第二十八話「迷える女神」
次の日。俺は家で一人考え込んでいた。
俺とスピカはティエアに転生した。んで転生先がRPGゲーム作成ツール「RPGツクレール」の世界である事を知った。
アトゥムが作った世界は自身の力により弱体化。とんでもない力を持つ転生者に対して極端に弱い世界となってしまう。
そしてその話を聞き、さぁティエアを守ろうと決起した所でいつのまにか生き返っていた。
じゃあ俺は、誰の意思でこの世界に戻ってきた?
アーノルドか? 転生者か? 少なくともアトゥムの反応を考えるかぎりはアトゥムと言うわけではないだろう。
それにしても、ゲーム上のキャラクターが現実世界に干渉することなんてあり得るのか?
「いや、違うな」
そもそもアトゥムが異世界を作った時点で、ゲームが元になったとはいえ異世界は異世界なのか。
なら現実世界に干渉する可能性はゼロじゃない……のかもしれない。
「つまり、大本のルールはゲームを元にしているが、実際には現実に近い仕様になっているのか」
だからステータスにムラがあるんだ。現実はゲームと違って、筋力なんかはブレが生じるから。
俺はあの時、体力測定のようなものと考えたが、まさにそれが答えだったのか。
「まてよ? じゃあステータスが上がらなくても筋力は鍛えられるんじゃないのか? ……あ、そうか」
あの世界ではステータスが基本だから、鍛えても数字としてあらわれない。
だから、鍛えても意味がないと思い込んでしまうのか。そして、必要最低限の鍛錬だけをするようになれば、事実上のステータス上限の完成だ。
もしくは、遺伝子的レベルで能力の限界値が設定されているのかもしれない……。もしくはその両方だな。
「って話が脱線してきた!! 今それは重要じゃないだろ畜生!!」
ともかく、今はなぜこの世界に戻ってきたかだ。
「……図書館に行こう。とにかくあの日、トラックの事故があったかを調べるしかない」
その時だった。俺のポケットから低いバイブ音が鳴る。
「? ……早紀か?」
俺は携帯をとる。……だが番号表示は知らない番号だった。
「むぅ……」
よく考えれば、早紀のわけがない。俺は受験も終わって学校も自由登校なのだが、早紀は今授業中。……ってか、異世界に行ってて受験を戦ってない俺にとっては、ちょっと複雑な気持ちだが。
「………出たくないなぁ」
早紀じゃないと思ったら一気に出る気を無くした。……無視しよっかなー。
あ、切れた。と思ったら、またかかってきた。
留守電になったから、速攻かけなおしたんだろう。
……めんどくさい。もう出てしまおう。
「……どちら様ですか?」
『ここ……どこですかぁ〜〜〜?』
「ペル!?」
「だ~~~ぐ~~~みぃ~~~~さぁ~~~~ん!!!」
目から鼻から体液を垂れ流す。
「だぁ!? きたねぇ!!」
抱きしめてきたせいで服に鼻水が付く。
「君、この子の関係者?」
ペルを保護した交番のおまわりさんが聞いてくる。
「あ、はい……えっと」
まさか異世界の女神様なんて事言えないので、適当な嘘を考える。
「あ、アニメのコスプレが趣味の子で……えっと、ゲームのエルフ的な?」
「ああ、なるほど。びっくりしたよ。……自分の事を女神だのなんの。……ヴァインなんたらとかいう魔法を使おうとしたリしてきたし、大変だったよ」
––––––––––痛々しい。一応魔法が使えるかどうかは、俺や早紀が真っ先に試した……が無理だった。いくら女神様とはいえ、魔法の概念がないこの世界では魔法を使う事は無理だろう。
「女神です! ちゃんとした女神なんでむごごっ!」
慌てて口を封じる。
「と、とにかく僕が保護しますんで!! ではお勤めご苦労様です!!」
そう言って逃げるように交番を離れる。
「……で? どうしてペルがここにいるんだ?」
「聞きたいのはこちらです。なんですかこの世界は……異様なまでに自然がなくて、細長い石の建物が何件も……」
「そこからか……」
ともかく、軽くではあるが、俺の世界の事を説明した。
「で、ここはその”からおけや”さん? ってところなんですか?」
そうカラオケ屋。正直ここしか思いつかなかった。
「そうだな。防音室だからある程度なら騒いでいいぞ」
「魔法も使ってないのに音を遮断できるなんて……すごいです」
それにしても、どうしたものか。
「ペルはどうしてこの世界に転移したんだ?」
「……わかりません。私もあの後気が付いたらこの世界に来てて……」
……だろうな。もしかしたら死が回避されたかもしれないと予想がつく俺達以上に、ペルにはわけのわからない現象だろうし。
「魔法も使えないし、タクミさんとの通信用の”すまほ”も使えないし、途方に暮れてたら、さっきのおじさんたちに会って、でんわを貸してあげるから保護者に連絡を取りなさいって」
……まさかの充電切れか。そういえば、あの世界ではマナで充電していたからな。
ともかく、ある程度の時間はここにいても大丈夫だ。それまでに早紀に来てもらって……。
「お兄ちゃん……なにその子?」
「ひぅ!?」
感じた事のある殺気。この現実の世界で唯一、死を覚悟した存在。そのどす黒い存在が部屋に無断で入ってくる。
「……彼女さんもいるのに……こんなところに、女の人と二人っきり……」
「な、なんですか!? このどす黒いオーラは!?!?」
ペルですら感じ取れるその濃密な殺気の矛先が俺の首筋を狙う。
「お兄ちゃん……腸はきだせやぁ!!! われぇ!!!!」
「ふんっ!!!」
だが、俺もただでやられるわけにはいかない! その黒の暗殺者の木刀を両の手の平で包み込む。……真剣白刃取りで何とかその刃を止める。
「こ! こんなところで暴れるな桜乃!!!」
「やるねぇお兄ちゃん! だけど」
桜乃の拳打が俺の腹にめり込む。思わず胃酸を吐き出しそうになるが、我慢して桜乃の右手をつかむ。
「あっ!?」
「せいやっ!」
肘うちが桜乃の横っ面に入る。
「うぉっ!?」
「きゃっ?」
勢いを殺せず、桜乃をそのまま押し倒してしまう。当然俺は桜乃の腕を押さえているのでそのまま巻き込まれるように倒れる。
(やばいっ!!)
