第十五話「クソゲーの美女は話を聞かないからなぁ」
「あなたね? エストギルド酒場を有名にした奇跡の料理人と言うのは」
「え? えぇ~そんなぁ奇跡の料理人なんてぇ……」
と謙遜しているスピカの顎をクイッと上げる。
「ふふ……こんなお子様なのにすっごい。尊敬しちゃうわ」
ウンディーネと名乗る女は、キスしてしまいそうな距離でスピカの瞳の奥を見つめる。
「あ……」
なんだ? スピカうっとりしてないか?
「ちょ、ちょっと! ウンディーネさんでしたっけ? 何してるんですか!」
つい焦ってしまって、スピカとウンディーネを引きはがすと面白そうなおもちゃを見つけたようにクスっと笑う。
「なぁに坊や。嫉妬?」
俺の顔が真っ赤になるのを感じる。
「そ、そんなんじゃねぇよ!! いくら何でも失礼だろって事だよ」
「やぁねぇ。冗談よ冗談。私はただのお酒好きのお姉さんよ」
酒好き? ……まさかこの人……。
「私はただ、あなたの作ったビールとやらが飲みたいだけ。持ってないの?」
「え? 持ってませんけど……作れますよ?」
「そう。ざんね……えっ!? どういうこと作れるって!!」
さっきまでのお姉さんオーラが、一瞬にしてなくなり目を丸くする。
「スピカは創造のスキルを持ってるんだ」
俺が説明すると、さらに目を見開く。
「く、創造ですって!? そんなレアスキルをあなたが!?」
「フォルもできるよぉ~!!」
「そこの猫獣人ちゃんも!? 一体何なのよアンタたち……しかもよく見ればそこにいるご老人って」
「ふん。久しいな海の魔女」
「剣聖コジロウ!? ……はぁ、なんか想像以上にすごいパーティに出会っちゃったものね」
そうかもしれないな。そこのアホヅラでバーベキューをもきゅもきゅと食べてるのは一応女神だし。
「それより、ビールをいただけるかしら。エストギルドを変貌させた酒とやらを飲んでみたいわ」
「わ、わかりました」
と、言うことで用意されたのは樽ジョッキに入った海水にございますと。
「––––––––なめてるの? 私ビールを飲みたいと言ったのだけど」
「あ、いえ。私の創造スキルは、まだ大したことないので、何かしらの対価が必要なんです」
今回の対価はこの海水。この海水があっという間にビールに代わるという魔法というより手品みたいな内容だ。
「あ、そう。……こんな海水が本当に最上級麦酒の味になるのかしらねぇ」
「まぁまぁ……それでは」
そういえば、スピカが魔法を使ってる姿を見るのは初めてだな。
スピカが樽ジョッキに両手の平をかざすと、蛍のようなものがぽつりぽつりと現れる。次第にそれは集まり、一つの光の玉となる。
「おお……」
その光の玉がジョッキを包むと、炭酸のはじける音とともに、白くふわふわとした泡をのせたビールが姿を現す。
「なるほど……本物のようね」
ウンディーネさんはマジマジとビールを眺め、ジョッキをつかむとそれを一口飲む。
「ヒョッホーーーーーーー!!!!!!!」
な、なんだ!? 美貌あふれるお姉さんからでてはいけない声が出てきたぞ!?
「こ、これは!!! 麦酒ではない!!! キレ! のどごし! 硬質な酸味が生み出す爽快感はまさに格別!!! それに、さっきまでぬるい海水だったというのに…こ、このビール! キンッキンに冷えてやがる……っ!!!」
「お気に召しましたようで何よりです」
さらにグビグビと一気に飲み干してしまい、プハーーーー!! っと長いため息を漏らす。
「これ、何杯でもいけるわぁ!! 代金はいくらでも払っちゃうから、どんどん作ってくれない?」
「わっかりました! まいどありぃ!!」
「お、おいおい。いいのかスピカ」
スピカは休養で来ているのに……わがままな水色髪のお姉さんに一言文句でも言おうとし思ってたが……。
「大丈夫。それに……こんなに嬉しそうに飲まれたら頑張りたくなっちゃうもん」
結局スピカの連続創造による宴は始まってしまった。
「ぐへへぇ~~~もう飲めないわぁ」
いや、それ以前にどこに収まったんだビール五十杯強……。
明らかにお姉さんの体積より多そうなビールを、どうやって消化したのかはわからないが、ようやく酔いつぶれた。
「まったく、こやつは相変わらず酒の飲み方を知らなんだ」
とかいうじいさんも、さっきまでビールと日本酒を飲んでいた。
ちびちびとだが、結構な量を飲んだはずのじいさんは、完全な居酒屋のおっさんスタイル。だけど結構酒には強いようで顔色も悪くない。
それよりも、問題なのは……
「きゅぅ~」
「ふぎゅぅ~」
酔いつぶれた、このアホ二人である。
ビールを調子に乗って作りまくって魔力切れのあとウンディーネさんと飲み比べでぶっ倒れた奇跡の料理人と、そんな二人を応援しながらも調子乗って三杯くらい飲んでバタンした駄女神。
「困ったもんじゃのぉ。わしはこの子を連れて行かんといけないしな」
