第二十六話「俺達が望んだ最低のクソゲー」
「こうして僕は時を遡った。そして今は三周目の世界ってわけさ」
「三周目? 二周目は失敗したってことか?」
アトゥムは頷く。アトゥムと言う少年がいかにして生きてきたかを語る姿は、真に迫るものがあった。
「二周目は、僕もまだ未熟でね。連王が死に、魂を封印し、サタンちゃんに支配させれば平和にできると思ってた」
「つまり、サタンも実際には百を超える年というわけか」
「そうだね。彼女は本来はペルちゃんより年上の百二十歳だよ。だけど、歴史の偽証をするためには魔族は敗北した事にするしかなかったんだ。だからそれにもっともらしい理由をつけたんだよ」
「……確か、戦争終結の理由は当時の魔王が倒されたのが理由だったはずですが……つまりは、私達が学んだその歴史は偽証という事ですか?」
アトゥムは頷く。
「本当は先代の魔王はただの病死で、一切戦争とは関係ない理由で死んでるんだ。子供の頃のサタンは彼の政策に疑問を持っていたそうだよ」
……子供ながらに戦争する理由について色々考えていたんだろうな……そして、自ら降伏する事で戦争を終結させたのか。
「だが、アーノルドに支配させても平和にはならなかった。だからサタンに任せたというわけか」
「そう言う事だね」
「ま、まって。そもそも、レベルを消さなければまだなんとかなるんじゃないの?」
スピカの問いに、紫の瞳を閉じて首を横に振った。
「僕もそう思った。だけどレベルは最初っからなかった事になってたんだ」
「最初からなかった?」
少しアトゥムの話を掻い摘んで説明するとこうだ。アトゥムが行った創造と偽証そして継承は後から変更ができない。それは時間遡行を行った場合でも同じらしい。
なので時間遡行後もすでにティエアは存在し、レベルは存在しない事になっていた。そしてノルンも存在しない事になっていた。
「私の知る女神はフレイア先輩とテュール先輩だけです。ノルン先輩って人は私は知りませんでした……だけど、なんだか寂しい感じがします」
「ノルンと君は仲が良かったからね。……本当に優秀な女神だったよ」
「それで、二周目ではアーノルドの討伐に成功したのか?」
「ああ、思いのほか簡単にアーノルド君は討伐され、見事封印されたよ」
だが二周目が失敗したって事は、そのあと何かあったのか。
「アーノルド君の狙いは僕に封印させる事だったんだ」
「え! どういうことですか?」
「彼は僕の隙をついてフレイアちゃんと接触した。そしてフレイアちゃんの神の力全てを掠め取った」
「掠め取ったって、さっきも言ってたけどどういうことなんだ?」
「アーノルド君の真の能力は強奪。継承の逆で相手のステータス、スキル、その一部を奪う事が出来るのさ」
「ええっ!? そ、そんなの無敵じゃない!!」
スピカの言う通りチートにも程がる。
「まぁ、気を許した相手のみ有効なんだけどね。フレイアちゃんは言動はあれだけど、優しいからね。ずっと封印されてるアーノルド君を見て思うところがあったんだろう。そして気がつけばあっという間に洗脳。廃人になるまで自分の能力を与えてしまったよ」
「うそ……あのフレイアさんが?」
ペルも思うところがあるのだろう。信じられない様子で目を見開いていた。
「神となったアーノルド君は世界を支配。……そして、一周目と同じ結果となった」
そして三周目。今の時間軸か。
「次の時間遡行は、ほとんど時を遡れなかった。そして、いつのまにか僕は子供の姿になっていた」
「つまりお前は、もともとは成人の姿をしてたって事か?」
おそらくは、立派な男の神だったんだろう。今の中性的なイメージからは想像できないけど。
「そういう事だね。どうやら時間遡行を行った者は呪いで年齢が逆行するらしい」
「年齢が逆行……どういう事ですか?」
「僕は歳を重ねるごとに、若くなっていく。次第にそれは赤子となり、子宮にいた時まで退化する。そこまで行けば僕は死んでしまうだろうね」
