第二十三話「クソゲーヒロイン達は背中を合わせた」~スピカ視点~
~スピカ視点~
「こ、これはっ!!」
緑生い茂る緑の森から一転。炎が舞い上がる赤の世界。
惨殺された死骸に放心した女性の裸体。あまりにも残酷なその世界に、私は手が震えた。
「シーファトに続いてエルフの森も……なんてことをっ!」
ウンディーネさんが泣きそうな目をしながらも、天空に魔法をかける。すると晴れている空が急に曇りだし、雨がぽつりぽつりと降り始める。
雨でぬれた前髪を気にも留めず、まるで歩き方を忘れたようにふらふらと炎に向かって歩く。
「うそ……こんな……こんなことって……」
ペルちゃんはある死体の前で半ば倒れこむように膝を折る。その死体を抱き寄せると体を震わせた。
「ああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!! リュカーーーーーー!!!!」
リュカと呼ばれたその少年の手には短剣が握られていた。
おそらくそこにいる女の子を助けようとしたのだろう。
「ペルちゃん……その子は?」
恐る恐る聞いてみると、震える唇で答える。
「弟です……」
「っ……なんてことを」
エルフは長寿なため、人間的に長寿であっても見た目は幼い。ペルちゃんも私より若く見えるくらいだしたぶん彼は私より年上なのだろう。
あれ、弟? ……ペルちゃん112歳って言ってたわよね? 100年前に生きていて人はペルちゃんとコジロウさんしかいないのよね?
12歳以上歳が離れてるの? そんな私の疑問はよそに高笑いが聞こえる。
おそらく犯人であろう人に私は問う。
「どうしてこんなことをしたの?」
雨の中いまだやまぬ炎を満足そうに眺めながら、実に楽しそうに答える。
「いや~やっぱエルフ凌辱ものは最高だわ。この世界なかなか優秀ぅ! さいっこうによかったぜ」
「……っ!!!」
「っと!?」
大きな蔓がその男に向けて伸びたかと思うと鞭のようなしなりを加えて、男のいた地面をえぐる。
回避した男はそれでも余裕の笑みを浮かべた。
「……許しません」
「あぁ~ん? 許さないって誰がぁ~~? エルフ風情が何粋がっちゃってんのぉ?」
「絶対に許しません!!!」
その顔は、ペルちゃんと違うものに見えた。
まるで鬼。あれほど優しく、おっとりした子が……まるで狂気に身を焦がれるようにその手をかざす。
無数の蔓が、まるで弾丸のようなスピードで放たれる。
「ルールブック……忘れたかぁ?」
「うぐっ!?」
突如、蔓が止まり、力を無くしたようにうなだれる。
「かはっ……」
ペルちゃんが口から血を吐き、膝を折った。
「ペルちゃん!!」
「そう!! ルールブックは絶対順守ぅ~~!! 俺が何しようが、女神であるおめぇは何にもできねぇ~んだよなぁ~~!!」
「うぅ……こ、こんなことって……」
顔が歪むペルちゃんの前に私が立ちふさがる。
「スピカさん……」
「ペルちゃん私の護衛は大丈夫だから、タクミに連絡を取って」
「スピカさん……知ってたんですか?」
気付かないわけない……タクミが私の護衛を、ペルちゃんに頼んでることくらい。そうじゃないと修行からここに来るまでのほとんどが世界の干渉になっちゃう。
それに、タクミに連絡することでタクミからの指示であいつを倒すことだってできる。タクミがその意志さえ見せれば、ペルちゃんはいくらでも動くことができる。
「……わかりました。スピカさん、お願いします!!」
ペルちゃんが、スマホを取り出して電話しているのを確認し私は弓を構える。
「ウンディーネさん。前衛お願いしてもいいですか?」
「ええ。あの女の敵は私達で倒しましょう……それと」
「え?」
ウンディーネさんの顔を見ると、とてもやさしく温かい目をしていた。
「私の事はディーって呼んで。……貴方とは友達になりたいの。スピカちゃん」
……この人とはいろいろあったけど、悪い人ではないことも知った。それに、この人がいなければタクミと今のような関係にはなれなかった。
だからきっと、ディーとは親友になれる。
「……うん! 前衛! 任せたわよ!! ディー」
「OK!いくわよ!下衆男!!!」
その様子を男は死んだ魚のように、だるそうに見つめていた。
「……はぁ~。テンション下がるわ。女の友情って奴か? くっそおもしんねぇ」
「なんとでも言いなさい!! アンタなんかに私たちは負けない!!」
私は、最初の一撃と矢を放つ。
だが、それは黒い塊に阻まれた。
「!? なにあれ」
その黒の塊は腕のように見えた。ただ、その腕は巨人のように大きく、大木のように太かった。
「固有魔法 影ノ手…この世界じゃあ存在しない能力だがなぁ」
「この世界じゃ存在しない? どういうこと?」
「クククッ……そうかぁ……おめぇは知らねぇのかぁ~。じゃあよぉ…………わけわかんねぇまま死んじまいなぁ!!!」
その黒い巨人の腕がしなるように振り上げられて、地面をたたく。
それを回避しながらさっきこの男が言った言葉について考える。この世界じゃ存在しない? そんな事あり得るの? 現にこいつは転生してきたとはいえ、この世界で堂々とこの魔法を使っている。
もし、タクミの言う通りこの世界がゲームの世界ならやっぱりこれはおかしい。この世界に存在しない魔法……スキル……創造?
