第二十話「クソゲーで修行って意味があるのか?」
魔王城の客間で俺は一人悩んでいた。
結局魔王に、この世界についての質問をしたが何の情報も得られなかった。
『仮に妾がこの世界のすべてを手に入れたとしてもその解は導き出せんよ。それこそ神のみぞ知るという奴じゃな』
ペルにも聞いてみたが、当然わからなかった。
仮にゲームの世界だとすれば、俺の問いはまさに愚問だ。ゲームのキャラが「私の世界はこういう世界だ」などと説明できるわけもない。言ったとしてもこの世界のチュートリアルを話しだすだけだ。
ともかく、大事なポイントはいくつかまとまった。
この世界にはもともと空気中のマナによって経験値を獲得していたが、今はなくなっている。
この世界の住人には、なぜか成長の限界値が設定されている。
百年前からの生き残りがペル、コジロウのたったの二人だけと言う事。
転生者は外部から力を得てやってくるため、この世界の住人にとっては心強い味方にもなれば、絶望的な敵にもなる。
体内のマナがいわゆるMPで魔法を使う重大要素であるにも関わらず、そのステータスは隠しステータスとなっている。
なんだ……なんか引っかかる。
何か重大な見落としをしている。
もう一度今まで得たすべてを思い出せ!
転生システム。転生の失敗。ステータスの異常性。じいさんとペルは百年前から生きていた。ウンディーネの力。本物のアーノルド。偽物。大戦。魔族。経験値。マナ。ゲームの世界。ルールブック。
なんだ……何かが足りない?
悩んでいると、二回ノック音が部屋に響き渡る。
「だれだ? こんな時に……」
俺は、扉を開けるとさっきまでの緊張感が嘘のように溶けていく。
「スピカ……」
「えへへ……来ちゃった」
「……そっか、スピカも眠れなかったのか」
俺は部屋にスピカを招き入れる。月明りだけが差し込む薄暗い部屋に一つだけぽつんとあるベットに二人で腰掛ける。
「私も、ずっとこの世界の正体について考えていたから……」
特にスピカについてはアーノルドの件もある。ショックだっただろう。
今となってみれば、いちいち精神破壊をさせる時点でおかしいと思うべきだった。
精神破壊をしてから洗脳するのは、単純に洗脳能力が未熟だからだ。
確実性をとったわけではない。不可能だっただけだ。
「それにしても……せっかく生まれ変われた世界なのにどうして悪い事なんて考えるのかしら?」
「さぁな……」
あれ……ちょっと待て!!
「……おかしい」
「おかしいって何が?」
もう一度、転生したときのことを思い出せ! 確かペルが……。
『あなたの善行と本来生きられるはずだった年月を––––––』
「やっぱり……そうだったんだ!!」
「どういうことなの? ちゃんと教えて!」
……スピカの問いに対して俺は答えることができない。まだ確証がないのだ。ただ、大きな矛盾がある。
「……悪いスピカ。あと一つ、この世界でとけていない謎がある。それを解決しない限りははっきりとした答えを出せない……ただ、一つ言えることは」
「一つ言えることは?」
「この世界は……二人以上の神が存在する。女神とは別の……世界を統治するほどの神が二人いるんだ!!」
当然、その一人はアトゥム……そしてもう一人は…………ダメだ、わからない。が、この世界の謎は残り一つだけだ……これさえわかれば、この世界の正体が––––––––––。
「––––––––え?」
気が付いたら、俺は腰掛けてたベットに押し倒されていた。
「そんなに苦しい顔で悩んじゃだめだよ」
「スピカ……?」
お互い横になりながら、吐息ですら感じ取れる距離で見つめあう。栗色の髪がくすぐるように頬を撫でて、エメラルドの瞳が俺の奥底を覗き込む。
「たぶんタクミにとって、世界の謎を解くのはとても重要な事なんだよね。それは私にもわかることだよ。だけど、ずっと悩み続けてもあなたが疲れ切っちゃう」
「そう……だな」
心臓の鼓動が激しくなっていく。だけど妙に落ち着く不思議な空間で、少しずつまどろみが押し寄せてくる。
「寝よ。もう夜も遅いよ……」
そうか……俺のことをきちんと見てくれてたんだ。
だから、俺が今疲れている事を、考えることに夢中になってる俺より敏感に感じ取れたんだ。
畜生……ますます愛しくなってしまう。
もっとゆっくり話したい俺の気持ちとは裏腹に、疲れがどっと押し寄せてきて、深い眠りについた。
この時はまだ、重大な問題が二つあることに気付けてなかったんだ……。
「……ん」
目が覚めた。
……スピカが目の前にいた。
……よしとりあえず、トラウマは発動しない!