考えうる状況で最悪の状況。トラウマがよみがえる中、俺は時がスローモーションのように流れているのを感じる。このまま押し倒してしまうと、おそらく手をついた瞬間に胸を触る! 俺は身をひねりせめてその状況だけは回避しようとする。これで大丈……。
「うぉ!?」
こ、こいつ人の肩つかみやがった!? まずい!! このままじゃ顔面が迫ってくる!! ラッキースケベの禁忌!! 事故キッス!! ただでさえ早紀とのファーストキスまだなんだぞ!? めっちゃピュアな付き合いしてるのにペルの前で事故キッスだけは絶対だめだ!! 顔を背け––––––––––
––––––––––以上この間0.5秒ほど。
もつれあうように倒れこむ二人。俺は慌てて状況を確認する。
「あ」
「っ!?」
俺の手が妹の股の間に入り込み、スカートもめくりあがっていた。いっしょに倒れこんだところを見なければこれは完全に近親相姦なシーンだ。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいっ!!!
「げふっ!?」
超高速で俺の腕を引っ張り、桜乃の蹴りで身が横転し……そのまま見事な腕十字固めが決まる。
「……この腕はなに? 折っていい? 折っていいよね? いつもいつもいつもいつも阻喪しちゃう右腕なんてもういらないよね当然よね? もう二度とこんな事できないように引きちぎってあげるから安心してねお兄ちゃん」
いつものサファイアのようなキラキラした青の瞳が、呪いでも受けたように濁りきる。
「安心するかぁ!! いでででぇ!!!!!」
関節が悲鳴を上げる。逆方向に曲げられそうな腕をそうされまいと力を籠めるが、この女のどこにそんな力があるのかびくともしない。
「ちょ、ちょっと!? タクミさん大丈夫ですか!? あ、あなた腕を離してください!! 誤解ですよ」
「何言ってるんですか? 邪な心を持ってるから自動的に本能的にエッチな事をするんです。もう折らなければ仕方ないですよね?」
「んなワケあるか!? ギブ!! ギブだからぁ!!!」
説得すること15分。
やっと解放された腕はしばらくうまく曲げられず、しばらく伸ばしたままにしている。
「……で、あなたはタクミさんの妹さん……と言うことですか?」
「はい。バカ兄がお世話になってます。妹の桜乃です」
さっきの凶暴さと打って変わって礼儀正しくペルに挨拶する。早紀より少し明るめの茶色のボブカットがふわりと跳ねる。
「あ、はい。こちらこそ。私はペルセポネって言います」
「ペルセポネさんですね。よろしくお願いします……って結局あなたは兄とはどういう関係なんですか?」
「えっと……」
困った様子で俺を見る。
「……ちょっと海外留学してる子で、俺と早紀の知り合いなんだ」
さっき、桜乃が「彼女がいるのに」って言ってたのを利用する。
「疑うんなら早紀に確認してみろ。あとで来ることになってるからさ」
なんとか自由に動く左腕を使って、スマホを操作し早紀のコメントを見せる。そこには『カラオケ屋で待ってるから』という俺のコメントに対して『了解』とスタンプで可愛らしく返す、早紀の返事が表示されている。
……ペルの事を相談している会話部分は、ちょうど見えない位置にあるから桜乃には見えない。
『……タクミさん。さきさんって誰ですか?』
『スピカの本名だよ。一応この世界でも恋人って事になってるらしい』
ひそひそと話す俺達に対して、桜乃はそれでも納得のいっていない様子だった。
早紀……早く来てくれぇ……。