「そ、そんな……」
時間遡行にそんなリスクがあるなんて……。
「ま、待ってください! こ、こんがらがって来ましたぁ」
俺とアトゥムはため息をついて、錯乱して目をグルグルと回しているペルに解説する。
まず、現実世界で死んだアトゥムは神となり、そこから約百七十年ほどで現在のティエアを作り出した。
だが、そこで世界が。崩壊。最初の時間遡行をキーとして年齢の後退化が発生。
二週目開始の時点でティエアはすでに作られた状態となっており、レベルも無くなっていた。つまりアトゥムが関与した全ては最初っから存在しているか、なかった事になっていた。
そして、二週目は先程の説明通り失敗。年齢はその時点でも若返っていたが、そもそも神となった年月と同じ年を若返っただけだから、アトゥムは違和感を感じなかった。
そして、三周目の時の時間遡行。理論はわからないが、その時間遡行でさらに若返りが発生。アトゥムは子供の姿になった。……これはおそらく、アトゥムがその時点で戻せる最大の年齢を超えたためだろう。
最後に戻った時間は西暦にして2026年。俺の死ぬ二年前だ。その時は……アトゥムの年齢は五歳となっていたそうだ。
「そう……僕のこの姿も、仮初めに過ぎない。……今の本当の姿は三歳児の幼児体だからね」
つまりアトゥムはあと三年しか生きられない……いや。
「一歳児、0歳までくれば、もはや話す事も出来ない……」
「それどころか、来年には記憶もなくなってくるだろうね。脳が萎縮してるんだから」
残酷すぎる。
これだけ頑張ってこの世界を守ろうとしたのに、最後がこんなオチなんて救われねぇ。
「……この三周目の世界で君達に起こってる事件の正体。もう理解出来るよね?」
流石にもう説明もいらない。
「神となったアーノルドが、洗脳した転生者を使って襲撃を加えている」
「そうだね」
「ちょ、ちょっと待ってください! それは少しおかしいです! フレイアさんが今私の先輩として女神をしてるって事は、アーノルドさんはこの三周目ではまだ神様の能力を持ってないんですよね?」
あ、それもそうか。……いや、確か継承って……。
「時間遡行を行っても変えられない現象があるんだよ。継承もその一つさ」
説明をまたかいつまむと、まず継承は原則として時間遡行後も有効らしい。
ただし、前の時間軸でいつ継承したのかが問題になる。
アーノルドがフレイアから洗脳と強奪により神の継承をしたのは2026年5月。2026年5月になった時点で何もせずとも自動的にアーノルドに神の力が継承されるらしい。
つまり、現時点でフレイアには神の力がないと言う事になるが、その点はアトゥムの計らいで再継承させて、神の力を与えているそうだ。
この世界を平和にするためには、アーノルドを殺し魂を完全消滅させればいいのだが……最後の時間遡行で戻れた時間は2026年12月らしい。
つまり、アーノルドはすでに、この世界の神の加護のスキルを持っている。この世界にいる限り、彼は絶対に死なない。
「また2026年12月以前の出来事は基本的に一周目の世界をなぞるようになっていた。だから、アーノルド君は死なず、コジロウ君が封印した。そうだね?」
「ああ」
また、フォルの両親を洗脳したアーノルドは例の偽アーノルドで間違いないらしい。じいさんが本物のアーノルドを封印したのは2026年6月。……二週目ではもっと前に封印されているが、基本的に一周目の世界をなぞっている三週目ではこのようになっている。
つまり今回のアーノルドの目的は世界各地を転生者の襲撃により、じいさんの封印した本物のアーノルドを解放する。
こんなところだろう。
「さて、これが君の望んだ超ハードモードの世界ってわけだけど……どう思う?」
俺と、その世界を作った神はニヤリと笑う。
「「これなんてクソゲー?」」
まさにクソゲーと呼ぶしかない。要するにあれだろ? 初期レベルでラスボス級の敵を、全員ブッ倒せってことだろ?