「ぐふっ!!!」
私の思考は鳩尾の焼けるような痛みで掻き消える。
そのまま吹っ飛ばされ、大木に強烈な勢いでたたきつけられる。……もしディーがいなければそうなっていた。
「スピカ!!」
ディーの魔法で作られた水の塊がクッションになって、私を衝撃から守る。
「防壁治癒!!」
さらに、そこから回復効果付きの防壁……ペルちゃんの得意技が私の体に癒しを与える。
「ありがとう……ペルちゃん。ディー!!」
ディーは振り向かずこくりとだけ頷くと、再びそいつの黒巨人の腕に水細剣を突きつける。
激しい攻防の中、私はペルちゃんに確認する。
「タクミとは連絡とれたの?」
「そ……それが……」
まさか、連絡が取れなかったんじゃ? 私の不安をペルちゃんの言葉が否定する。
「連絡は取れました。ですが、タクミさんからの指示は一つ。スピカを守って転生者とは戦わない事」
「戦わない? ……どういうこと?」
「俺が行くまで待っていろ。絶対に手を出すなって……」
どういうこと? 確かにあの腕は危険だけど、攻略できないほどとは思えない。
この前から、タクミの考えがわからない。
転生者? 私たちと同じ世界からの転生者とは違う何か別の意味があるの?
この世界は一体何なの? タクミの言った通りのゲームの世界じゃないの?
この世界の違和感は何? 私もどことなく違和感は感じている。だけど、その正体がわからない。
君は一体何に気付いたの?
「これでおしまい!!!」
ディーのその声で顔を上げる。ディーが黒巨人の腕を切り伏せ、水細剣の切っ先を男に向ける。
「ひゅ~~っかっこいいぃ~~ねぇ~~~!! しびれるぅ~~~!!!」
「うるさい……あんた等が何考えてるのか知らないけどね! 私達海竜族もエルフも殺されるいわれはないんだから!!!」
涙ぐんで、剣を構える。
「だから……私はあなたを許さない!!」
「……っ!?」
ようやく気が付いた。細長い触手のような手がディーの背後に伸びてくる。
「ディー! あぶな―――――」
「っあぐっ!?」
私が叫ぶより早く、ディーの背後から四肢をつかむ。
つかまれた両腕に力を入れてもがくけど、ディーは蜘蛛の巣にとらえられた蝶のように無力だった。
「ディー!!!」
「……あんた、生意気だよ」
「あ…ぐあああああぁぁぁぁっ!!! あああああぁぁぁぁぁ!!!」
ものすごい音がした。雑巾を絞るかのように両腕を捻じ曲げる。
関節は断たれて、苦痛でディーの顔が歪む。
「やめて……もうやめてよ……」
「そう!! その顔さいっこうにそそるヨ!! ……こいつの腕ひねりちぎったらどうなるかなぁ?」
「いやあぁーーーーーーーーー!!!」
私の絶叫が、森の中を駆けると同時に––––––––––一陣の風が、森を駆けた。
「っ!?」
人形のように落ちてくる体を、もう一つの白い風が抱え込んだ。
「海の魔女! 大丈夫か!!」
「……遅いわよ、剣聖……関節……取れちゃったわよ……ぐぅ…………」
「くっ……すまぬ……ペル殿!! ウンディーネを!!」
その白の風…コジロウさんはディーをペルちゃんの防壁治癒の範囲内に寝かせる。
「タクミ殿、ペル殿に指示を!!」
「ペル! ウンディーネの腕を治してくれ!!」
タクミがそれを望み、ペルちゃんがそれに答え頷く。
ディーの糸の絶たれた人形のようになってしまった腕に緑の光が覆い囲む。
そしてタクミは、眼前の敵に目を向ける。
「さぁて、覚悟はいいかクソ雑魚……」
「タクミ!!」
タクミの背後からまた黒い触手が伸びる。
「ケケッ……っ!?」
だが、タクミに近づいた瞬間、細切れになるように切り刻まれる。
刀を構えるタクミは、ゾクリとする嘲笑して堂々と佇む。それでも……いつものタクミのように優しさを感じた。
「テメェじゃこのクソゲーはクリアできねぇよ……出直してきな」




