第二十二話「クソゲーヒロインは勇者のために戦う」~スピカ視点~
~スピカ視点~
「どういうことなんでしょうか?」
結局タクミの答えは、ペルちゃんにもわからなかった。
タクミもあれ以来何も言わなくなったし、修行に集中し始めてずっと竹林で野宿だ。コジロウさんも一緒。タクミとなにか話した後、タクミと同じように修行に集中している。
フォルちゃんも野宿だ。まぁ、あの子は完全にキャンプ気分だけど……。
「……私にはわからない––––––––一体何に気付いたのか?」
タクミは、ずっとこの世界はゲームの世界なんじゃないかと言っていた。
ゲームの世界に入り込むなんてSFじゃん。そもそも、私達は死んだはずなのにどうしてゲームの世界に迷い込んでるの?
それに、今ここにいるペルちゃん。この子は元々からこの世界の住人だ。つまりゲームでいうところのNPCだ。
それにしては、この子はあまりにも人間しているというか……命がないとは思えない。
「? スピカさん?」
ペルちゃんに命はある。というより、この世界の住人全員にそれは感じる。
命がある。別世界。複数いる転生者。タクミの言ってた事。カード?
わからない。別に変なところはないけど……。
「ペルちゃん。ステータスカード見ておかしいところあるかな?」
と、私のステータスカードを見せてみる。
「う~ん……特におかしいところはないと思いますけど」
……そりゃそうか。ペルちゃんはこの世界の住人なんだから。
「そうだ! ペルちゃんもステータスカードあるの?」
「あります。だけど、そうそう簡単には見せられないんですよ」
「そうなの? やっぱり女神だから?」
ペルちゃんは満足そうに頷く。
「正解です。女神のステータスは秘匿事項が多いのです! だから絶対に一般人には教えられないのです」
「だったら、そうそう簡単に落とさないでもらえるとうれしいなぁ」
「ひゃ!」
急に現れた帽子をかぶった少年に変な声を上げてしまった。
「はい、ペルちゃん」
「ひぅ!? ごめんなさいアトゥム様ぁ~!!」
ペルちゃんのステータスカードを、少年が返すと涙目で受け取る。
少女のようにも見える中性的なその子は、無邪気な笑みで名乗る。
「はじめましてだよね。僕はアトゥム。この世界の創造神さ」
「そ、創造神……!?」
この人が、創造神アトゥム。この世界を作った人……。この人ならきっと……いや、間違いなくこの世界の正体を知っている。
「ダメだよズルは……僕に聞こうとしても何も教えられないさ」
「っ!?」
もしかして、心を読まれた?……だったら。
––––––––この世界に神様は一人ですか?
「さぁね~?」
––––––––この世界はゲームの世界ですか?
「ふふ~ん」
––––––––この世界はRPGの世界ではない?
「何にも答えないよぉ~!」
––––––––この世界の勇者はタクミですか?
「しつこいなぁ……ちょっと怒っちゃうよ?」
––––––––あなたは、人間ですね?
「………………」
「黙りましたね」
やっぱり、この子は人間だ。神と同じレベルの力は有しているけど、決して元々から神様ではない。
「そうか……コールド・リーディング。君の得意技だったね」
まぁ、こんなのコールド・リーディングと呼べるかわからないレベルのハッタリだけどね……だけど、重要なことは聞けた。
この子は、少なくと最初っから神様だったわけじゃない。もともとは私達と同じ人間だ。
「ハハハッ! やっぱりすごいよ!! ……さすがだよ。星井早紀」
「っ!?」
背筋が凍る。な、なんなんだこの子は。
私の本当の名前を知っているだけの理由じゃない。私は……この人を知っている?
