第二話「クソゲーヒロインは安月給に嘆く」
「え? 君も異世界から?」
「そう。だいたい一年前にね~。それにしても驚いたよ。まさか同じ世界の、同じ国の人が、同じ町に転生してくるなんて」
いつのまにかウエイトレスさんと俺は一緒に飲んでいた。……俺はノンアルだけど。
栗色の髪を束ねたバレッタを外すとふわりと、きめ細やかな髪がゆるい弧を描くように解放される。
「しかも同世代だしね」
『ルールブック2-1:本人の希望に一番近い世界と時代に転生される』
「俺の場合は希望とは程遠い世界に転生したけど、確かに平和な世界を望んでる人にとってはこの世界はいい環境なのかもな」
モンスターの脅威もないし、農業も盛んだ。こんな平和な世界なら殺人事件なんてのも起きないだろうし……そのせいで俺は退屈だけどな。
「それにしても、まさか女神さんが失敗して間違った世界に転生してしまうとはねぇ~」
エメラルドの目と小さな唇が、いやらしい笑みを浮かべた。
「笑うな! まったく…」
と、笑い涙をぬぐっているウエイトレスさんは結構かわいい。
眼は大きくパッチリしている。栗色の髪が彼女の笑い声に合わせるように踊っている。思わず見とれていると目があった。
「なに?」
頭に? マークを浮かべてライトグリーンの瞳が俺を見つめていた。
「いや……なんでも……それより仕事はいいのかよ」
少しこそばゆい感覚に襲われ目をそらしながら話題を変えた。
「今日は早めに上がらせてもらったの。私にとっては生まれ故郷の知人に会ったようなものだしね」
「まぁ、そうはいっても同じ時代かどうかはわからないけどな。日本生まれなのは間違いないけど」
「そうでもないわよ。ゲームはともかくSNSって言葉は私もわかる。ってことは、かなり近い世代のはずだよ」
そうか……ゲームに関してはだいぶ昔の時代から存在していたが、SNSは流行ったのはわりと最近だ。未来ではどうかはわからないけど。
少なくとも、俺と同じ時代の人間か未来の人間って事か、このウエイトレスさん……。
「そういえば。まだ名前聞いてなかったな。俺は結城拓海。この世界でもタクミ=ユウキって名乗ってる」
「私はスピカ=フランシェル。前の世界での名前は……まだ秘密ってことで」
ウインクして立ち上がる。やばい。ちょっとドキッとした。
「ビールもらってくるわね。あ、ちなみにだけどこの世界はお酒に年齢制限はないわよ」
「そうなのか? ……まぁ、今日の所はこのサイダーでいいさ」
そう言うと、透明なグラスの中に入っている少し炭酸が抜けた砂糖水を一気に飲み干す。
「お堅いねぇ」
「健全第一だ……何事も健全に生きる方がいい」
これは、俺の教訓だ。何事も健全に生きていれば危ない目にはあわない……。そう妹に体に教えられたものだ。
「あははっ! なにそれ!! ……じゃあ、私は構わずビール飲むわよ」
ちなみに年齢を聞いてみると、十六歳とのこと。一年前に転生したとなると、十五歳で死んだらしい。俺より三歳も早く……妹と同じ歳で死んだ少女の事を思い、暗い気持ちになりそうになるが、ビールを豪快に飲んでにっこり笑うのを見て、俺も今は純粋に楽しもうと思った。
朝の陽ざしを浴びて、目をこする。
「昨日はさんざんだった……」
ドラゴンの事だけじゃない。あのスピカって子……酒を飲ませてはいけない。泥酔した彼女をなだめるのがどれだけ大変だったか。
泣きわめいたかと思えばオヤジみたいに豪快に笑いだし、かと思えばセクハラしてくるし。どっちが年上かわかったもんじゃない。完全に親父だ。
それにしても……この宿のベッドこんなに柔らかかったか? なんかむにむにしてるんだが……。
「……むにむに?」
……異世界物の漫画やアニメでよくある展開。つまりラッキースケベを期待してはならないっ!! ここは現実。 ラッキースケベとは伝説上の空論で、そんなものが存在するわけがない。
冷や汗をかきながらも、俺は毛布をめくってみる。
「むにゃ……」
うん。女の子に見えるが気のせいだ。花の香りが癖っ毛の金髪から匂うような気がするが気のせいだ。俺はまだ結婚はしてないし、風俗的な何かも行っていない。もちろん昨日飲んだからスピカを送り狼なんてスケベもしてない。大体あいつ確かこんなに胸ないし? よし、至って健全だ!