すやすやと寝息を立てるフォルの頭をなでながら困った顔をする。
「私がぁ~一人担ぐわぁ~~~~」
ふらふらしながら、そんな妄言を言ってくる水色の酔っ払い。アクアマリンの瞳が見る影もない。完全に目が据わっていらっしゃる。
「……無理だろその様子じゃ」
「だぁ~いじょうぶぅ~れすよぉ~~。しばらく酔った気分をあじわってたぁいけどぉ~。私は体内のアルコール成分を浄化することができるのよ」
濁った魚の眼と真っ赤な体が、急激に火照りを覚ましていき言葉を言い終わる頃には、はりのいい白い肌と透き通ったアクアマリンの瞳に戻った。
「うふふ。たっぷりお酒を楽しむために得た力よ。どう? すごいでしょ」
自分の人差し指にキスをするようなジェスチャーで、俺は少しドキッとしてしまう。
「じゃあ、私はこの奇跡の料理人を運ぶから、君はそっちの葉っぱの女の子を頼むわね」
「あ、ああ」
俺はペルを担ぎ、宿屋に向かう。
……後でバーベキューの跡片付け一人ですることになるのか……はぁ。
シーファト中央区。
エストとは比べ物にならないほど発展しており、なだらかな坂道から見上げる街並みには石造りやレンガの建物が何件も並んでいる。
猫獣人の里と違い、エストと同じ中世ヨーロッパを思わせる街づくりだ。ただ規模がまるで違う。
エストの街並みも好きだが、このシーファトのすごさには感銘を受ける。
さてと、こんな観光をしに来たのかと言えばそうではない。
「もう、じっとしてよ」
「へいへい」
重心を整えまっすぐ棒立ち。その俺に様々な服をあてがい「う~んう~ん」とうなり声をあげるスピカ。
「なぁ、もう最初のでいいよ」
「駄目よ! もっと似合う服があるかもしれないじゃない」
そう、めんどくさいからずっと来ていた学ランもボロボロになり始めたので、服を調達しに来たのだ。
エストと違い、服屋もちょっとしたショッピングモールの中の店ほどの量がある。様々な服があるのはもちろんだが、何より驚いたのがポリエステル繊維の製品。つまり、Tシャツやらジャージなども存在した。
だが、その辺はやたら種類が少ないうえにアホみたいに高い。
「この辺もゲームと同じか」
こういった世界感台無しな装備は、大抵のゲームでは法外な値段で売られている。まだ確証はないけど、やっぱりこの世界はゲームを元にした世界ってのは間違いなさそうだな。
だが、だったらなんでこんなにゲームバランスが悪い? いくら何でも雑魚モンスターを一撃どころかデコピンだけでも簡単に倒せるレベルってのはおかしくないか? ドラゴンなんかはレベル上げの後の力試しにはちょうどよさそうなものなのに……。
「どう?」
「え! な、なに?」
思考を巡らせていたからスピカの声に気付かなかった。
「もーーー!! 服っ!! 私的には結構いい線言ってると思うんだけど」
おお、黒のロングコートか。全体的に黒を基調としているけど、インナーの白のシャツでモノトーン調のアクセントになってる。
「刀が黒だからね。今のイメージをなるべく崩さないように且つパワーアップした感じにしてみたわ。……まぁ、中二病なアンタにはお似合いじゃない?」
「ちょ、誰が中二病だよ!」
「アンタ以外に誰がいるのよ!! この中二オタク!!」
言わせておけばコイツっ!!!!
「お前だっていつも自作ポエム作ってるくせに!!!」
「な!? ど、どどどこで聞いたのよ!?」
「声裏返ってんぞ~。お前の情報なんぞ筒抜けなんだよ」
「ぐぬぅ~~~……さてはペルちゃんね!!! そ、それならあんたこそ何よ!! 必殺技リストって!!!」
な、なんでそれを知っているんだ!?
「お、おおお、俺のは、その、自分を高めるためにだなぁ」
「へぇ~。じゃあ今から見せてよ。黒炎の拳撃と書いてダークフレイム・ガントレッド!!」
「なぁ!? どこでそれを!!!」
「えっと~。闇のぉ? 炎を纏ったぁ? 拳でぇ? さらに相手をつかみぃ?」
まさに草生えた感じであおるように俺の黒歴史ノートを内容を語りだす。
「それならお前のポエムこの場で読んでやるぅ!! えっと~。おさかなさんおさかなさん。君のウルっとした瞳は」
「やめてえぇええぇぇぇーーーー!!! あ、アンタ!! なぜそのポエム知ってんのよ!!!」
「そっちこそ!! それ俺が最初にこの世界に来た頃に、調子に乗って書いた黒歴史ノートで即刻処分したはずだぞ!!」
転生した時、自分の目指すべき勇者を考えて色々ノートに書いてたら、だんだん只の中二病全開の黒歴史ノートになってきたので、流石に恥ずかしくなってすぐに捨てた筈だ。そのことを知ってるのはペルだけのはずだぞ?
「私のほうこそ!! そのポエム失敗作だからすぐに捨てたはずよ!? ………あれ?」
お互いに捨てたものの情報を……知っていた?
「ねぇ」
「なぁ」
「「その情報、誰から聞いた?」」
今宵、ペルの処刑が決定した。