「まぁ、いつかまた会うこともあるだろうさ。いずれ……ね」
キリのように消えたその人の目はどこか寂し気だった……。
「……はっ!」
指を放つと、一筋の閃光がその先を射る。
学校でも見た事あったけど、その白黒の的に矢を当てるのは初めてだ。
「……やっと当たったぁ」
タクミに内緒でひそかに、私も猫獣人族の里で修行してた。
街はずれの桜舞い散る弓道場。ちょっと異世界の雰囲気とは違うけど、洗練とされたその場所は美しさを感じさせる。
……戦うのとか嫌で、平和な世界でゆっくりと暮らしていきたいと思っていた。
だけど、今は違う。タクミを支えたい。力になりたい。私も、戦いたい!!
「スピカさん、さすがです。あっという間に弓を覚えましたねぇ」
「ありがと! ペルちゃん。それにしてもペルちゃんが弓使えるとはねぇ」
「エルフの森にいたときには弓を使ってましたから。……全然当たりませんでしたけど」
恥ずかしがりながら頬をかく。
「でも、これなら十分に戦えますよ! 魔法のほうも、だいぶ使えるようになりましたし」
炎魔法。基礎魔法と矢を火矢に変えることくらいはできるようになった。奥の手もある。
「タクミにばっかり守られてばっかりじゃイヤだもん」
それに、やっぱりあの時どうしようもなく悔しかった。
タクミに守られて、タクミが泣きたいほどつらい思いをしながら戦っているのに、私は結局ペルちゃんに守られているだけだった。
だから、今度こそ私はタクミと肩を並べて見せる。
「面白そうなことをやってるわね。スピカ」
その声に少し驚いて振り向く。海のような水色の髪が印象的な彼女がそこにいた。
「ウンディーネさん…どうしてここに?」
「少し様子を見にね。シーファトの復興も大体目途がついてきたしね」
その言葉に、私は胸をなでおろした。
私達が最後に見た時のシーファトは……それはもうひどいものだった。
死者1469人。建物の崩壊もすさまじく、美しい街並みは見る影もなく荒廃した廃墟と化していた。
シーファトで一番魔力のあるウンディーネさんは、復興のため尽力をつくしていた。
「スピカが頑張ってるって聞いてね。私でよければ練習相手になってあげるわよ」
私は素直にその言葉が嬉しかった。私は強く頷き弓を構えた。
「火球っ!!」
その足を止めることなく数発の火球を放つ。ターゲットであるその人がニヤリと笑うと、水で作られた盾をかざす。私の魔法はいとも簡単にかき消えて、余韻の蒸気が私たちを包み込む。
さすがに弓道場で暴れる訳にもいかなかったので、その近くの森に場所をチェンジ。コジロウさんの使ってた竹林よりも障害は多いけど、だいぶ開けた場所で、戦闘訓練としてはなかなか悪くない場所だ。
「へぇ、やるじゃない」
そうはいうが、ウンディーネさんはかなり余裕の表情だ。権勢で放った魔法もすでに意味をなさなくなっている。
「なら、これはどうですか!?」
私は弓を構える、その手には矢が存在しない。跳躍し、蔓をしっかりと引っ張る。
「創造っ!!」
私の能力で生み出された光は、やがて一本の矢となる。それを放つと、一直線にウンディーネさんの額に向けて加速する。
––––––––私の創造では代償がないとものを作れない。だけどその代償の量やサイズについては魔力がある限りは変化を加えることができた。
そう考えれば、矢の主原料である木が一部あればいいのでは? と言うことで、試しに爪楊枝で矢を作ろうとしたのだが、これが見事成功。
……こう考えてみると中々にチート能力だが……まぁ、今現在戦力外なのだ。選り好みなんて出来ない。
「––––––––お見事ね。でもまだ甘い」
ウンディーネさんは余裕の表情で、私の矢を最小限の動きで避ける。
「甘いのはそっちですよ。創造っ!!!」
私の足を炎が包み込む。一瞬に出来た上昇気流の膜を蹴り上げさらに跳躍する。
「っ!!」
月を背にして弓を構える。背後には百を超える無数の矢が、たったひとりを狙う。
創造と炎魔法の連携技。私とペルちゃんで考えた私の必殺コンビネーション。
「フレア・レイン!!!」
炎の矢と化した無数の矢がウンディーネさんを襲う。これだけの攻撃を避ける手立てはないはず!!