……じゃあこの子は何だ。
「あんっ……」
思わず手に力がこもると、それに反応する。うん。ここまでくると俺にもわかる。知らない女の子が俺の横で寝ている。
––––––––––––そして、俺はその女の子の胸を鷲掴みにしている。
「あqwせdrfgtふじこlp!!!!!!」
「ひゃあ!! なんですか!? ごめんなさいテュール先輩っ!! ぶたないで!! げんこついやだぁ!!! ……あれ?」
変な声を上げてしまった。同時に隣で寝ていた少女も起きたようだ。金の髪をぶんぶん振り回しながらあたりを見渡す。そして俺を発見する。
「や、やぁ……初めまして」
俺の顔を寝ぼけ顔でまじまじと眺める少女。すると、どんどんその顔が赤く染まり。
「きゃああああぁぁぁーーーーーー!!!!!!」
「へぶしっ!!!!!!!!」
顔殴られた勢いで思い出した。
あの少女は、俺を転生させた女神様によく似ている。服装は最初見た時よりは貧相な感じで、緑のワンピースを着ていた。あれでは女神じゃなくてただの村娘だ。
とりあえず、顔を洗いに行ってもらった。だが……もし、彼女が女神ならなんでこんなところにいるんだ?
「お騒がせしましたぁ……」
洗面所から出てきた少女の顔をもう一度よく顔を見てみる。間違いない、あの女神様だ。葉っぱの装飾があしらわれた可愛い髪留めも何となく印象に残ってた。
「で、女神様がなんでこんなところで俺の添い寝をしているんだ?」
「ルールブックの3-2と3-3です……」
えぇっと……なんだっけ?
俺はルールブックをカバンから取り出して読み返す
『ルールブック3-2:転生に失敗した場合。女神は転生者の行動を常時サポートしなければならない。3-3:場合によっては女神も人間として転生することとなる』
「通称女神堕ちです……転生を失敗した女神はペナルティとして、その人間の一生をサポートしなければならないのです。その間は女神としても扱われません」
蒼の瞳が大きく輝くほどの涙を浮かべながら愚図る女神……どっちが偉いのかわからなくなってくるな。
「えぇっと……堕天みたいなもんか?」
「近いですね。堕天は天使が人間や悪魔に堕ちることですが……」
「で、なんで隣で寝てたわけ?」
「見守ってないとって思って、じーっと見てて気が付いたらウトウトと……」
ペルセポネさんだっけか? うん、やっぱりこの子アホの子だ。
「アホセポネ」
「うぐぅ……言い訳できないですぅ」
そんな話をしていると、コンコンと扉をたたく音が聞こえる。
「タクミー! いる? ちょっと話しておきたいことがあるんだけどー?」
スピカだ! ま、まずい!! 女と一緒にいたって知られたくない!!
「スピカか!? ちょ、ちょっと待ってくれ!! 今着替えてるから!!」
「そうなの? じゃあ扉の前で待ってるわね」
ってか、二日酔いとかないのか!? あんだけ飲んだのに!?!? ともかく俺はペルセポネに洗面所に隠れるように指示をして、部屋を出る。ペルセポネも慌てて洗面所に走る。
足音が気づかれてないか心配しながら、俺は扉を開くと、昨日と変わらずのエメラルドの瞳が俺を見ていた。
「おはよう。……ってそれ寝間着でしょ!? 着替えてないじゃない!」
「いっ!? き、着替えてたけど、待たせるわけにはいかないから途中で着なおしたんだよ」
「いくら何でも、女の子と会うのにバスローブ姿はないでしょ。……寝ぐせもそのままだしみっともない」
「そ、そうか?」
仕方ないだろ……ペルセポネの前で着替えるわけにもいかないし。
「とにかく着替えてきなさいよ。待っててあげるから……ん?」
「あ、ああ……?」
扉を閉めようとしたら、スピカが足を突っ込みそれを阻まれる。
「? ……スピカ?」
「何か隠しているわね」
お、女の感ってやつか!? 鋭すぎやしませんかね!?
