ち込むが軽くいなされる。そのまま親父の面を狙うも防御され鍔競り合いとなる。


「キエエェェェッ!!!」


 互いに威嚇しあい力任せに押していく。俺の一瞬のスキをついて面を狙われるがそれを防ぐ。


「………テエエェェイ!!」


 今度は俺が面を狙うが浅く、有効打突にはならない。再び膠着状態のまま向かい合う。余韻を残しつつ互いに一度距離をとる。


「喝ッ!!!」


 こめかみ狙いの連撃を親父が狙うが、読み切って防ぐ。柄が交差し、互いに有効打突を狙えないでいる。再び離れ、一瞬のスキを面でつく。


「メエエエェェェン!!!」


 決まったように見えそうだが、今度は深い打突。剣道ではこれも一本にはならない。もう一度距離を取り、互いに正眼に構える。


 竹刀の剣先が何度も触れ合い、互いに間合いを図りあう。一歩踏み込み相手の技の発生を待つ。腕の一瞬の振りあがり初動を見逃さず一拍子で小手に打ち込む。


 その刹那に放たれた親父の面も回避して、試合は終了する。


 俺の小手一本。だが、決して気を緩めず、白線に戻り竹刀を納める。


 場外に出て礼をするまで集中を乱さない。身内稽古なんだからフランクにしてもいいのでは? とよくうちの部員は言うんだが、これが意外とと大事な事なのだ。こういった礼儀作法を怠って失格になった例もあるし、引き分けなどの場合のポイントの差にもなる。


 親父も俺も、面を外してようやく緊張を解く。


「いやぁーー!! 参った参ったっ!! おめぇの出ばな小手、どんだけはえぇんだよ!!」


 出ばな小手とはさっきの技で、相手の技の派生を予測して、小手を打つ技のことだ。


 普通の攻撃は二拍子……つまり、面なら振り上げと振り下ろしがあるが、この小手は正眼から振り下ろす一拍子。相手の技の派生さえ読めば、後出しでもこちらの小手が先に届くというわけだ。まぁ、一種のカウンター技である。


「親父の全盛期ほどじゃねぇさ」


「……おめぇ何があった?」


「何も?」


 いつの間にか俺のほうに歩み寄っていた親父が、俺の隣に座る。


「言いたかねぇ……か」


「ちなみにそう思った理由を聞こうか?」


 親父はすこし考えた様子を見せたが、素直に答えた。


「……剣道と真剣の戦いって、何だと思う?」


「……切れるかどうかとか?」


「だな。じゃあそれによって、どういった違いが出てくる?」


 俺はその言葉を聞いて、”やらかした“と頭を抱える。 


「……有効打突じゃなくても肉は裂ける。きれいにとまではいかないし筋も切れないが、痛みもあるし動きも鈍る」


「……お前は刀身を異様なほど避けていた。さっきの出ばな小手もそうだ。普通相手の竹刀をあそこまで避けねぇ。面に当たっても先に小手が入ったお前の勝ちだからな」


 ……出ばな小手は、普通相手の面は避けないからな……先に有効打突が入った方が勝ちなんだから。


「ははは……まるで真剣と戦っているようだったってわけか」


 そりゃ実践積んできたからなぁ……つい動きに出ちまった。


「……それだけじゃねぇ。一刀目の面。お前躊躇したろ?」


 殺してしまう剣を持っていたから––––––––––––––だから、つい浅く打ち込んでしまった。


「そして、二刀目。それでしまったと思ったお前は、ごまかすためにしっかり有効打突を狙う……が一刀目が頭をよぎり、深く踏み込みすぎてしまった」


 そうだなぁ……確かにごまかした。今やってるのは剣道なんだと言い聞かせた。


「実践の刀での戦いには有効打突はねぇ。まぁ、きれいに切るために有効打突と同じようなことは狙うだろうが……浅かろうが深かろうが刀の腹だろうが何だろうが、鋼の塊が当たるんだ。切れなくとも十分な深手だ」


「……まるで実践を踏んできたかのようだ……か」


 これじゃまるで、あっちの世界の猫じいさんだな。……やっぱこういうところすげぇよ親父もじいさんも。


「どうせ話す気はないんだろうが、もし気が向いたら話してくれ。……お前が『明日、自分が死んでもいいように』って思っていることについてもな」


「……心眼か」


 親父の心眼は俺よりもすごい……というかほぼ完全に相手の思考、心理を読み取る。もはや魔法のレベルだ。


 俺の心眼はせいぜい相手の次の行動を読むくらいしかできない。指や腕の動きだけではなく、筋肉の動きや骨の軋み……聴覚、視覚、嗅覚、触覚、のすべてを使い次を読む。


 だが、今回のは少し親父の心理が読めた。俺の心眼も進化している。––––––––––あの世界のおかげだな。


 ––––––––––まるであの世界に戻りたいみたいじゃねぇか。俺も生きて、早紀も生きている。これからまた死ぬことになるかどうかはわからないが、早紀が生きてるならそれでいいじゃねぇか。


 ……なのにどうして、戻ることを心の片隅で思っているんだ?


 俺は消えるはずだった絆を離さないようにと、竹刀をきつく握りしめた。

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