「……やるわねっ! 上等じゃない!!」
矢が当たると同時に、火花がはじけ飛ぶ。爆風のような熱風が私の体を押し返す。
だけど、私の攻撃はあくまで火矢だ。……この爆風はまた別の理由。
「さすがに水蒸気爆発まで起きるとは思わなかったわ。ちょっとダメージ受けちゃった」
「そ、そんな……」
水蒸気でできた煙から出てきたウンディーネさんは、ほぼ無傷だった。大量のあの炎の矢は一瞬にしてはじき返されてしまった
「……剣?」
いつの間にかウンディーネさんは細長い剣のようなものを見ていた。
「いいえ、ただの剣じゃないわ。高圧の水で作られた水細剣。常に形がない故、最強の鋭さを保ちつつ、間合いも自由自在。なかなか便利でしょ?」
そうか、高圧の水を私の大量の炎の矢が一気に水蒸気に変えてしまい、水蒸気爆発を起こした……。
「ただ、私の右手が完全にやけどしてしまったけどね」
「ああっ! ご、ごめんなさい!!!」
私は頭を勢いをつけて下げると、すぐに駆け寄りウンディーネさんの手を診る。
「まぁ仕方ないわよ。それにすぐに自分の水で冷やしたし」
私の頭をなでてくる。
「ペルちゃん。悪いけど治癒してくれない? ヒリヒリしちゃってかなわないわ」
「わ、わかりました。治癒!」
私とウンディーネさんを緑色の光が包み込む。みるみるうちに私にあった擦り傷を含めたすべての傷が癒されていく。
もちろん、ウンディーネさんのやけども時間を戻すように消えていき、純白の肌があらわになる。
「ありがと。ペルちゃん」
「いえいえ」
恥ずかしそうに頬を赤らめニコニコしているペルちゃん。
「じゃあ戻ろうか。いい汗もかいたし、またみんなで温泉にでも」
「ひぅ!? ま、また私の事触らないですよね!?!?」
ペルちゃんはまるでゴキブリ並みのスピードでその場を離れ、大木の陰でガタガタと震えていた。
「大丈夫よペルちゃん。……まぁ、隙を見せなければだけど」
「ウンディーネさんあまりペルちゃんをいじめないでください。アホの子だけど純粋なんですから」
「そうそ……あれ? アホの子っていいました?」
里に戻ると、何やら騒然としていた。
中には衛兵もいて、まるでアーノルドとの戦いの時を思わせる状況だ。
「何かあったんですか?」
私はその衛兵の中からアーノルド戦で知り合った人に声をかけた。
「ん? ああ、スピカ君かあの時はどうも」
女騎士のレイナさんだ。こう見えてレイピアの腕は超一流……スタイルもバツグンだ。
「いえいえこちらこそ……それより、どうしたんですかこの状況」
銀髪の髪をかきあげて、その先を見つめる。
「ええ、エルフの森が襲撃にあってしまってね。今衛兵を集めて討伐に向かってるんだよ」
「襲撃っ!? ど、どうして!!」
声を荒げたのはペルちゃんだった。信じられないといった様子で青ざめている。
「わからないわ。ただ、転生者が何人かいるみたいで全然歯が立たないの」
「じゃあ、私も手伝います!」
「それには及ばない……と言いたいところだけど、転生者相手じゃお願いするしかないようね」
軍にも何人か転生者はいるらしいが、残念ながら多くはない。レイナさんも強いらしいけど、転生者とのステータス差は、この前の一件を見る限り圧倒的なはず。
それより、ペルちゃんは……。
「……私も行きます」
「大丈夫? ペルちゃん」
私が心配して顔を覗き込むけど女神堕ちの事も気に留めず真剣な表情で言った。
「私の故郷のピンチなんです! 私の事なんて気にしてられません」
その時、冷たい風が吹いた。
嫌な予感を感じさせる、冷たい風が……小さな木の葉を一枚闇の中へと消し去った。