それにしても、女性の体ってどうしてこう柔らか––––––
(って、何してんだスピカぁーーーっ!!!)
スピカは俺に絡みつくように抱きしめていた。
しかもコイツ気付く様子もない。
抱き枕状態の俺は何もできず、拘束されるだけだ。
(……いやいやいやいやっ!!!)
い、一瞬襲っちまえとか思ってしまった!!
いかんぞ!! 恋人とはいえ健全第一っっっ!! まだ今なら、ちょっとラッキーなだけだ。うまく抜け出せれば……。
「むにゃ……ロジャー……えへへ」
ロジャーって誰だ!? ちょっと待て、抱きしめる力が強くなってきた!!
「ロジャー……モフモフ……かわゆい」
と、とりあえず、浮気とかではないようだ……ペットかぬいぐるみかはわからないが、そいつの名前みたいだな。まぁ浮気もなにも付き合ってまだそんなに経ってないけど。
「タクミ……大丈夫だからねぇ……私はぁ……怒ったりしないからぁ」
スピカの内またが俺の内またをくすぐる……こ、これはぁ!?
そ、それにスピカさん!? あなた今なんの夢見てるの!?
「……~~~っ!?」
顔を見ようとしたら、服の中身が一瞬見えそうになる。
「そうか! ぺちゃぱいだからこの体制だと服と肌の間に隙間ができるのか……!!!」
……こ、このチラリズムは……やばい見えちゃう……。
「……ん?」
あれー? スピカの体が震えてきてるよー?
これってあれかなぁ? 怒りで震えてるって奴なのかなぁ? ってか顔真っ赤にして、緑の焔を宿した目で睨んでるけど?
「……へ」
「……へ?」
「平原言うなぁーーーーーーーーっ!!!!」
どうやら今回も、お互いのトラウマを深め合ってしまったようだ。
猫獣人族の里に来るまで丸一週間。改めてディスペラまでの遠い道のりを思い知らされる。
その長い旅路は、今目の前にいる白髪の老人の協力が必要だと思ったからだ。
「……ふむぅ……修行のう」
俺は地面に額を擦りつけ、例の竹林で師の教えを乞う。
「今の俺ではまるで力が足りない! だからどうか……じいさんの技を教えてくれ!!」
今までは何とか勝ってきた。だけど、アーノルド以上の敵が存在するとわかった以上、力をつけなければならない。
「力が足りていないことはない。お主は十分強い」
「そんなことはない。俺はアーノルドとの一戦で敗北しかけている。それだけじゃない。この世界に来た時も一度死にかけている。俺はまだまだ弱くてあまい。だから……」
「わしなら、お主と同じ立場で死なないとでも?」
「え?」
手に取った緑茶を啜る……と、いぶかしげな顔で語る。
「わしも戦場に身を置くなら常に生死は紙一重じゃ。じゃから、絶対に死なないとは言えない。特にお主とわしとでは、わしに絶対的に足りないものがある」
「足りないもの?」
「お主はこの世界に来てすぐにスピカ殿に出会い、ペル殿との絆を深め、今まで生きてきた。わしはそう聞いた」
そのへんの話は、この前の海でのバーベキューでじいさんに話していた。
「だからこそ俺は!!!」
「じゃが、わしはタクミ殿ではない」
「っ!!」
「わしなら、その死にそうになった二回のうち、どちらかで死んでおる」
その言葉は、俺にとって縋る糸が、するりとほどけるほどのショックだった。
「そんな……じいさんなら」
「まず、転移した毒に気付かない。わしは魔法の適正が少ないからな」
「それはそうかもしれないが!」
