表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/143

第十六話「クソゲーヒロインは素直になれない」part2~スピカ視点~

「––––––––で、なんでウンディーネさんがいるんですか?」


「いや~ん。スピカちゃんこわぁ~い」


 ペルちゃんを追いかけまわして、たどり着いた先は温泉地帯だった。


 街中走りまわって汗だくになったし、ちょっと汗を流すために露天風呂に来たのだが……。


 なぜか、ウンディーネさんが先に温泉につかっていた。


「ただの偶然よ。私がたまたま温泉で酒を飲んでたらスピカちゃんが来た。ただそれだけよ」


「むぅ……」


 それでも納得いかなかったけど、別に触ってこなければ普通のお姉さんだ。おとなしく湯につかる。


「さっきペルちゃんに会ったわ」


「そうですか……」


 さっきみたいな怒りは湧きあがらない。むしろ「ちょっとやりすぎたかも」という少しの後悔が頭をよぎる。


「何があったか大体聞いたわ。まぁ、許してあげなさいよ。あの子はあの子なりに元気づけようとしたり、勇気づけようとしてるだけなんだから」


「それくらいわかりますよ……」


 両の手を後ろにつき、空を眺める。赤紫に染まり始めた空が、楽しかった旅行の日々を思い出させる。


「––––––––本当に薄っぺらいわね」


 慌てて胸を両手で隠す。


「どどどどどぉこ見て言ってるんですかぁ!!!」


「胸」


「ストレートに言わないでください!!!」


 クスクスと笑うと、麦酒(エール)を煽る。


「いや、ごめんね……昔親友だった子に……スピカちゃん本当に似てるから……」


「え?」


「……ねぇ、聞いてもいい?」


 そのサファイアの瞳は、私を見ているようで、瞳の奥のなにかを覗いているような不思議な眼だった。


「あなたに、翼はある?」


「…………ど、どういうこと?」


「––––––––––ごめん。忘れて」


 頭を抱えて自嘲気味に笑うウンディーネさんの顔は……どうにも放って置けない苦しさを感じた。だけど、その顔は、すぐにやけ顔に変貌する。


「まぁ大丈夫よスピカちゃん。タクミ君との恋のライバルは今のところフォルちゃんだし」


「べ、別に好きとかじゃないですよ……あんなやつ」


 鼻先まで温泉につかり、ぶくぶくと息を漏らす。


「ふぅ~ん。じゃあ私がタクミ君もらっちゃおうかなぁ」


 一瞬出かかった言葉を飲み込んだ。


「––––––––––いいんじゃないですか? タクミもウンディーネさんが好きならそれでも」


 その言葉にウンディーネさんは呆れと言うより怒りに近いため息をつく。


「タクミ君がかわいそうねぇ。こんな意地っ張りのどこがいいのかしら?」


「どういう意味ですか?」


「タクミ君の気持ちくらい気付いてるんでしょ? 何があったか知らないけど、意地っ張りにも限度があるわ」


「っあなたに何がわかるんですかっ!!!!」


 叫ぶだけでは消化しきれない苛立ちを拳に込め水面を叩きつける。


「––––––––––––わかんない。だけど、私にはあなたのやってる事がエゴにしか見えない」


「なんですって!!!!!」


 頭に血が上り手の平を振り上げ思いとどまる。この人の頬を叩いたところでどうなるの……!! 私が……私が一番––––––––っ!!


「あなたは誰に許しを求めてるの? あなたがタクミ君の気持ちがわかってないようには見えない」


「っ……!!!」


 何も知らないくせにと言う言葉を喉元で止める。ウンディーネさんが知るわけないじゃない。ただの正論よ……だけどさ……!!


「––––––––じゃあどうしろって言うのよ!!!」


「別にキチンと思いを伝えれば」


「言えるわけないでしょっ!! ……言えるわけない」


 私の顔はいつのまにかグシャグシャに濡れていた。


「ちょ、ちょっと……なんでそこまで自分を追い詰めてるのよ」


「だって!! ……だって、あいつを殺したのは私なんだよ………人の気持ちも知らないで勝手なこと言わないで」


「スピカちゃん!!」


 私は逃げ出すようにその場を走り去る。余韻の波が揺れる心のように漂っていた。




「はぁ……はぁ………」


 汗か、拭き忘れた湯か、涙かわからなくなったものを袖で拭う。


「わかってるよ!!! そんな事わかってる……でも、今更私に幸せになる権利なんてない!!! ましてや欲を叶える権利なんて……もっとないっ!!!」




 ––––––––死にたかった。




 ––––––––ただ一人で、死んでしまいたい。




 ––––––––––そうすれば、あの時タクミを巻き込まずに済んだから。




 あの時トラックに気づけばどうなっただろうか?


 もっとタクミが遅い時間に来てたらどうなっただろう。そうなればきっと「酷い事件が起きたもんだ」と心も傷つかず、日常に戻れただろう。




 ––––––––––––そうだ、それが一番いい。




 そうすれば、ただ一人自分だけが死に、彼が好きになる事もなく……こんなに胸が痛くならずにすんだ。


 私一人で死ねばよかったんだ。


 そんな黒い感情が心を支配していく。


 涙が止まらない。なぜ一人で死ねなかったんだろう? なぜ異世界転生なんて望んだんだろう? なぜ一緒の世界に転生したんだろう? なぜあの時タクミに声をかけてしまったんだろう! なぜタクミがあの少年と気付きながら近づいてしまったんだろう! なぜ……好きになったんだろう。


 爆発した感情が涙として、嗚咽として吐き出される。きっとウンディーネさんが何も言わなくとも私はいずれこうなったのだろう。矛盾したままの気持ちで何となく側にいるなんて虫が良すぎたんだ。






 ––––––––––––––もう戻れない……あの場所には。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