「い、いえいえ何もありませんよ~」
「転生時に与えられる魔力はあくまで平均値。だけど、私の魔力感知能力ではもっと強い力がこの部屋に存在するんだよね~」
ライトグリーンの瞳が恐ろしほど鋭くなり、ジト目で見つめられる。
「そうなのか? きっと気のせいだな」
「いえいえ? 気のせいじゃないわよ。なんかお宝アイテムでも隠しているんでしょ?」
「いえいえ~そんな、駆け出し転生者に何を期待していますかねっ」
お互いに力が入りだす。俺の筋力値なら強引に締め出すこともできるだろうが、どうも、ここの扉古いのかちょっと力を込めただけでもギシギシ音が鳴る。仕方なく、力をこめすぎずなおかつ……。
「甘いわよ」
「ひゃは!?」
わき腹を何かでくすぐられた!? 何をされたのかわからないが、力が抜けて押しのけられ敵の侵入を許してしまう。
「そこね!!」
ギラリとその視線が洗面所へと移る。
「ま、待て!!」
暴走したかのように、彼女は洗面所にかけられたカーテンを勢いよく開く。
「ガクガクガクガク……」
そこには、ブルブル震えながら“全裸”でスピカを見上げるペルセポネがへたり込んでいた。
「………」
もう一度言おう。“一糸まとわぬ姿“のペルセポネがへたり込んでいた。
「こ……この……」
あえてもう一度言おう。生まれたままの姿のペルセポネがそこに
「ヘンタイーーーーーーーーー!!!!!!」
なぜ、俺が殴られるのだろうか? 理不尽極まりないが、これ以上口を挟むと、スピカからまた鉄拳制裁が来そうなので置いておく。
ともかく、スピカには彼女が女神であること、彼女が俺の部屋にいたのは俺の意志ではないという事だけは理解してもらった。……ついでになぜかこの女神様が勝手に着替えだしたことも理解してもらえたようだ。
「女神ねぇ……」
「はい。花の女神ペルセポネと言います。……元ですが」
今一瞬、脳内お花畑と言う言葉が頭をよぎった。……がさすがに俺の心の中にとどめておこう。
「……ん? 元なのか?」
「はい。女神堕ちは降格と同義。この世界で、罪を償うこと……善行を重ね、タクミさんが天寿を全うするまでサポートして初めて女神に戻れるのです」
「へぇ……女神様も大変なのね」
スピカも同情していた。
「本来は転生失敗により、転生者が生きづらい世界…簡単に言うと難易度の高い世界に転生してしまった際のフォローのためのルールなんですが、タクミさんのように、逆に難易度が低いパターンは初めて見たって、先輩が笑ってましたぁ」
そりゃそうだろうな……。涙目の女神様をなだめるように背中を叩いた。
……吹き出しそうになったのは秘密だ。
ここはどこだ?
「君はまだ死を乗り越えていない」
わけがわからない。俺は死んだんだろ?
「君は混沌の因果律の輪から抜け出せていない」
厨二病か? 何を言ってるんだこいつは……。
「運命の蝶は気まぐれで君を殺し、君を生かす」
俺は手を前にかざすが、その手は見えない。存在しない。
「君には、死を乗り越える力はない」
そんなこと決めつけんなよ! そう叫ぶ声は音にはならない。空気を震わせる声帯も音を出す口もない。
「君だけではこの世界に認められない……君の死は確定している」
その声の主を探すが、俺に光を認識させる目は存在しない。
「君の最期は近い」
ただ、魂に刻まれる言葉だけが音も聴けなくなった俺に届いてくる。
「君が生きるには君の力は役に立たない」
言葉が終わる。直感的にそう感じ、だが何も出来ずただ動揺する。
「君の真の力は……単純な力ではない……もっと別の」
その言葉はどこか切なくて……悲しくて……俺は心の中で涙をこぼした。