「そして精神干渉にも耐えられるとは思えん。お主から聞いた話じゃと、おとぎ話のようなものだと思えばいいと言ったが、記憶とはその程度で乗り越えられるものではない」
「そ、そりゃ、この世界には俺達の世界のようなアニメやゲームってのはないかもしれないが、同じような感じで考えれば……」
だが、じいさんはゆっくりと首を振る。
「少なくともわしには無理じゃ。ただでさえ、その偽物の洗脳のあらがいようのない力を知ってるのだから」
そういえば、じいさんは息子夫婦を殺してしまっているのだ。その時のトラウマがあるだけに確かに、俺より不利になるかもしれない……だけど。
「それを乗り越えたのは主の人柄に魅かれたスピカ殿、ペル殿がいたからじゃ。わしにはそこまで人を引き付ける力はない」
「で……でも俺は……じいさんには勝てない」
仮にそうだとしても、俺は結局まだじいさんを超えられていない。この前一度戦った時に気付いてしまったのだ。
このじいさんは俺よりも格段に上なんだと……だから、やっぱり俺がまず目指すべきはそこなんだ。
「ふぅ……じゃあ、百歩譲ってわしが主でも生き残れたとするぞ?」
「……じいさん」
「それでも、主の剣はわしの剣とは根本的に違う。ゆえにわしの剣を学んだとて、お主が強くなれるとは思えん」
「……どういうことだ?」
じいさんが帯から鞘ごと刀を抜き取る。
「わしの剣はお主と違いすぎる。お主の元の世界の……剣道と、居合道じゃったか。おそらく対人戦を想定した技じゃろう。じゃが、わしの剣はそもそも対モンスター戦を想定したものじゃ。それは人間にも通用する技じゃが、モンスターと人間では急所が違う。じゃから狙う場所も違うのじゃ」
「急所が違う……」
すると、鞘に収めたままにじいさんは剣を横一閃に軽く振る。
「例えば横なぎ。ただ横一文字に切りつけるだけの型ではあるが、お主が人間の心臓を狙うのに対してわしはその大きく下、言ってしまえば太もものあたりを狙うのが基本の型じゃ。そのあたりが、魔獣やモンスターの頭がある箇所じゃからな」
「……それを対人戦にしてしまうと」
さすがにそれくらい俺にもわかる。
「そう、対人戦なら相手は即死には至らない。たとえ股を裂いたとしても反撃を食らう可能性が出てくる……つまり、お主の剣のほうが対人戦には向いているのじゃ」
ただでさえ、これから俺が戦うのは異世界人だ。人間である以上、じいさんの剣より俺の剣のほうが有利になるという事か。
「そ……そんな……」
「主の剣を極めれば、わしの剣は通用しなくなる。今は経験の差でわしのほうが上じゃが、そのまま主の技を極めるほうが強くなれる。それに……」
じいさんが立ち上がり、見下ろすように、俺の心の内を見透かすように目を細める。
「手あたり次第などという安易な強さなら。この老躯でもたやすくねじ伏せられる。技を極めることに近道を求めるな」
俺は結局、自分の考えの甘さを痛感させられた。言われてやっと気付いた。俺はこの期に及んで努力の力を侮っていたのだ。
じいさんの剣を技を教えてもらえば、見せてもらえば、その力を手にして強くなれると思っていた。でも、じいさんはずっと自分の剣をきわめて来たのだ。
剣道の型もそうだ。それこそ気が遠くなるほどの人々の経験の積み重ねが、その歴史がそれを生んでいるのだ。
それを侮ってはいけない。……結局まだ俺は何も見えちゃいなかったんだ。