しかも、「RPGツクレール」で存在する世界には鬼ごっこの要素を取り入れた作品もある。そこで出てくるいわゆる鬼は無敵で触れるだけで主人公が死亡する。
そんな奴は俺達が仮に強くなったとしても倒すことは現時点では不可能に近いだろう。そうなったときは本当に一貫の終わりだ。
難易度どころの話ではない。最悪攻略不可能なレベルになっているのかもしれない。
おもしれぇ……俺の笑みに、創造神はとても満足そうに語る。
「タクミ君。君はぜひ僕のクソゲーをぶっ壊して、平和な世界を取り戻してほしい」
「ああ、俺がこの世界をぶっ壊してやるよ!!」
––––––––––––––––お前が偽証したこの世界で!
––––––––––––––––君がこの世界の勇者になる!
気がついたら。俺達はエルフの森に戻ってきた。
エルサリオンは何が起こったのかわからず俺に詰め寄る。
「おい!! 神と何を話した!!」
「……悪いけど早々簡単に話せない」
特にこいつには話せない。わざわざこいつを除外したって事は、こいつは未来か過去でアーノルドとの繋がりがあったのかもしれない。
「キサマァ!!!」
俺の胸ぐらを掴もうとしたエルサリオンの腕を捻りあげる。
「うぐっ!」
「悪いな。そうそう簡単に教えられねーんだよ」
俺の手を振り払うと、鬼の形相で睨みつける。
「お前! 私にこんなことをして、ただですむと思ってるのか?」
「ん~思ってるんじゃないかな? 君ら程度じゃ、タクミ君に傷一つつけられないと思うんだけど」
「ぐうっ!?」
だろうな。レベルと言う概念がない以上、この世界で生まれ育った人間は常にレベル1だ。
たいして俺はこの世界に来るまでに鍛えてきた。だから事実上のレベル差が発生しているんだ。
「……どうりでステータスだけは高いわけだ……」
虚しかった。
この世界では最強だと思っていたのに……それが当たり前の話だったなんて。
考えてみればそうだ。俺と違い部活なんかで鍛えてなかったスピカですら、総合ステータスはサタンより上だった。
今まで、十分強い人間と戦ってきたため、俺が勘違いしていただけだ。
「俺はやっぱり……まだ弱い」
「そんなことはないよ」
創造神のその言葉に顔を上げる。
「君は少なくとも、この世界に来た転生者の誰よりもステータスが高い。それはずっと現実世界で努力し続けた結果だ」
「……楽しかったからな」
結局それが理由だった。
剣道は楽しかった。
静かな緊張感。鼓動も吐息もその場にあるものがすべて一体になるような感覚。
研ぎ澄まされた一閃の快感。その力で誰かを守れるならこれ以上の喜びはない。
「俺は、この世界を絶対に守る」
この世界は俺が望んだ異世界ではない。
だから、俺達で世界を偽証して見せる。
俺が転生してきたのは平和な世界––––––––––––––––。
この平和を守るために転生してきた勇者として––––––––––––––––。
––––––––––––絶対にこの世界を––––––––––––––––。
突如––––––––––––––––世界が歪んだ。
「なっ!?」
瞬きの間に、世界がぐにゃりと曲がり、ノイズが走る。
「……どうやら、僕にとって最悪の事態が起きたようだね」
「アトゥム!? ……みんな!! スピカ!!!」
「タクミ!! 何が起きてるの!?」
スピカはそこにいた。だけどそれ以外の人はノイズの中に掻き消えた。
「……君がどちらを選ぼうと、僕はもう君を恨まないよ」
「アトゥムッ!!!」
俺は手を伸ばす。だが、その手の先から消えていく。
「さようならだ。タクミ君……君との物語はとても楽しかったよ」
「っ!!!」
アトゥムが砂のように消えた。その直後の表情はとてもつらそうな笑顔だった。
風が吹いているわけでもないのに、すべての景色が砂となって飛ばされるように散り散りになっていく。
俺は不安になって愛しい人を求める。
「スピカっ!!!」
「タクミぃ!!!」
俺達は抱き寄せあってそして……。
突如––––––––––––––––世界が終わった。




